神羅屋敷

薄暗い洋館に、とてとて、と独特の足音が響く。

「相変わらずくっらいとこやなー」

きょろきょろと見渡し、気味悪さにぶるりと震える。

『まあ・・・神羅屋敷、ですからね』
「そやなあ・・・」

はあ、と主と分身は揃ってため息をつく。
通常の感性をもつ人間なら、まず訪れようとはしない場所、神羅屋敷。
ケット・シーがやってきたのは、神羅屋敷地下の表沙汰にはできない資料をもう一度浚うためであったりする。

そもそもここはヴィンセントが人体実験されただけでも悍ましい場所である上に、
DGSとの戦いではオメガレポートという重要な書類が残されていた書庫でもある。
本当はもっと早く調査に乗り出したかったのだが、
メテオ消滅後もロッド達の襲撃後もDGS出現後も都市の復興やら人道支援やらを最優先にしていたため、
どうしても後回しにしてしまっていたのだ。

・・・ですから、別のトップを決めてくださいといったんですけどねえ・・・。

はあ、とため息をついてしまう。
それは後回しにしてしまった自分への言い訳にすぎないと分かっていてもついつい思ってしまった。
かといって、他の誰かに任せるにはあまりにも闇が深すぎる。
分析にはどうしても科学部門や情報部門の手が必要であったが、それも出来れば最低限にしたかった。

誰の目にも触れさせたくはない。
人の心を蝕むだろう諸々の実験の跡など。

だから、リーブ独りで出来るだけ把握し、どうしても、という部分だけWROを頼ろうとしていたのだが。
もしかしたら、もっと早く手を着けていればDGSの存在にも気づけたのでは、
そうすれば犠牲も減らすことができたのでは・・・。

そう、思っても仕方ないことを考えてしまう。

過ぎたことは、失ってしまったものは二度と戻らない。
戻らないが・・・せめて、次の惨劇を防ぐことはできるかもしれない。

だからこそのケット・シー投入だった。

*   *

きい、と朽ちた床が鳴く。
静まり返った屋敷にすうっと溶けていく音が薄気味悪い。

『・・・すみません』
「なんや?」
『本当は、私が行くべきところなんですが・・・』
「今きとるやんか」
『貴方ではなく、私が、という意味ですよ・・・』

正面のステンドガラスが埃で薄汚れていた。
差し込んだ淀んだ光が足下を汚すようだった。

「・・・リーブはんがここに来る前に
レギオンはん達に見つかってとっちめられるのが目に見えとるやんか」
『とっちめられるって・・・』
「だってそうやん」
『・・・』

分身のもっともな指摘に返せなかった。
リーブが反対したにも関わらずに勝手に創設されてしまった局長専属護衛部隊は、
更に諸々の事件後にその数を増やし、今や20人にもなってしまっていた。
護衛隊長のレギオン独りでも出し抜いて単独行動するのが難しい上に、
20人の各がくせ者揃いで、リーブがこっそり行動しようとしても悉く見つかってしまっていた。
そうして彼らは危険だのトップのくせに立場を弁えてください!だの散々説教してくるのだ。

・・・心配性ですよねえ・・・。

因みに一番潜り込みたい場所は神羅ビル地下のDGである。
DGSとの戦いの後、襲撃され序でにリーブ本体で侵入できたが、
詳細な調査をすることはできなかった。
それ以来、やはり部下達の目が厳しくミッドガルに近づくことも困難になっていた。

・・・全く・・・。課題山積みですよ・・・。

自分が死ぬ前に神羅の闇を片づけてしまいたいというのが切実な願いであるはずなのに、
WRO局長としての仕事が増える一方でなかなか手が回らない。

・・・さっさと引退するべきでしょうか。

ふとそんな考えさえよぎるが。
WRO局長でなければ出来ないだろう商業、工業、教育や医療機関などの復興、
再建諸々も何処まで出来るか分からないが進めたいというのも事実で。

・・・欲張り、なんでしょうか・・・。

優先順位をつけることさえ追いつかないくらい、全てを同時並行で進めるしかなかった。
心なしか気持ちが沈んでくるが、ケット・シーの視界の端に不穏な影がちらつく。
風もないのに揺らめく、白いカーテンのような・・・

