追跡2

   *   * 

暗闇の中、何度別れ道ならぬ亀裂を選んだことか。
唐突に広い空間に出た。ぼんやりとだが、ここには光源があるらしく、時折岩肌をエメラルドグリーンに光らせている。そして岩の下は赤い不気味な液体が溜まっていて、ぽたりと落ちた水滴に波紋が広がっている。薄気味悪いことこの上ない。

「・・・なんや?けど、どっかで見たことあるような・・・?」

玩具の首をフリフリ、序でにメモリーを検索する。洞窟、コスモキャニオン・・・とくれば。

思い出すのは、
洞窟の奥で急に動き出した亡霊。
宙に浮いた古い土着の民族のような姿との戦闘。
その先にいた、コスモキャニオンの守り神ともいえる戦士の像。

「あっ!」

ぽんと手を叩く。

「確か・・・」
『ギ族の洞窟、ですね』

ギ族の洞窟。
ギ族とは、嘗てコスモキャニオンを拠点としていた種族で外界との接触を絶ち、自分たちからライフストリームを拒否した種族。コスモキャニオンを侵略しようとしてナナキの父、セトに破れた。その怨念が残っていたのが、ギ族が最期に追いやられセトと戦ったこの洞窟というわけだ。洞窟の先には石化されたセトがいて、ずっとこのコスモキャニオンを守っている。

「外の亀裂からギ族の洞窟につながっとったんか。そこから不審者はコスモキャニオンにいっとったんちゃうか?」
『でしょうね・・・。ですが、コスモキャニオン側の入り口である無用の扉は封印されていたのでは・・・?』
「プーゲンはんがのうなってもうたから、誰も知らへんかったんちゃうやろうか。ナナキはんたちを通すために一度封印を解いてそのままやったとか」
『まあ誰も入らない様にはしていたでしょうけど、まさか中から出てくるものがいるとは思わなかったか・・・』
「中から人が来たから開けてもうた、とか?」
『あり得そうですね・・・』

はあ、と主と同時にため息をつく。コスモキャニオンの住民たちは非常に純朴で素直だが、危機意識が低すぎる。この一件が終わったらコスモキャニオンの長老たちと是非とも重要文献の保存方法から警備体制までとことん説教という名の協議をするしかない。

「この洞窟、確かコスモキャニオンからめっちゃ地下深くやったから、電波も届かへんのちゃうんか?ボクの電波計も圏外になっとるで」
『つまり、先行隊はここまで辿り着いたということですね』
「よっしゃ、さっさと探すで!」

気合を入れて走り出したら、岩陰から何かが飛び出してきた。

   *   *

子供たちがカードを手に騒いでいる中、もう一度腕時計に目を遣る。

・・・残り時間はあと10分を切っている。

そしてその視線を奥のテーブルに移す。相変わらず空席のまま、あの3人は戻ってきていない。
ミトラスからの連絡もないため、彼らが道に迷ったり何らかのトラブルで範囲外に出てしまったわけでもない。
となれば、このまま時間切れになったところでWRO隊員に導かれてこの部屋に戻ってくることは確実だ。
全ての謎を解かなければならないわけでもないため、失格にはならない。そもそも失格など存在していない。
待っているだけでいいはずだった。

けれど。

特定の人物に肩入れするわけにはいかないし、探しにも行けないが・・・探りを入れるくらいは。

パイプ椅子からそっと立ち上がれば、当たり前のように護衛がくっついてきた。

「局長ー。気になってしょうがないんでしょ」
「煩いです」

そのまま会議室を出て関係者用の部屋に入り、端末を取り出す。呼び出すのは。

『・・・はい』
「監視お疲れ様です、ミトラス」
『定期連絡というタイミングではないですね。気になるんですか』

すぱっと言い切られてしまった上に、何を気になっているかも完全に見抜かれているようだった。
少し間を明けて、観念して小声で返す。

「・・・分かります?」
『局長はご自分が必要な場面と判断すれば誰よりも狡猾な策士ですが、それ以外は割と分かりやすいので』
「・・・ええっと・・・?」

何やら自分は微妙な評価をされているらしいことは分かった。
ミトラスはWROが誤った方向に進むことがないよう、内部から監視をしてくれている部下でもある。そのトップの分析などとうの昔に終えてしまっているらしい。
今すぐに辞職しろと言われたわけでもないため、評価については脇に置いて、こほんと咳払い。

