英霊召喚1

扉の前で名乗れば、来たか、と端的な部屋の主の返事と共に扉が開く。
WRO科学部門統括の執務室は飾り気のない部屋であるが、リーブにはそれが歯に衣を着せないシャルアの気質らしいと好ましく思う。さてその部屋の主は机に座り、付いてこい、と簡潔に告げた。

「何かまた新しいものを作られたのですね?」
「ああ。だが少々問題があってな。あんたの見解を聞きたい」
「ええ、分かりました」

リーブの後ろで、護衛隊長を務めるレギオンが「あのー、」と遠慮がちに手を挙げた。

「なんだ?」
「俺がついていっても大丈夫です?」
「ああ。問題ない」

3人は統括室をでて、隣接の研究所を訪れる。
問題の発明品とやらは、研究所の中でも機密なのか特別な許可の必要な最奥の部屋に置かれていた。シャルアのもつカードキーで扉が開く。

白で統一された部屋には、床に直置きされた不思議な装置があった。高さはリーブの身長を少し越えるくらい。大きさは両腕を回したところで足りないくらいのの球体だった。それが青白く光りながら、軸に併せてクルクルと回転している。さながら天球儀の特大ヴァージョンといったところか。
球体の側には何やらレバーのような棒が取り付けられていた。
レギオンがしげしげとそれを見上げている。

「えらくでかいですねー。シャルア統括、これ、何です?」
「その疑問に答える前に・・・局長。このレバーを引け」
「はい?」
「いいから、やれ」
「は、はあ・・・」

シャルアの口調に圧されるように、指名されたリーブは天球儀に近づく。
一応これでもリーブはシャルアの上司に当たる筈なのだが、シャルアには全く遠慮も敬意もない。いや、リーブもWRO局員もシャルアの気質だからと特に気にしないが、他の組織の会議などで無用な敵や諍いを増やさなければいいのですが、とちょっと心配になる。後ろで「統括相変わらず強気ー!!!」「煩い!」といった遣り取りが聞こえたが、まあ流しておく。

レバーらしきものを掴み、言われたとおり手前に引いてみる。
見かけよりも抵抗もなく簡単に動き、ガコン、と大きな音が響いた。

「え!?」
「なっ!?」
「・・・おや?」

球体が加速度的に回転速度と光量を上げていく。
それが直視できないほどの明るさになったところで一際強烈なフラッシュが起こる。
思わず目を庇った3人は、光が収まった頃にゆっくりと目を開く。そこには。

「・・・三流サーヴァント、アンデルセンだ。
本棚の隅にでも放り込んでおいてくれ」

青い髪、青い目。
青い蝶ネクタイに白と青の礼服。
光が収まった先には、偉そうにのたまう、人形のように整った顔立ちの少年が立っていた。
・・・ただその声は、姿に反して渋いバリトンだったが。

リーブはまじまじとアンデルセンと名乗った青い少年を観察する。

外観から見ると年のころは10代前半、身長はリーブの腰ほどの無垢な少年と・・・言いたいところだが。子供特有の大きな瞳は無邪気さの欠片もなく、寧ろ何処か達観したような老成した雰囲気を纏っている。外観と中身が合っていないようで、けれども違和感がないという不思議な少年。

それにしてもサーヴァント、とは「召使」という意味だった筈だが、何故彼はそう自分を称したのだろうか?

リーブが興味深く観察する後ろから、シャルアは瞬きを一つしたのち一気に少年との距離を詰め、その首ねっこに手を伸ばす。

むんず。
ぶらん。

軽々と少年を摘まみ上げた。

「局長。迷子を捕獲した」
「シャ、シャルアさん、ちょっと・・・!」
「放せ!!!俺は迷子じゃない!!!こら!俺の首根っこを掴むな!!」
「どうみても迷子だろう」
「あの、シャルアさん、ひとまず降ろしてあげてください」
「ちっ・・・」
「ふん、さっさとしろ」
「黙れ」
「シャルアさん、落ち着いて・・・」

