留まる者。

ケット・シーはデブモーグリの上で座り込んでいた。
コスモキャニオンの夕焼けが眼下を赤く染めていく。

他の仲間はいない。
彼らだけが、じっと空を見上げていた。
赤い、赤いメテオを。

・・・みんなどうしてんのやろ。

つい数刻前、彼らはミッドガルにて宝条との死闘を終えたばかりだった。
神羅の崩壊を見届けて、ハイウインド号に戻るなり、クラウドが言った。

ーみんなも、一度船を降りて、そして自分の戦う理由・・・それを確かめてほしいんだ。そうしたら、帰ってきてほしい。

リーダーの言葉を受けて、仲間はそれぞれの戦う理由を確かめに各地へ散っていった。

シドはロケット村へ。
ユフィはウータイへ。
バレットはミッドガル、正確にはそこから避難した場所。
ヴィンセントは・・・多分、あの洞窟へ。
レッドはコスモキャニオンへ。
クラウドとティファは・・・そのまま船に残った。

ケット・シーはふう、とため息をつく。

・・・全く、リーブはんも面倒なことゆうんやもんなあ。

『戦う理由、ですか』
『あんさんはもう、決まっとるやろ』
『・・・ええ。私は最後までミッドガルの住民を守ります。ですが』
『・・・なんや?』
『ケット・シー。貴方はどうですか?』
『・・・はあ?何ゆうてんのや』
『今クラウドさん達と共に戦おうとしているのは、私ではなく、貴方ですよね』
『同じことやろ』
『いいえ。
私が私の理由のためにミッドガルにいるように、
貴方にも、貴方だけの戦う理由があるはずです』
『ボクだけの理由・・・』
『それを探してください。
見つけられないまま、クラウドさんの元へ戻ることは許しませんよ』

・・・ボクはリーブはんの分身やから、
ミッドガルから離れられへんリーブはんの代わりに戦う、でも十分やのに。

あの言い方やと、許してくれへんやろうな。

*  *

ボクの理由・・・。

元々ボクはゴールドソーサーのイメージマスコット、の予定で作られた。

リーブはんが神羅の仕事の合間をぬって作り出した遠隔操作ロボット。
ただどうも維持に金がかかりすぎる、との理由で不採用になったらしいけど。
放っておけば廃棄処分やったボクを買い取ったのがリーブはんやった。
この時点でだいぶ阿呆やけどな。

そんでボクを引き取った日、何のきなしに声を掛けながらボクを撫でたとき。

空っぽの筈のボクに、そそぎ込まれた何か。
単に電源を入れただけとは違う、
ボクがボクやとはっきり認識ができるもの。

『心』。

ボクは目の前の人が自分のマスターやと自然に理解できた。
だから、手を挙げて挨拶したんやけど。

どうやらこのマスターは自分が引き起こした現象をさっぱり理解してなかったらしい。
固まったリーブはんに説明しようにも、ボクは生憎目覚めたばかりでリーブはんの言葉を返すくらいが精一杯やし。

やから、最初は幻聴、幻覚の類やと思ってたらしい。
それか、静電気で偶然電源が入ったんじゃ、とか呟いてたな。

頭堅すぎやな。

それでもどうやらリモコンなしでもボクが動くらしい、
つまり『リモコンなしに遠隔操作できるロボット』、というとこまでは認識したらしい。

・・・この時点では、リーブはん自身の異能力、
後に『インスパイア』と呼ばれる力にはきいついてなかったんや。

リモコンなしで何故遠隔操作できたのか、についてリーブはんは色々試して、
どうやら意志を送るだけでボクを操作できるようになった。
人が思考するときの微弱な電流を特殊ロボットが受け取って動く、とか何とか言っとったけど。

・・・阿呆やな。

*   *

ずっとこっそり調整していたボクを、初めて他人が操作したのはザックスはんやった。
いやー話しかけたらえらい驚いてくれてなあ。
リーブはんもボクもその反応に大満足やった。
やから、秘密のリモコン、
これは当初の予定通りに作られた遠隔操作用のリモコンやけど、
をリーブはんは渡して、ザックスはんは楽しそうにボクを動かしてた。

