朝の眩しい光が差し込む。
WRO最上階の執務室で今日も忙しく仕事を捌いていた部屋の主は
ふと難しい顔でディスプレイを睨む。
暫し考えたのちに、不意に俺を呼んだ。

「・・・レギオン。ちょっと名前とフリーのアドレスを貸してください」
「んあ?いいですけど、何するんです?」

振り返った主、WRO局長という肩書を持つ男は、至極真面目な顔で言い切った。

「・・・懸賞の応募ですよ」
「・・・は?」

俺はぽかんと上司を見返した。

・・・こいつ、今なんて言った?

俺の内心を読み取ったのか。
彼は、重々しく宣言した。

「これ、新商品のコーヒー豆が当たるんです」

上司は大真面目だが、内容はどう聞いてもシリアスなところが一ミリもない。
俺は思わず頭に手を当てた。

「・・・あの、局長?」
「はい」
「・・・懸賞?あんたが?」
「それが、何か?」

さらりと返してくる上司に、俺は大きくため息をついた。

「・・・あんたなら、買えばいいじゃないですか・・・」

俺はやれやれと首を振る。
世界に組織は数あれど、星レベルの規模の組織など一握り。
非営利組織とはいえ、トップの男がコーヒー豆くらい買えないわけがない。

そのトップの筈の男は。

「何言ってるんですか。
懸賞ですよ。しかもサイトからの応募です。
これは元手がいっさいかからないんですよ?
こんな貴重な機会を逃がすわけにはいきません」

生真面目な顔で、断固として言い切った。

「・・・あー正論ですけど、
あんた、・・・それ、主婦の考えじゃないですか・・・」
「いいじゃないですか。当たったら貴方にも分けますから」

局長はどうやら、懸賞を諦める気は全くないらしい。
まあいいか、と俺は軽く承諾した。

「はいはい。分かりました。
あんたって本当に庶民だよなー・・・。
ん?で、何であんたの名前を使わないんです?」

俺の追及に、局長は苦笑した。

「・・・以前使おうとしたら、隊員に
『WROの局長たる貴方が懸賞に応募するなんて、どういうことですか!?』と怒られまして・・・」
「あー・・・そりゃあ、まあそうだよな」

隊員も驚くだろうが・・・
応募を受け付けた側もさぞかし驚くだろうな、とこっそり思う。
いや、その前に偽名だと疑うかもしれない。

「では、レギオン、もし当たったとしても、私の名前は伏せてくださいね?」
「へいへい」

   *   *

2ヶ月後。
WRO本部最上階に、俺は猛ダッシュで乗り込んた。

「局長おおおおーーーーーー!!!」
「おや、レギオン。どうしました?」

いつものデスクに悠々と座っている上司へと、
俺は最高スピードで詰め寄った。

「これは一体、どういうことですかあああ!!!!」

俺は右手を突き出した。
正確には、其の手に持っていたもの。
マリンブルーを背景にチョコボが描かれたコーヒーカップだった。
デフォルメされたチョコボは円らな瞳で金の翼を愛らしく羽ばたかせている。
上司はのほほんと首を傾げた。

「・・・豆はどうしました?」
「言うに事欠いてそこかあああ!!!!」
「どうしたんです、レギオン」

相変わらず落ち着き払った上司へ、俺はだん、とカップをデスクに置く。

「・・・あんた、俺の名前で懸賞に応募したんですよねええええ??」
「ええ、そうですよ」

俺はすう、と息を吸い込んだ。

「『当選おめでとうございます!!!
新製品のプレミアムゴールドを5袋お送りします』
・・・はいいんですけどね、どうして
『貴方のデザインが優秀作品に選ばれました!!!記念としてコーヒーカップをお付けします。
尚、優秀作品10作品は、初回限定発売時特典のオリジナルデザインカップとして採用いたします』
って続いてるんですかあああああ!???」

一息で言い切り、俺はぜいぜい、と息を切らした。
対する上司はひょい、とカップを拾い上げて、しげしげと見つめた。

「・・・おや。優秀作品に選ばれたんですか」
「落ち着くなあああああ!!!!
デザイン応募の懸賞なんて聞いてないですよ!!!」
「ええ、言ってませんから」

あっさり肯定され、脱力しそうになるのを俺は堪える。

「しかも、あんた、なんでチョコボなんか描いてるんですかっ!!!」

上司は手にしていたカップを絵柄が俺に見えるように向けて、ほら、と指さした。

「ただのチョコボじゃないですよ?これ、海チョコボですよ?」

よく見てくださいよ、と言いたげな上司に俺は何とか言葉を返す。

「・・・あの、・・・それが、何なんですか」
「高級感溢れる新商品、という詠い文句でしたので」
「・・・それが、何ですか・・・」

上司はにっこりと笑った。

「海チョコボって、貴重じゃないですか」

ぷちっと俺の中で何かが切れた。

「知るかああ!!!!どうするんですか!!!このコーヒーカップの底!!!」
「底、がどうかしましたか?」

きょとんとしている上司に、
今度は俺がコーヒーカップを逆さ向けて、底を指さす。

「これ!!!俺の名前入ってるじゃないですかあああああ!!!」

上司は覗き込んで、ふむ、と頷いた。

「おや。本当ですね。おめでとうございます」
「おめでとうございます、じゃねえ!!!!!!」

完全にヒートアップした俺へ、上司はおっとりと付け加えた。

「ああ、忘れるところでしたレギオン」
「何ですか!!!!!」
「後で構いませんので、コーヒー豆3袋持ってきてくださいね?」

   *   *

その数日後。
立ち寄った科学部門研究所で見た物に、俺は思わず反応した。

「・・・いっ!?」
「ん?レギオンか。どうした」

振り返ったのは、白衣の女性科学者。
WROでも天才科学者として名を馳せる若き統括である。
彼女は淹れたてのコーヒーをカップに注いでいた、のだが。

「シャ、シャルア統括、その、カップって・・・!!」

どもってしまう俺とは対照的に、シャルア統括はあっさりと教えてくれた。

「ああ、新製品のコーヒーがなかなか好評らしくてな。
一袋買ったんだ。これはおまけだ。あんたも買ったのか?」
「いや、その、まあ・・・」
「ふむ。なかなか旨いな」
「・・・」

見覚えのありすぎるチョコボから目を離しつつ、
俺は辛うじて沈黙を保った。

fin.