放っておけばいつまでも口論してそうなシャルアを宥めれば、彼女は如何にも不本意そうに少年を下ろした。少年は、人を見下すように皮肉げな笑みを浮かべて腕組みをしている。・・・はて、このくらいの年頃の少年はこんな表情をするものだろうか、と首を傾げるが、まずはシャルアへの確認が先だ。

「ええと・・・シャルアさん。まず、この装置は何ですか?」
「これか?古代の遺物らしいので、設計図通りに組み立てたんだがな。そこのレバーを引けば何かしらを召喚できると解読された。だから、昨日からあたしや研究所のメンバーで全員試してみたんだが、誰一人として動かせなかった。あんたが初めてだ」
「・・・は?」

色々と突っ込みたいところがある気がするが、リーブは蟀谷を押さえつつ、辛うじてシャルアの言葉を理解しようと努めた。

「・・・ええと、つまり、召喚装置、ということですか、これは?」
「ああ」

あっさりと肯定されて、リーブは思わず頭を抑えて呻いた。召還装置だと分かっていて、何の対策も打たずに発動させるとはどういうことか。

「・・・『ああ』、じゃないですよ・・・。恐ろしいモンスターが召喚されでもしたらどうするつもりだったのですか・・・」
「ん?いや、これは『英霊召還』、らしいからその可能性は低い」
「『英霊』・・・?それは、過去の偉人が精霊の域に押し上げられた存在のことですか?」
「その筈だ、が。」

シャルアが視線をリーブから、足下に移す。正確には、そこにいる少年に、だが。
視線の意味を瞬時に理解したらしい少年は、美しい顔を嘲笑に歪ませた。

「おチビ様で悪かったな!それもこれも月のゴミくず以下の役立たずと前任の駄マスターと意味もなく俺を呼び出した考えなしの貴様が悪い!!!せいぜい自分のポンコツさを恨め、この馬鹿者が!!!」

リーブはぽかん、と小さな少年を見返す。

怒濤の罵詈雑言。
余程子供の姿に思うところがあるらしい・・・とそういえばそうか、と思い直す。過去の偉人、ということは若くして亡くなってしまったか、大人になって偉業を成し遂げたかのどちらかだろうが、彼の言が正しければ後者のようである。しかし少なくとも大人の時代があったはずの彼が子供の姿で呼び出された、というのはどういうことか。月の役立たず?は兎も角、前任のマスターとは、前回の主人というところだろうか?

それにしても、アンデルセン、という偉人に心当たりがまるでない。
自分の知識不足だろうが、ともあれ本人に確認してみるしかない。

彼と話をするために視線を合わせようと屈めば、鬱陶しいからやめろ、とまたしても怒られてしまった。どうやら子供扱いは悉く彼の神経を逆撫でしてしまうらしい。すみません、と謝って立ち上がる。

「ええと、アンデルセン君、でしたね?」
「・・・。ハンス・クリスチャン・アンデルセンだ」
「ではハンス君ですね」
「・・・。君はやめろ」
「では、ハンス。私はリーブ。リーブ・トゥエスティと申します。そして大剣を背負う彼がレギオン、白衣の彼女はシャルアさんです」

名前だけ簡潔に紹介すれば、少年・・・ハンスはリーブを値踏みするかのような鋭い目で見上げた。その蒼い瞳は、こちらの心理の底の底まで見透かすようでありながら、深淵をのぞき込むような絶望が映っている。・・・やはり、ただの子供ではない。

「ふん。で?リーブ。お前がマスターか」
「マスター?」
「・・・ケット・シー以外に、お前をマスターと呼ぶ者がいるとはな」

感心した、と言いたげなシャルアにハンスが眉を寄せる。

「他にもサーヴァントがいるのか?」
「サーヴァント?」
「英霊に器を与えて使い魔となす。この使い魔がサーヴァントというわけだ。ケット・シーとやらもお前が喚びだしたのではないのか?」
「ケットは召喚ではなく、私が作ったようなものですから違いますね」

