追跡1

「皆さん、こんにちは」
「「「こんにちはーーー!!!」」」

WRO本部にある会議室の一つに子供たちの大きな声が響き渡り、私は自然な笑顔で彼らを迎えた。

「はい、元気な挨拶ありがとうございます。改めまして、ようこそWRO本部へ!未来を担う子供たちにお越しいただけて大変嬉しいです。私はWROの責任者、リーブ・トゥエスティと申します。よろしくお願いしますね」
「「「はーい!」」」

とても素直な子供たちの反応に心がほっこりする。会議室には30名ほどの子供たちが集まっていた。子供たちの後ろには彼らの親たちにも来てもらっている。その中には抽選で選んだはずなのに見慣れた顔もちらほら混ざっていて思わずくすりと笑った。

「本日、皆さんには一日WRO隊員となってもらい、5つの謎を解いてもらいます。難しいようでしたら、皆さんのお友達やご両親に相談してもらって構いません。そして5つの謎から導き出した犯人を捕まえてください。ああ、全ての謎が解けなくても大丈夫ですからね?ただ、5つ全ての謎が解けた隊員には、ちょっとした特典をお付けしようと思います。頑張ってくださいね?」
「特典ってなあに?」

一番前に座っていた女の子がきょとんと質問し、私はうっかり口を滑らしてしまいそうになるのを堪えた。やっぱり子供は可愛らしい。

「ふふ、それを言ったら楽しみが半減しちゃいますよね?」
「えー!?」
「頑張って解いてくださいね?」

   *   *

「ケット・シーだーーー!!!わーい、久し振り!」
「いやーほんま、久し振りやで、ナナキはん」

きゃっきゃっと燥ぐ動物、というのは間違いで。コスモキャニオンの酒場に集ったのはこれでもジェノバ戦役の英雄だったりする。別にお酒を嗜むメンバーではないが、場所として集まりやすかっただけである。そんな中、恐縮そうに佇む20代の若者が割り込む。

「わ、わざわざありがとうございます、ケット・シー様」
「そーんな固くならんでええのに。ボクは単なるロボットやで?ケット・シーでええって」
「で、ですが」
「ケットがいいって言ってるんだから、いいんじゃない?」

床に伏せ、こてんと首を傾げるナナキは可愛らしい。見た目だけは大型肉食獣なのだが、その精神年齢はまだまだ小さな子供のように若く、久々に仲間に会えた喜びで上機嫌なことから、猫のような愛嬌を振りまいていた。ナナキはんは相変わらずやなあ、と感心して、ほいと本題に向き合う。

「で?WROに通報してくれたんは、あんさんか?」
「は、はい・・・」

彼はコスモキャニオンの門番だという。
ライフストリームを礎とする星命学のメッカであるこの地は、一般人の来訪を制限している。勿論用事があるなり、コスモキャニオンの住人の知人や学者たちは例外だが、それも事前の申請があり、門番役の彼が確認をしてから入場が許可される。

にも関わらず。

「ここ数日、見覚えのない人が、気付いたらコスモキャニオンを歩いているみたいで・・・」
「妙やな。あんさんが知らんだけとかは?」
「ありません!入り口はこの門だけですし、学者さんのお名前とか顔はばっちり覚えてます!」
「それに、ここはあんまり人が出入りする場所じゃないよ?」
「そやなあ・・・。んで、見覚えのない人っちゅーのは、一人なんか?」
「一人、だったんですけど・・・昨日、二人連れ立っていて、それで、怖くなって・・・」
「WROに通報してくれたんか。おおきに。それは怪しいなんてもんやないな」
「何しに来たんだろ?おいらがいうのもなんだけど、ここは儲かるものとかないよ?古書はあるけどさ」
「流石に古書とかは鍵かけて保管してるやろ。・・・して、ないんか?」

ぽかん、と口を開けたナナキと門番に呆れてしまった。
いやいや、このひとら、コスモキャニオンの価値分かっとるんやろか。

「ちょ、ちょっとおいら聞いてくる!!!」
「な、ナナキはん、ちょっ・・。っていってもうた」

   *   *

集まってくれた子供たちを3人ずつの合計10班に分け、親たちはそれぞれの子供たちの班についてもらう。親たちには子供たちがぎりぎりになるまで手助けをしないでほしい、と協力をお願いしている。子供たちが主役だから、親がしゃしゃり出てては面白くないだろう。子供たちも、勿論私も。

