英霊召喚3

ハンスが皮肉気に口角を上げる。

「・・・リーブ・トゥエスティ。

嘗て星を滅亡の危機へと導いた神羅カンパニーの元幹部であり、
未曽有の天災から星を救うべく立ち上がったジェノバ戦役の英雄の一人であり、
戦役で壊滅的な被害を被った星の再生を牽引するWROの局長でもある。

理性的、かつ現実主義。
星の面倒事を一手に引き受け、解決に導く一見正義感に溢れた指導者だが・・・お前の場合少々拗れている。

お前がWRO局長として務める原動力は、正義感でもましてや義務感でもない。
神羅幹部時代に引き起こした惨劇、WRO時代に自らの命で散らした者たち、救えずに奪われた市井の命たちへの罪悪感だ」

返す言葉も見つからず、ただ目を見開く。
淡々と綴られるハンスの言葉は、鋭利なガラスの破片。全てがリーブの一番深いところへと防御できないまま突き刺さっていく。
自分をひたと見据えるハンスの青い瞳は、深い色を宿したままリーブを逃がそうとはしなかった。

「・・・お前は世界を害するものと戦うがために、部下や仲間を戦地へ投入することさえ罪悪感を抱く。しかし彼らを頼らねば解決はできん。人々を救いたいと願うが故にお前は彼らを死地へ送らざるを得ない。それはお前がWRO局長であるがために避けられぬ事態であり、消え去りそうな命を見過ごせない性格が拍車をかける。

お前がWRO局長であり続ける限り罪悪感は増大していく。押し潰されそうなほどの重圧から輪をかけて責務への従事に没頭し、戦える者たちを危機に晒し続けるしかない。正に救いのない底なし沼だ!そして何より貴様自身が救われる気が全くないときた!!

故にお前の行いを他人が偽善だの英雄気取りだの償いだの評したところで、お前の真実ではない。
地位も名誉も報償も、お前にとっては一片の救いにすらならん」

ハンスの言葉が、リーブが隠してきた真実を次々に暴いていく。
あまりの衝撃に声を出すこともできない。自分は今息をしているのかどうかも定かでない。ただ、苦しいような、それでいて何処かやっと指摘されたのだという安堵感があった。そう、自分は英雄ともてはやされるような人間では、決してないのだと。

身動き一つできないまま、ハンスの言葉を受け入れるしかない。
淡々と容赦ない声が続く。

「・・・お前は現実主義者だが理想主義者故に、敵対する者が人であれば戦場ですら殲滅を選べない。結果、被害が甚大になろうが、本部が壊滅寸前になろうが決断ができない。しかるが故に、お前は軍隊総帥の器ではない」
「てめえっ!!!」

背後で怒気の塊が膨れ上がり、漸くリーブは息をすることを思い出す。そして、怒ってくれている優しい部下を手で制する。

「・・・レギオン」
「ですが、局長!!!」

何か言いたげなレギオンへゆっくりと首を振るう。

「彼の言うことは真実です。・・・ええ。よく、分かっていますよ」

分かっている。DGのときも、最初からヴィンセントのみならずジェノバ戦役の英雄全員を投入していれば、少なくとも本部の悲劇は起きなかったかもしれない。いや、その前からWRO戦力をすべて投入していれば・・・。
自らの思考に沈みそうになるのを、よく透る声が遮る。

「ふん。己が欠点など全て熟知しているかのような顔だな?だが、貴様は肝心要の気質となると、てんで分かってはいない!」
「・・・要?」

ハンスは相変わらず小馬鹿にしたような表情で、けれども真剣な目はリーブの奥底まで見抜いたように鋭く光る。

「・・・いいか、よく聞け。貴様の根幹は、あらゆる命への慈しみ。貴様に関係あるなしに関わらず、生命として生まれた全てに対する慈愛の心。貴様のその魂を抉るような罪悪感は、命を貴ぶ気質故の裏返しだ」
「・・・。え?」