更に詳しく言えば、ケット・シーのボディたるロボットの部分は科学部門に創ってもらったもので、リーブがしているのは遠隔操作だけである。・・・ケット・シーが作られた、当初の予定では。
今やリーブの思惑など何処吹く風と言わんばかりに自由気ままに行動する分身は、彼に『心』を与えたらしい自分をマスターと呼んでいるに過ぎない。

リーブの持つ異能力「インスパイア」。

ある条件を満たした無機物に命を吹き込むという力は、未だにリーブ自身不思議で仕方ないものだった。

ケット・シーの過去を回想していると、ハンスの表情に興味深げな光が宿っているのに気付いた。今まで傍観者のようにこちらを伺っていたのが何か切り替わったらしい。

「ほう。作った!よしリーブ。ケット・シーとやらを今すぐここに呼び出せ」
「え?何故ですか?」
「ネタとして面白そうだからな、詳しく話を聞かせろ。
物語るに相応しいものならば、お前を主人公にひとつ最高の駄作を書いてやろう!!」
「物語る・・・?」

先ほどからハンスの言葉は何やら彼特有の職業に基づいているように思われた。そこに言及しようと口を開いたものの、シャルアの科学者らしい疑問に先を越される。

「それにしても、だ。何故あんたはレバーを動かせたのだろうな?」
「・・・そういえば、シャルアさんが『少々問題がある』、と仰っていたのは、レバーが動かなかったことですか?」
「ああ、その通りだ。だがあんたはあっさりと動かして見せた。まあレバーが戻らんところをみると一回ぽっきりの装置かもしれんが」

シャルアは装置に歩み寄り、レバーを引き上げようとしたが1㎜たりとも動かない。回転していた球体も動きを止め、青白い光も消えているところをみると完全に停止状態らしい。シャルアの言うとおり、この装置が1回しか作動しないものだとしても、何故リーブだけが動かせたのか。
うーん、と首を傾げていると、足下から答えが返ってきた。

「魔力とその総量、あとは貴様の持つ媒体だな」
「魔力?媒体?」
「お前の魔力はこの中ではずば抜けているからな」
「魔力は・・・」
「確か局長の魔力は、ジェノバ戦役の英雄の中でもトップ3に入ってましたよね?」

ひょい、とレギオンが割り込んだ。
まあリーブにとっては正しい事実ではないため、早々に訂正を入れることにする。

「私ではなくケットですが」
「同じじゃないですか」
「全くの別個体ですよ?」

ケット・シーと自分は異能力で繋がっているが、別個体である。
ジェノバ戦役で世界を救うために闘った英雄はケット・シーであって、リーブではない。
因みに英雄たちの中で魔力のトップ3は上からクラウド、ティファ、ケット・シーの順である。
この順位は精神のトップ3でもあるため、嘗てエアリスが言っていた通り、やはり魔力は精神・・・つまりは心で使うものだろうとリーブは密かに思っている。

ケット・シーは強い心で、デブモーグリだけでなく自らの魔力でも戦える立派な戦士。
誰かに頼らないと人々を守れないリーブ自身とは違う存在であると。

そう、主張したつもりだったが、レギオンはうんうん、と頷いで一言で纏めた。

「ま、一緒ですよね」
「・・・レギオン。人の話を聞いていましたか?」
「聞いてますよー?あんたもケット・シーも魔力が強くて、英雄の一人ってことですから」
「全く聞いてないじゃないですか!」
「リーブ。時間の無駄だ。さっさと認めろ」
「ちょっと、シャルアさんまで!?」

何だか諸々誤解されている。
しかしリーブの訂正が追い付かないうちに、ハンスが小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「・・・ほう?貴様、既に英雄か!ハッ!これはとんだ茶番だな!英雄様が俺のような大はずれの駄サーヴァントに一体何の用だ?大の大人が寄ってたかって停止したガラクタと無能なサーヴァントを囲っているのだから、さぞ御大層な理由をお持ちなのだろうよ!・・・ああ、すまなかった、そもそもが無知による無駄、かつ無謀、無為な召喚だったな!!よし、貴様の無意味な召喚に応じてやったのだから、ギャラ代わりにネタを寄越してもらうか!そら、とっととケット・シーとやらを呼び出せ」

