脱出

耳障りな警報が鳴り響く。
赤いサイレンランプがくるくると、回る。

飛空艇に関して専門外のリーブでも、現在シエラ号が非常事態に陥っていることは嫌でもわかる。
まだその高度は十分にあったが、次第に地面が近づいてくることは必至だった。

操縦席で舵をとるシドへと振り返る。

「シェルクさんは!?」
「分からねえ!!返事がねえ!」
「シド、脱出ポッドの準備をお願いします!」
「わかってらあ!」

間髪入れず応じるシドの傍で、同じくシエラ号クルーの隊員がリーブを呼ぶ。

「局長!」
「高度が・・・保ちません!」

リーブは静かに頷く。
これ以上シエラ号が飛べないのであれば、
WRO局長として、シエラ号に残る全ての人員を
地上へと無事に脱出させなければならない。

リーブはその場にいた全ての隊員へと命じる。

「皆さんをここへ集めてください。それから、・・・っ!?」

続けようとした声が、突然の強烈な頭痛に奪われる。
リーブはひゅっと息を呑む。
堪えようとしたが、ぐにゃりと視界が歪んだ。

・・・いけない。今は、まだ・・・!

「「「「局長!!!」」」「リーブ!?」

呆気なく平衡を失い、傾ぐ体。
倒れそうになるのを誰かに支えられ、その衝撃でリーブは辛うじて意識を取り戻す。

「おい!?どうしたんだ!?」

鬼気迫る表情で覗き込む相手は、いつもは剽軽な筈の護衛だった。
リーブは顔を伏せたまま、小さく呟く。

「・・・大丈夫、です・・・」
「何があった!?」

レギオンの追求に、リーブは頭痛の意味を知る。
分身が見た、最期の情景。

「・・・エンジンルームに・・・ネロ、が・・・」

はっと周りが息を呑む。
操縦席でシドがくそっと毒付いた。

「漆黒のネロか!まさか、嬢ちゃんは・・・!」
「分かりません・・・!」

短く答え、リーブはすっとレギオンの支えを離れる。
シドは乱暴に頭を掻き、くそったれ!と叫んでいた。
だが、何か思い当たったのか、はっとリーブを見た。

「・・・ん?待て、おめえ、まさか、」
「艦長!!!」
「なんでい!」
「脱出ポッドが・・・足りません!」
「なんだと!?」
「・・・どういうことですか?」

リーブは冷静に問い質す。
問われたクルーは悔しげに答えた。

「確かに数が合ったはずが・・・壊されてしまって・・・」
「残りは何人分ですか?」
「・・・10人がやっと、です」

沈黙が落ちる。
シエラ号に残った人員は、リーブの護衛とシエラ号のクルーたちが主だった。
隊員たちの殆どが総攻撃に向かったとはいえ、まだ30名近くは留まっている。

「足りませんね、確かに」
「局長、」
「シド。このシエラ号で胴体着陸は可能ですか?」
「局長!?」

リーブの視線を真っ向から受け止めたシドは、
モニターをざっと確認する。

「・・・場所を選べば、できるかもしれねえ。今からじゃ、選択肢は多くねえだろうが・・・」

シドの回答を受け、リーブはクルーの一人へ振り返る。

「今の座標を教えてください」
「M-2-30です」
「ではM-1-24へ進路を変更してください」
「了解しました!」

クルーの声もピンと張りつめていた。
リーブは小さく頷き返し、集まってくる隊員たちを見渡す。
シエラ号の各地点に待機していた隊員がデッキに増えていくにつれ、
その緊張感は高まっていく。

