漫才 第四回

俺は直接聞いたわけじゃねえけど、
とある日の夕方、こんな通話があったという。

「・・・それで、クラウドさんにも出演していただきたいのですが」
「嫌だ」
「そう仰らずに。ご協力していただきましたら、
出演料と、素敵な写真をお渡ししますよ」
「・・・写真?」
「ええ」
「・・・何の写真だ?」
「みてのお楽しみということで」
「・・・」
「・・・どうしました?」
「リーブ、それは脅しじゃないか?」
「いえいえ、そんな身構えるようなものではありませんよ。
知らない人には価値のないものですから」
「・・・つまり、価値の分かる奴には・・・」
「ええ、とても価値などつけられないものでしょうね」
「・・・」
「・・・クラウドさん?」
「・・・分かった」
「ありがとうございます」

   *   *

カウンターの中から、女店主が魅力的な笑みでアイスコーヒーを振舞う。
受け取った俺たちは暫し談笑していたが、ふと気配に振り返る。
奥の階段から金髪の青年が渋々、といった足取りで降りてきていた。
彼は無表情の中に苛立ちを滲ませ、同じくカウンターに座る。
役者が全てカウンターに集まったのを見計らい、俺はヴォイスレコーダーのスイッチを入れた。

「それでは第四回ー!!!
今回は何と場所がセブンスヘブン!!!
素晴らしいゲストは、勿論・・・!!!」
「セブンスヘブンの店主、ティファ・ロックハートよ」

ぱちん、とサービスにウインクまで決めてくれた美女に対し、

「・・・クラウドだ」

短く名前のみ答えた青年は、不機嫌そのものだった。
隣に座っていた局長がのんびりと声をかけた。

「おや、クラウドさん。怒ってらっしゃいます?」
「・・・リーブ、終わったら分かっているな?」

低く念を押すクラウドさんだけれど、
うちの局長は相変わらず上機嫌。

「ええ、勿論」

どうやら、局長は今回クラウドさんを引っ張り出すために何かやらかしたらしい。
俺はカウンターに肘をついて、護衛対象を詰問してみた。

「局長ー。今度は何やったんです?」
「まだ何もしていませんよ?」

しらっととぼける局長へ、クラウドさんが鋭く言い放つ。

「嘘をつくな」

初っ端からクラウドさんの機嫌は氷点下のようだった。
どうやら局長は相当、やらかしたらしい。
まあ、俺には両者とも手におえないけれど。
と、思ったら、ここには救世主がいた。

「こら、クラウド、そんな喧嘩腰じゃ駄目でしょ?」

優しく窘める黒髪の美女に、やれやれ、とクラウドさんが肩を竦めた。
ちょっとだけ、機嫌を直してくれたらしい。
音声だけとは本当に勿体ない。
俺は感激した。

「ああ、ティファさんの笑顔が女神のようです・・・!!」
「ふふ、ありがとう。
それでリーブ、私たちは何を話せばいいのかしら?」

女店主は笑顔のまま、傍観していた局長へとふる。
局長はにっこりと笑顔で返した。

「ええ、質問が来ているそうなんですよ」
「何かしら?」

局長とティファさんの視線を受け、俺はひょいとメモを取り出した。

「えーっと、お二人からみた、リーブ局長の為人は?
だ、そうですが・・・」

俺が言い終わる前に、素早くクラウドさんが顔を上げた。

「腹黒だ」
「ありがとうございます」
「誉めてないぞ」

この間、3秒と立たない即答の応酬。
俺は猛者たちの攻防にぶるっと震えた。

「・・・クラウドさんも局長も即答ですか。怖!
あ、局長からみたクラウドさんってどうですか?」

局長は軽く首を傾げた。

「・・・クラウドさんですか?」
「あ、私も聞きたいわ」

身を乗り出すティファさんと、僅かに身構えるクラウドさん。
そんな両者を見比べて、局長はゆっくりと口を開く。

「・・・そうですね。
やっぱり英雄のリーダーの、正に理想そのものですよね」
「・・・リーブ、やめろ。気色悪い」

クラウドさんはまるで二日酔いしたように頭を抑えている。
そんなリーダーに、局長はさらりと付け加えた。

「何がですか?
最強の戦士で星を救ったリーダーじゃないですか。
そして今はティファさんと二人のお子さんを支える、
ストライフ・デリバリー・サービスの社長ですからね。
・・・見事に理想のヒーローじゃないですか」