ハンスが口を開けば、またしても罵詈雑言の嵐が吹き荒れた。・・・先程よりも威力が増している気がする。

唖然とハンスをみるレギオン、そして眉を顰めるシャルアを視界に入れつつ、
リーブは不思議と不快感がないことに驚いていた。
組織の長という立場上、批難や罵倒、皮肉といった余り良くない言葉や感情をぶつけられることは日常茶飯事。だから人よりは慣れている自覚はあったが、そういう問題でもないように思えてリーブは思考を巡らせる。

ああ、と思い当たった。

彼の言葉には、偽りがない。
多少毒素をちりばめたり自虐的な言葉を選んではいるが、ハンスが指摘したこと、つまりは止まった装置と少年の周りに大の大人が3人も集まってのんびり喋っていることも、リーブが何も考え無しにハンスを召喚したことも全て事実である。彼は多少上から目線的な物言いをしているが、そこにリーブ達への拒絶の感情は見られない。そして彼の言葉を要約すると、こちらの事情などどうでもよく、取り敢えずケット・シーを呼び出せということの1点のみ。つまり。

「・・・そんなにケット・シーが気になるのですか?」

確認するために問いかければ、ハンスは両腕を組んでふんぞり返った。
・・・ただ、幼い姿と相まってとても可愛らしく見えてしまったが。

「ふん、俺が筆を執る気になるかは別の話だがな!貴重な時間をどぶのように捨てている低俗なお前たちを相手にするよりは、遥かに有意義な時間が過ごせるだろうよ。それとも何だ?ケット・シーとやらは、俺のような三流サーヴァントなんぞ平身低頭せねばお会いできん、さぞかし御立派な英雄様、いうわけか?」
「いえ、そんなことはないのですが、ただ・・・彼は今ボーンビレッジにいまして・・・」
「えっらい遠いところですねー。ケット・シーは何やっているんですか?」
「唐突に発掘作業をしてみたくなったそうです」
「・・・流石、お前の分身だな」
「シャルアさん、どういう納得をしているんですか・・・」

飄々とケット・シーの様子を尋ねるレギオンと、ケット・シーの行動に何故か意味深に頷くシャルア。
シャルアの方はまた勝手な思い込みをしているようなので釘を刺そうとすれば、
眉間に深い皺を寄せたハンスがじっとこちらを凝視していた。

「・・・ハンス?どうしました?」
「・・・ボーンビレッジ、とは何処だ?」
「え?アイシクルエリアの南にある、化石発掘の名所の村ですが?」
「・・・アイシクルエリア、とは何処だ?」
「・・・え?」

鋭く聞き返された言葉に一瞬詰まる。
ただアイシクルエリアを知らない、ということに留まらないような問い。
言外に含まれた意図を読み取れるのか、と試されているような静謐な目。

リーブは持ち歩いている自身のノートPCを開けた。

「局長?」

レギオンがひょいとリーブのPCを覗き込む。
シャルアは一歩引いたように見守っている・・・どうやら彼女もハンスの問いの意味が見えているらしい。
リーブはPCに世界地図を映し出し、ハンスの前に見せた。

「ここが現在地、そしてアイシクルエリア、・・・ボーンビレッジはここです。
・・・どうですか?ハンス、貴方はこの地形に・・・我々の世界に、見覚えはありますか?」
「局長!?」

驚くレギオンを横目に、ハンスに問いかける。
シャルアも微動だにせずハンスの反応を待っている。
そして、静かにこちらの様子を伺っていたハンスが、にやりと皮肉気な笑みを浮かべた。

「・・・ないな。こんな奇天烈な地形など全く見覚えがない!俺は生前含め、ヨーロッパはおろか月だの紀元前の世界だの、冒険譚にでもすれば軽く全50巻は超えそうな旅をしてきたが、異次元世界への旅とは流石の俺も初めてだ!・・・ふん、異界のごみも偶には面白いことをする」

