相談

某時刻、WRO某棟屋上へ続く扉を開けた。
強い風に白衣が翻る。
シャルアは手摺りに寄りかかった若い職員を見つけた。

「・・・おい」

振り返った職員は科学部門でも極最近入隊した男。
シャルアの姿を認めた途端、直立不動になった。

「シャ、シャルア統括っ!!!」
「あんたが、呼び出したやつか?」
「は、はい!!!!っ・・・!!!」
「・・・っていきなり泣くな」
「だ、だって・・・!!!ほ、本当に、来ていただけるなんて、嬉しくて・・・!!!」
「・・・」

*   *

「改めまして。僕は、アルフレッドといいます。
貴女が好きです。僕と、つき合って、いただけませんかっ!!!」

泣き止んだ相手は、緊張のためか一気に叫んだが、シャルアはゆっくりと首を振った。

「・・・感極まってるところ悪いが、・・・つき合えない」
「そう、・・・ですよね」

しゅん、と俯いていたが
それでももう一度彼は視線を合わせてきた。

「あ、あの・・・」
「ん?」
「り、理由を、教えていただけませんか」

成程、とシャルアは頷いた。
一応曲がりなりにも告白をされて断ったのだから
理由は伝えるべきだろう。

「・・・あたしは、まずこのよく分からん感情をどうにかしたいんだ」
「・・・よく分からない感情?」
「まだ纏まらなくてな。あたしらしくない」
「それは・・・、特定の、誰かに対する感情、ですか・・・」
「ま、そうだな」
「そうですか・・・。僕でよければ、お手伝いします!!」
「・・・は?」

流石のシャルアも想定外の答えに止まった。
逆に相手は勢い込んだ。

「それがはっきりすれば、いいんですよね!?」
「ま、まあそうだが・・・」
「やりましょう!!!」
「待て。あんた、自分の言ってることわかってるのか?
あたしはあんたの気持ちを断ったんだ。
その上で相談に乗るのか?」
「乗ります!!」
「いや、無理だろう」
「無理じゃないです!!」

引く気のなさそうな相手にシャルアはやれやれ、と肩を竦めた。

「・・・まあ、あたしも持て余してたしな。
あんたが暇なときでいいから、相談に乗ってもらえるか」
「僕で良ければ!!!」

*   *

結局その日は時間が取れず、
数日後シャルアたちは、食堂にておちあうことになった。
二人席を陣取り、ピンと背筋を伸ばしてアルフレッドは切り出した。

「・・・えーその、特定の人の、名前はいいです。どんな人ですか?」
「どんな、か・・・」

一方のシャルアは足を組んで凭れ、ぽんと浮かんだ単語を呟く。

「狸だ」
「た、狸???」

予想外の単語に、相手は戸惑ったらしい。
が、構わずシャルアは続けた。

「抜け目が無くて、計算高い。でもって、隙がない」
「は、はあ」
「・・・が。残念ながら借りばっかり増えてる」
「・・・えっと。
あ、あの、それって、その、お金の問題とか、では・・・ないんですよね?」
「もっと重いな」
「えええええ!?」
「あたしと、妹の命だ」
「え?」
「あたしだけで助けるつもりだったんだ。が、結局あいつの力を借りるしかなかった」

どんな仮定を用いても、あいつ抜きでは妹を助け出すことは出来なかった。

「・・・助けて、くれた人、なんですね」
「ああ。助けを求める人は勿論、求めてなくても助けにいくやつだ。たちが悪い」
「そ、それは悪いことじゃないんじゃ」
「更に悪いことに、なかなか借りを返す機会がない」
「・・・」
「ただ、・・・」

シャルアはふと遠くを見つめ、言葉を切る。
アルフレッドはその横顔に問いかけた。

「ただ?」
「・・・あいつは、どうなんだろう?」
「え?」
「そりゃああいつは世界中の知り合いに、協力を求める形で尽きることのない問題を解決している。
だが、あいつが・・・、あいつ自身の問題に関して、助けを求めたことはあったんだろうか?」
「・・・」
「・・・いつみてもあいつがあの食えない笑顔を崩すことはない。
だが、本当は・・・何か抱え込んでるんじゃないか?」

