眼下に流れる雲は、高速で後方にちぎれていく。
それがいつもより遅く感じるのは、やはり自分自身の焦りなのだろうか。
ミッドガルにウェポンが現れる。
その情報を元に、ハイウィンドの進路は大きく方向転換することになった。
後数刻で、ウェポンとの決戦の地に到着する。
彼らは戦いに備えて一時解散となっていたが、ケット・シーは自室に戻る気にもなれず、ただその場に残っていた。
背後に近づく気配に、ゆっくりと振り返る。
ハイウィンドの名前の由来となるパイロットが佇んでいた。
「ケット・シー。おめえに聞きてえことがある」
「・・・なんでっしゃろ?
ミッドガルの侵入路ならさっき確認したとこやろ?」
「あー、もちっと込み入った話だ。場所変えるぜ」
「・・・?」
怪訝そうにケット・シーが彼に付いていく。
着いた先は。
「・・・なんでシドはんの部屋まで移動すんねん」
「あーワリイ。が、どうにも気になっちまってな」
「せやから、なんやねん」
いつもの自分なら相手が喋るまで待てるだろうが、どうにも落ち着かない。
つい急かしてしまう。
対するシドは、まあ待て、と煙草を懐から取り出し、火をつける。
ふうっと煙草の火をくゆらせ、一息付いて。
妙に真剣な表情に変わった。
「・・・おまえ、やべえんじゃねえのか?」
やべえ?
ケット・シーは首を傾げる。
「・・・そりゃミッドガルはやべえ、ですけど?」
・・・何がいいたいのだろう。
もうすぐミッドガルにつく。
彼らが間に合わなければ、ウェポンによってミッドガルは壊滅する。
それは改めて確認することではなかった。
シドは首を振る。
「そうだろうけどよ、俺様がいいてえのは、それじゃねえ」
「・・・じゃあなんですねん。
神羅に近づくから緊張してはるんですか?」
抑えてはいるものの、つい剣呑な口調になってしまう。
「あーまあ、それもまあ、ないわけじゃあねえけどよ」
対するシドの喋るペースは変わらない。
そうじゃねえんだ、とシドは頭をがりがりと掻いた。
「ミッドガルにウェポンが来る。
これが分かったのは、ついさっき、なんだな?」
「せや」
もっと前からわかっていれば・・・とつい思ってしまうが仕方がない、事実だ。
「おめえが俺たちに教えたのは、避難勧告と同時か?」
ミッドガル全域に発令された避難勧告。
社長の指示の前に独断で出した。
その後、ケット・シーでクラウドたちに伝えたのだが。
「正確にゆうたら、避難勧告が先でっせ。
でもまあ、あんまり変わらんかな・・・」
シドの目が細められる。
「だから、やべえんじゃねえか」
「は?」
何がやべえ、のか。
避難勧告より後がまずかったのか。・・・いや、彼らはそんな考えの者たちではない。
「ウェポンがミッドガルに来る。
それをミッドガルの奴らでさえ、知ったのはついさっきだ。
なのに、ミッドガルから遠く離れてた筈の俺たちがタイミング良く来てみろ。
なんで俺たちがウェポンのことを知ったか、探るんじゃねえのか?」
やべえ、の主語はどうやら自分のことを指していたらしい。
咄嗟に返す言葉が思いつかなかった。
「そりゃ、今はウェポンの出現に神羅も集中してるだろうけどよ。
俺たちが現れたら、あまりのタイミングの良さを疑う奴がいねえとは思えねえ。
どこから情報が漏れたか、・・・わかっちまうんじゃねえのか」
怖いくらいに真剣な眼差しが、作りものの猫を通して突き刺さる。
「・・・どうなんだ?『リーブ』さんよ」
はっと息を呑む。
やはりシドは気付いていましたか、と思う。
シドは元神羅のパイロット。他の者より神羅幹部の情報も詳しいはずだった。
同時に、ウェポンという脅威の前にリーブのことを気にかけられるこの男の器の大きさに舌を巻く。
「逃げ回れる俺たちはいいけどよ、あんた神羅の統括やってんだろ?
そうでなくても、前におめえ、『会議に呼ばれなくなった』って言ってたじゃねえか。
今回のことで決定的になっちまったら・・・それこそ抹殺されてもおかしくねえんじゃねのか?」
指摘されたことは、ほぼ事実だった。
くすりと笑う。
強引に話を変える。
「・・・シドさんは、以前から魔法を使えたんですよね?」
「・・・へ?」
案の定、シドは戸惑ったらしい。
神羅に残されたデータによると、この男はマテリアの訓練を受けていた。
「魔法か?まあそうだが・・・。って今そんな話じゃ、」
話を戻そうとする前に、遮る。
「私は使えませんでした。ケット・シーがスパイとして潜り込んだときは、魔法なんて使えることも知らなかった」
都市開発部門の人間が戦場にでることはない。
当然のことながら、戦闘訓練など受けないのだ。
「・・・そうなのか?」
「ええ。ケット・シーとしてここに潜り込んだとき、私はデブモーグリによる攻撃しか出来なかったです。そして彼らもそれしか出来ないと思っていました。
・・・当然です。ロボットですからね。
でも、エアリスさんは違いました」
長い髪を三つ編みにした、ピンクのリボンの女性。
意志の強い、最後の古代種だったその姿を思い浮かべる。
「エアリス、か」
感慨深そうに呟いたシドも、きっと彼女を思いだしているのだろう。
「はい。ケット・シーは魔法を使えると・・・
ケット・シーに魔法を教えてくださったんです」
ーねえ、ケットは魔法使わないの?