やはり、とPCを畳む。
ハンスが過去の偉人として、全く名前に聞き覚えがないというのに違和感があった。知識不足の可能性も否定はできなかったが、それでも英霊となるにはそれなりに名が通っている筈。勿論、彼が英霊であると決まったわけではないが、先程から彼とのやり取りを思い返してみても、ただものではない。情報部門統括のシェルクに後で確認してもらうにせよ、この世界の人間ではない可能性が高い。

・・・などと一人納得していると、レギオンが何故かこちらに突っかかってきた。

「異界!?ってあんた、自分が召喚されるに飽き足らず、今度は異界から召喚しちまったということですか・・・!?」
「ちょっと、私のせいにしないでくださいよ、レギオン」
「あんたのせいだな」
「そこに乗っからないでくださいよシャルアさん!?・・・そもそも、英霊召喚装置を組み立て、説明もなしに私に起動させたのは、貴方ですからね!?」

さも自分は全く関係ない、と言いたげな科学部門統括に慌てて反論する。
ハンスを召喚したのはリーブに間違いないが、リーブはあの装置が何か知らなかったのだ。まあシャルアに言われるままレバーを動かしたリーブに何の責任もないかと言われると怪しいのだが。そして残念なことにシャルアの上司はリーブであるのだから、

・・・あれ?よくよく考えると全て自分のせいかもしれない、と若干青ざめる。

リーブが内心冷や汗をかいていると、ハンスが意地悪気に不敵な笑みを浮かべていた。憎たらしい笑み、とはこのことかもしれない。

「貴様、己が召喚された経験もあるのか?・・・益々何者か怪しいな」
「今はそんな話ではないでしょう!?・・・ハンスはここではない世界から召喚された、そうですね?」
「恐らくな。・・・一応聞いておくが、俺の知る地名・・・デンマーク、イギリス、アメリカ、エジプト、日本といった名称に聞き覚えは?」
「いやーないですねー」
「ないな」
「そうですね、私も・・・?あれ?」
「どうしました、局長?」
「ニホン・・・って何処かで・・・?」

顎に手を当てて、ニホン、という単語を何処で聞いたのか思い返す。
少なくともこの世界の地名ではない、けれども人伝に聞いた気がする。・・・ん?そもそも人だったのか・・・?
過去を猛烈な勢いでリバースしていた脳内映像が、ぴたりとある場面で止まった。

「・・・あ。」
「思い出したんですか、局長!?」

興奮気味のレギオンに、一言答えた。

「・・・鬼灯さんですよ」
「・・・へ?」
「ああ、異世界のオニか。確かにあいつはニホンとかいう世界から来たらしいな?何処まで本当かは知らんが」

シャルアが説明を加えてくれた。

鬼灯。

以前動植物園を作るときに顧問となってくれた鬼神である。
彼はニホンという国の死後の世界からこの世界にやってきて、ひょんなことからケット・シーと出会い、動物園なるものをWRO流に変えた「動植物園」を作るにあたって色々助言してくれた。件の「動植物園」は今でもこの世界の癒しスポットとして好評の娯楽施設となっている。

ハンスがぴくりと反応する。

「む。俺より先に異界からオニが侵入しただと?よし、出してみろ。ああ、先に言っておくが、万が一戦闘になろうものなら俺は真っ先に逃走するぞ。覚悟しておけ」
「いえ、あの、鬼灯さんは敵ではありませんし、まして召喚したわけではなくて、こちらの世界の実地調査に来られただけですから・・・。呼び出すのは無理ですよ」
「つまらん」
「つまらないとかの問題ではないのですが・・・」

ハンスの分かりやすい答えに苦笑してしまう。
どうやら珍しいものは全て彼の興味を引くらしい。けれども彼自身が戦う気は毛頭ないらしく、堂々と逃げることを宣言されてしまった。・・・その歪みない態度はいっそ潔い。