この頃やろか。
リーブはんが、ボクのカメラアイが捕らえた映像まで見えるようになったってゆうたのは。
そんで流石にボクが動く原因は、自分にあるんやないかってちょいと考え出したらしい。

・・・遅いなあ。

その次にボクを操作したのは、タークスの兄ちゃんやった。
ロッド、っていってたっけな。
ヴェルドはんの頼みで特殊なマテリアの捜索として、ボクが道案内することになったんやな。
敵に見つかるわ、ばらばらにされるわ、散々やったけど、
ロッドはんがちゃあんと修理してくれたし。
この兄ちゃんもえらいのりのりでボクを操作してくれたっけな。

・・・やけど。

ザックスはんも、ロッドはんも。
もう、おらん。

ザックスはんは神羅に楯突いたーとかよう分からんけど、
クラウドはん庇って最後まで戦って・・・。
殉職したって社内報でたとき、リーブはんごっついショックみたいで暫く呆然としとったな・・・。

ロッドはんは・・・。
なんやどえらいウエポンと戦ったことはあとで知ったんや。
ルーファウス神羅の報告書にロッドはんも殉職したと・・・。

*   *

暫くして、アバランチによって壱番魔こう炉が爆破され、
7番街プレート落下という最悪の悲劇が起こった。

逃げたクラウドはん達のスパイとしてリーブはん、正確にはボクのことを指名したのは、
何故かルーファウス神羅やった。
リーブはんはそれを不審に思いながらも
ミッドガルを破壊し、多くの死者をだしたアバランチへの怒りもあり、社命に従ったわけやけど。

この頃には、ボクがボクの意志を持つ別個の生物、とリーブはんも漸く理解しとった。
まあ、ボクも言語を学習して結構喋れるようになっとったしな。
やから、1号機のケット・シーはゴールドソーサーに行く前にいっとった。

「やけど心配やなあ」
「見破られないようにするのが、ですか?」
「ボクやなくて、リーブはんや」
「え?」
「あんさん、工作員とかしたことないやろ」
「・・・私は関係ないです」
「そやろか。あんさん、どっかでボロだすんちゃうか」
「・・・」

*   *

そうして僕は強引にクラウドはんたちについてった。
最初は単なるスパイやったボクが、コレル村の真実を知って・・・
ボクもそうやけど、何よりリーブはんの動揺ははかりしれんものがあった。
しゃあないけどな。
ずっと、村の反乱のせいで焼かれたと思っとったのが、
本当は魔晄炉の事故を隠すために神羅の手によって滅ぼされたんやから。

答えがでんままに、キーストーンを神羅に渡す日が来た。
ボクはリーブはんの命ずるまま、ヘリでやってきたツォンにキーストーンを投げた。
そして、スパイがばれた。

このままボクの役目は終わりでもよかったんや。
でも・・・

いつも暖かい笑顔で名前を呼んでくれたエアリスはんの責めるような目や、クラウドはんの破棄捨てた声が。
このままで終わりたない、と思った。
その思いは、ボクだけやない、リーブはんとも完全に同調しとった。やから。

リーブはんは卑怯やと思われるのがわかっていて、マリンちゃんを人質として提示して見せた。
そのまま、パーティーに居座るために。

*   *

神羅のスパイだとばれてから、ボクの立場は微妙で、誰も暖かい言葉をかけなくなった。
・・・そりゃあそうやな、スパイやからな。
バレットはんは、マリンちゃんという人質がなかったら真っ先にボクを壊してただろうと
容易に分かるくらい睨みっぱなしやった。

その最中、あの黒マテリアの話になったんやな。
黒マテリアをどうやって持ち出すか。
あんときはボク、正確に言うと前のケット・シーは大層喜んだ。

・・・これは、ボクにしかできんこと。

仮初めの仲間の、スパイでしかない自分だけど、今ここにいる意味を、示せるんじゃないかって。
リーブはんが止めようとしてくれるのは嬉しかったけど、前のボクは迷いなくリンクを切った。
そして、黒マテリアはクラウドはんのもんになった。
・・・まあ、色々あって奪われてしもたけど。