『ケット!』

「げえ!!」

背後からモンスターが3体、ふわふわと現れていた。
頭部はお化け南瓜、胴体は白いカーテンのようなモンスター。
ファニーフェイスという名のモンスターは、レベルとしては大したことはないが
ファニーの息(全混乱)やら呪いの言葉(沈黙)など、
状態異常系の厄介な攻撃をしてくる。

「ファイア!!!」

間髪入れずにケット・シーが叫ぶ。
装備していた緑のマテリアが輝き、3体が一斉に炎に包まれる。
ファニーフェイスが苦悶の呻きと共に消えた。

「・・・やれやれ、やなあ。
ここ相変わらずモンスターだらけやんか」
『だから一般人が近寄れない、というのもあるんでしょうねえ』
「全く。リボンつけてなかったら結構怖いとこやしなあ・・・」

ケット・シーが胸元にあるリボンをぽんと叩く。
状態異常を全て防ぐという貴重なアイテムである。
いくらケット・シーでも、単身で侵入した場合の状態異常は命取りである。

「で?すぐ地下に行くんか?」
『その前に、一応全ての部屋を調べたいところですね・・・』
「まあ、そやろなあ・・・。
あ、金庫は放置でええか?」
『もう開いているでしょうしねえ・・・』

途中何度もファニーフェイスやらインヤンなどのモンスターと遭遇しつつ
ケット・シーは各部屋を見て回った。
1階の左の部屋、ソとラが鳴らないピアノは、他の鍵盤も既に音が狂っていて。
2階の左の鉢植えが沢山置いてあった部屋は、植物が全て枯れていて。
2階の椅子の傍にあった床の軋みは、完全に床が割れて1階が見えていて。
2階の左の部屋にあった金庫は、扉が開いたまま蜘蛛の巣が張っていた。

やれやれ、とケット・シーが首を振るう。

「あの頃よりも荒れ放題やな・・・」
『まあ・・・誰も手入れしようとしませんからね・・・』
「これで一通り地上は見たんやし、・・・ほな行こか」
『・・・ええ』

*   *

神羅屋敷2階の隠し扉を開ければ、地下への階段が現れる。
冷たく暗い石壁に沿って、闇に誘いこむような螺旋階段が続く。
一歩踏み出せば、階段と呼ぶには心もとない足場がぎし、と軋んだ。
ケット・シーが所々欠けた階段を慎重に降りていくものの。

「・・・悪趣味にも程があるわ・・・」

何度目になるか分からないため息をつく。
地上部分はまだ屋敷としての体裁が残っていたが、
ここから先は悍ましい研究所であり、その成果が残された書庫だ。

『・・・大丈夫ですか?』
「今更何ゆうとんねん」
『そう、ですけど・・・』
「そりゃあ、ボクかて積極的に行きたい場所やないけど。
かと言ってこのまま放置するにはやばすぎるで、ここは」
『・・・ええ』

階段を下りた先。
扉を開ければ、神羅屋敷の裏の顔である研究所が現れる。
部屋の天井まで続く書庫、嘗て使用されたと思しき魔晄のポッド、床に巡らされたケーブル。
中央の机には埃の被った書物と割れた試験官が散らばっていた。
ケット・シーは部屋を見渡して、思わず呻いた。

「・・・うわあ・・・。やっぱり悪趣味や」
『危険極まりないですね・・・』
「こりゃあ・・・モンスターがいてくれてよかったかもしれへんな・・・」
『悪用されれば大変なことになりますしね・・・』
「で、どっから手をつけるんや?」
『・・・まずは目録を作りましょう。回収の優先順位はそれからです』
「了解や」

扉に近い書庫から、背表紙をチェックしてケット・シー用の小さなパソコンに打ち込んでいく。
時折手にとって内容を確認し、思わず首を振るってまたパソコンに向かう。
その往復を何度繰り返しただろか。
ケット・シーとリーブは作業に没頭していたために、微かな気配に気付くのが遅れた。

『ケット・シー!!!』

警告をしたが遅かった。
素早い何かが背後から瞬時に距離を縮め、ケット・シーの首根っこを捕らえていた。

襲撃者の冷徹な声が響く。

「・・・何をしている、ケット・シー・・・。
いや、『リーブ』」

聞き覚えのある低い声に、リーブははっとする。
首根っこを抑えられているため姿はわからないが。

「・・・ヴィンセント」
「ここへ、何しに来た」

否定もされず、重ねられる声。

「・・・WROの調査ですが、何か」
「ここはお前の来る場所ではない。帰れ」
「WROとして見過ごせる場所ではありません。離してください」
「調査なら私が報告してやってもいい。お前は帰れ」
「帰りませんよ」