何を言われたのか、咄嗟に理解できなかった。
見返した蒼い目は空とも海ともいえない深い色を宿していた。

「お前の能力は相手の資質を見極め育成すること。人を活かすことこそがお前の神髄だ。なればこそ命を奪う軍事組織の長として、お前ほど相応しくない者はいるまい!・・・だが、WROが相手を殺すのではなく活かすことを理念として掲げるのであれば、お前ほど相応しい者はいるまい」
「ハンス先生・・・!」
「・・・ハンス」

レギオンたちの呼ぶ声も耳に入らないのか、ハンスはリーブの目を一度も外すことなく言い放つ。

「お前は敵も味方も関係なく人を愛する見境のない底抜けのお人好し、且ついらん苦労を勝手に背負い込む度し難い大馬鹿者だ。せいぜい強力な味方を増殖させつつ、組織が暴走しないように務めるがいい」

ハンスが口を閉ざしたあと、暫く沈黙が続いた。ただそれはハンスが話し始めていたときの緊迫感ではなく、どことなく安堵したような、ほっと息がつけるようなそんな雰囲気だった。ハンスは最後まで言い切った満足感があるのか、清々しい表情を浮かべている。さあ、どうだ、貴様の性根は見切ってやったぞと言われているようで、リーブは静かに微笑した。

「・・・ありがとう、ございます」

少し考え、そして漸くハンスに告げるべき言葉に思い当たった。

「・・・ハンス。貴方もまた、人が好きなのですね」
「俺は人なんぞ嫌いだ」
「嘘ですね。貴方の人を見抜く力・・・人間観察、とでもいいましょうか?それは相手を直視しなければできませんよ」

そうして思う、彼はどれだけのものを見てきたのだろう。どれだけの人に会ってきたのだろう、と。普段から内面を悟られまいとしているリーブをたったの2日であっさりと見抜いたのだ。それだけの経験と彼自身の観察眼があったのだろう。改めて英霊となった童話作家に感心していると、向かいからぱちぱちと拍手が聞こえてきた。

「いやーハンスはん、お見事やったわ」
「・・・やべ、俺本格的にハンス先生のファンになっちまった・・・!!!」
「成程な。あんたの行動の意味がよくわかった」
「えっ。あ、あの、今のはちょっと・・・」

レギオン、シャルアの部下二人も思うところがあったらしい。
ケット・シーは兎も角、腹心中の腹心二人に聞かれていたことを今更ながら思い出し狼狽える。何せ一生黙っているつもりだった本心を全てハンスに暴かれたようなものだから。

「リーブ局長。やっぱりあんたはWROにとって、いんやこの星にとって大切な要なんです。俺は一生護衛しますよ」
「え?ちょっとレギオン!?」
「ああ、あたしは勝手についていくから気にするな」
「シャルアさんまで、何を言っているんですか!?」
「リーブはんモテモテやな」
「ケット!?放置していないで誤解を解いてくださいよ!!!」
「ふん、リア充ここに極まれりか!!!勝手に爆発しろ!!!」
「元はと言えばハンスが勝手に暴露するからでしょう!?」
「知るか。俺は問われたから答えたまでだ」

にやり、と意地悪く笑ったハンスは矢張りマイペースだった。

*   *

ハンスに暴露された後。色々と気恥ずかしかったので、リーブは局長権限で全員部屋から追い出した。

と言ってもレギオンはいつになく余裕で「んじゃ部下たちの様子みたらまた戻ってきますねー!」と笑っていたし、シャルアは「やっと自覚したか。遅すぎるぞ」とため息をつかれ、ケット・シーには「やーリーブはんも偶には照れるんやなー」と内面ダダ漏れのため反論しようのないコメントをもらい、元凶のハンスには「ほう!権限行使とは全く権力様様だな!いいぞ!!精々生き恥を晒すがいい!」と大変絶好調の止めを頂いた。・・・今すぐ辞表を出して何処ぞの辺境の地に隠れたい。