ごんっとカウンターに痛そうな音が響いた。
クラウドさんが思い切り頭をぶつけた音だったりする。

「・・・あ。クラウドさんが撃沈しました」
「クラウドったら、照れちゃって」

突っ伏したクラウドさんをティファさんが優しい眼差しで見守っていて。
俺は、鴛鴦夫婦ってこのことだよなあと密かにほっこりした。
最強の剣士を撃沈させた局長は、楽しそうなままティファさんに微笑みかけた。

「そんなティファさんも素晴らしい女性ですよ」
「ふふ、ありがとう、リーブ」
「いえ、本当のことですから。
英雄の一人であり、このエッジでいち早く人々の憩いの場所、
セブンスヘブンを開業されて店を繁盛させながら
同時に二人のお子さんを育ててらっしゃる良妻賢母ですからね。
・・・そう真似できることじゃありませんよ」

局長の言葉に、ティファさんが悪戯っぽく笑った。

「・・・それは、貴方のことでしょ?リーブ」
「え?」
「ジェノバ戦役の後、いち早く復興に向かえたのは
貴方がWROを設立したお陰じゃないの。
他の誰も出来なかった偉業だと、誰もが知ってるわ」
「・・・他に幹部が残ってませんでしたから」

緩く首を振るう局長は
いつもの食えない笑みではなく、苦笑を浮かべていて。
それが、珍しい局長の本音だと分かった俺は、思わず口を挟んでいた。

「残ってなかった、じゃなくて、
あんただけが最後までミッドガルに留まったから。
でしょ、局長?」
「・・・レギオン?」
「あ、やっぱり最後までミッドガルにいたのね?」
「・・・逃げなかったのか」

すっと顔を上げたクラウドさんの蒼い目が
局長を捉えているのが分かった。
局長は小さな笑みを浮かべて肩を竦めた。

「『ここは任せる』といったのは、貴方ですよ。クラウドさん」

嘗てのリーダーは畳みかけた。

「それがなくても、あんたなら残っただろう」
「それは・・・」

すっと局長が視線を外す。
滅多にない光景を、俺は実況中継することにした。

「あ、局長が詰まってます。珍しいですねー。
やっぱり仲間ってことですね。
羨ましいですー。俺負けてばっかりだし」

あーあ、と嘆いて見せれば、
ティファさんが得意げに俺の顔を覗き込んだ。

「ふふふ、凄いでしょ?」
「凄いです!!!」

即答すると、隣の局長がぱちくりと目を瞬かせた。

「・・・そんなに悔しかったんですか」
「当たり前です!!!」
「・・・大変だな、あんたも」

クラウドさんの慰めに、俺は本気で感激した。

「ううっ。クラウドさん、わかっていただけて嬉しいです・・・!!!」

言いながら俺は普段の俺と局長の会話を思い出し・・・
何しろ、俺が局長に口で勝つことなんて滅多に・・・。

・・・ってあったか・・・?

俺がこっそり悩んでいる中、ティファさんが話を進めてくれた。

「ふふ。楽しそうね。
あ、私からみたリーブの話をしてなかったわね。
リーブはね、人一倍、お人好しなのよね」
「そんなことは、」

局長が否定する前に、俺が話題に乗っかった。

「あー分かります。局長、この前もみんなに草餅配ってましたよね」
「あれは余ったからで・・・」

珍しく弁解に回る局長が楽しくて、俺はにやりと事実をばらした。

「元々配るために沢山作ったくせに」
「まあ、沢山材料をいただいてましたし・・・」

一部事実を認めた局長へ、ティファさんが女店主として反応した。

「え?リーブ、草餅作れるのね?」
「え、ええまあ・・・」
「ずるいわ、私も食べたかったのに」

ぷう、と少し頬を膨らませて拗ねる姿が非常に可愛らしい。
俺はやっぱり音声だけなんて勿体ねえ・・・!!!
と心の中で絶叫していた。

そんな俺を放置して、局長はティファさんへ穏やかに答えた。

「そうですか?では次はティファさんにもお渡ししますね」
「本当?楽しみにしてるわ」
「ええ」

いつの間にやら、ほのぼのとした雰囲気になっていた。
今の会話だけを聞いたら、とても女性格闘家とWRO局長の会話とは思えないだろう。
まあ、百歩譲って女店主とお客の会話だろうか。
でも、これがうちの局長だ。

