筆頭ハンター5

「嘘っ・・・!!!」

ティファがゴグマジオスを振り返り、悲鳴を上げる。
ばさりと翼を羽ばたかせてゴグマジオスが一直線に飛んでいった。
その先にいるのは、立ち止まり膝に手を当てて苦しそうに息を繰り返すエアリスだ。

「エアリスはん!!!はよう!!!」
「エアリス!!!」
「や、やばいって・・・!!!」
「うん、わかっては、いるん、だけど・・・」

仲間たちに何とか返事を返すものの、荒い息でエアリスの声が掠れている。
スタミナ切れとは、一気にスタミナを消費すると回復するまでに時間がかかり、
その間は全く走れなくなる症状だ。
ゴグマジオスがエアリスに向かっているのは分かっていても、身体が動かない。

「助けにいかなきゃ!」
「で、でもあいつが飛んでいく速度の方が早いよ!!!」
『レギオン、エアリスさんの救出を!』
『了解!正確な位置を教えてください!』
「南東の角・・・って、駄目だ!今来たらレギオンも巻き込まれる!!!」
「でも、エアリスが!!!」

エアリスに狙いを定めたゴグマジオスが、南東の角を追い詰めるように灼熱の溶岩を吐き出す。
逃げ場を失ったエアリスが迫り来る高熱に耐えかねてぎゅっと目を瞑った。

「「「やめて!!!」」」

仲間たちが見下ろす南東の一帯が、轟く爆音と真っ赤な業火に包まれた。

「「「エアリスーーーーー!!!!!」」」

*   *

仲間たちの声を聞きながら、エアリスはぎゅっと狩猟笛を握りしめた。
迫りくるマグマから目を瞑っても、高熱がどんどん近づいてくるのが分かる。

・・・うん。これはちょっと・・・無理みたい。

ゴグマジオスに翼が生えた瞬間、エアリスもハンターとして嫌な予感はしていた。
一刻も早く広場を離れ、仲間たちの援護に回らないといけないと。
ただ、エアリスのいた場所が悪かった。
一番近い東壁を上る縄梯子の前に、ゴグマジオスが飛んでいたのだ。
それでもゴグマジオスが背を向けているうちに辿り着くはずだったのだが、
焦っていたためにスタミナの残量を読み違えた。
スタミナ回復のために立ち止まっていたところで、急にゴグマジオスが襲ってきたのだ。

・・・頑張ったんだけど、な。

ゴグマジオスの攻撃は、広範囲のマグマによる灼熱地獄らしい。
今からレギオンが救出に来てくれても、多分間に合わないか、爆発に巻き込まれてしまう。
ううん、違う、とエアリスは思う。

・・・本当に、来てほしい人は。

閉じた瞳の奥に、黒髪の人影を思い浮かべる。
エアリスに最高のプレゼントをすると言って、素材を探しに行ったきり戻ってこない彼。

・・・バカ。待ちくたびれちゃったよ・・・。

広場に轟く爆音と真っ赤な業火に意識が途切れた。

*   *

仲間たちの絶叫が途絶える頃、眼下は不気味な静けさをとり戻す。
炎が収まり、爆発による灰色の煙が風に煽られて消えていく。
視界の晴れた先には・・・地に降りたゴグマジオスだけだった。

「エアリス、は・・・?」

認めたくなくて、ティファの声が震える。

「・・・こっち」
「え?」

男性の声が、ヘッドフォンから響く。
辺りをきょろきょろと彷徨っていたティファの視線が
南壁の上、巨龍砲の傍にぴたりと止まる。

ひとつの人影。

一人分、と思ったがそれは間違いだった。
一人の男が、女性を横抱きにしていた。

「・・・エアリス。
下に降りるなら、もうちょっと気をつけてくれよな?」

陽気で小さな子供に言い聞かせるような、
それでいて大切な者を労る優しい声。
男に横抱きにされていたエアリスは、驚きと、隠しきれない喜びで叫んだ。

「ザックス!!!」

その名前に、全員が反応する。

「え!?」
「ザックス!?あいつ戻ってきたのか!?」
「・・・ああ。ザックスだ。間違いない」

ティファとバレットが素直に驚けば、クラウドが目を細めて幼馴染を確認する。
ケット・シーはほっと息を吐き出した。

「こりゃー、えっらい男前なタイミングやなー」

モニターを見れない後方支援組もまた、ザックスの名前に大いに反応していた。

『ええええ!!まじでザックスさん!?あの!?』
『おや。レギオンも知ってるんですか?』
『いや、俺がハンター目指したのって、ザックスさんみたくなりたかったからですよ!!!』
『じゃあ今からでも弟子入りしたらどうです?護衛もいりませんし』
『まだ蒸し返すのかよ!』