はあ、とため息をつきながら執務机にて書類整理の続きを進めつつ、もう一つの視界にも集中する。ケット・シー越しの視界には、怪訝そうに眉を顰める童話作家が映っていた。

*   *

「おい。俺は執筆用の部屋に案内されると聞いた筈だが」
「そやけど?」
「・・・何故、俺は空を飛んでいる?」

ハンスは眼下の、正確にはガラス越しの世界に圧倒されているのか呆然としている。青々と茂る木々や日光を跳ね返して輝く海面。その遙か上空を泳ぐように飛空艇が飛んでいく。彼は食い入るように景色を見下ろしていた。

「おうおう。結構な食い付きだな!おめえ、飛空艇どころか空を飛んだことねえんじゃねえか?」

上機嫌に操舵を握るのは、勿論艦長であるシドである。リーブの「うっかり使い魔を召喚したので、ちょっと見に来ませんか?」という謎の誘いにほいほい乗ってきたところを、送迎に使われたというわけである。

「・・・ない!そもそも俺は生前の交通手段は徒歩か馬車、よくて汽車か汽船だ!!!月では移動も何も校舎にほぼ監禁状態、カルデアは・・・あれか。某天才芸術家のバギーくらいしか乗ったことがない!!!空を飛ぶなんぞ常識外れも程がある!!!」
「便利屋でー?シドはんのシエラ号やと、世界一周もひとっ飛びやしな」
「ケット・シー。貴様はいつも空の旅を嗜んでいるのか!?」
「ボクは少ないほうやけど、リーブはんは結構やっとるで?」
「何だと・・・!?」

余程の衝撃だったのか、ハンスがよろめいた。
どうやらハンスは飛空艇、というか空路にはとんと縁がなかったらしい。本気で驚いている様子に、先ほどまでしてやられた身としては一矢報いた気分になる。ただ、ここで口を挟めばハンスに10倍返しされることは明白なので、黙って成り行きを見守る。

「いつも飛空艇やないけど、大抵ヘリで全国移動しとるで?」
「ヘリとはなんだ?」
「あー。まあ飛空艇ほど広くはないんやけど、小型の空飛ぶ移動手段やな」
「な、なんたる贅沢・・・!俺がどれだけ日々の生活を切り詰めて金を貯め、漸くヨーロッパに出かけたところで灼熱の大地にやられて山越えを断念したことか・・!!!」

珍しく心底悔しがっているハンスが可愛らしい。そんなに旅が好きなら幾らでも連れてってあげたいと思う。・・・ただリーブの行く先は職務的な訪問先が多く、童話作家の感性を刺激できるような場所ではないかもしれないが。

「そういやハンスはん、旅行好きゆうてたな」
「ああ、旅こそが我が教室、表現したい題材はあっても心が伴わなければ一文字たりとも書けんからな!!!・・・いや、話が飛んだな。そもそも、何故俺は空を飛んでまで移動する羽目になった!?」
「そやかて、リーブはんが用意した執筆部屋、WRO本部やなくてニブルヘイムにあるんや」
「何だと?」
「んー理由はなんとなーく分かるんやけど。まずは部屋より紹介したいとこがあるんやて」

*   *

ニブルヘイムは悠々たる山の麓に広がる小さな町である。
シドに見送られつつ町の入り口付近に降り立ったハンスとケット・シーは、中腹にある小さな山小屋を訪れた。コンコン、とケット・シーがノックをするとドアが開き、のっそりと作業姿の男が出迎える。

「よう、久しぶり。局長から話は聞いてるぜ」
「・・・あんた何しにきたのよ?」

不躾な言葉を放ったのは、男の後ろで不審そうにこちらをじろじろと見ている赤い髪の女性だった。男はカール、女はロッソといい、二人してニブルヘイムを中心に希少な植物の研究をしている。ロッソは元々はDGSの朱のロッソとしての恐れられていたが、オメガ戦役後に行き場を失ったためリーブがここに引き合わせ、更生の一環として働いてもらっている。その姿も嘗てのソルジャーではなく、カールと同様の作業着に動きやすいズボン姿となっており、ここの生活に馴染んだものだと密かに安堵する。
にやりとケット・シーが笑う。