「こんな感じなんですよねーいつも」
「・・・何纏めてるんですか、レギオン」

眉を顰める局長。
ティファさんは、そんな局長へと少し困ったように小首を傾げた。

「だけど、もうちょっと周りを頼ってもいいんじゃないかしら?」
「え?いつも頼ってますけど・・・?」

局長は不思議そうに問い返したけれど。
ティファさんはそんな局長の目の下を指さす。

「ほら、そこの隈。またちゃんと寝てないでしょ?」
「いえ、大丈夫ですよ?」

にっこりと笑みを返す局長。
その笑顔はいつもの食えない笑みだ。

「もう。
私、WROに行く度に、隊員の人から
『局長に、ちゃんと休めるときに休んでください!って伝えてもらえませんか!?』
って頼まれるのよ?」
「・・・みなさん心配性なだけですよ」

憤慨して見せるティファさんに対し、局長はにこにこと笑うだけ。

「全く頑固なんだから。
これじゃあみんなが心配しても仕方ないわよ?」

ため息をつくティファさん。
WRO隊員代表として、俺は一緒にため息をついた。

「そうなんですよー。時々シャルア統括がドクターストップかけてますから」
「うっ」

僅かに局長の笑みが崩れた。
そういや、俺は局長がシャルア統括に勝ったところをみたことがない。

「あ、そっか。シャルアに言えばいいのね?」

今度はティファさんが怪しい笑みを浮かべている。
形勢逆転だ。
局長は両手を挙げて降参した。

「・・・勘弁してください・・・。
シャルアさん、絶対に引いてくれないんですよ・・・」
「確かに、彼女は強いな」
「そうですよねー。俺も何度か巻き込まれましたよ」
「・・・成程、な」

意味ありげに、クラウドさんが頷いた。

「・・・なんですかクラウドさん、その間は」

警戒する局長を無視して、クラウドさんは俺へと振り返った。

「いいことを聞いた。
レギオン、あんたの頼みなら一度無償で受けてやる」
「マジですか!!ありがとうございます!!!」

俺は跳びあがった。
剣士として、元ソルジャーとしてクラウドさんは憧れの存在!!
そんな人が俺の頼みを無償で受けてくれるなんて・・・!!!

すっ飛んでる俺の向かいで、
ティファさんは美しい笑顔で局長に釘を刺していた。

「あらあら。
リーブ、これであまり無茶なことはできなくなったんじゃないかしら?」
「・・・今回の録音は何処を削りましょうかね?」

俺は慌ててヴォイスレコーダーを守った。

「あ!局長!卑怯ですって!
それでは第4回、局長が負けたところで終わりますー!」

ぽちっと。
停止させた途端、局長が呟いた。

「・・・消去していいですか?」

結構マジな目をしている局長。

「駄目ですよ!!!折角クラウドさんとティファさんとの貴重な話なんですから!!!
それに滅多にない局長の負けた瞬間まで入ってるんですよ?
それこそ10,000ギルどころじゃない価値があります!!!」