リーブの頑なな態度に呆れたのか。
背後から深いため息が漏れた。

「何故独りで来た?」
「・・・ケット・シーは戦えますから問題ありませんよ」
「巻き込みたくないからか?」
「・・・」

図星を突かれ、思わず返答に詰まった。
その隙にヴィンセントが畳みかける。

「ならWROではない。お前個人の感傷だ・・・。違うか?」
「個人ではありません。神羅幹部として、ですよ」
「神羅は消滅した。お前が気に病む必要はない」
「ですが、DGSは・・・!」

何とか反論しようとするリーブを、ヴィンセントがぴしゃりと遮った。

「帰れ。レギオン達に報告されたいか?
それとも、ケット・シーに護衛をつけろと忠告しておこうか?」
「どちらも結構ですよ!」
「ならば帰れ」
「帰りません!」
「ならば、強制排除するまでだ」

ぽい、とケット・シーの体が投げ出される。
うわわわ、と猫の手足をばたつかせるが、進路を変えられるはずもなく。

ぽすっと机横に放置されていた空箱に嵌った。
サイズがぴったりすぎて、ケット・シーは脱出出来なかった。
抜けられないまま、じたばたと箱の中で暴れる。

「何すんねん!」
「おとなしくしていろ。シドを呼んでやる」
「呼ぶなや!!!」

叫んだものの、バランスを崩してこてんと箱が横倒しに倒れた。

「リーブ、盛大に説教されておけ。
お前は何もわかっていない」
「何がや!!!!」
「オメガ戦役直後もそうだったな。
ケット・シーで遺体を独りで回収し、過労で倒れかけた」
「・・・」
「その後、生身でDGに潜り込んで死にかけた」
「・・・」

心当たりがありすぎて反論できない。
ヴィンセントは横倒しになったまま大人しくなったケット・シーを見下ろし、
さらりと付け加える。

「ああ、それからシドが言っていた。
ケット・シーに何かあると、お前にも影響があると」
「シド・・・余計なことを・・・」

後で覚悟しいやあ!!!と思いつつ。
その前に、この目の前の男をどうにかするしかない。
すう、と息を吸いこみ冷静さを取り戻す。

「・・・問題ありません」
「何処が、だ。
ケット・シーは強制的に戻す。以上だ」
「ちょ、待ってください!!!」

ケット・シーの入れられた箱をヴィンセントが蓋をしていく。
真っ暗になった箱の中で、更に上から何かが貼られた。
おそらくテープで封印されたのだろう。
姿の見えなくなった相手がとどめを刺してくる。

「・・・シドは後5分で着く。諦めろ」
「開けてくださいよ!!!」
「蛙にされたいか?」
「リボンつけてますよ!」
「ほう・・・。10分前は、だろう」
「えっ・・・!?」

玩具の手で装備していたはずの赤いリボンを探す。
だが、幾ら探っても見つからなかった。
と、いうことは箱の中に閉じこめた張本人が
ケット・シーを捕まえるときに奪ったのだろう。

つまり、今のケット・シーにトードを防ぐ術はない。

「試すか?」
「・・・。結構ですよ・・・」

箱の中でがっくりとケット・シーの肩を落とす。
単純な戦闘能力となれば、リーブは仲間内でもっとも弱い。
ケット・シーはそんなリーブを補助してくれる大切な相棒であるが、それでもこの男にはかなわない。

「・・・どうして邪魔するんですか・・・」
「だからお前はわかっていない」
「答えになってませんよ・・・」

弱々しくケット・シーの頭を振るう。
そんな彼らの暗い雰囲気を吹き飛ばすような、
快活な声が割って入った。

「おうおう、ケット・シーの箱詰めってえのはこれかあ?」
「ああ」
「げっ・・・。シド、ですか・・・」

ひょい、と持ち上げられる感覚。
ケット・シー入りの箱は、シドの肩にでも担がれたらしい。

「んじゃ、預かるぜ」
「出してくださいよ!!!」
「ケット・シー、つーかリーブ、おめえも懲りねえなー」
「何がや!!!」

ケット・シーの抗議を完全にスルーしたヴィンセントは、さらりと付け加えた。

「WRO本部まで頼む。そしてレギオンやシャルア達に、こいつが何をしていたか、ばらせ」
「!!!」

リーブが衝撃の一言に固まっているうちに、彼らの会話は進んでいく。

「よっしゃ!任せろ!」
「ぎゃああ人浚いー!!!」
「人じゃねえだろ」

*   *

箱詰めのままシエラ号に乗せられたケット・シーだったが、
離陸する前にシドが箱の口だけ開いたため、やっと暗闇から解放された。
しかし、ロボットの身体は完全に箱にマッチしたらしく、出られないことは変わらず。