「で?媒体とやらは何のことだ?」

ばっさりと話の流れを切ったのは、異世界など興味がないらしいシャルアだった。異世界のことよりも、何故リーブが召喚に成功したのか、その1点がどうも気になるらしい。・・・流石科学者だと内心感心する。
聞かれたハンスはつまらなさそうに顎でこちらを差した。リーブ自身、というよりもリーブが持っていたもの。

「お前が持っているその本だ」
「本?」

そういえば借りた本を置く暇もなくここに来たのだった、と思い返してハンスが指摘した本を取り出す。
レギオンがこれまたひょいと覗き込んできた。

「えっーと『ウータイ昔話』・・・ってなんですかこれ」
「ユフィさんに依頼してお借りしたウータイの子供向け物語集ですよ。今度孤児院を訪問するときに紙芝居でもしようかと思いまして、元になる話を探していたんですよ」
「・・・童話か。それだな」

ハンスが訳知り顔で深く頷いた。思慮深い瞳がきらりと光ったようでリーブは思わず問い返す。

「この本が、何か?」
「召喚の条件として、媒体を持っていることもその一つだ。それが俺を喚びだした原因だな」
「本が媒体・・・?これまでの言動といい、貴方はもしかして作家ですか?」
「ああ。ここはどうやら俺のいた世界ではなさそうだが、まあいい。
俺は童話作家だ。だからクソ弱いに決まっている!俺に戦闘を期待するな」

ハンスが自虐的に彼の正体を告げた時、リーブはガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。・・・勿論比喩だが。
それも悪い方向ではなく、非常に好ましい方向。軍事トップの自分ではどう足掻いても生み出すことのできないもの、どんなに焦がれても手に入らなかった宝物が、それを際限なく生み出すことが出来る貴重な人材として目の前に立っているのだ。

「・・・童話、作家・・・!」

その職業を反芻してみる。
何と素晴らしい職業だろうか。
自分は壊すことばかりして、漸く星の再生に手を貸すことを進められるようになったが、子供たちへのケアは追い付いてはいない。そんな彼らの心を癒し、夢を育てることができる者。それが幾度となく滅亡の危機に陥ったこの世界にとってどんなに尊いものか。

幼い少年の姿に後光が差すように見えた。
そもそも、彼の姿は絵画から間違って飛び出したような端正な顔つきをしているものだから、違和感がない。

もはやリーブの中のハンスは、完全に童話の王様に変わっていた。
黄金に煌めく王冠が眩しいほどだ。・・・勿論、リーブのイメージだが。

そんな多少いっちゃったリーブの変化に気付いたのか、シャルアとレギオンは呆れ返っていた。

「・・・やれやれ」
「あー・・・あちゃあ」

シャルアは首を振り、レギオンは軽く頭痛がするように頭を抑えている。
ハンスもそんな三者三様の反応に嫌な予感がしたのか、引き気味に一歩後ろへ下がった。

「なんだお前たち、その目は。特にリーブ、お前の目が一番怪しい。深海のトレジャーハンターが長い探索を経て沈没船から念願の金貨を発見したかのような恍惚とした目をするな!!貴様は大いに勘違いしているようだが、作家に何を求めている?いいか、作家なんて者は現実がままならなかったからペンに走るしかなかった馬鹿者の総称だ!そんな俺が何かの役に立つと思うのか?」

「・・・大っ変、役に立つに決まっているじゃないですかっっっ!!!」

リーブは腹の底から一喝した。
こんなに大声を出したのは久しぶりかもしれない。

「・・・は?」

童話の王様、もといハンスは完全に虚を突かれた様子で固まった。
そしてこうなると思った、と言いたげな部下たちが無責任に野次った。

「あーあ。地雷踏んじまったよハンスー」
「これは、お前の負けだなハンス」
「いや、待てお前ら。勝手に俺を見捨てるな。何が地雷だ、このマスターは・・・。・・・。待て。もしかして俺に作家として仕事をさせようとしているのか!?バカめ!仕事なんぞ嫌いだ。仕事をしている時間など地獄に決まっている!!!」
「ええ、ええ。ですからよろしくお願いしますね、ハンス」
「人の話を聞け!!!」