「取材や、ロッソはん。ここで売り込んどいたら、ちょっとは支援金が増えるかもしれんで?」
「な・・・!?」
「ほんまや」
「あ、あんたが取材するの?」
「ボクもやけど、主役はハンスはんや」
「・・・何だと?」

名指しされたハンスが眉を寄せる。ロッソはハンスを見て小馬鹿にしたように笑った。

「こんなガキに何が分かるって言うのよ?さっさと帰りなさい、あんたに見せる花はないわよ!」
「ほう?これはこれは、傲慢が服を着たような醜い女だな?確かに俺のような素性も知れぬガキに査定されるとは、そちらとしてはたまったものではなかろう。・・・だが、そういう貴様も花の価値など真に理解できているのか?貴様、過去に数えきれんほどの人を斬り殺してきただろうに!俺のような非力なガキ、貴様がその気になれば一捻りだろうな!!!」
「ちょ、ちょっとハンスはん!?」
「・・・へえ?面白いことをいうガキね?そんなに殺してほしいのかしら?」
「ふん。俺は言いたいことを言うだけだ!言い切った後に殺すがいい!!」

すっと赤い目を細めて危険な笑みを浮かべるロッソ。嘲笑を浮かべて小さな体なのに相手を見下すハンス。
真っ向からいがみ合う二人に、ケット・シー含めリーブも頭を抱えてしまう。血気盛んなロッソでは、ハンスの毒素分の強い物言いが癇に障るらしい。そしてどちらも譲る気が更々ない。渋々ケット・シーが仲裁に入った。

「あー。ハンスはんとロッソはんは犬猿の仲かいな。でもロッソはん、わかってるやろうけど・・・これ、リーブはんも見てるで?」
「そうだぜロッソ。年端もいかん男の子に殺気なんて向けるんじゃない」
「ちょっと何であたしが咎められているのよ!?」
「ハンスはんも言いたいこと言い切ったんやったら、大人しゅうしてや?貴重な花が見れんくなるで?」
「ふん。早く見せろ」
「偉そうなガキね!!!」
「俺の中身は70のジジイだ。それが分からんとは、貴様の目は節穴だな!ああ、貴様の判断基準は殺すか殺されるかだったか!成程、貴様の世界は下等生物と同じ弱肉強食、相手の素性など関係なかったのだな!!!」
「あんたねえ!!!」
「まあまあ二人とも、いつまでもそうやっとったら花が散ってまうで?」

煽るのが通常運転らしいハンスと、一々反応してしまうロッソ。取り敢えず話が進まないので両名を宥めて、山小屋に隣接している温室に案内して貰う。ビニールハウス内には簡素な木のテーブルがあり、その上を所狭しと希少種の植木鉢が並んでいる。その一角に白い花弁に金色の一筋が入った花が今が盛りと咲き誇っていた。

「綺麗やなあ・・・」
「おおこいつか。ロッソのおかげで、だいぶ数が増えたやつだな」
「よかったなあ、流石ロッソはんや」
「え、ちょ、別に、あたしの御蔭とかじゃ、」

ストレートな褒め言葉に弱いのか、ロッソが真っ赤になってオロオロしている。DGSのときは残忍な表情のみだったのに、今では照れる表情も見せられるようになったのだ。
リーブがまるで親のように満足していると、ハンスがすっと花に近づいた。

「・・・ふむ」
「ハンスはん?」

ハンスは植木鉢の前でしゃがみ込む。真上から眺めていたと思いきや、横から、下から、様々な角度で一つの花を愛でる。真摯に花を観察する様子に驚いたのか、ロッソが意外そうにケット・シーを見下ろした。

「あのガキ、本気で取材する気なの?」
「勿論や。なんたって異界の童話作家様やで!!!」
「・・・なんですって?」

理解しがたい単語にロッソが停止した。

「・・・ふ、ふふふ。一体どういうことよ・・・?」
「んー。リーブはんがうっかり英霊召喚装置で呼び出したんが、ハンスはんやったんや。童話は後でハンスはんの朗読データ送るさかい、聞いてや?」
「・・・おい。何故貴様が俺の朗読データを持っている?」
「ボクはリーブはんの分身やしな」