「おめえ、見事に嵌ったもんだなー」

上から覗き込む飛空艇乗りの暢気な一言に、ぶちっと切れた。

「さっさと出しいや!!!」
「んにゃ、面白れえから、このまま移動するぜ」
「シド!!!」

ケット・シーを放置してシドはシエラ号を離陸させた。
いつもどおり上機嫌なシドを恨めし気に見上げていたケット・シーは
これから起こるだろうことを想像し・・・。
小さくため息をついた。

「・・・シド、せめてその、レギオン達には内密に・・・」
「そりゃ無理だな」
「どうして・・・」
「ヴィンセントに頼まれたってえのもあるけどよ、
おめえ、本当にわかんねえのか?」
「はい?」
「・・・神羅屋敷をどうにかしねーと、ってのはわかる。
でもよ、何でまた独りで潜入したんだ?」
「・・・」

無言で視線を外した。
説明すれば、この熱いハートをもつ男を巻き込みかねない。
応えないケット・シー、もといリーブに業を煮やしたのか。
シドのため息交じりの説教が降ってきた。

「まだあそこはモンスターがでるだろ」
「危険なのは承知の上です」
「そうじゃねえ」
「・・・?」

即座に否定され、思わず顔を上げれば、
妙に真剣なシドがこちらを凝視していた。

「おめえに何かあったら、WROはどうなる?」
「・・・は?」

間抜けな声が漏れた。
危険が全くないとは言わないが、それが何故WROの行く末に繋がるのかさっぱり分からなかった。
そんなリーブの反応に、シドはがしがしと頭を掻く。

「は?じゃねえよ。おめえ、何のために護衛がついたかもわかってねえのか」
「・・・私が弱いから・・・」
「そうじゃねえ」
「・・・?」
「おめえがトップだから、あいつらがついてきてるんだろ?
だからあいつらは、おめえが無事でなきゃ困る」
「・・・?」

そうだろうか。
リーブはケット・シーの首を傾げていた。
WROは組織だから、トップが存在する。
けれども自分がトップだから成り立っているというわけではない。
トップに何かあれば、幹部からでも優秀な人材をトップに据えればいい。

「いつぞや、レギオンも言ってただろ。
『何が何でも無事でいてもらわないといけない』ってな」
「あれは緊急時でしたから、部隊の指揮として・・・」

辛うじて口を挟んだものの。

「緊急事態が今、起こらねえって保証でもあんのか?」
「・・・それは、」

鋭い指摘に反論できなかった。
WROは星に害をなすあらゆるものと戦う組織。
いつ何時緊急事態になるかは誰にも分からない。

「それにあいつらにとって、緊急事態がどうとか、だけじゃねえよ」
「・・・?」
「おめえが常に無事でいる保証が、あいつらは欲しいんだろ。だから、護衛がついた」
「私が無事でいる保証・・・?」
「だから、おめえがこういうやばいことを単独でやることを、あいつらは一番恐れてる」
「・・・」
「だったら、みんなでやばいことを解決すりゃいい。違うか?」
「・・・え?」

思わぬ提案に、返事が遅れた。

「おめえが何を危惧してるかは何となくわかるがよ。
だったら、モンスター退治だけ隊員に手伝ってもらえ。
やばそうな資料は俺様たちが回収すりゃあいい」
「ですが、」
「でなきゃ、おめえは金輪際、神羅屋敷にはいけねえぞ?」
「・・・」

シドの話に全て納得したわけではないが、
何となく部下たちの反応は、シドの言う通りのように思った。

「返事はどうした?」
「・・・はい・・・。分かりましたよ・・・」

*   *

「・・・ってえわけだ」

WRO本部。
会議室には、リーブの緊急召集(シドがリーブを脅して集めさせた)に応じた幹部達がずらりと並んでいた。
シドはヴィンセントの依頼通り、ケット・シーの神羅屋敷単独侵入をあっさりとばらした。