そんな中、シドは何気なくリーブを呼んだ。

「なあ、リーブ」
「何でしょう?」

再びこちらに向き直った仲間へと、シドは僅かに目を細めた。

「おめえ、なんでネロが襲撃したと分かった?」
「・・・」

リーブは答えない。ただじっとシドを見返すだけだった。
更にシドは畳みかける。

「・・・おめえ、ケット・シーはどうした?」
「・・・」

リーブはやはり沈黙を保つ。
だが、彼は不意に視線を外し、そっと目を伏せる。
シドには、それで十分だった。

「・・・そうか。悪かった」
「・・・いえ、お願いします」
「おう」
「さて・・・」

リーブはデッキを見渡す。
招集された隊員達は整列し、局長の次の指示をじっと待っていた。

「シエラ号に残った者は、これで全員ですか?」
「はい!」
「シャルア統括のポッドも厳重に固定済みです!!」

リーブは一つ頷く。

「・・・では、これから胴体着陸に入ります。
全員身を低くして、何処かに捕まってください。
決して離さないように」
「「「はっ!!」」」

隊員達が一斉に答える。

「では・・・」

リーブが開始を告げようとした時、
背後に控えていた筈の護衛隊長が、すっとリーブの真横に並び立つ。
え?と驚くリーブに答えず、
彼は、整列する隊員達へ意味あり気に笑った。

「皆、異論はないな?」
「勿論ですよ、隊長」

隊員達も皆笑みを浮かべた。
それは何処か晴れやかな笑み。
彼らにしか分からない、何か覚悟を秘めた・・・。

「レギオン・・・?」

笑みの指す意味が分からず、リーブは傍の部下へと振り返る。
レギオンはにやりと笑った。
リーブが更に問い詰めようとした次の瞬間。
首筋にとん、と軽い、けれども抗えない鋭い一撃。

「・・・え?」

ぐらりと世界が暗転した。

*   *

レギオンは崩れおるリーブの体を支え、意識がないことを確認する。
そして、見守る隊員達へと、重々しく頷く。
残りの隊員は、気を失った局長へと無言で敬礼をする。
レギオンはリーブを肩に担いだ。

「悪いなおまえたち。それに、シドさん」

レギオンが謝ると、名を呼ばれたシドはにかっと笑って見せた。

「いいってことよ。おめえらの気持ちは分かってらあ」
「胴体着陸、シドさんなら確実でしょう。でも」

レギオンは担いだ体をぽん、と軽く叩く。

「・・・こいつに万に一つのこともあってはいけない。
他の隊員からも、こいつの命を守れって言われてるんでね」

シドはミッドガル決戦前のレギオンの言葉を回想する。
WROが組織である以上、中心がなければ活動は出来ない。
そして少なくとも今、彼らが中心と認めるのはリーブだけだ。
・・・だからこそ。

「『何が何でも無事でいてもらわなきゃいけない』
・・・その通りだろうよ」

レギオンはもう一度すみません、とシドへ謝罪し、
そして思い切りため息をついた。

「あーでも気がついたら怒られるんだろうなあ・・・」
「ええ、そのときは俺たちが一緒に謝りますよ」
「俺様もがつんと言ってやるから、安心しろい」

レギオンは一つ頷いて。

「じゃ、シドさん、お前たち。地上で会おう!」
「「「はい!!」」」「おう!」

力強い返事が、デッキに響いた。

*   *

ミッドガルが近い。
今は荒野にころりと脱出ポッドが転がっている。
つい数分前まで乗っていた隊員たちは、全員無事に地上に降り立った。

・・・のは、よかったんだけどなあ。

レギオンは現実逃避していた意識を仕方なく目の前の人物に戻す。
ゆらりと圧倒的なオーラを纏った上司は一喝した。

「何をしているんですか!!!!」

・・・あー目がマジだー。それも、ここ近年で一番かも。

普段温厚な男だが、こと人命に関わるとなると巨大組織のトップに相応しい覇気を纏う。
レギオンは、正直にいうと少しびびっていた。
因みに共に乗っていた護衛達は、苦笑気味に二人をみている。