ケット・シーがあっさりと答えを口にすれば、ロッソの目がかっと見開いた。

「・・って、また、あの男---!!!」

何やらぶつくさ言いいながらもロッソは研究成果を存分に観覧させてくれた。
高山地帯であるニブルヘイム産の植物のみならず、ゴンガガのような熱帯地域にしか生息しない真っ赤な実のなる常緑樹や、水の豊富なウータイの湖や池の水面に咲く薄黄色の水生植物など様々な植物が育てらており、ハンスはその全ての植物を興味深そうに観察し、細目にメモを取っているようだった。最初に「取材」と称したのはちょっと大げさだったかと思ったが、強ち間違いでもなかったらしい。熱心な聞き手に気を良くしたのか、ロッソの説明にもだんだんと熱が入り、傍目でみているカールやケット・シーたちも微笑ましく見守っていた。

そうして全ての植物たちを見回った時には、すっかりと日が暮れていた。余りに暇だったのかシドがひょっこりと迎えに来たくらいである。カール達に感謝と取材の成果は後ほど報告します、と別れを告げて本来の訪問先を訪れる。

*   *

村外れの一際大きな洋館。塀に囲まれたそこは高台にあるためか、村の中でも一層裕福さを感じさせる創りになっていた。
ケット・シーが先頭に立って、よいしょっと高めの位置に設けられたベルを鳴らす。ハンスは繁々と外観を見渡していたが、一番後ろについてきたシドは俯いて口元を抑えている。気分が悪い、というわけではなくどうやら逆らしい。

程なく洋館の扉がゆっくりと開く。

「・・・帰れ」

特徴的な赤いマントと黒い長髪の青年が現れた。地を這うような低い声は、どうやら本格的に機嫌が悪いらしい。そんな彼を一目見たシドがこらえきらなかったらしく大爆笑をかました。

「だっははははははは!!!ヴィンセント、おめえ、本気で管理人やってたのか!!!」
「・・・シド。文句は白黒猫の主に言え」

頭痛がする、とばかりに頭を軽く抑える管理人は、ジェノバ戦役およびオメガ戦役の英雄、ヴィンセント・ヴァレンタインその人だったりする。この洋館・・・嘗て戦役を生み出した悲劇の場所である神羅屋敷は、DC後にリーブが再調査し、地下を完全になくすリフォームついでに全面的に改装され、今ではイベント会場として開放されていた。その管理人としてリーブが指名したのがヴィンセントである。

「ヴィンセントはん、割と真面目に管理してくれとるんやで?御蔭でここの使用者も1万人を突破したってリーブはんが喜んどったけど?」
「黙れ」
「んじゃお邪魔するでー」
「・・・貴様といい、リーブといい、人の話を少しは聞け」

文句を言いつつも彼らにいくら言っても聞かないことを分かっているためか、ヴィンセントは2人と一匹?を迎い入れた。

中に一歩踏み入れれば、見上げるほどの高い天井にゆったりとしたホールが広がっていた。右手の緩やかなカーブを描く階段は2階の通路に続き、前方には磨かれたステンドグラスが暖かな照明で彩られ、中央に設置された柱時計はゆっくりと振り子を揺らす。全面的に改装された神羅屋敷は、嘗ての落ち着いた雰囲気を醸し出していた。荒れて果ててからはファニーフェイスなどの状態異常を得意とするモンスターが蔓延る薄気味悪い館だったが、改装時に敵避けのマテリアが配置されることで完全にその姿を消していた。・・・例え存在していたとしても、ヴィンセントの気配を察して出てこないだろうが。

予定よりもすっかり遅くなってしまったため、ケット・シーの提案で今日は部屋の様子だけ確認してもらい、本人の希望を聞いたうえで後日部屋の内装を整えることにした。案内として階段を上るヴィンセントがため息交じりに切り出す。

