目的

神羅は妹をさらった。

私は妹を取り戻すために何でもやった。
しかし、神羅が存在する間に、私が妹を見つけることは出来なかった。

ジェノバ戦役で神羅は崩壊し、代わりのように新しい組織が生まれた。

世界再生機構。通称、WRO。

そのトップは神羅の元幹部だ。
どうせろくでもない。
しかし、組織の外にいるよりも、中にいるほうが組織崩壊はおこしやすい。

私は組織に潜り込んだ。

幸いなことに、トップである元神羅幹部、もとい、リーブ・トゥエスティは戦闘能力がさほどない、と噂で聞いていた。
ならば、この混乱が収まり次第・・・皮肉なことに、今戦後の世界をまともに機能させるためにはWROは必要不可欠だった・・・いつでも暗殺くらい可能だろう。
暗殺、は最終手段であるが。
内部にいるならば幾らでも切り崩す隙がある筈。

「・・・さらった人たちを、何処へやった?」
「何度聞かれても返事は変わりません」
「とぼけるな。今神羅のトップはあんただろう?」
「ですから、もう神羅はありません」
「ふざけるな!!!」

口論の内容は、毎回変わらなかった。
いつか必ず、この組織をぶっ潰してやる、と固く心に決めた。

しかし、WROがなければ困るのは自分も同じだった。

科学者としてしか生きられない自分が、妹を捜し続ける資金を得るにはそれなりの設備を持つところに就職するしかなかった。
そして妹に関する情報を何処よりも早く正確に掴めるのは、腐っても神羅のネットワークであり、それを引き継いでいるWROのみ。
私は機会を伺いつつも、悶々とした日々を暮らしていた。

WROに勤め始め、更に問題点が浮上してきた。
リーブ・トゥエスティの暗殺計画だ。
私以外にもWROを快く思っていない連中は多く、知る限りでも週に2回は襲撃されていた。もはや習慣と言ってもいい。その度に生還するのは、彼の運ではなく、勿論理由がある。

ヴィンセント・ヴァレンタイン。

ジェノバ戦役での英雄の一人であり、リーブ・トゥエスティの友人だ。
元タークスである彼の護衛は完璧であり、無事を聞く度に暗殺の困難さが増すのを否応なく感じさせた。

そして困ったことに・・・リーブ・トゥエスティ自身も、英雄の一人であることがこの程判明した。
当初正体不明とされていた、英雄の一人、ケット・シー。そのロボットの操縦者がリーブであり、神羅の情報を流していたらしい。

この元幹部は、とっくの昔に神羅に反旗を翻していたのか。

そうしてWROに入ってきた奴らをよく見渡すと、経歴も理由も様々だった。
元神羅職員から、アバランチ、星命学者から一般者まで。
嘗ての敵同士も、WROでは不思議と調和が取れていた。
そしてその調和の要は・・・間違いなく、リーブだった。
神羅幹部でありながら、アバランチと行動を共にし、最終的に星を救った英雄となった。
つまり両面をもつトップだからこそ、それまでの立場を超えた人材がWROに集まるのだろう。

彼が消えれば確かにWROは崩壊する。
が、しかしそれ以上に世界の混乱を招くことは必至。

私は、仕方なく暗殺を諦め、科学部門の仕事をこなしつつ妹の捜索に専念することにした。
そんなある日、私は局長室に呼び出された。

「・・・正気か、あんた」
「何がですか?」
「散々あんたに楯突いてる私を、科学部門統括だと?」
「はい。貴女は優秀な科学者です。そして信頼の置ける人間ですから」

さらりというな。

「・・・後悔するぞ」

彼は、ただ静かに微笑んでいるだけだった。

翌日から、仕事の量が半端なく増えた。
が、それ以上に権限が広がり、今まで開示されなかった情報を見ることもできた。一部ではあるが。

「・・・あいつめ」

give and takeといったところか。
それでも、有力な情報は、何一つ手に入らなかった。
ディープ・グラウンド、DGの襲撃までは。

私は敵である組織の中に、生涯をかけて追い求めていた姿、華奢な少女を見つけた。

だが、その瞳は嘗ての彼女の色ではなかった。
作りものめいた青は、魔こうを帯びた者の証。
彼女の身に何があったか、聞くまでもない。
拒否されることなどわかっていた。
それでも私は、取り戻したかった。