ハンスの叫びをスルーして、バイブ音に上着から端末を取り出す。要件は会議への呼び出し。あ、と腕時計をみれば会議予定時刻10分前を示していた。

・・・そういえば、ハンスのことに夢中ですっかり時間を忘れていた気がする。

でも仕方ない。
何たって天下の童話作家様がいらっしゃったのだ。まだ彼の作品は知らないけれど、英霊になるほどだからさぞ幻想的で美しい物語を紡ぎだしたに違いない。だからこそ彼には過去の作品を紹介してもらい、さらには新しい作品に取り掛かってもらいたい。リーブは彼にとって最適な執筆環境を整える必要がある。これはリーブの中では最優先事項といっても過言ではなかった。しかし会議には出なけばならない。これでも一応責任者なのだから。・・・その割にはさっきから部下に言われたい放題だったけれども、まあそれはそれ。

リーブは続けて総務や情報部門に連絡を入れる。これでよし。
くるりとレギオンに向き直る。

「・・・レギオン。今日はハンスの面倒をみてください」
「・・・。はあ!?何言ってんですかあんた!」
「私これから会議ですので、ハンスにWROの案内と、後ほどシェルクさんから連絡が来るはずなので、呼ばれましたらハンスを情報部門統括室へ連れて行ってください。食事は食堂で。それから、ハンスの部屋は総務が準備しますので、必ず夜9時までに休ませてあげてくださいね?」

取り敢えず手の空いているレギオンへ矢継ぎ早に指示を飛ばす。
命じられたレギオンは呆気にとられ、序で口元を引き攣らせて、そして最後は右手を握りしめてふるふると震えだした。

・・・これは、怒鳴られるパターンですかね。

密かに思った通り、レギオンはつかつかとリーブに詰め寄った。

「ちょっと待てー!!!俺の仕事は、あんたの護衛なんですけど!!!」
「キャンセルですね」
「あっさりキャンセルするなーーー!!!」
「いいじゃないですか。どうせ今日は出張がないのですから暇でしょう?」
「あんた、俺の仕事なんだと思ってるんですか!!!」
「私にいじられる役目ですよね?」
「ちっがーーーーーーーーーうっ!!!」

全力で否定するレギオンが、相変わらずのリアクションで面白い。
と、楽しんでいると、リーブの背後で冷静に観察していたハンスが頷いた。

「・・・ふむ。勘はよさそうだな。確かに鍛えればよいカモ・・・いや、読者になるやもしれんな」
「でしょう?レギオンは反応が面白いんですよ」
「ふむ」

とびっきりの物件を紹介する不動産屋のようにハンスに説明すれば、あっさりと頷き返してくれた。思えば召喚してからハンスには怒鳴られてばかりだったので、こうして意見の合うのがとても嬉しい。流石レギオン、いじられ役として一流ですよね、と再認識していれば、レギオンが若干涙目になっていた。

「そこおっ!!!いつの間にか結託しないでくださいよ!!!」
「ちっ。気付かれたか」
「そうらしいですね」
「いい性格だな、あんたら」
「ありがとうございます、シャルアさん」
「・・・。褒めてないがな」

好きにしろ、と言い捨てたシャルアは停止した装置をいじりだした。彼女はレギオンいじりには興味がないらしい。面白いのに勿体ないですねえ、と密かに思っていると、渋い声に呼ばれた。

「リーブ」
「何でしょう?」

小さな少年は殊更不機嫌そうに宣った。

「・・・WROとやらの案内は有難いが、何故夜9時だ?・・・貴様。俺を外見通りのガキだと勘違いしているのではないか?」
「え?子供は早寝早起きが基本でしょう?」

当然、とばかりに返せば、ハンスが眉間の皺を渓谷のように深くして腰に手を当てた。小さな身体なのに溢れんばかりの覇気が見えるようだ。彼は皮肉気に口角を上げた。

「・・・マスター。貴様の耳は飾りか?そこの女の説明を聞いていなかったのか?ああ、貴様は先程から馬耳東風とばかりに諸々聞き流してきたものだったな!!貴様は人間と見せかけて姿形だけ似せた猿、聴覚はあれども言語として認識できない下等動物だったか!!すまなかった!!!それは説明しても人間様のように理解できるわけがなかったな!!!」

