訓練

動植物園を作ることが決定した会議の後、折角WROに来たのだからと、リーブは鬼灯を伴って本部を案内していた。
治安維持部門、科学部門、情報部門等の各部門を訪れ、どの部門も職員が忙しく立ち回っている様子に、鬼灯は感心した。

「ここの職員は皆さん働き者ですね。
さぼり癖のあるうちの上司を見習わせたいものです」

部下を褒められたリーブは幸せそうに笑った。

「ええ。皆真面目に取り組んでくれる自慢の部下達ですよ」
「それは何よりです」
「・・・ただ・・・」

リーブの笑みが若干曇り、鬼灯が無表情に振り返る。

「どうしました?」
「・・・私が戦闘訓練するとき
あまり相手してもらえないんですよね・・・」

はあ、とため息をつく。

「それは何故ですか」
「私が弱すぎるからでしょうねえ・・・」

諦めたようにやれやれ、と首を振るう。
鬼灯は眉を一ミリほど動かした。

「・・・それはいけません。私でよければお相手しましょうか」

鬼灯の提案に、リーブは勢い込んだ。

「本当ですか!是非お願いします!!!」

   *   *

一方、治安維持部門にて。
レギオンは先日のテロの報告のため、リーブとは別行動を取っていた。
本来なら局長専属の護衛隊長としてリーブの傍に控えているのだが、
今回はWRO本部の案内であり、相手が謎の鬼神?でも、自慢の部下たちがついている。
だから、問題ない、と
・・・思っていたのだが。

治安維持部門の隊員と話し込んでいたら、その自慢の部下の一人が爆走してきたのだった。

「あああ!!!た、隊長!!!」
「・・・んあ?あれ、うちの局長は?」
「そ、それがっ・・・!!!」

   *   *

所変わって、戦闘訓練所。
隊員達が各の腕を日々精進させるため、あらゆる武器(流石にミサイル等は使えないが)
を訓練で使用できる防御壁に覆われた区画がある。

幾つかの区画に分かれ、一際大きな区画を囲うように、WRO隊員が犇めいていた。
透明なドームで覆われているため
外から戦いを見学することもできるのだが・・・。

『局長!!!!やめてください!!!』
『そうですよ!!無謀にも程があります!!!』
『大人しく諦めてください!!!』
『貴方が戦ってどうするんですか!!!』

ドームの中央。
対峙していた黒髪の二人のうち、オールバックにしている男は
頭上のスピーカーから響く隊員達の悲痛な叫びにがっくりと肩を落とした。

「・・・あの、ちょっと・・・。
幾ら私が弱いからって、皆さん酷いじゃないですか・・・」

もう一人の、ストレートの黒髪の鬼神が無表情に呟く。

「大人気ですね、局長」

それでも首を一つ振るい、
さあ始めましょうか、そうですね、と軽い感じで開始されようとしていたが。

『あー・・・局長。ちょっといいですか』

再び外部からの音声に中断させられた。
割り込んだ声に、リーブはため息をついた。

「・・・。何ですか、レギオン」
『あんた、戦闘訓練したいんですよね?』
「ええ、そうですよ?」
『・・・だったらその武器はなんなんです?』
「え?」

WROの局長の武器は。

大きさは掌よりも少し大きいくらい。
持ち手は黄色く円錐上に広がる筒状で、丸い縁は藍色。
赤く短いリボンが飾られ、空洞の中から白いチューリップの花のような構造がひょっこりと顔を覗かせている。

ギラリと煌めく刃も、高速で貫く弾丸があるわけでもない
その武器の名は。

マーベラスチアー。
つまり、メガホンである。

一方、地獄の補佐官の武器は。

大きさは成人男性の胸あたりまでの長さ。
持ち手から先も全て闇色で大きく膨れ、
鋭く尖った凶悪な棘でびっしりと覆われた構造。

触れただけで流血間違いないその武器は。

金棒。

両者を見比べて、リーブは首を傾げた。

「・・・何か、問題でも?」
『おおありです、局長!!!何を訓練するんですか、そのメガホンでっ!!!』

ヒートアップしている護衛隊長だが、局長は相変わらずのほほんと答えた。

「メガホンも歴とした武器でしょう?」
『あんたいつもは銃使ってるだろ!!?』

部下の指摘に、リーブは対戦相手の武器を掌で指し示す。

「だってほら、よく見てくださいよ。鬼灯さんの武器って金棒じゃないですか」
『それがなんなんですか!!!』
「・・・でしたら、同じ打撃系の方がいいかと思いまして」

リーブとしては納得済みの選択。
向かいの鬼灯は成程、と一つ頷いていたが、レギオンは全力で突っ込んだ。

『メガホンと金棒では雲泥の差がありますから!!!
ってか、メガホンは殴るための道具じゃねえだろう!!!』

メガホンは、声量を上げるための道具。
直接攻撃も出来なくないが、本来の使い方ではない。

・・・けれども、とリーブはにっこりと笑った。

「やってみないと、わからないじゃないですか」
『分かりますって!!!』
「大丈夫ですよ。訓練ですから」

上機嫌の局長の正面で、補佐官は無表情に一つ頷く。

「ええ。現世では手加減しますよ。
殺す訳にはいきませんし、せいぜい骨の5、6本折るくらいで」

鬼灯の淡々としたバリトンが響き、リーブは穏やかに笑った。

「ええ、よろしくお願いします」
『よろしくお願いするな!!!ったく、あんたというやつは!!』

レギオンは速攻でドーム内に現れて、
止める間もなく、リーブをドームから外に引きずり出す。
その後を重量感たっぷりの金棒を片手で担いだ鬼灯が悠々と歩いていく。

はらはらと心配げに見守っていた隊員達は安堵し、或いは盛大に拍手していた。
まあ、中にはちょっと残念そうな隊員もいたが。

力ではかなわない護衛に、リーブは心底嘆いた。

「・・・酷いですよレギオン・・・」
「何処がですかっ!!!!」

fin.