花束

星が瞬いている。

ガスによって薄汚れている筈の嘗ての都市の一角、神聖な場所と崇める人もいるという奇跡の場所。
差し込む静かな光が、清き水面に反射して煌めく。

優しい光に草花が照らされる。
昼間色とりどりの色彩を咲き誇っていた花達は、今はそっと花弁を閉じて眠っているようだった。

聖なる泉、と呼ぶ人もいる。

その前にひっそりと佇む先客を見つけ、
扉を潜ったマリンは思わず声を上げていた。

「あれ?」

一瞬びくっと動いたその影は、やけにゆっくりと振り返る。
人ではないが、見知ったシルエットにマリンはその名前を口にした。

「・・・ケット・シー?」
「・・・マリンちゃんやないか!」

ぴょんと飛び跳ねて叫んで、
だけど影、ケット・シーはくるりと背中を向けた。

「ケット・シー、だよね!久しぶり!」

マリンは嬉しくなってケット・シーに駆け寄るが、彼は振り返ろうとはしなかった。
マリンはきょとんと尋ねる。

「・・・どうしたの?」
「マリンちゃんこそ・・・どないしたんや・・・」

いつもの訛に、けれどいつもの陽気さは陰を潜めていた。

「・・・うん。お姉ちゃんに会いたくなったの」

ここはお姉ちゃん、つまりエアリスが大切にしていた教会。
マリンはこっそりと抜け出して教会にやってきていた。

「・・・成程なあ・・・」

呟く声に力がない。
マリンは首を傾げて小さな背中に問いかける。

「ケットは?」
「へ?」
「ケットは、どうして来たの?」
「あー・・・。見つからへんやろと思ってな」
「どういうこと?」
「・・・このぐらい暗おなったら、お星さんくらいにしかばれへんと思ったんやけどな・・・」

ケット・シーは背を向けたまま、天を仰いだ。
つられてマリンも視線を追うように見上げる。

満天の星空。

もう一度目の前の小さな友達の様子を伺う。
見上げたままの背中が寂しそうで
普段のケット・シーではなく、寧ろ。

「・・・リーブさん?」

小さく呟くと、彼はやっと振り向いてくれた。
いつもの満面の笑みではなく、やっと分かるくらいの、微かな笑みを浮かべて。

「・・・ばれたらしゃあないなあ・・・」

照れたように、けれどやはりその陰のある表情に父と同じように痛みを抱えた心が見えるようだった。

「なあ、マリンちゃん」
「なあに?」
「・・・お花、ちょっとだけでいいんやけど・・・貰ってもええやろか」
「え?」

かくんと首を傾げる。

「小さな花束、作りたいんや・・・」
「・・・どうして私に聞くの?教会のお花は、みんなのものだよ?」

破壊され尽くした都市に残された唯一の花たち。
それがどれほど貴重なものか、言うまでもない。

ケット・シーは小さく頷いた。

「・・・分かってるんや。けど、手ぶらで行きたないんや・・・」
「え?」

聞き返そうとする前にケット・シーはゆるゆると首を振る。

「・・・やっぱ、ええわ。ごめんな、変なこと聞いて」

ケット・シーはもう一度小さく笑った。
そして彼独特の足音でマリンを追い越し、扉へ向かっていく。

「待って!!!」
「ん?」

マリンは急いで花弁を閉じた花を見渡し、昼間一番綺麗だとみとれていた白い花を束にした。

「マリンちゃん・・・」

ぱたぱたと駆けて、小さな手で花束を差し出す。

「持っていって!きっと、その人も喜ぶよ」
「え?」
「誰かのための花束、なんだよね?」
「・・・マリンちゃん・・・」

ケット・シーはそっと花を受け取る。
夜風に微かに揺れる花。
彼は少し俯いたようだった。

「・・・おおきに」

fin.