そんな仲間たちの反応をさくっと無視して、
伝説のハンター、もといザックスは腕の中にいるエアリスを覗き込む。

「遅れて、ごめんな。エアリス」
「・・・ううん、大丈夫。間に合ったよ?」

じっと見つめあう、二人だけの世界。
若干離れている他のメンバーたちにも、その甘い雰囲気がばっちりと伝わってきた。
エアリスが無事で、そして行方不明だったザックスが戻ってきたことは確かに嬉しいことなのだが。
ケット・シーが脱力気味にぽりぽりと頬をかく。

「あー。ここ、戦闘区の筈なんやけど」
「けっ。ラブラブしやがって・・・って来るぜ!!!」

翼を畳んだゴグマジオスが、再び地面を揺らしながら接近してくる。
遠く南壁からザックスが声を張り上げた。

「ケット!俺にも指示くれよな!」
「ザックスはん、相変わらずやなー。
ほな、エアリスはんの専属護衛でどうや?」
「りょーかい!」

*   *

ゴグマジオスの翼は畳まれ、クエスト開始時のように地上からハンター達を攻撃していく。
ただ、その攻撃速度が格段に上がっていた。
広場にいる仲間をマグマ攻撃で狙った直後に北壁に黒い液体を吐き出す。
その隙に反撃を狙っていた足元のハンター達を巨体を回転させて薙ぎ払う。
縦横無尽に休む間もなく攻撃を続けるモンスターに、ハンター達は翻弄されていく。

「ちょ、ちょっとすぐこっちくんの!?」
「ユフィ、飛び降りて!」
「わ、分かってるよ!」
「くそ!!動きが速すぎて標準を合わせきれねえ・・・!!」
「・・・撃つしかないだろう。だが、あの様子だとどうやら終わりは近いらしい」
「最後の足掻きというところでしょうか・・・。いずせにせよ、こちらも攻撃に転じなければ敗北します」
「シェルクの言う通りなんだけど・・・!やだ、またこっちに来る!!!」

東から西までぐるりと巨体を反転させながら、ゴグマジオスが黒い液体を吐き出す。
広範囲の攻撃に、広場にいたハンター達が吹き飛ばされた。

「きゃああっ!!!」
「くっ・・・!」
「みんな!体力回復【小】!!!」
「サンキュ、エアリス!」

南壁にてエアリスが旋律を奏で、メンバーの体力を回復させていく。
彼女を守りつつ、広場を見下ろすザックスがうーんと唸った。

「・・・これ、結構やばいクエストだったりする?」
「ザックス。ねえ、今どういう状況か、わかってるのかな?」
「ご、ごめんなさい」

狩猟笛を振り回すエアリスは穏やかな笑みを浮かべていたが、目が笑っていない。
ザックスがたじろいだ。
同じく、ヘッドフォンを通じて彼らの会話を聞いていたティファとクラウドが心底怯えた。

「エ、エアリスが本気で怒ってるわ・・・!」
「・・・あいつ、死んだな」

ゴグマジオスが東、北、西壁3方向に次々とマグマを放出し、
壁の上にいた遠距離攻撃のハンター達が全て広場へ飛び降りる。
飛び降りた直後に壁の上から爆音が轟いた。
炎が消えるのを見計らい彼らはすぐさま戻ろうとしたが、梯子へと向かう彼らをゴグマジオスの巨大な腕が阻む。

「ぐあっ・・・!」

避けきれずダメージを受けたバレットが、広場に転がる。
ティファはバレットが起き上るのを助けに入った。

「みんな広場に降りてきちゃったけど、どうしよう・・・!?」
「・・・これでは戻れそうもないな」
「ちょ、ここからどうすんの!?」

混乱しつつ逃げ惑う彼らを、容赦なくゴグマジオスの巨体が追う。
ハンター達が振り返れば、彼らを押し潰そうとゴグマジオスの上半身が迫ってきていた。
その背中へ、ナナキが跳びかかった。

「このおっ・・・!!!」
「ナナキ!?」

ナナキの鋭い爪が、ゴグマジオスの背中に食い込む。
ゴグマジオスが不意の攻撃に怯み、ぐらりとバランスを崩した。
一旦地上に降りていたナナキが、その隙をみてゴグマジオスの正面にジャンプした。
そのままゴグマジオスの胸に噛みついたまま離れない。
ゴグマジオスはハンターを振り落とそうと躰を揺らすが、ナナキはぐっと噛みついたまま耐える。
『乗り』、の状態に移行していた。

「の、乗りやがった・・・!!!!」
「す、凄いわ、ナナキ!!」
「さっすがナナキはん!」
「よーしナナキ!頑張れーー!」

モンスターの『乗り』。
大型モンスターのみだが、ジャンプ攻撃でモンスターを怯ませることができると
稀に『乗り』という状態に移行することができる。
文字通りモンスターの上に乗り、ナイフなどで攻撃しながらダウンを狙うことができる。
勿論モンスターも大人しくハンターを乗せるわけがなく、大暴れして振り落とそうとする。
ハンターとモンスター、一対一の攻防戦となる。