しれっと子供という単語を入れただけで、またしても立て板に水のごとく罵られてしまった。それにしてもよく喋る子だなあ、と感心してしまう。流石文字を職業として扱うだけはある。・・・などど、うっかり呟こうものならまた怒られそうだ。
大人しくハンスの言葉を聞いていると、嘲笑に歪ませた顔のままハンスは説明してくれた。

「・・・いいか、貴様が曲がりなりにも言語を扱う人類のつもりならよく聞け。俺は最弱の三流、下の下のサーヴァントとはいえ英霊、こんな成りだが中身は齢70の枯れた年寄りだ。それにこの体は・・・」

言うが早いか、ハンスの身体が解けるように金色の粒子と変わっていく。
全て金色の粒子となったと思えば、粒子すら跡形もなく消えてしまった。

「え・・・!?」

余りにも突然のことに、先程まで存在があった筈の虚空を見ているしかできなかった。
そして瞬き一つの間に、何もない空間から蒼い髪の少年が現れた。

「・・・この通り、霊体だ。実体を持つように見えるがな」
「・・・ですが、レギオン程の体力があるようには見えませんが・・・?」
「まあ、そこの筋肉達磨よりはないだろうよ。何せ俺はひ弱で脆弱な作家だからな!体力は大人以下だ!!」
「でしたら、やはり夜9時就寝ですね」
「おい、貴様は本当に猿だったのか?話を聞いていたのか?俺は作家だといった筈だ。執筆作業で徹夜何ぞ日常茶飯事だ!!!」

馬鹿か貴様!!!と矢継ぎ早に罵倒されたが、それどころではなかった。
今、この貴重な童話作家様は何と言った?
徹夜が日常茶飯事、とは聞き捨てならない。とてもじゃないが許容できるはずもなく、リーブのスイッチがまたしてもONになった。

「・・・いいえ!!!徹夜など、私が許しません!!!」
「・・・は?」
「貴方が霊体だとしても、その体は貴方だけの身体ではないのですよ!全世界の子供たちの夢がかかっているのですから!!!」
「気色の悪い言い方をやめろ!!!反吐が出そうだ!貴様、俺をなんだと思っているんだ!?単なる作家だといったろう!!!」
「いいえ!!!子供たちの希望となり得る童話作家様じゃないですか!!!」
「確かに俺は作者様だが、そんな御大層で綺麗すぎる修飾語をつけるな!!!」
「いえ、貴方は子供たちの夢見る心を育て大人になる勇気を与える、感受性の優れた者しか成りえない希少な存在ですよ!!!」

ハンスが御大層だといった修飾語を更に誇張して力一杯断定した。
するとハンスは何処か怯えた様子でレギオンへと逃亡した。

「・・・おい、レギオンとやら。この脳味噌がお花畑処か中身が明後日の方向にすっ飛んだ馬鹿を止めろ!」
「いやー。俺では無理。どうです、シャルア統括?」
「あたしも無理だな。この手の暴走は止められん」
「私はそろそろ会議へ行かなければなりません。シャルアさん、この装置に関する報告書を出して下さい。レギオン、ハンスの案内諸々よろしくお願いします。ハンス、明日の朝は部屋まで迎えを寄越しますから、それまでは部屋で待っていてくださいね?では」
「だからちょっと待てーーー!!!」
「・・・無駄だ。諦めろ。この手の人種は人の話など都合よくスルーするぞ」
「分かってますけどねえ!!!」

納得いかないレギオンと何故か彼を宥めるハンス。シャルアはこちらの動きなど興味がないらしく、只管装置をいじっている。そんなマイペースな彼らをもう少し見ていたいけれど、リーブの予定は今日もびっしりと詰まっている。名残惜しいけれども、会議室へ向かった。