「・・・それで」
「ん?」
「その子供が、例の者か?」
「そーやでー?ハンスはん、ゆーんやー」
「・・・間延びした紹介はやめろ・・・」

子供の身体のため疲れていたのか、それともケット・シーの訛に脱力したのか。ハンスはいささか覇気のかけた表情でケット・シーの後ろをついていた。ちらりと彼を目の端で捉えたヴィンセントが一瞬鋭い眼光に変わったが、また何事もなかったかのようにさっさと前を行く。シドは腕を頭の上で組んだまま、最後尾を飄々と歩いていた。

ヴィンセントが案内したのは、神羅屋敷の2階の左側奥の部屋、本棚が連立する書斎だった。昔は金庫も置かれていたのだが、既に中身と戦ってマテリアも手に入れ不要と判断され、金庫のあった場所にも本棚が置かれている。ハンスはまだ読めないだろうが、本棚に並ぶ本たちはこの世界にある童話だったりする。今は日が暮れていたため外は伺えないが、昼間には3つ並ぶ窓からカーテン越しに柔らかな日が差し込む。ハンスは部屋の真ん中で立ち止まっていた。

「どうやろか?ここやと余計な喧噪も届かんし、晴れた日やったら村の景観を見下ろせる絶好の位置取りやで?管理人もおるから不便なことがあったらゆうてもらってええし」
「言うな」

ぴしゃりとヴィンセントが遮るが、ケット・シーは気にせず満面の笑みでハンスに紹介する。

「1階はイベント会場として貸し出されることもあるけどな。2階のここまでは聞こえへんし、執筆に専念できるで?」

暫く部屋を眺めていたハンスが、体ごとケット・シーに振り返る。

「ケット・シー。いや、マスター。貴様、見ているのだろう?」

昼間のケット・シーの言葉から、今もリーブがこちらを見ていると確信していたのだろう。ハンスの青い瞳はケット・シーの背後にいるリーブを確実に捉えていた。真摯な眼差しに応えるため、そっとリンクを繋ぐ。

「・・・何でしょう?」
「この部屋は確かに俺好みだ。だが、ここは・・・そうだな、別荘とさせてもらおうか」
「・・・え?何か、気に入らないことでも?」
「確かに俺は作家だが・・・。リーブ。俺が召喚されたときの第一声を覚えているか?」
「第一声・・・?」

記憶を辿る。この少年は召喚された直後、見た目に反する低い声で言い放った。
『・・・三流サーヴァント、アンデルセンだ。本棚の隅にでも放り込んでおいてくれ。』と。
リーブははっと気が付く。

「・・・まさか、本棚が足りませんでしたか!?すみません・・・!!!でしたら、隣室にも本棚を追加しなければいけませんね!それとも隠し本棚がいいですか!?ハンスは床式か壁式かどちらがお好みですか!?それともロフトでも創りましょうか!?」
「何が隠し本棚だ、馬鹿め!!!因みに俺は床式が好みだが・・・いや、だからそうではない!!第一声と言ったろう!!!」

焦り気味にハンスに意見を聞いてみたが、速攻で否定された。床式の本棚は要検討だと分かったが、どうやら本棚の話ではないらしい。しかし本棚以外であれば何だというのだろう?ケット・シーの頭を傾けていると、漸く彼が名前の前に付けていた聞きなれない名称を思い出す。

「・・・『サーヴァント』・・・?」
「やっと思い当たったか、マスター。いくら俺が三流の使えない作家だとしても、一応サーヴァントだ。ならば、サーヴァントらしくマスターと共にあるものだろう。だが、俺がここに滞在したところで、貴様はここにくるつもりはあるまい。いや、貴様は俺を離すために、WRO本部でなくわざわざ遠く離れたこの地に執筆部屋を用意した・・・そうだろう?」
「・・・」

完全にハンスに読まれ、何と答えていいものか分からず沈黙してしまう。この様子では、何故リーブがハンスを離そうとしたのかまで看破されているのだろう。その理由は、仲間達にもとっくにばれていたらしい。

「・・・リーブよう。おめえ、自分がいつ戦火に巻き込まれるかわからねえから、ハンスを離したんだろ?」
「・・・シド」
「相変わらず臆病だな、リーブ」
「・・・ヴィンセントに言われると、色々と複雑なんですけど・・・」