班ごとに別れた子供たちが女性隊員から説明を受けている。
私は彼女の後ろで座って彼らを見守っている形だ。中年の親父の説明よりも、年の近い若手の隊員の方が分かりやすいだろうと任せる形になっている。

さて、今回の一日WRO隊員達には、窃盗事件についての5つの謎を解いてもらい、最終的には犯人を捕まえてもらうシナリオになっている。

1.いつ盗まれたのか
2.何処から犯人は部屋に入ったのか
3.誰が盗んだのか
4.何が盗まれたのか
5.犯人は何処へ逃げたのか

5つの謎はそれぞれカードになって班ごとに配られ、3人で知恵を出し合って答えを出す。答えが分かった謎から、謎に対応する部屋に行って答え合わせをしてもらう。合っていれば次の謎を、間違っていればやり直しである。勿論別の謎を解いてもいい。が、制限時間は50分だ。

「どの謎から解いてもいいですからね?それから、答えが分かっても大声で言わないこと!いいですかー?」
「「「はーい!!!」」」

元気でいい子たちですね、と後ろでこっそり笑う。視線を感じてそちらに目をやれば、じいいっと何処か挑むように私を睨むデンゼルがいた。隣のマリンは楽しそうに周りを見渡している。子供たちの後ろにはティファが立っていて、こちらに気付いたのか、ぱちんとウインクを返してくれた。

いよいよ、カードが配られる。
私は子供たち以上にワクワクしていることに気付いた。

さあて、全ての謎を解ける子はいるだろうか?

   *   *

ナナキが出ていった扉から、ボクは門番に視線を戻す。

「待っててもしゃあないから、こっちはこっちで進めよか」
「は、はい!」

びしいっと敬礼を返す門番に内心苦笑する。ボクに敬礼してもしゃあないやろうに。

懐からコスモキャニオンの内部地図を取り出す。ここは岩肌の空洞を利用して創られた街で、構造はかなり入り組んでいて複雑だ。然も嘗て封鎖されていた洞窟の奥には様々な魔獣の棲む危険地域さえ広がっている。
不審者が一体何処からやってきているのかを絞り込む必要がある。

「まずあんさんらは目立たんように不審な人物の目撃証言・・・そやなあ、場所と時間が出来れば正確に分かるように聞き込みしてくれへんか?分かったらこの地図に書き込むさかい。WROから人借りてくるし、手分けしてくれはったらええ。あとは別部隊作ってコスモキャニオン外周辺を探るように依頼しとくわ。他に侵入口があるんかもしれんしな。ボクはナナキはんとここで情報整理。古書が無事にせよ、ちょっとあの人ら説教せなあかんし」
「せ、説教、ですか・・・」

「当たり前です!貴重な古書を施錠もせずに放置するなど、あってはいけません!!!」

がたんと立ち上がりいきなり吼えた。ボクやない。ボクの口からの台詞やけど。

「あ、あの・・・?」

急に訛が消えたボクの剣幕に門番が驚いている。しゃあないやろ、ボク以上に怒り心頭な本体がいるんやから。
はっと我に返って、ぽりぽりと誤魔化すように頬を掻いて座りなおす。

「あー。まあ、そういうわけや。あんさんらの管理しとる古書は、値段なんてつけられへんくらい星にとってめっちゃ大事なもんやから、そのへん自覚してもらわんと」
「す、すみません・・・」

縮こまって謝る彼に、はあーっとため息をつく。多分リーブはんもため息ついてるやろうな。

『てなわけで、コスモキャニオン地区の部隊、ちょっと借してほしいんやけど』
『分かっていますよ、ケット・シー。私から連絡しておきます』
『頼むで』

リンクを辿って本体に依頼するとあっさりと手配が済んだ。
ボクがいうのもなんやけど、便利やなこの能力。ボクの能力やないけど。
あと天下のWRO局長を顎?で使えるのはええ身分かもしれん。ボクは単なる分身やけど。

「ほな、状況開始やな」
「はい!」

   *   *

「では、捜査スタート!!!」

女性隊員の合図で、子供たちが一斉にカードを取り出す。
1つのテーブルに3つの小さな肩が寄せ合い、騒ぎながら2つのカードを見比べている。
小さな隊員達の目は真剣そのもので、微笑ましい。

