脱兎

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

瞬間移動でもできそうな速さで走り去っていく童話作家。カルデアの廊下をぶらついていた坂田金時とアルトリアが揃って首を傾げた。

「んあ?どうしたんだ、作家の旦那」
「脱兎のごとく・・逃げ出していますね」

その後ろから、のんびりと彼らのマスターが現れた。

「あははははー」
「マスター何が・・・」
「実はね・・・」

「ふふ。アンデルセンったら、柄にもなく照れているのでしょう。今捕まえて差し上げますわ」

蠱惑的な女性の声が割り込む。マスターの後ろに見覚えのない女性が立っていた。長い黒髪のプロポーション抜群の尼なのだが・・・何気に太ももまで見えるスリットが眩しい。金時が、ん?と眉を寄せた。

「新しいサーヴァントか、旦那?」
「えへ。召喚出来ちゃった♪」
「殺生院キアラと申します。あらあら、こちらの金髪の方。うっとりするような肉体をお持ちですわね・・・。その身体でどれだけの女子を泣かせてこられたのでしょう?今度隅々まで私に見せていただけませんこと?」
「・・・いい!?な、ナニ言ってんだこの尼あ!!!」

金時が後ろに跳んだ。危機を察したらしい。だがマスターは軽く笑っただけだった。

「キアラさんこういう人だから諦めてね♪大丈夫!カルデアでの契約がある限り、禁欲生活してくれるから!」
「・・・それは・・・安全なのでしょうか・・・?」

アルトリアが心配げに呟く。
では、と優雅に微笑んだキアラがその場から去る。そして、彼方で悲鳴が聞こえた。

「ぎゃあああああああ離せええええええええ!!!!」

ぽん、とマスターが手を打った。

「あ。捕まった」
「少年の足では速度が足りないのでしょう」
「アルトリアさん、容赦ないねー」
「・・・先生に同情するぜ・・・」

げっそりとした顔の金時は、身に覚えがありすぎるのだろう。さくっとマスターが切り込む。

「金時さんも、よく頼光さんとか酒呑童子さんとかに狙われてるもんね!」
「さらっと言うなマスター!!!」
「いいじゃん、このカルデアに頼光さんも酒呑童子さんもいないし」
「うっ・・・」

そうこうしているうちに。悲鳴がこちらに近づいてくる。よくよく見えれば、ハンスを抱きかかえたキアラがこちらに歩み寄ってくるのだった。ハンスは逃れようとじたばたしているがそこは体格の差。ひしと抱きすくめる女人の腕からはどう足掻いても抜け出せないらしい。

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「酷いですわアンデルセン。私を置いて行ってしまうなんて・・・」
「貴様なんぞ呼んでない!さっさとレアプリズムにでもなってしまえ!!!」
「いえいえ、私はマスターの熱烈なラブコールにお応えしただけのこと。誠心誠意お仕え致しますわ。ええ、上の世話から下の世話まで・・・」
「いいから貴様は口をきくな毒婦めえええええ!!!ええい、マスター!どうしてこうなった!?キアラ召喚は未遂に終わったのではないのか!?」

いつもより高い位置から作家に問われ、マスターはぽりぽりと頬を掻く。

「えーっとね?その、10連ガチャで惨敗したあとに、連続ログインとか詫び石とかで、聖晶石が6つ貯まってね?」
「・・・ほほう?」

ぴく、とハンスが顔を引き攣らせる。

「でね、ハンスの概念礼装(鳥籠のやつです)が今4つしかなくて、5つになったら一つに纏めて最強になるからそれを狙って、2回ガチャしたの!」
「・・・。ほほう・・・?」

ハンスの蟀谷にくっきりと青筋が刻れる。マスターは満面の笑みで止めを刺した。

「その2回目に来ちゃった♪」
「この馬鹿マスタあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

絶叫するハンスに対して、キアラはほんのりと頬を染めた。

「アンデルセンったら・・・。そんなに激しく求められても困りますわ。ここでは己を律しようと思ってましたのに・・・」
「誰が求めるかこの腐れ女め!律したいのなら俺が責任を持って鳥籠にでも入れてやる!!ああ鍵をかけて封印だ封印!!!」
「まあ・・・。いつの間に放置プレイを覚えたのですか、アンデルセン?ふふふ。離れている方が燃え上がるということですわね・・・!!」
「全ての言語を歪曲させるなこの尼!!!」