「あーやっぱり怒られたー」
「ふざけている場合じゃありませんよ!!
ここは・・・M-1-27ですね。早く向かわなければ!」

レギオンに怒鳴っている時間も惜しいと判断したのか、
リーブは即座に切り替え、周囲の情景から現在地を割り出す。

「相変わらず地図いらずですね、あんたは」
「レギオン、通信機は!?」
「はいはい、ここですよー」

レギオンが渡す前にリーブはさっと通信機を奪い取り、叫んだ。

「シド!聞こえますか!?」

暫くザーザーとノイズのみがだったが、
やがて、ノイズに交じって音声が届く。

『・・・あー。よお、リーブ。そっちは無事かー?』

シエラ号艦長、シド・ハイウインドの何処かのんびりした声。
傍で聞いていたレギオンはふう、と安堵の息をつき、
リーブは切羽詰った声で返した。

「当たり前ですよ!そちらの状況を教えてください!」
『あー・・・ちょっと派手にぶっこわれてなあ』

レギオンがすっと表情を改め、部下たちを手早く纏める。
リーブは通信機を握る手にぐっと力を込めた。

「!?それで、負傷者は!?」
『あー。すまねえ、周りで10・・・4,5名がいるくらいしか分からねえ』

リーブが瞬時に顔を強張らせる。

「!?シド、貴方動けないんですか!?」

リーブの叫びに、レギオンと部下たちがはっと振り返る。
緊迫感の高まるリーブたちとは対照的に、通信機からの声は穏やかだった。

『・・・おめえ、やっぱり大将なんだな』
「何言ってるんですか!今からそちらに向かいます。
無駄な動きはしないこと!いいですね!」

通信機を握ったままさっさと歩き出すリーブを、レギオンが慌ててついていく。
後ろを同じく乗っていた隊員たちがついていく。
リーブは歩きながら通信機を片手に各地へと状況の確認と指示を澱みなく与えていた。

レギオンはその姿を目を細めてみていた。
護衛隊の一人がレギオンの隣へと並ぶ。

「隊長」
「ん?」
「貴方の決断は正しかったと思います」
「だろ?」
「まだ、勝負はこれからですね」
「ああ。・・・なんたって、あいつがいるからな」

レギオンは一度前を行く人物を見て、そして隊員へとにやりと笑った。

「じゃ、そろそろ俺たちもこき使われるぞ」

*   *

近づいてくる、少しまで乗っていた飛空艇の残骸。
胴体が真ん中からポッキリと折れてしまっている。
その周りを動いている人影もあった。
恐らく、瓦礫に埋もれた者たちを助けようとしている。

リーブは残骸の前で立ち止まり、真剣な表情で隊員たちへと命じた。

「レギオン、負傷者の居場所を特定してください。
皆さんはレギオンの指示に従って瓦礫の撤去を。
動けないほどの負傷者は、エクスポーションを使用してください。
歩ける者は私のところへ。いいですね?」
「「「「はい!!!!」」」」

隊員たちが一斉に応える中、レギオンはふと尋ねる。

「ん?あんた、何するんだ?」
「何のために回復マテリアがあると思ってるんですか」
「あんたなあ、救護班じゃねえだろ」
「何言ってるんですか。
生存者の救助に一番役に立たない私は魔法を使うしかないでしょう」
「全く。あんたらしいよ」

納得したらしい部下を見渡し、リーブは鋭く言い放つ。

「では、状況開始!」

*   *

「ふー。助かったぜ。ありがとよ」

壊れた操縦桿に凭れ掛かっていたシドは
ぱしっと自らの右足を叩き、にかっと笑った。
彼の右足に回復魔法をかけていたリーブは、屈んでいた体制を戻し、小さく息を吐き出す。

・・・間に合ってよかった。

飛空艇不時着地点は、多くの瓦礫によって負傷者が発生していた。
特に最後まで操縦桿を離さなかったシドは
天井部の瓦礫に挟まれ、辛うじて頭と右手が免れている状態だったが
レギオンたちの捜索によって無事救い出された。

シドの発見時は酷い有様で、駆け付けたリーブでさえ、一瞬息が止まるかと思った。
そして、「よお、リーブ」と暢気に声をかけられ、脱力した。
よくもまあこの状態で無線に応答したものだと、リーブは呆れるやら感心するやらだった。