「・・・」
「・・・」
「・・・・・」

聞き終えた幹部たちは無言だった。
しらっとした空気にリーブはちょっと身構え、恐る恐る口を開く。

「・・・あ、あの・・・」

かっと部下達の目が開いた。

「何してんですか!」
「あんた自分の立場分かってんのか!!!」
「ケット・シーだからって勝手にそんなとこいかないでくださいよ!!」
「全く。馬鹿は治らないって本当だな」
「どうしようもないですね、局長!!!」
「あんたもケット・シーも外出禁止にするぞ!!!」
「局長。ご自分とケット・シーの戦闘能力を自覚してください」

矢継ぎ早に怒鳴られ、リーブは怯んだ。
何とか弁解しようと試みる。

「あ、あの・・・」
「「「「「「局長!!!」」」」」

部下達の尋常じゃない勢いに、リーブは大人しく謝った。

「・・・すみません・・・」
「ま、そういうわけで。こいつに協力してやってくれ」

シドがさくっと纏めると、幹部達は一斉に深いため息をついた。

「局長に協力するのは当然です」
「というかさっさと俺たちに命令してくれればいいのに」
「イベント事は容赦なく巻き込むくせに」
「WROの意味分かってますか?」

幹部達が同意したのを満足げ見渡したシドは、にかっと笑った。

「俺様達も勿論、行くぜ」
「・・・えっ!?」

リーブは思わずシドを振り返った。
達、ということは、シドだけでなく・・・。

「えっ、じゃねーだろうが」

*   *

「じゃじゃーん!!!みんなつれてきたよーー!!!」

WROの局長室。
ピースサインでも出しかねない勢いで、ユフィはリーブに報告し、
リーブはデスクで、はあと頭を抱えた。
ユフィの後に仲間たちがぞろぞろと集結していく。
デスク前のソファに座り、元リーダーが口を開いた。

「つれてきたのはシドだ」
「クラウド!あたしがみんなに連絡したんだってば!!!」

クラウドの隣に座ったティファが小首を傾げた。

「ねえユフィ。ヴィンセントは?」
「あいつ、まーた充電切れたみたいでぜんっぜんつながんないの!!」
「・・・ヴィンセントらしいわね」

床に伏せていたナナキが
のんびりとティファの隣から頭を上げた。

「ねえリーブ、オイラたちは何をすればいいの?」

核心に触れるストレートな問いに、
残りのメンバーの視線も自然とリーブに集まる。
リーブは躊躇した。

「ええと、ですね・・・」
「つまりよお、神羅屋敷をぶっ壊せばいいんじゃねえか?」

クラウドの向かいに座っていたバレットが事も無げに答えた。
バレットらしい何とも豪快な答えにリーブは苦笑する。

「それはちょっと・・・」
「バレット、それは乱暴過ぎじゃない?」
「だってよお、やっべえ資料ばっかりなんだろ?
そんなのさっさと燃やしちまえば楽じゃねえか」

咎めるようなティファの視線にバレットは心底不思議そうに答える。
そんな二人を見ていて、リーブはバレットの言い分も強ち間違いではないと思う。
勿論貴重な資料を調査もせずに燃やす気はないが、
ここまであっさりと言われると、何やら悩んでいたのが阿呆らしい気もしてくる。

くすっと笑う。

「基本的に資料は全て回収したいのですが・・・。
その前に、立ちふさがるボスをどうにかしないといけませんがね」
「はあ?ボス?まだ金庫の中身でもいるのかよ?」

首を捻るバレットに、リーブは食えない笑みを返した。

「いえ・・・。棺桶の中身、が正しいかと」
「・・・ん?」

*   *

「・・・帰れ」

煤けたスタンドガラスからの逆行で顔は見えない。
だが、特徴的な赤いマントと、黒い長髪と。
何よりその腹の底から響くような低い声は、仲間達には間違えようがなかった。
入り口から彼を見上げた元リーダーが短く名を呟く。