ーケットはきっと使えると思うんだ。
今でもあの笑顔が焼き付いている。
「ロボットであるケット・シーにファイアを教えて。それから彼女はこう言ったんです。・・・『貴方も戦える』、と」
「そりゃあ・・・」
「ええ、エアリスさんはきっと、デブモーグリだけでなく、ケット・シー自身も魔法という手段で戦うことができると、といういう意味で仰ったんだと思います。
でも私には、もう一つ意味が隠されているように思えました。」
まるで、ケット・シーの背後にいる自分を見透かしていたような、言葉。
「ケット・シーだけでなく、私も戦える、と」
それは、確かな可能性。
「自分は戦うことなど出来ない、と言い訳して何もしてこなかった私の心に酷く響いたんです。
本当は、私なりに戦うことができるんじゃないかと。
・・・それを、あの日、エアリスさんは指摘してくださった」
ですから。
「・・・これは私の戦いなんです。
今まで何もしてこなかったことに対する、けじめでもある・・・。
ですから、貴方たちは、ミッドガルの人たちを守ることだけを考えてください」
これは私が負うべき戦いなのだから。
彼らは関係ない。
「・・・わあったよ、リーブさんよ。
でもよ、本当にやばくなったら、ちゃんと言え。
お前も俺たちの仲間、なんだからな」
仲間思いの言葉が響く。
「・・・ありがとうございます」
彼らに会えてよかった、と心から思う。
でなければ自分は神羅に流されて、ただ消えていたのだろう。
そっと目を伏せていたために、シドがどんな表情に変わったのか、気づかなかった。
「てめえ、本当に、わかってんだろうな?」
突然の大きな声。
「は?」
慌ててケット・シーの目からシドを仰ぎみる。
彼の目尻が吊り上がっている、と、いうことは。
・・・何か怒ってます?この人。
「・・・一人で格好つけんじゃねえ。
もしおめえに何かあったら、セフィロス後回しにして乗り込んでやるからな!」
ぎょっと目を剥く。
何をいいだすんだ、この人は!!!
「ちょっ・・・!セフィロス後回しはまずいですよ!!
貴方たちの目的は、セフィロスを止めてメテオを防ぐことじゃないですか!!」
「貴方たち、じゃねえ。おめえも、だろ」
反論したものの、あっさりと返される。
「そ、そうですが」
「俺たち全員が揃わなきゃ、セフィロスにかなわねえだろうよ。
つまり、てめえが一人で格好つけてる場合じゃねえってことだ」
リーブはぱちぱちと目を瞬く。
妙に自信満々に断言しているが、よく考えると。
「・・・あの、論点ずれてませんか?」
「ずれてねえし、俺様は正しい」
あっさりと言い切られてしまった。
「・・・はあ」
「セフィロスを後回しにしたくなかったら、てめえもなんとか生き延びろ」
「・・・」
「返事はどうした」
「・・・。・・・はい」
「よし。じゃ、ウェポンをとっととしとめて、セフィロスも止めて、メテオも防ぐ」
「簡単に言ってくれますね・・・」
「そりゃ、俺様がやるっつったら、やるんだからよ!」
シドらしい、力強い笑顔。
「なんや、シドはんにはかなわんなあ・・・」
「あたりめえだろ!約束、忘れるなよ」
シドは豪快に笑った。
* *
「・・・なんで、わかったんでしょうね・・・」
神羅本社の一室で、リーブはゆるく首を振る。
そうでなくても会議にのけ者にされている自分。
最近は重役たちの動きを掴むのも一苦労だった。
一応細心の注意は払ってきたが、それもあの社長のことだ、とっくに見抜かれている。
今、リーブを放っておくのは、単にセフィロスが最優先事項だからだ。
キヤノンさえ無事に使用できれば用済みになってもおかしくない。
どうせ最後だからとリーブは社長の指示を待たずに避難勧告を出した。
ウェポンさえなんとかできれば、後はセフィロスとメテオ。もう神羅の情報などなくても、彼らは進める。
・・・ケット・シーが消えても。
「・・・おや?」
首を傾げる。
ケット・シーは消えるのだろうか。
もしかしたら残るかもしれない。なら、問題ないのでは?
『余計なこと考えとるやろ』
「・・・ケット?」
『リーブはんがいなくなったら、わいも消えるやろ』
「いえ、分かりませんよ?
ケットは生き残るかもしれない。
そうしたらちゃんとクラウドさんたちと戦ってくださいね」
『そうなる前に、ボクがシドはん、いんやクラウドはんにばらすさかい』
「余計なことはしないでください」
『あんさんにボクを止めることはできへん。
そんときは勝手にリンク切るで』
「・・・」
リーブははあ、と目元を手で覆った。
インスパイアは、最初本当に遠隔操作しかできなかった。
それが今や、完全にケット・シー自身の意志を持っている。
だからこそケット・シーは強いのだが。
・・・如何せん融通が利かない。
『融通が利かんのは、お互い様やろ』
「・・・そうですね」
笑うしかなかった。
それに。
「まだ、私にもやるべきことがあります」
クラウドたちにウェポンの正確な情報を伝えること。
「頼みますよ、ケット」
『任しとき!!!』
頼もしい相棒が、笑った。
fin.