じっと聞いていた相手は、やがて確信を持って口を開いた。

「・・・局長、ですね」
「・・・そうだ。
問いつめても簡単に答えるやつじゃない。その前にこちらの問題を看破するやつだ。
全くもってたちの悪い・・・」

相手は何か気づいたように小さく笑った。

「・・・心配なんですね、局長のことが」
「心配?」

シャルアは怪訝そうに聞き返す。
アルフレッドはひとつ頷く。

「僕たち局員もそうです。でも、貴女はきっと、僕たち以上に局長が心配なんですよ」
「・・・?」

分かっていないシャルアに彼は畳み掛けた。

「シャルア統括、いえ、シャルア、さん」
「ん?」
「どうしてそんなに局長・・・リーブ・トゥエスティが、心配なんですか?」

見返すと、怖いくらいに真剣な表情。
咄嗟に返せず、シャルアは沈黙を保った。

「考えて、みてください。答えはきっと、見つかりますよ」

*   *

統括としての仕事を熟しながら、食堂での会話を思い出す。

「答え、か」

アルフレッドは、シャルアの感情を
リーブに対して心配していると言っていた。

・・・心配。あいつのことが?

どうしてだ。

シャルアは提出すべき書類を抱えてラボを出る。

あいつが死んだら困るーこれは、確かだ。
WROという組織のトップだからだ。

・・・それだけか?

「・・・ん?」

ふと顔を上げる。
無意識に局長室に向かっていたが、よく考えれば、あいつはこの一週間出張だった。
ため息をついて、ラボへと引き返す。

・・・そういえば、WROに入ってから、
欠かさずあいつのスケジュールをチェックしていたな。

最初はWROを潰すため・・・つまりリーブを暗殺するために。
暗殺を諦めた後は、情報収集のために。
だが、今は?

エレベーターを待ちながら、シャルアは考え込む。

・・・幹部の一人として、か?

どうもしっくりこない。
元々あたしは組織なんてどうでもいいんだ。
組織維持のためにトップのスケジュールをチェックなんて
どう考えてもあたしらしくない。
*   *
ラボに戻ったものの、答えは出なかった。

しかし、数日後、
思いもしないところから振ってきたらしい。

その日もシャルアは休憩時間に「心配」の理由を考えていた。
自分の思考に没頭していたために、部下からの呼びかけに気付かなかったらしい。

「統括!!!」

顔を上げると疑わしそうな表情の部下がいた。

「・・・なんだ」
「さっきから呼んでたんですけど」
「・・・そうか、すまん」

謝ったシャルアだったが、部下は尚も疑わし気にじいっと自分を凝視している。

「・・・どうした」
「統括、まさか・・・」
「まさか?」

意味が分からず問い返すシャルアに、部下はぐっと拳を握りしめて叫んだ。

「コイワズライですか!?」
「・・・コイワズライ?」

予想外の単語に、鸚鵡返しに言うことしか出来なかった。

コイワズライ

聞き慣れない単語だが、一応知識はあった。
シャルアは妙に遅くなった思考で変換を試みる。
確か、恋患い、のことか。

「・・・ん?」

ちょっと待て。

・・・恋、・・・だ、と?

時が止まったような統括の様子がおかしかったのか、
部下はからかい半分、忠告してきた。

「いけませんよー?いくら可愛い年下だからって虐めては」
「何処が年下だ」
「え?違うんですか?」
「・・・ん?」

話がずれている。
それに気付いた統括と部下は、暫し時が止まったように顔を見合わせた。

「「・・・」」

先に復活したのは部下だった。
大声で宣った。

「・・・もしかして既に浮気ですかっ!!!」

盛大に勘違いした部下を勢いつけてぶん殴ってやる。

「誰が浮気だ」
「いてて・・・。酷いですよ、統括」
「お前が悪い」
「だって・・・」
「しかし・・・、恋患い、か」
「・・・と、統括・・・?」
「成程。そうもいえなくは、ないのか」

・・・いや、きっとそうなのだろう。

*   *

「答えは、出ましたか?」
「・・・出たらしいな・・・」

カフェの窓際の席似て、げんなりとしながらシャルアは返す。
向いにかけたアルフレッドは・・・寂しそうに笑った。

「きっと僕の予想通りですね。
じゃあ、最後に。振られた僕の頼みを聞いてもらえませんか」
「なんだ?」
「局長を、お願いします」
「・・・は?」

意味を把握出来ず、シャルアはぽかんと相手を見返した。

「僕も、局長に・・・このWROに救われた一人です。
あの人がいなければ、僕の町はとっくにDGに消されていたでしょう」
「・・・」

シャルアは人が消えたカームの街を思い出す。
灰色の、時を止めた様な廃墟。
だから、とアルフレッドは続けた。

「その気持ち、大切にしてください。
それから、きっと、伝えてください」
「・・・」

fin.