背後の護衛がこそっと小声で聞いてくる。

「あれってもしかしなくても、あのとき撮ったやつですか」
「そうですよ」

振り向かずに肯定する。
数日前に、このイベントのための写真を幾つも撮影し、カードに加工してある。イラストでいいのでは、という意見もあったのだが、どうせやるならと言い出した自分と乗りのいい局員で、じゃあ実際に現場を作って、犯行前後の写真撮りますか、となった。乗りのいい局員はシャルアに推薦してもらった科学部門の局員だったりする。

子供達が見比べているのは、その犯行前と犯行後の写真で、
例えば最も難易度の低い謎4、「何が盗まれたのか」の謎カードであれば。

犯行前の写真には、緋色の絨緞とその上に鎮座している大きめのショーケースが映っている。ショーケースの中には宝石と時計が整然と並んでいる。と、いっても宝石も時計も玩具だが、まあそこは問題ではない。

犯行後の写真には、無残にも割られたショーケースが映っている。中身は空っぽだ。だが足跡で荒らされた絨緞と、ガラスの破片の間にはこぼれ落ちた宝石もちらほら残っている。前後の写真をみて、本当に持ち去られたものは何かを見極めるのがポイントだ。

そうそう。

会議室にこの現場を作ったのだがとても楽しかった。
緋色の絨緞を敷いて、科学部門が用意したショーケースの中に、買ってきた玩具の宝石と時計を並べて。科学部門の局員がカメラを設置し、私は。

「じゃ、これ着てください、レギオン」
「うえ!えらい重装備ですねーこれ」
「間違っても怪我させられませんから」
「局長・・・!」
「ほら、さっさと被ってくださいね」

ぽい、とガラスの破片から身をまもるための黒い覆面とゴーグル、軍手に白いヘルメットまで渡す。洞窟のような暗闇でも使用可能なライト付きだ。あとは犯行用にハンマーも忘れずに。

「怪しさ満載ですけど。えーっと。このヘルメットいります?」
「いります」

すぱんと言い切って、レギオンに問答無用でヘルメットを被せる。

「では、お願いしますね」
「へーい」

隣の防犯カメラから覗き込めば、やるきのないレギオンが一人、犯行現場に現れるのが映っていた。彼は指示通り絨緞を荒らして、そして持っているハンマーを振りかぶって。

がしゃん!!!

実にいい音がした。
そして態と数個の宝石を落として、レギオンが去った後の現場を撮影して任務完了。
科学部門局員と一緒に画像を覗き込む。中々の出来だった。

「いい写真が撮れました。ありがとうございます、レギオン」
「えーっと。まあいいですけど。これ、何なんです?」
「イベント用です」
「まーた娯楽ですか、局長・・・」

その力作が、子供達の手にあるわけで。

真剣な顔でデンゼルが写真の中の何かを指している。隣のマリンともう一人の女の子が頷いたり、首を傾げたりして話し合っている。やがて彼らは一斉に立ち上がった。答え合わせの部屋に移動するらしい。

「はっやいですねー」
「まあ50分しかありませんから、解ける謎から解くしかないでしょうね」

うんうん、と頷いて待つこと暫し。

デンゼル達は満足そうな顔で帰ってきた。全員、首から4の数字が書かれたメダルを下げて。これは正解を出したときに貰えるメダルだから、無事謎4をクリアしたらしい。

「お、デンゼル調子よさそうじゃん!」
「ふふ、全問解けるのか楽しみですね」

   *   *

「・・・ぜえ、特に、無くなってる本は、ぜえ、ない、ぜえ、んだって、はあ、はあ」
「そないに急がんでもええのに。被害がなさそうなんやったらええけど・・・。肝心の施錠はどないや」
「え?・・・ええっと・・・」
「じいさんらの説教確定や」

戻ってきたナナキは、酒場の丸テーブルの下で長い舌を出してばてている。ナナキは全長老たちに古書の所在を確認してもらったらしい。それはいいが、やはり保管状態に難あり。序でに聞いてみたら、どうやら古書のリストは何と紙媒体らしい。あかん、書庫の施錠とリストの電子化をかねてシェルクはんと相談や。

