護衛

俺がWROに入ったのは、別に正義感とかじゃない。
暇だったからだ。

神羅でほぼ最強の改造をされた俺は、メテオだの言われても恐怖は感じなかった。
生きるも死ぬも、なるようにしかならない。
それに、俺は簡単に死にそうもなかったからだ。

死にそうもないので何となく避難活動に手を貸して、7か目。
半壊した神羅ビルを適当にぶらついていたときに
必死になって俺を追ってきた職員がいた。

曰く、上司をミッドガルから連れ出してくれ。

神羅の上司、しかもこのとき彼女が指していたのは幹部の一人だった。

よくわからんが、神羅の二代目が消えただの、巨大な敵が襲ってきただの、星が墜ちてくるだの、それらはどうでもよかったが。

・・・まだ、幹部がここにいたのか。

それには、正直、興味を引かれた。
*   *
1stではないのものの、2ndとしてそれなりに戦歴のあった俺にとって、
非戦闘員を捕まえて脱出くらい朝飯前の筈だったが。

・・・俺は、久しぶりにミッションを失敗した。

百戦錬磨・・・とまでいかなくても、そんじょそこらの敵は楽勝の筈の俺が、
まともに戦ったことのないだろう幹部、それも都市開発部門の統括に蛙にされたのだ。

なんという体たらく。

蛙にされた俺は、まんまと荷物の一つとしてミッドガルから配送されたらしい。
しかも無駄に丁寧に梱包されて。
そして俺が脱出させるはずの幹部は、ずっとミッドガルにいた。

その後俺は依頼主達に報告し、蛙にした相手に文句をいうために再びミッドガルへ向かい、
有り余っている力を暇だったので彼らの協力に費やした。

元都市開発部門統括は活動を広げるために、組織を立ち上げた。
それが、WRO。

けど。

・・・組織って、こんなものだったか?

絶対権力者が、下を当然のようにこき使う、そしてこちらもそれを甘受し、金だけ貰う。
それが、俺の認識していた組織だったのだが。
*   *
「・・・護衛?」
「そうです!絶対必要ですよ!」
「うーん。そんなことに回すより、瓦礫の撤去に人手が足りないはずでしょう?」
「暢気なこと言ってる場合じゃないです、部長!!」
「もう部長じゃありませんよ」
「どっちでもいいですから!!
全く・・・リーブ局長に何かあったら、救助活動続けられないんですからね!!」
「救助活動と私の護衛は関係ないでしょう」
「今この組織回しているのは、貴方でしょう!?」

・・・まーたやってるな。

元統括を部長と呼んだのは、元神羅の部下達だ。
組織といっても立ち上げたばかり。多くは元神羅の社員たちだ。
俺は一歩下がって彼らの痴話喧嘩を聞き流していた。

・・・前から、こいつらはこんな関係だったのか。

実力主義、といえば聞こえはいいが、要はあらゆる意味で骨の髄まで叩き込まれる弱肉強食の神羅だった。
その片隅にあった筈の部門。
上司と部下達は・・・少なくとも部下達は喧嘩腰のようだが・・・その間にあるのは、明らかに、相手に対する信頼。
道理で、都市開発部門の立場が弱いはずだ。
あの狂った神羅で、こんなまともな部門が重用されるわけがない。
俺はへらりと手を挙げた。

「・・・じゃ、俺が勝手に護衛することでいいんじゃないすか」
「お願いします!!!」
「え?いえ、貴方はもう・・・」
「入隊希望者1名で。何なら書類でも面接でも好きにしてください」

暇だった俺は、適当に護衛という任務を果たすことにした。

「・・・よく貴方、組織に入る気になりましたね」
「そりゃまあ、ここにいればいつでも文句言えるじゃないすか」
「蛙はお嫌でしたか。じゃあ今度は鶏にしますね」
「あんた、鶏まで出来るのか・・・」
「試してみます?」
「嫌だ」

神羅のトップ相手ならあり得ない言葉遣いで言い切り、WROのトップをぬめつけてやる。
彼はくすくすと笑っていた。
*   *
そんなある日。抜けるような晴天の日。

「こっそり抜け出して何処いくつもりですか、局長」
「・・・あ。」
「1stほどじゃないにしても、2ndの実力をなめて貰っちゃ困ります」
「ええ、ソルジャーの方々の強さは私も知っています」
「何処行くんですか」
「・・・お墓参り、ですよ」
「こんな早朝からっすか?」
「ええ・・・。本当はお昼前がいいのですが」
「なんで?」
「・・・正確な時刻は記録されていませんが、正午前と」
「・・・ふーん」
*   *
風が吹き抜けていく。
遠くにミッドガルが霞んで見えた。