そして、エアリスはんが・・・古代種の神殿で亡くなってしもうたとき。

ボクは呆然として。
リーブはんは・・・どうして一度くらいエルミナさんと話をさせなかったのか・・・とえらい後悔しとった。

・・・誰かを失うなんて、思いもしなかった。

*   *

クラウドはんの心が壊れて消えてしもて、
バレットはんとティファはんが神羅に捕まったとき。
リーブはんは神羅にばれへんぎりぎりのところまで精力的に動きまくってた。
ジュノンのガス処刑室の見取り、警備の数、スカーレットの当日の動き、
そんなものまで全て情報を集めて、躊躇いなくボクを通じて残りのメンバーに伝えた。

そんで、ジュノンにボクが乗り込んだ。
リーブはんは気づかんかったかもしれないけど。
ボクはわかってた。

・・・みんながボクを、そしてリーブはんを信じてくれているってことが。

ティファはんも、バレットはんも、
そしてミディールでクラウドはんも無事合流して。
よっしゃ、これでパーティー全員集合やっておもたときに、

ミッドガルが連続した脅威に曝されたんやな。

最初はウエポンがくる、ゆうてリーブはんはボクを通じてみんなをミッドガルに呼び寄せた。
それがなんとかなったかなー思ったときの、
宝条のキヤノン砲乗っ取りという暴走や。

ありゃあ、本当にやばかったな。
使ったばかりのキヤノン砲を、十分な冷却なしでもっかい使ったら、砲台が持たずに爆発する。
その規模は、ミッドガルという街全域を飲み込むほどの大爆発や。

そやさかい、リーブはんは動転した。
あんだけ動揺したリーブはんなんて、ボクも初めてやったし、
混線しとるって分かってるのにボクも制御できへんかった。

そんで混乱序でにクラウドはんたちとハイデッガーたちに
・・・リーブはんのことがばれたんやっけな。

クラウドはんたちは・・・まあ、シドはんには前からばれとったし、特に拒絶せえへんかった。
あのバレットはんでさえ、とっくにばれてるよ、としか言われんかった。

やけど、ハイデッガー達はそうはいかんかった。
裏切り者、と罵り、兵士達によってリーブはんは捕まってしもて、会議室の盗聴もきれてしもた。
・・・ボクにはどうすることも出来へんかったけど。
クラウドはんたちは、宝条を倒した後に、リーブはんを助けてくれた。

*   *

そんで、冒頭のクラウドはんの言葉に戻るんやけど。

ボクは空を覆い尽くすメテオを睨む。

メテオの真下にミッドガルがあって。
ミッドガルの神羅ビルに、リーブはんがいる。
リーブはんはミッドガル住民の避難を指揮するため、
神羅ビルに残ることを決めとった。

・・・リーブはん、ミッドガルから離れる気は、ないんやろな。

このままやと、・・・リーブはん、死んでしまうんかな。

あかん、と思った。

そりゃボクの本体やから、リーブはんが死んでもうたら
ボクも死ぬやろ、という確信もあるけど、それだけやない。

・・・リーブはんには、生きてほしい。

いっつもなんや不器用に苦労ばっかり背負って
慣れへん誘拐犯になって人質とって。
でも結局罪悪感でいっぱいで。
最後の最後まで、ミッドガルの人らが心配で
このままやと自分かて死んでまうこともわかっとるやろうに。