ナナキがふと顔を上げた。

「・・・あれ?門番の彼は?」
「取り敢えず聞き込みをお願いしたんや。今のとこ、あのあんちゃんの証言しか不審者の情報があらへんし」
「んー。でも嘘をいう子じゃないよ?」
「分かっとるって。ただ他の目撃証言と合わせたいんや。それに古書が目的やないとしたら・・・」
「何が目的なんだろうねー」

ボクとナナキは揃って首を傾げる。星命学のメッカではあるが、逆をいえばそれ以外特に何もない。夕暮れの幻想的な風景は絶景だが、不法に侵入する理由としてはありえない。

「あ、星命学を学びに来たとかかな?」
「そやったら手続きして来たらええやんか」
「あ、そっか」

うーんと唸るボクの懐で、ピッピと端末が鳴る。ひょいと白い端末を耳に当てた。

「ほい、ケット・シーやでー」

通話するボクの足元で、ナナキがぼそっと呟いた。

「・・・いつも思うんだけど、ケット・シーが電話に出るとなんか気が抜けるよね」
「なんやゆうたか?」
「ううん、何にも言ってないよー?」
「あー・・・うん?何やて?穴?」
「へ?」
「・・・取り敢えずそれが侵入口やろ。中がどうなっとるか調べるんやな。了解や。不審なバギーも抑えといてや。ほな、気を付けてやー」

   *   *

小さな頭が3つ、同じ角度で傾いて小難しそうな顔をしている。

彼らの首からは1と4と書かれたメダルがぶら下がっていて、私が通話のため席をはずしているうちにもう一つ謎を解いてしまったらしい。中々優秀な班のようだ。因みに1の謎は盗まれた時刻を答えるもので、カードに映っている壊れた腕時計が示す時を読めば正解だが・・・鏡に映った文字盤のため割と難しかった筈だが。流石は機転の利くセブンスヘブンの子供たちだ。

けれど、2と書かれたカードを並べた彼らが唸っている。
2は何でしたっけと、ちらと他の班のカードを覗き見て、ああ、と納得した。「2.何処から犯人は部屋に入ったのか」。

「あれって・・・もしかしなくても、どっから入ったかを答えるやつです?」
「ええ、その通りですがうっかり喋らないように」
「了解!」

背後の護衛とひそひそ話をしつつ、苦笑する。
彼らが持つカードは、現場の玄関、勝手口、あらゆる窓の犯行前後の写真だったりする。これで窓ガラスが割れるなり、ドアが開いているなりしていればすぐわかるのだが・・・その形跡は全くないのだ。犯行前後での違いがない。
子供たちもそこに苦戦しているようで。

「ねえねえ、ドア閉まってるね」
「こじ開けてそうな傷もないし、窓も割れてない」
「じゃあこじ開けた後に、鍵を修理したとか!」
「それじゃあ時間がかかって捕まっちゃうんじゃない?」
「修理するときの音がしたら、人が来てやっぱり捕まるだろ」
「「「うーん・・・」」」

またしても3つの頭が傾く。揃っているところがまた可愛い。
実はこの謎は5つの謎のうち最も難しい謎で、下手をすればどの班も解けないのではないだろうか。
護衛がまたこそっと囁く。

「相当意地悪な謎ですよねー酷い!」
「ふふ、お褒めの言葉ありがとうございます」
「褒めてねえ」

未来の優秀な隊員たち(仮)が頭を捻る様子を見ているのは飽きないなあと、私は一つ頷いた。

   *   *

渇いた風が吹く切り立った絶壁の前に、錆びた赤いバギーが停められていた。
バギーには何も乗せられておらず、あったとしても荷物を持って所有者は何処ぞに移動したらしい。その移動先は恐らく、目の前にぽっかり開いた亀裂のような洞窟だろう。ちょっと覗いてみたけれども、先は真っ暗で何も見えない。

「うーん。こないな洞窟、前は報告されとらんかったけどなあ」
「は!恐らく先日の地震で新たにできたものかと」
「やろなあ・・・となると誰も中の経路は分からんわけやな」
「も、申し訳ありません」
「別に責めとるんちゃうで。あと敬語やなくてええんやけどなあ・・・」
「は!申し訳ありません!」
「・・・。まあ、ええか」