砂と岩しかない、乾ききった荒野の断崖に、錆びたバスターソードが刺さっていた。
どうみてもソルジャーのそれに、花束が添えられる。

男は跪き、組んだ手を額に押し当てた。
黄土色の土煙が舞い上がり、じっと動かない彼のコートをはためかす。

俺はその背後でただ突っ立っていた。

・・・墓、ね・・・。

目を細める。
随分古いバスターソード。
それがこんな荒野に突き刺さってるってことは。

・・・戦闘で死んだか?
それにしちゃあ・・・

どうも、きな臭い。

ソルジャーの墓だろうが、わざわざこんな辺鄙な場所に
それも、半ば忘れさられる形で残るのは不自然だ。

ソルジャーに墓など、ないのが普通。
死んだ場所は家族さえ知らされない。
死んだ場所が分かるなら、それこそセフィロスくらい大物で周知の事実くらいでなければ。
だが、そんな話は一切聞いたことがない。
眼光が鋭くなっていた俺の内心に答えるように、答えが返された。

「ここに眠っているのは・・・神羅に抹殺されたソルジャーです」
「抹殺・・・?」

淡々と告げた男が立ち上がり、俺に向き直る。感情の読めない声が続く。

「・・・彼は神羅の闇を打ち砕こうとしていた・・・と思います。ですが、殺されました」
「・・・」
「一歩間違えば、ここで命を落としたのは、貴方だったかもしれない」
「どういう意味で?」

ふっと目を伏せる。

「似ているんですよ・・・。神羅に染まらず、己を持っていた彼に。
それ故に神羅の闇に巻き込まれ、彼は文字通り葬られた」
「・・・」

彼はすっと目を開けて、俺を映した。

「・・・どうしますか?」
「何が」
「彼を殺した神羅幹部として、私を訴えますか?それとも、」

彼はそこで言葉を切った。
じっと凝視する目は、揺らぐことがない。

俺はつい、と眉を上げる。

背中のバスターソードを構えて、ぴたりと男に狙いを定めた。
切っ先が、男の心臓数糎手前でぶれることなく静止する。

それでも男は微動だにしない。
ただの一度も視線を外さなかった。

「・・・覚えてたんだな」
「・・・え?」

僅かに男が目を見開く。

「あんたはずっと覚えてたんだろ?こいつのことを。こいつの命日を、こいつの生きざまを」

彼はゆるく頭を振った。

「・・・全てを知っているわけではありません」
「だろうな、でも」

俺はふっ、と視線を外す。
墓石代わりに立てられた剣に供えられた花束。
壊滅的なダメージを受けた都市で、花などどっからもってきたのやら。

「俺からすれば、あんたがこいつを忘れなかった方が驚きですよ」
「・・・?」

俺はひょい、っと剣を背中に戻した。

「ソルジャーは、タークスほどでなくても、戦死しやすいんですよ。それもあっさりと。
そして補充するように新しいソルジャーが増産されてくんですよ。
いちいち覚えてられないし、俺のことも、覚えてる奴がいたかどうか怪しいもんです」

神羅のソルジャーに憧れて集まる若者たち。
戦いに駆り出され、弱い奴、運の悪い奴から消えていった。
それでも絶対数が減ることはなく、寧ろ増え続けた。
誰かが消え、誰かが補充されるのが日常になっていた。

「同僚すら覚えてないのに、あんたは、統括様からみりゃ使い捨てに近いソルジャーの一人を覚えてた」
「使い捨てではありません」

即座に否定される。男の口調が鋭くなった。

「・・・と、思ってたのはあんたくらいじゃないんですか」

上の奴らは、下を人とはみていない。
死んだ奴らはきっと数字ですらカウントされてないかもしれない。人としてみていたのか怪しいものだ。が。

ああ、そうか。

俺は、やっと気付いた。

俺が、蛙にした張本人に文句言いにきた理由。
文句言ったあともだらだらといつづけた理由。
そして、気が向いたらすぐやめるだろうと思ってこの組織に入った理由。

「・・・あんたは、ちゃんと一人一人を、命としてみている。だから、」

あんたに、こいつを殺せるわけがない。

「こいつを殺したのが神羅でも、屹度あんたは知らなかったんだろ?」
「・・・知る、べきでした」
「ソルジャーの中で、あんたはかなり評判悪かったんだぜ。ぱっとしないってな」
「でしょうね・・・」

「それだけあんたがまともだったんだろうよ。
まともなやつは、あんな組織で抹殺されてもおかしくなかった。・・・それこそ、こいつみたいにな」
「・・・」
「・・・俺はソルジャーだから、上のことはよく知らない。けど、今思うとよく生き残ったな、あんた」
「・・・」
「それで、いいんだと思う」
「・・・え?」

「あの神羅でまともだったやつを、あんたみたいなまともなやつが覚えていて、残った奴らがあんたの周りに集まる。
それで、まともなやつが、まともに生き延びられる世界に再生できればいいんじゃないか?」
「・・・」
「俺はあんたの護衛を引き受けた。
そう簡単には死なせてやらんから、覚悟しろよ」

多分一番神羅らしくなかった元幹部は、一瞬背後の墓をみた。
それからもう一度俺に向き合い、静かに微笑んだ。

「・・・よろしくお願いします」
*   *
幹部の護衛なんぞ堅苦しい面倒な仕事、
自ら進んで引き受ける日がくるとは思わなかったけど。

まあ、こうして文句を言いやすいやつの護衛という名目で、
俺はこいつの周りに加わった。

fin.