「・・・ヴィンセント、か」
「やはり、貴方でしたね。ヴィンセント」
「ちょ、何でヴィンちゃんが立ちふさがるわけ!?」

表情の見えないまま、立ちふさがる赤い影は続ける。

「リーブ。私はお前に帰れ、とは言ったが
大勢を引き連れて来い、とは言ってない」
「ええ」
「・・・ここはお前達が手出ししていい場所ではない。帰れ」
「いいえ。最初に申し上げたとおり、ここはWROとして放っておくことはできません」
「・・・確かに今度は独りではないようだな。だが断る」
「貴方の許可は必要ありません。元々ここは神羅の所有地ですから」
「お前は神羅ではない」
「神羅幹部ですよ・・・元、ですがね」
「ならば関係ない」
「そうですか・・・。では、彼らは、どうでしょうね?」
「彼ら・・・?」

リーブたちの後ろから、
スーツに身を包んだ赤毛の青年とスキンヘッドのグラサン男が入ってきた。

「邪魔するぞ、っと」
「・・・神羅というなら、俺たちのことだ」

神羅カンパニーの総務部調査課、タークスの名物タッグ。
赤毛の青年は不敵に笑いながら、スキンヘッドの男は寡黙なままヴィンセントの前に対峙する。

「レノ!ルードも!!」
「どうしてここに・・・」

思わぬ乱入者に仲間たちが驚く中、ヴィンセントは仕組んだ元凶を見抜いた。

「・・・リーブ。お前か」

名を呼ばれ、リーブはにっこりと笑った。
その怪しげな笑みに、うわあ、と仲間たちが引いている。

「ええ。申し上げたとおり、ここは神羅の所有地ですから・・・。
『彼』に、一応連絡したんです」
「・・・ま、そういうことで。大先輩」
「命令だ。ヴィンセント・ヴァレンタインの相手をせよ、と」
「んじゃ、いくぞっと」

暢気な宣言から、タークス二人が一足飛びにヴィンセントに襲い掛かる。
レノはスピードを生かした電磁ロッドによる攻撃、それを避けるヴィンセントの背後から
パワーを生かしたルードの重い蹴りがヴィンセントを休ませない。
近距離攻撃に特化した二人のためか、ヴィンセントもケルベロスによる銃撃よりも格闘で応戦していた。

そんな新旧タークスの戦闘をのんびり眺めているリーブへと、
ティファがこっそりと近づいた。

「リーブ、あの二人って・・・。神羅屋敷を守りにきたの?」
「名目上はそうなっていますが・・・恐らく違います」
「え?」
「本気で神羅屋敷の資料を守りに来たなら、彼ら二人では数が足りないと・・・思いませんか?」
「「「・・・ああ!!!」」」

納得したのか、仲間たちの声が見事にはもった。
目まぐるしく場所を移動するタークス達は
少なくともレノとルードは戦闘を楽しんでいるようで、リーブはくすりと笑う。

「この屋敷の重要性から鑑みると、ヴィンセントを含めて我々を追い出したいのであれば、
タークスの皆さんは我々の前に出てこない方がいいんですよ」
「どうして?」
「我々とヴィンセントが対決するのをのんびり眺めて
彼らは資料の運び出しなりする方が早い。
ですが、あの二人がこうして現れたとなると・・・」

くるりとリーブが振り返る。
ティファは戸惑いつつも続きを口にした。

「え?もしかして・・・ヴィンセントの足止めをかってでてくれたって事?」
「ええ、そうなりますね」

リーブはあっさりと頷く。
シドが多少顔を引き攣らせた。

「リーブ。おめえ、まさかそれを狙って・・・」
「ふふ。毒を以て毒を制すっていうじゃないですか」
「・・・タークス二人はともかく・・・」
「ヴィンセントも毒かよ!」

バレットがげらげらと笑った。
リーブは改めて仲間たちとWRO隊員たちに向き直る。

「ではみなさん。WRO隊員2班および3班は地上階のモンスターの駆除を。
エリアごとに先滅し、完了した区域からてきよけのマテリアを設置してください。
そして残りのみなさんは・・・地下へ。お願いします」
「リーブ!!!」

タークス達と交戦中のヴィンセントが声だけ割り込んだ。
焦った様子にリーブが振り返る。

「ヴィンセント。資料は回収します。
それが私の願いですから」
「だが!」
「そしてここは・・・再開発予定です」
「何だと?」
「ここの構造は前回全て記録済みです。
地上階は全て保存し、老朽化した箇所は修理します。
・・・そして地下は、全て破壊しますよ」
「!!!」
「地上部はイベント用に解放します。
ああ、それからこのホールには柱時計を設置します」
「・・・は?」