応援で来てもらったWRO隊員と言葉を交わすが、敬語は解除されないようだった。
よいしょっと頭にヘッドライト付きのヘルメットを被る。洞窟内の捜索は別のWRO隊員が先行していたが、予想外に構造が複雑で全貌を把握するのに時間がかかっているらしい。ボクは報告を待つよりも捜索に参加して直接中を確認することにした。もし何かあったとしてもリーブに伝わるし、更なる応援が必要であれば、リーブからナナキに連絡することも、その逆も出来る。

ということで現在あの酒場にはナナキが司令塔として残っている状態だった。最初ナナキは「ええ!?オイラ、お留守番なの!?オイラも行くよ!!!」と反対していたけれども「そないゆうても、ナナキはんはコスモキャニオンの守り神みたいなもんやないか」「神じゃないけど・・・うん、そうだね。分かった、こっちは任せて!」と最後には納得してもらえた。これでコスモキャニオン内の大抵のトラブルは何とかなるだろう。問題は、コスモキャニオン周囲のデータが極端に不足していることだ。

『リーブはん、何でこの辺りの地質データが不足しとるんや』
『それがですね・・・。この辺りは聖地といいますか、コスモキャニオンの住民から反発されて詳細な調査が出来なかったんですよ。彼らと我々神羅は魔晄の使用に関して対立してましたから。その不可侵条約のようなものが未だに続いてまして・・・』
『そんでほぼノーデータってわけなんか』
『ここは星命学のメッカで争い事とは無縁のところでしたから・・・。ですがこうなると、出来うる限りの調査を全世界に展開したほうがいいですね』
『御蔭で地震前との比較ができへんやんか』
『すみません・・・怠慢でしたね。長老方と交渉してみます』
『頼むで』

さてと、とボクは一歩洞窟に足を踏み入れた。

*   *

中央に座っていた男の子が机に突っ伏している。両手には2と書かれたカードを掴んだままだった。時折彼はあー、とかうー、とか唸っているのでよほど彼は解こうと躍起になっているようだった。

「もー。デンゼル諦めようよー」
「そうだよ、時間なくなっちゃうよ?」

その両隣でマリンともう一人の女の子がデンゼルの肩を揺すっている。

「・・・分かってるよ」

ぶすっとした声音がここまで聞こえて、私は微笑ましくて笑ってしまった。背後の護衛がこそっと囁く。

「局長、後で怒られますよー」
「あはは、勘弁して欲しいですね」

むくっと起きたデンゼルが不機嫌なまま、それでも手に持った2のカードは放さなかった。頑張り屋さんですねえ、と見守っていると、彼はマリンたちと別の謎について相談し始めた。彼女が持っていたのは3のカード、『3.誰が盗んだのか』。防犯カメラに映った人影から大体の身長を割り出し、4択から正しい犯人を選ぶというもの。すぐに正解に辿り着いたのか、3人が立ち上がった。答え合わせに行ったらしい。

「ふふ。偉い偉い」
「あんた完全に保護者ですねー」
「難し過ぎる謎は後回し。それでいいんですからね」
「いやーあんたのせいでしょうがー」
「レギオン?何か言いましたか?」
「何でもないです!局長!!」

解けない謎を一旦脇に置いて他の謎を解いた彼らは、柔軟性があり、けれども難解な壁をどうにかして乗り越えようと挑戦する素晴らしい子供達だ。これが大人だったならば即座にWROへ勧誘しただろうに。
その反面、彼らはWROに入って欲しくないとも思っている。このままクラウド一家として平穏な人生を送って欲しい。WROには勿論科学部門や情報部門、都市開発部門など軍事と一見関係ない部門もあるけれども、所詮WROは軍隊。危険に巻き込まれる可能性は高くなってしまう。 優秀な人材になると分かっているけれども、私情を挟んでいると分かっているけれども、この道に引きずり込むことは断じて出来ない。

「ジレンマですかねえ・・・」
「何悩んでるんですか」
「いえ、彼らが大きくなるのが楽しみだと思っただけですよ」
「ふーん。ま、デンゼルは絶対諦めないと思いますよー」
「謎解きをですか?」
「どっちも」
「どういう意味ですか?」
「秘密ですー」