さて、仲間のハンターが乗りの状態になると、残りのハンターは攻撃せず見守るのが鉄則である。
乗りの状態で他のハンターが攻撃すると、折角の乗りが中断されてしまうからである。
よって残りのハンターは回復やダウン成功後の攻撃に備える時間となる。

「体力回復【小】!!!回復速度【小】!!!」
「エアリス!流石、仕事が早い!!!」
「ザックス、行って!!!」
「え?」
「ダウンしたら、みんなで攻撃しないと駄目だから!」
「・・・了解。エアリスの言う通り、だな」

ナナキに噛みつかれたままだったゴグマジオスが咆哮を上げる。
ナナキが辛抱強く耐えていたところ、
遂にゴグマジオスが振り落とそうと揺らしていた体をぐらりと傾かせる。

「よっしゃ!!!」
「乗り成功じゃん!!!」
「ナナキ、グッジョブ!」

仲間たちの賞賛を背に、ナナキが身軽に飛び降りる。
それを追うようにゴグマジオスの巨体が広場に崩れた。
ダウン成功である。

「よっしゃタコ殴りや!」
「ハンマー気をつけて!」

ケット・シーの掛け声に合わせて、広場にいた仲間たちがゴグマジオスに襲い掛かる。
ジャンプ攻撃を仕掛けるシドの更に上空から、黒髪のハンターが白く輝く大剣を振り下ろす。
クラウドが心強い乱入者を見上げた。

「ザックス!」
「俺も参加させてもらうぜ!」

何だか一人楽しそうなザックスに、クラウドがゴグマジオスの尻尾に斬りつけながら怒鳴った。

「・・・遅い!」
「え!?」

きょとんと幼馴染を振り返ったザックスは、序でに呆れ顔の仲間達に気付いた。

「・・・あれ?」

仲間たちはゴグマジオスに怒りをぶつけるように、攻撃の手を休めることなく畳みかける。

「クラウド、ねえもっと言ってやって!!!」
「そうだぜ、全部含めて遅すぎる!」
「おっそいよねー。ほんと、エアリスが怒るのも当然だよ」
「そうそう!ザックスが遅すぎるんだよ!」
「おめーが悪い!」
「今まで何をしていたのですか?」
「おいら達、待ちくたびれちゃったよー」
「・・・あまり褒められたものではないな」
「ザックスはん、これは怒られてもしゃーないと思うで?」
『確かに、遅かったのは否めませんね』
『ちょ、町長それ口挟むところ?』
『レギオン、貴方からも言ってやってください』
『え?俺も?』

味方からのバッシングに、ザックスが反論を試みる。

「えええええ!?だって俺、ケット・シーからエアリスの護衛を・・・」
『「「「遅い!!!」」」』

ザックス以外の全員が声を揃えた。

「ええええー・・・。俺頑張ったのに・・・」

いじけながら、ザックスも大剣を振るう。
全員の怒りのパワーさえ上乗せしての集中攻撃だったが、
倒れていたゴグマジオスの巨体が、ゆっくりと起き上る。
だが、その背中から上がる黒い煙が増え、巨体も不安定に揺れていた。

「まだ、起き上るか・・・」
「でもあとちょっと、って感じだな」
「ふらふらしてやがるぜ・・・!」
「決め手は・・・」
「ねえリーブ!巨龍砲は!?」
『申し訳ありません・・・。まだ、エネルギーが足りません!』
「ど、どうしようケット!」

思わずユフィがケット・シーを振り返った。

「・・・ボクに任してもらえへんか?」

ケット・シーはゴグマジオスの巨体を睨みながら、広場に刺さった巨大な棒を掴む。
そのまま両手でふんっを力をいれて抜く。
引き抜いたそれは、ゴグマジオスの攻撃を受けていたにも関わらず傷一つない見事な槍だった。

「それって・・・!!!」
「あの大爆発でも壊れへん槍・・・。いくで!!!」

広間を逃げ回るハンターたちを狙い、ゴグマジオスが大口を開ける。
紅い、赤い高熱を纏った液体を吐き出す寸前に、ケット・シーが正面に飛び出す。

「うわあああああああ!!!!」

叫びながら、全体重をかけて槍を投げる。
槍は放たれた矢のように一直線に飛んでいき、
ゴグマジオスの口から喉に吸い込まれるように突き刺さった。
途端、ゴグマジオスが悲鳴のような声を上げる。
広場全域に強烈な音波が発生した。

「ぐっ・・・!!!」
「これは、効いてる、かも・・・!!!」

仲間たちが耳を塞いで何とかゴグマジオスを見上げる。
ゴグマジオスが痛みに耐えかね暴れ出すが、喉から背中に突き刺さった槍は抜けない。
もはやハンター達など目もくれず、広場を縦横無尽に歩き回り、滅茶苦茶に暴れだす。
苦しみ暴れ続けていたが、やがて。

断末魔をあげて、その巨体がゆっくりと広間に沈み。
今度こそ動かなくなった。
静まりかえる。

「やっ・・・」
「「「やったーーーー!!!!!」」」

すぐに割れんばかりの歓声が響き渡った。