だから、後悔はしていない。

私が消えても、妹は必ず取り返す。
後のことは、WROが・・・局長が何とかするだろう。

何故か、そう信じることができた。

   *   *

霞がかった視界の向こうに、彼女がいた。

彼女はこちらに気づいたらしく、恐る恐る近寄ってきた。
私は声をかけてやりたかったが、生憎馬鹿みたいに口をぱくぱくすることしかできなかった。
魔晄の中では、音など伝わらない。

それでも彼女は・・・ただ一筋の涙を流してくれた。

それから10日程ポットのお世話になり、やっと出られた頃には、かれこれ2年は経っていたらしい。
妹や同僚たちの大歓迎を受けた後、私は局長室に呼び出された。

「本当に、目覚めてよかったですね」
「まあな」

コーヒーを受け取りながら、私は等閑に返事をする。
本人にとっては昨日寝て、次の日目が覚めたくらいの感覚でしかないが、周りにとっての2年は大きいだろう。

「シェルクさんの献身的な看護のお陰ですね」

いつもは胡散臭い男が、今は安堵の笑みを浮かべている。それが何やら落ち着かない。

「・・・早速ですが、シェルクさんがWROの情報部門統括に就任されていることは、ご存じですね?」
「ああ。シェルクから聞いた。あいつを雇ってくれて感謝する」

幼い頃に誘拐され、以来DGに所属していた妹が普通に就職できるとは考えられない。
しかも魔晄がなければ生きていけない体になっていたため、WROが庇ってくれなければ2年もの間生き続けることは出来なかったはずだ。

「いえ、シェルクさんの働きでこちらも随分助けられていますから」

目の前の男の態度は、終始穏やかなままだ。
反対意見も多数あったろうに、この鷹揚な笑顔でのらりくらりとかわしたに違いない。
後は、シェルク自身の実力と人柄で周りを納得させられると踏んだのだろう。

「油断は出来ませんが、シェルクさんの体は、もう殆ど魔こうを必要としていません。後一年ほどリハビリを続ければ、完全に魔こうを絶てるでしょう」
「本当か!?」
「ええ。科学部門からの報告です。信用できるでしょう?」

貴女の部門ですから、と付け加える。

「そして、貴女の方は、あと2、3日検査を受けていただき、異常がなければ復帰できるそうです」
「そうか」

ふう、と息を吐き出す。

「・・・待て。今、復帰、と言ったな?」
「ええ」
「なんの復帰だ?」
「勿論、科学部門統括の、ですよ」
「・・・はあ?」

開いた口が塞がらない、とはこのことだろうか。
私はこめかみに指を当てた。

「・・・シェルクから聞いたが、私が目覚める可能性はほぼ0だったのだろう?」
「ええ。ですが、貴女はこうして目覚めました。
2年は労災による病欠扱いになっています。医師の診断書はありますから、後で書類の提出をお願いしますね」

さくさくと話を進められ、私はがっくりと座り込んだ。

「・・・2年も、科学部門統括の座は空白だったのか?」
「空白ではありませんよ。2年前からずっと、貴女が科学部門統括です」

因みに代行はダナがしてくれていました、と続ける声もやけに遠く聞こえた。

「・・・」

何と言っていいのかわからない。
一生目覚めない可能性の高い職員の、ましてや幹部の座を取り消さずにこの男は・・・待っていたというのか。

「・・・局長。お人好しにも程があるぞ」
「優秀な人材を手放したくないだけですよ」

くすりと笑ってみせるこの男はやはり食えない人物だが、この男でなければWROは続かなかっただろう。

「・・・わかった。さっさと復帰させてもらおう」
「はい。ですが、くれぐれも、無理はしないようにしてください。
貴女に何かあったら、またシェルクさんが一人になってしまいますよ」
「・・・ああ。わかっている」

妹を任せられると思った直感は間違いではなかったが、まさか自分まで命と、居場所を守られるとは思わなかった。

「・・・局長」
「何でしょう?」

策士で、狸で、食えないくせに、誠実で実直。
全く彼の中でどう折り合いをつけているのやら。
異常なまでに懐の深い男に、私は潔く頭を下げた。

「ありがとう。これからも、世話になる」
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いします」

fin