うっとりとあっちの世界にでも行っちゃっているキアラにハンスが吼える。
だが、キアラも負けてはいない。知らぬものなら全てを魅了してしまう艶の笑みで彼女は宣った。

「ですが・・・。月で私に言ってくださったでしょう?私を愛してくださると」

「!!!」
「え」

ハンスが石像のようにカチンと固まり。そのマスターは。

「えっ・・・・。ええええええええ!?そういう関係だったの!?仲良しこよしとは思ってたけど!!!」
「誰が仲良しこよしだ、貴様の目は腐っているのかマスター!!!」
「でもでも、その、キアラさんに言ったのは本当なんだよね・・・?」
「ぐうう!あれは!気の迷いというか!死に間際の戯れだ!!」

ハンスの目が思いっきり泳いでいる。珍しいくらいの動揺っぷりにマスターはしょぼんと俯いた。

「ハンス嘘つけないもんね。そっかあ・・・。私失恋かなあ・・・」
「な!?ななな何を言っているんだマスター!?」
「でも負けないからね!月ではそうだったかもしれないけど、今私はハンスとの絆レベルMAXだもんね!それを信じてるから!!!」
「あら・・・。アンデルセン?いつの間にこんな可愛らしいお嬢さんを誑かしたのですか?毒舌厭世家の貴方が一体どうやったのでしょう・・・?」

心底不思議、という彼女の声音にマスターがばっと顔を上げて復活した。
その目はキラキラと輝いている。

「第4章でね、初めてハンスに会った時、ハンスは誰も解決できなかった魔本の攻略法を見つけたの!それに黒幕が出てきたときも一歩も引かずにその正体を見破って教えてくれたの!とっても格好良かったんだ・・・!あれで私ハンスに惚れちゃったの!だからカルデアに召喚出来た時に本当に本当に嬉しくって!だから聖杯もハンスに使って今やLevel100の最強なの!!!」
「ごほっ!?ま、マスター!?」

まるで自分のことのようにハンスの自慢を始めるマスターに、ハンスの顔が真っ赤に染まった。一方のキアラは菩薩のように微笑む。

「まあ・・・!月では悪態ばかりの困った少年でしたのに。もっと聞かせていただけませんこと?」
「うん!それからね、新宿の特異点ではね・・・!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

崩壊寸前、といった童話作家とその彼の自慢話を続ける彼らに、なし崩し的にその場にいた金時とアルトリアがくるりと回れ右をした。

「・・・。俺、これ以上見てられねえから部屋に帰るわ」
「私もです。でも・・・」
「ん?」
「アンデルセンは幸せ者ですね」
「まあモてる男はつれえぜ、ってとこだろうよ」

そうして。
二人が去ったことに気付かず、互いにハンスの自慢話合戦をしていた女性二人は、いつの間にか意気投合していた。

「キアラさんって166糎あるんだね!ちょっと羨ましいなー」
「ええ、女性にしては身長が高めなのはご容赦の程を。間違っても子供のままの童話作家と並べることなきよう、お願いしますね?」
「うん!ハンスがリーダーだから、キアラさんはサブにしておくね!!!」
「ぐはあっ!!!止めろ!こいつをメンバーに入れるとか正気か、マスター!!!」
「ふふふ。アンデルセンに指示する者と、指示されるものの取り合いですわね。燃えてまいりましたわ・・・!負けませんわ、マスター?」
「うん!私だって、ハンスへの愛は負けないからね!」
「がはっ!!!やめろーーーーーーー!!!!」

*   *

WRO局長室。
いつものようにソファでタブレットをいじっていたハンスが、悪寒がしたようにぶるっと身体を震わせる。気付いたリーブがPCから顔を上げた。

「どうしました、ハンス?」
「詳細は分からんが・・・。別世界の俺が精神的に瀕死だ」
「え!?た、助けに行かないと!!」
「一々真に受けるなリーブ。放置しておけ」
「そ、そうですか・・・?」

リーブは気遣わし気にハンスを見遣り、困ったような表情を浮かべる。
そんなマスターにハンスが少し真面目な顔で呼びかけた。

「・・・リーブ」
「何でしょう?」
「作家としての労働を強いるところは難ありだが、貴様がマスターでよかった」
「・・・はい?」

fin.

はい、実話シリーズでした(笑)。キアラさん来ちゃったよ。絶対靱葛とハンスの取り合いしていると思う。