俺がさっさとヴォイスレコーダーを仕舞いつつ力説すると
局長はうーんと悩みだした。

「・・・確かにクラウドさん、ティファさんファンにも
貴重な資料になるでしょうけど」
「なあに?どういうこと?」

可愛らしく首を傾げているティファさんと、
青筋が浮いてそうなクラウドさん。

「・・・おい、リーブ。
まさかそこにも売る気じゃないだろうな・・・?」

クラウドさんは中々鋭い。
そして、うちの局長はいつも通りとぼけた。

「おや?何か問題でも」
「問題だらけだ・・・」

じろり、と殺気さえ込めていそうな視線をさらりと流し、
局長な楽しげに付け加えた。

「50%はこちらに入りますよ?」
「え?本当?」

素早く反応したのは、家計と店を預かる黒髪の美女。

「ティファ!」

亭主・・・いんや、クラウドさんが咎めるように名前を呼ぶけれど、
ティファさんの方が上だった。

「ふふ。さっきの会話で何か問題でもあるのかしら?」

勿論、局長は煽るだけ。

「流石ティファさん。素晴らしい」
「でしょ?」
「・・・」

にっこりと笑顔を交わす二人に、クラウドさんは黙り込んだ。
どうやら止められないことを悟ったらしい。
俺も今更ながらとんでもない人たちだと実感した。

「うわあ・・・。お二人最強ですね・・・」

さて、と局長は懐から封筒を取り出し、カウンターに置いた。

「ティファさん、今回の報酬ですよ」
「ありがとう。あら、・・・いいの?こんなに」

中をちらりと確認したティファさんが目を丸くしている。
どうやら予想より多かったらしい。

「ええ。もともと第一回から第三回までで
うっかり稼いだお金の一部ですから」
「結構入りましたよねー」

うんうん、と俺は頷いた。
何しろこれで第4回まで続いており、
回を重ねるごとに売り上げが上がっているという恐るべき企画だったりする。
元手タダなのになーと俺はこっそり思う。

ティファさんが俺を覗き込んだ。

「でも、レギオンは報酬ないの?」

ティファさんの指摘に、俺はぽんと手を叩いた。

「あ。そういや、俺なんも貰ってないです」
「では、鎮痛剤4つでどうですか」

素早く提案したのは、勿論うちの局長。
鎮痛剤の価格から、俺は何となくわかった。
第1回で俺が付けた値段と一致する。

「・・・それってまさか100ギル×4回分・・?」
「ええ」

あっさりと局長は認めた。
ああやっぱり。
と、思ったけれど。

「まあいいですけど」

俺が軽く答えると、
最強と括った二人がきょとんと俺を見返していた。

「え?」
「いいの?」
「いやー。俺、みなさんとこうしてお会いできるだけで役得ですし」

正直に答えると、局長が感心していた。

「・・・意外と謙虚ですね、レギオン」
「まあ、そうでなくても俺、WROで一番の役得ですから。
CSCのみんなに恨まれても本望です」

にかっと笑ってやると、視線の先で局長は首を傾げていた。

「・・・?」
「ふふ。よかったわね、リーブ」
「え?何故私になるんです?」
「いい部下を持ったな」
「クラウドさん?」

いつも通り局長は分かっていなかったけれど
ティファさんとクラウドさんはどうやら分かってくれたらしい。
にやにや笑っていると、局長は懐から別の封筒を取り出した。

「・・・よく分かりませんが・・・
そうそう、これが例の写真ですよ。クラウドさん」
「!!寄越せ」
「どうぞ」

局長が差し出すより早く、クラウドさんは封筒を奪い取った。
『例の』、とつくあたり、そしてこのクラウドさんの反応から
どうやら局長がやらかしたのは、この写真だったらしい。

俺たちの視線から逃れるように
クラウドさんは封筒の隙間から中身を確認し、
その目が鋭く警戒したものから、はっと見開かれた。

「・・・あ・・・」

クラウドさんは驚きの後、何処か安堵と痛みを伴ったような、
複雑な表情を浮かべていて。
ティファさんだけが優しく問いかけていた。

「なあに?」

クラウドさんは、茫然と呟いた。

「・・・リーブ、これは」

対する局長は、穏やかに微笑む。

「ええ。神羅のデータを探ってたらでてきたんですよ」
「・・・確かに、価値などつけられない」

ふう、とため息をついて
クラウドさんは封筒の中身を取り出した。
一枚の写真には、黒髪のつんつん頭の青年。
俺と同じでっかい剣を背負って、ピースサインを決めていた。

「・・・?あれ、これ誰です?
ソルジャーみたいですけど・・・?」

俺の疑問に、ティファさんが答えてくれた。

「ザックス、よね。
ふふ、楽しそうに笑ってるじゃない」
「お知り合いですか」
「クラウドのすっごく大切な人。
真似したくなるくらい、ね?」
「・・・ティファ」

何か言いたげなクラウドさんを局長が楽しげに遮った。

「私は真似できませんでしたが」
「・・・リーブ」
「素敵な写真でしょう?」

局長の笑みにつられたのか。
クラウドさんが初めて笑みを浮かべてくれた。

「・・・ああ。ありがとう」
「いえ、ご協力感謝しますよ、クラウドさん」

fin.