ボクみたいな玩具が言うのもなんやけど。
リーブはんは、もっと報われてもええんとちゃうか。

他の幹部が消えた中で馬鹿正直に神羅の指揮をしとる
底抜けにお人好しなマスター。
もうちょっと、幸せになってもええんとちゃうか。

・・・ミッドガルと心中なんて、させてたまるか。

それに。

ボクには勿体ないくらい、ええ仲間もできた。
クラウドはん達も、死んでほしくない。
生きて、みんな大切な人のところに戻ってほしい。

・・・ああ、そうや。
だから、ボクは。

*   *

『答え、でたで』
『・・・ケット・シー?』

何処にいても、こうして主から返事が返ってくる。
ボクにはそれが一番大切なこと。

『ボクの戦う理由は、リーブはん、そしてクラウドはん達や』
『・・・どういう意味ですか?』

不思議そうな声に、ボクはボクの生涯で一番真剣な声で返した。

『ボクは、リーブはんに死んでほしない。クラウドはん達もや。
やから、最期までクラウドはん達と共に戦って、
そんでメテオを防いで、リーブはんも生きてもらうんや』
『・・・ケット・・・』

滅多に動揺しないリーブはんの声がちょいと揺れていて。
ちょっとは感動させられたんかな、と誇らしく思った。

『そうそう。ケット・シー、一つだけ朗報がありますよ』
『なんや?』
『ロッドさんは、生きています』
『ほんまか!?』

ボクは思い切り食いついた。

『どうやらヴェルドさんが隠していたようですね・・・』
『・・・なんで、生きてるてわかったんや?』
『彼らも避難の手伝いをしてくれているんですよ』

穏やかな声がとても嬉しそうに聞こえた。

・・・ロッドはんが避難の手伝いに来てくれてはる。
リーブはんもさぞかし心強いやろうな・・・。

そこまで思考して、ボクははた、と気づいた。

『・・・ん?てことは、ロッドはんたちも、ミッドガルにおるんやな?』
『ええ』
『・・・なら、尚更戦わなあかんな』
『・・・ケット?』
『セフィロスも止めて、メテオも防ぐってゆうてたやんか』
『ああ・・・。シドさんの言葉ですね』
『ボクは、リーブはんやクラウドはんらを生かすために、大空洞でセフィロスと戦う。・・・それで、ええやろ?』

それが、ボクだけの戦う理由。

『・・・勿論ですよ』

*   *

さて、とボクはメガホンを取り出す。
このままデブモーグリを操って飛空艇に戻るつもりやったけど、
その前にリーブはんの声が引き止めた。

『・・・ケット・シー』
『なんや』

マーベラスチアーをくるくる回しながら、ボクは上機嫌で返事をする。

『気をつけてくださいね』
『あんさんもな』
『ええ』

あっさり返った声に、ボクはふとマーベラスチアーを振り回す腕を止めた。
ボクからはリーブはんの様子は殆ど分からんけど。そういえば。

『・・・ゆうてもあんさん、ずっとリンク繋げてるつもりやろ』
『おや、ばれましたか』

マスターであるリーブはんからは、ボクの行動は全て筒抜け。
そしてリンクを繋げていれば、ボクを文字通り遠隔操作できる。
やけど、甘いな。だって。

『ボクが切るけど』
『・・・切らないでくださいよ。一応本体なんですから』
『ダメージを無駄に受ける必要ないやろ』
『私も戦いたいんですが・・・』

尚も諦めきれない、といったこのマスターの考えとることは
ボクからは様子が分からんけど、でも分かる。

リーブはんのことや。
きっと、本当は自分が正面切って戦うべきところやのに
ミッドガルを離れられないからボクに任せざるを得なくて、
それが申し訳ないとか思とるんやろ。

やからせめてずっとリンクを繋げるつもりなんやろけど。

『リーブはんは既に戦っとるやろ』
『え?』
『前にゆうたやろ?
あんさんの戦う場所は、今あんさんがいる場所。ミッドガルや』
『・・・』
『・・・それに』
『それに?』
『ボクは独りやない。クラウドはん達と一緒やし、リーブはんとはずっと繋がっとる』

リンクを切ろうが、本当の繋がりは切れへん。

『・・・ケット・シー』

ようやっと納得したやろか。
ボクはにやりと笑って、もう一度マーベラスチアーを掲げた。

『ほな、行くで』

『・・・ええ。いってらっしゃい、ケット』

fin.