ちょっと睨みつけてやったものの、レギオンはにやりと笑って答えなかった。

   *   *

洞窟の中は当たり前だが真っ暗だった。
一応おっかな吃驚付いてきているWRO隊員と、入り口付近を見渡してみる。岩肌が直にむき出しになっているので足元も凸凹で、湿度は殆どなく乾燥している。ちょっと岩肌の表面をなぞってみると、乾いた砂がボロボロと落ちてきた。自然に出来た洞窟とやらは脆い可能性がある。何処まで続いているか分からないが、長居はしない方が賢明だろうか。やはり直に確かめてよかった。

「うーん。先行隊にも引いてもらった方がええかもなあ。他の出入口がないか、外で探して貰いたいんやけど。あとここの見張りもやな」
「いえ!我々も参加します!!」
「やけど、この洞窟相当ぼろいっちゅーか、いつ崩れてもおかしくないで?ボクは別に酸素がなくなってもへっちゃらやけど、あんさんらは窒息するかもしれへん」
「で、ですが、危険では・・・」
「危険やからボクが行った方がええやろ。ロボットやさかい」
「うっ・・・。わ、分かりました!よろしく御願いします!」
「うんうん、何か分かったらボクかナナキはん、リーブはんに直電してや」
「了解です!」

WRO隊員を外に追い返して改めて奥へと進む。割と狭い。上は大人だと少し屈まなければ頭が閊えるだろう。地震でできた隙間というほうが正しいだろうか。ロボットの暗視野モードに切り替えれば視界はクリアになった。うっかり転ばないように気を付けながら、先行隊からの報告にあった最初の分かれ道に到着する。右と左。序でに上もちょっとした隙間がある。こりゃあ面倒やな、と頭を掻くと、主からの通信が入った。

『・・・先行隊が苦労するわけですね』
『やな。狭いし暗いし、道ゆうか隙間が分かれとるし・・・。先行隊はここを右に行ったんやっけ?』
『ええ。一つ問題がありまして』
『なんや』
『先行隊と連絡が取れません』
『・・・何やて?』
『つい5分前までは彼らのリーダーと話が出来たのですが・・・途絶えました。彼らに何かあったのか、若しくはこの洞窟内、特定のエリアで電波が遮断される可能性があります』
『厄介やな。どっちにせよ、急いで先行隊と合流したほうがええな』
『はい。お願いします、ケット』

   *   *

電話を終えて部屋に戻れば、他の子供達は皆揃っていたのに、奥のテーブルだけは空席になっていた。どうやら彼らはまだ答え合わせから戻ってないらしい。

他の子供達がうんうん唸るのを横目に、コスモキャニオンの映像に集中する。ケット・シーに暗視野カメラを内蔵させてよかった。ただ、WRO隊員は外に待機してもらっているし、先行部隊とはまだ合流できていないため、ケット・シー単独である。幸いモンスター等の敵対生物には出会っていないが、暗い洞窟を進むのは危険が伴う。

「局長。デンゼル達、遅くないですか?」
「え?」

はっと我に返ってもう一度奥のテーブルを見やる。あれから10分は経っていそうだが、確かにまだ3人とも戻っていない。
背後の護衛がきょろきょろと部屋中を見渡す。不思議そうな私たちに気付いたのか、保護者席のティファがぱちんとウインクを決めた。
特に問題があっていなくなったわけではないらしい。

となると、何処に行ったのだろう?

簡易なパイプ椅子に座り直し、思考を巡らす。
子供達が行動できる範囲は、この会議室か、答え合わせの小部屋か、トイレか。まあ子供というのは大人からは思いも寄らない行動をしかねないため、他のところに探検に行ってしまってもおかしくはない。だが誤って入り込まないようにロープと、要所にWRO隊員を配置しているため、迷子になることはないはずだ。念のためこの会場付近の監視カメラはミトラスに常時チェックしてもらっている。子供達が紛れ込むなどがあれば即座に連絡が来るはずだ。

何が起こったわけでもないのに、特定の子供を局長が探しに行くわけにも行かない。
本当なら例の洞窟も自分で潜り込みたいのだが、下手に動くわけにも行かない。

私の焦燥を見破ったのか、レギオンがこそっと小声で囁く。

「待つしかないんじゃないですかー?」
「煩いです」

だが、残念ながら彼のいうとおりだった。