同じく飛空艇に残っていたメンバーも、レギオンたちの働きによって一人残らず救出できている。
今は各々治療および休憩をとっていたのだが。

治療を終えたシドはよっと声をかけて立ち上がり、軽く手足の柔軟体操を始めた。

「具合はどうですか?」
「ん?ああ、魔法が利いてる。しっかしおめえ、いい護衛がいるじゃねえか」

んっと伸びをしながら、シドはリーブ越しに隊員たちを見遣る。
遠くで護衛隊長が負傷者の状態を確認していた。
対するリーブは一度も背後を振り返らずに、ぴしゃりと言い切った。

「ええ、まだ説教の途中ですが」
「おめえ、誉めてやれよ・・・」
「ともかく、シェルクさんを除く
私が勝手に脱出ポッドに乗せられる前の全員がこれで助かったということですね」

淡々と続けるリーブは、決して背後を見ようとはしなかった。
シドは肩を回していた腕を止めた。

「おめえ、根に持ってるな・・・」
「当たり前です」
「うわ・・・怖ええ」

形ばかり怯えて見せたシドへと、リーブは小さく確認する。

「・・・シェルクさんは」

シドは真摯な目で一言答えた。

「分からねえ」
「・・・」

リーブは予想通りの答えに、言葉が見つからなかった。
飛空艇が墜落する前に現れた侵入者は、全てを闇に飲み込むDGSだった。
そこへ駆けつけたはずの少女は・・・。

考えたくない結論に行きついたリーブへと、ぽつんと沈痛な声。

「・・・すまねえ」
「いえ、シドのせいではありませんよ」

リーブは緩く首を振るう。
シドはじっとリーブを見据えた。

「シェルクの嬢ちゃんもだけどよ、
・・・おめえ、ケット・シーも、だろ」
「・・・」

リーブは沈黙した。
応えないリーブを予期していたのか、シドは尚も畳みかける。

「ケット・シーに何かあると、おめえにも影響があるんだな?」

シドの眼光が強くなる。
暫くその視線を黙って受け止めていたリーブだったが、力なく笑った。
即座に否定できなかった時点で、シドに見抜かれていると気づいたから。

「・・・全く。貴方も余計なところで鋭いですね・・・」

やれやれ、とリーブはため息をつく。
シドはずいっと詰め寄る。

「おめえは大丈夫なのか?」
「ええ」

リーブは穏やかに笑う。しかし。

「嘘付け」
「・・・あの、あっさり否定しないでくださいよ・・・」

すぱっと言い切られてしまい、リーブの笑みは苦笑に変わっていた。
シドはぎろりとリーブを睨んだ。

「うっかり倒れそうになったのは誰だ?」
「・・・」

リーブはうっかりどう返そうか考えてしまった。

・・・正確には頭痛と眩暈であって、
倒れそうになったというよりは、ちょっと堪えられられなかっただけというか・・・。

リーブが応えられないうちに、背後から声をかけられた。

「ってことは、ケット・シーにも護衛がいるってことですか?」

はっと振り返る。
そこにはさっきまで他の隊員を見ていたはずの、護衛隊長がいた。
リーブはあからさまに顔を顰めた。

「げ。レギオン・・・聞いていたんですか」
「げ。じゃないですよ、局長」
「いりませんよ」

すぱんと拒絶する。
しかし、今回ばかりは護衛も黙ってはいなかった。

「けどあんた、ケット・シーがやられたら倒れるってことですよね」
「い、いえ、そこまでは」

僅かにたじろぐリーブへと、レギオンは存外真面目な表情で指摘する。

「さっき、俺が支えなかったら、倒れてましたよね」

リーブはさっと視線を外し、彼の背後に聳える嘗ての魔晄都市を見遣る。

「気のせいですよ。それより今は、魔晄炉の破壊が優先です」

局長としての命令に、一応護衛は納得したらしい。
しかし。

「了ー解。後でじっくり聞かせてくださいよ」
「おう、俺様も参加してやらあ」
「・・・結構です」

二人の追及を断ち切り、リーブはミッドガルへと歩き出した。

fin.