思わず聞き返したヴィンセントの隙をついて、ルードの蹴りが入った。
ヴィンセントは壁に激突する寸前で躰を反転させ、体制を整える。
レノの追撃を腕で防ぎながら闘う彼を見上げ、リーブは静かに答えた。

「いつまでも時を止めているわけにはいかない・・・
そうですよね?ヴィンセント」

穏やかな笑みを浮かべるリーブへ、仲間達だけでなく隊員全ての視線が集まった。

「「・・・リーブ」」「局長・・・」

そして仲間たちが力強く賛同していく。

「やるじゃん、おっちゃん!」
「そうだね。ここも、新しい時を刻むべきだよ」
「どうせなら、うんと綺麗な屋敷になるといいわね」
「作り替えるなら、モンスターはきっちり倒さねえとな!」
「けっ。あんなくっだんねえ地下を丸々後生大事に抱える必要はねえだろ?ヴィン」
「・・・」

沈黙したままレノを蹴り飛ばしたヴィンセントへ、クラウドが一つ頷いた。

「そういうことだ。
レノ、ルード。俺も手伝おうか?」
「必要ないぞ、っと」
「俺たちで十分だ」

力強い答えにクラウドがふっと笑った。

「・・・大した自信だな」

*   *

地下の書庫および研究所に到着した者たちは、リーブの指示の下、資料の回収をしていく。
専門書と思しき分厚い本から気味悪いアンプルまで様々あったが、
取り敢えずリスト化し、箱に詰め込んでいった。
何だかわからないものは適当な名前を付けたが、それも含めて気が付けば段ボールの山が出来ていた。

「それでは無事回収できましたので、全て運び出してください」
「「「了解!!!」」」
「これ全部かよ・・・?」

うへえ、と嫌そうなバレット。リーブは矢張り食えない笑みで答えた。

「ええ、全部ですよ」

*   *

地上に戻ってきたとき、WRO隊員の戦闘は終わっていたが新旧タークスはまだ戦っていた。
しかし新タークス二人がリーブ達に気付いたのか、彼らは一瞬目くばせをする。
そして、電磁ロッドを振り下ろそうとしていたレノが急に膝をついた。

「うう・・・!!!や、やられたぞ、っと」

ルードも何もないところで転げた。

「・・・。・・・。痛い」

彼らの態とらしすぎる演技に、ヴィンセントが呆れて攻撃を止める。
そしてヴィンセントが何か言うよりも早く、彼らはすくっと立ち上がった。

「引き際だぞっと」
「任務、完了だ」

彼らは風のように去って行った。

「「「・・・」」」

残されたヴィンセント含め仲間たち、およびWRO隊員たちは思わず沈黙する。
タークスはあんな軽いノリの者たちだったのか。
いや、そうだった気もするけれど。
それにしては態とにもほどがあるんじゃ。

困惑する雰囲気を破ったのは、暢気な局長だった。
うんうん、と頷きつつ。

「・・・流石、ヴィンセントですね」
「「「いや、違うだろ」」」

感心した、といいたげなリーブへと仲間たちの総突込みが入った。
WRO隊員達は笑いを堪えるのが必死だったという。
仲間たちの突込みなど完全にスルーしたリーブは、にこやかな笑顔のままヴィンセントに告げた。

「それでは資料は無事回収できましたので、
屋敷はWROが責任を持って全面的に改築いたします。
そしてこの屋敷の管理者ですが、ヴィンセントにお任せしようと思います」