お手上げです、と降参を示すようにケット・シーの両手を挙げる。人間観察力に長けたこの3人を相手に、今更言い逃れができるとは思えなかった。ふん、とハンスが鼻を鳴らす。

「俺は戦闘能力など皆無だからな、敵前逃亡してやるさ。万一間に合わずとも、霊体化すればいい」
「ですが、ハンス」
「そもそも俺は貴様の魔力で存在を保つ亡霊のようなものだからな!貴様が死ねば俺も消滅する。ならば貴様が鼠のようにビクビク怯えても仕方あるまい!一蓮托生というやつか」
「わ、分かりました・・・。その、ハンスはこちらに戻ってくるのですね?」
「ああ。如何に役立たずサーヴァントとはいえ、俺にも意地はある!ここで引き籠り生活をしているだけでは、俺はマスターの魔力を無駄に浪費するだけの寄生虫になるからな!」
「いいえ、無駄ではありません!私はハンスの童話をとても楽しみにしているんです!!・・・ですから、わざわざ危険な本部に戻らずともいいと思うんですけどねえ・・・」
「マスター、俺はサーヴァントだと言ったろう!貴様が危険の真っただ中にいるのが悪い!!」
「うっ・・・!!!」

すぱんと言い切られて、反論が出来なかった。本当にハンスは聡明な人物、先程からリーブは負けてばかりだ。これで少年(見た目だけだが)でなければうっかりWROの参謀役に抜擢したいくらいである。いけないいけない、彼は貴重な童話作家様。WRO本部に戻ってくるといっても、できるだけ危険から離れられるように手配したいが・・・。果たして彼は素直に従うのだろうか。ちょっと不安になってしまう。
リーブがオロオロと考え込んでいるうちに、ヴィンセントとシドはさっさと扉へと向かう。

「・・・勝負あったな」
「そんじゃ、話が纏まったところでWRO本部に帰るか!ハンス、別荘を使いたいときは俺様に言え!」
「言うな」

ヴィンセントが迷惑そうに顔を顰めたが、ハンスもシドも華麗にスルーした。

「それは有難いが、俺はどうやって連絡を取ればいい?」
「俺様の携帯に電話してくりゃあいい!これが俺様の番号だ!そこのケットに言う手もあるな」
「ふむ。ありがとう」

シドが紙切れに書き殴った番号を、ハンスが素直に受け取る。その遣り取りに、リーブはケット・シーの身体のまま後ろに引っくり返りそうになった。

「ええええ!?ハンスが素直に礼を言うなんて・・・!!!」
「ふん。帰るぞ」
「ええええーー?」

諸々不満なリーブを放置して、ヴィンセントを除く彼らはシエラ号に戻っていった。

*   *

WRO本部の局長室。リーブはケット・シーごしに彼らの帰還をぼんやりと眺める。

これまでのハンスと彼らの遣り取りを思い返せば苦笑するしかない。非戦闘員である貴重な童話作家様がWRO本部に滞在する、いや、あの言い方ではリーブの傍に控えるつもりらしい。リーブ個人としてはハンスは大のお気に入りであるため大歓迎だが、自分がWRO局長として常日頃から命を狙われている立場としては複雑だった。自分は兎も角、ハンスがいつ緊急事態に巻き込まれるか分からない。リーブの魔力でハンスが召喚されているのならば、魔力の条件が合う別の人物にマスターになってもらえればいいのではないかとも思うが、方法がわからない。それをハンスに聞こうものなら、思い切り罵られることは必至。

大きなため息をついていると、上着に仕舞っている携帯が振動する。いつものようにそれを取ると、聞き慣れたアルトが飛び込んできた。

「局長」
「シャルアさん。どうしましたか?」
「あの録音データを確認したんだが・・・」
「録音データ・・・ああ、ハンスの朗読ですね?如何でしたか?」
「ああ、童話にしては真に迫るものがあった。確かにシェルクが気に入っただけのことはある。・・・が、問題はそこじゃない」
「はい?」

意味が分からず聞き返したリーブへ、シャルアが低く声を潜めた。

「・・・呼吸音がおかしい」