レノ・ルードとの軽い戦闘後、所在無くつっ立っていたヴィンセントは
リーブの突然の宣言にハトが豆鉄砲くらったような顔で聞き返した。

「・・・は?何だと?」

ぽかんと止まっているヴィンセントを放って、シドが豪快に笑い出した。

「そっりゃあいい!
おめえ、新築同然になった屋敷で暮らせるじゃねえか」
「断る!」
「・・・。そう、ですか」

リーブはじっとヴィンセントを凝視し、意味ありげに笑ってみせる。
途端にヴィンセントが警戒する。

「・・・何を、企んでいる、リーブ」

戦慄しているオメガ戦役の英雄を見返し、WRO局長は殊更ゆっくりと話し出す。

「ヴィンセントが管理しないと言うのであれば・・・、
ここは私が好き勝手にしてもいいということですので・・・」

リーブがわざとらしく言葉を切ると、ヴィンセントのみならず
その場にいるすべての視線が集まっていた。
彼らを代表し、仕方なくヴィンセントが先を促す。

「・・・で?」

リーブは満面の笑みで答えた。

「屋敷中にケット・シーやらデブモーグリやらと所狭しと並べた
ケット・シー博物館にでもしようかと」

その言葉を理解したヴィンセントが
強烈な眩暈に襲われたように、ふらふらとよろけた。

「・・・やめろ・・・」

一方。
ファンシーな元神羅屋敷がヒットしたのか、仲間たちは盛大に笑い転げていた。

「だっはははは!!!
ケット・シーだらけの屋敷か!いいんじゃねえか!」
「ふふ、それならマリンやデンゼルたちも楽しめるかしら」
「平和な屋敷になりそうだな」
「入館料、がっぽり稼げそうだね!」
「その中の一体が、今のケット・シーだったりするのかな」
「そりゃーボクが紛れ込むしかあらへんなあー」
「ケット・シー!!!」
「おや。いたんですか、ケット」
「そりゃあ面白そうなところはいかへんと損やしな」

文字通りいつの間にか紛れ込んでいたケット・シーは、
主人と同じように食えない笑みでヴィンセントを見上げた。
くすり、と主人が笑う。

「それで、どうしますか?ヴィンセント」

オメガ戦役の英雄は、両手を上げた。

「・・・分かった。分かったから、ケット・シー博物館はやめろ」
「では、お願いしますね。ヴィンセント」

*   *

その後、一か月ほどの月日をかけて、神羅屋敷は全面改装された。
リーブが下調べしたため地上部分は新築同然に復元され、地下部分は完全に消滅した。
あの忌まわしい螺旋階段風の隠し通路もなくなった。

連日こっそり様子を見に来ていたヴィンセントは、
彼を見つけたWRO隊員に「おはようございます!」と朗らかに挨拶され、
「あ、ああ・・・」と返すのが精いっぱいだったという。

そして、明日はリニューアルオープン記念、一般公開の日。

広い広いホールの中央に備え付けられた柱時計が時を刻むのを意味もなく眺め、
ヴィンセントはため息をつく。

元神羅屋敷の管理人。

彼の本意ではない展開だったとはいえ、
そのため息は嘗て同じ場所で零したため息よりは、軽い気がした。

・・・ケット・シー博物館になるよりはましだろう。
・・・。その、筈だ。

軽い疲労感を覚えながら、彼は背後の気配に振りかえる。

独特の鋭い気配と花の甘い香り。
そして、相手が大層驚いていることもわかってしまった。
彼女は耐え切れなくなったように叫んだ。

「な・・・!!!な、なんであんたがここにいるのよ!!!!」
「・・・。ロッソ、か」

朱のロッソ。

嘗て神速で人々を虐殺していたDGSは、
とある事件をきっかけに花屋に転職していた。
その彼女が、大量の花の植木鉢をワゴンに載せて
元神羅屋敷入口に入ってきていた。

「・・・。お前こそ、何故ここにいる」
「あ、あたしはただ、リニューアル記念に飾る花の注文があったから届けに来ただけよ!!!
あんたに用はないの!!管理人とやらは何処よ!!!」

焦ったように捲し立てた彼女は、
嘗てのDGSではなく、客の注文に応える花屋の従業員だった。
ヴィンセントは低く答えた。

「私だが」
「・・・。・・・何ですって!?」

一泊遅れてロッソが叫んだ。叫び序に腕に抱えていた植木鉢を落としそうになったが
それは持ち前の速度で対応していた。

「聞いてないのか」
「聞いてないわよ!!!
・・・って、また、あの男---!!!!」

丁寧に植木鉢を床に置いてから、ロッソは悔しそうに床を叩いた。
何度も拳で叩いているところをみると、相当悔しかったらしい。

「・・・聞くまでもないが・・・。確認だ。
その植木鉢の依頼人は誰だ」
「・・・あの男、リーブよ!!!」
「やはり、か・・・」

ヴィンセントは思わず天井を仰いだ。
一部ガラス張りの天井から日の光が差し込んで眩しかった。

明日もきっと、良い天気だろう。

fin.