『私のことは兎も角、ですね。それで、彼らは何処にいるのですか?』
『最も難易度の低い謎4、「何が盗まれたのか」の解答部屋です』
『・・・え?』

思いがけない答えに一瞬思考が止まる。
デンゼルたちは謎4をとっくに解き終わっている。それは彼らが4のメダルを首から提げていたから間違いない。
では何故また謎4の解答部屋に戻ってきて、尚且つ長時間留まっているのか。

思い当たる理由は一つしかない。

「まさか・・・気付いたのですか?」

   *   *

「きゃっ!?」
「うわって・・・」

出会い頭でぶつかりそうになるのを何とか急ブレーキで防ぐ。目の前に現れた彼らを見上げれば、なんてことはない、先行していたWRO隊員達だった。

「無事やったか!」
「ケット・シー様!」
「はい、何とか」
「化け物ばっかりで肝が冷えましたけど」

隊員たちが苦笑しながら汗を拭う。3人組の若い隊員達で、男性一人に女性二人の構成だった。

「様はいらんて。化け物っちゅーか・・・ここはギ族の亡霊がでる場所やからなあ」
「通信もできませんでしたし・・・」
「ここはコスモキャニオンの地下深ーい洞窟や。電波なんて届かんやろ」
「そ、そうだったんですか・・・」

背の低い方の女性隊員が端末を握りしめてがっくりと肩を落とす。

「不審人物がいないか、周囲を調査したのですが・・・」
「サーモグラフィに暖色で引っかかるのがモンスターばかりで・・・」
「・・・あー」
「ぎゃ、逆に青い表示のが・・・」
「・・・亡霊っちゅーわけやな。つまり敵が多すぎて判別できへんと」
「申し訳ありません・・・」

しょぼん、と女性隊員が更に小さくなってしまった。ボクはひらひらと手を振る。

「あんたらのせいちゃうわ。この場所が特殊すぎるからやな。ナナキはんがいてくれたら匂いで見つけてくれるんやけど、」

言いかけた途端、どおん、と遠くで不穏な音が割り込む。

「なっ!?」
「今の音は・・・!」
「爆発!?」

急いで3人とボクとで音源へと走っていると、女性隊員の背の高い方が何か思い出したようにポケットから小さな石を取り出す。

「そ、そういえば私、こんなものを拾ったんです!」
「こりゃあアダマンタイト・・・アダマンバングルの原材料、めっちゃ貴重な鉱石やないか!そうか、侵入者の目的はこの鉱石やったんか。・・・待てよ。じゃあ今の爆発は・・・!」
「鉱石を掘り出すための、ダイナマイトですか!?」
「まずいで、こないなとこで複数個所爆発させたら!」
「下手したらここが崩れますよ!?そしたらこの洞窟だけじゃなくて!」
「上のコスモキャニオンもどうなるか分からんやんか!あかん、二手に分かれるしかあらえへん!隊員の皆はんは急いでコスモキャニオンに戻って、住民の避難誘導!ボクは不審者と爆発物処理や!」
「そんな!お一人では危険です!」
「ええい!ボクは玩具やから壊れても平気や、やけどあんたらを巻き込むわけにはいかへんのや!コスモキャニオンにはナナキはんにいっとくからどないかしてや!」
「・・・っ!」
「「了解しました・・・!!!」」

   *   *

諸々の電話を終えて部室に戻ってみれば、残り3分を切っていた。
子供たちは解けていない謎のカードを見比べたり、諦めたのか机に突っ伏したり、隣の子と喋っていたりする。集中力が切れてきたらしい。

そして、奥のテーブルは・・・まだ3人分だけ空の席になっていた。

案内役の女性隊員も奥のテーブルを頻りに気にしているが、私は目線で問題ないですよ、と頷く。
納得したのか、彼女も頷き返してくれた。

残り2分。

前の壁に、スクリーンがゆっくりと降りてくる。正解の動画を映すための準備である。
その動きに子供たちが顔を上げて何が起こるんだろうと注目を始める。

残り1分。

女性隊員が部屋の灯りを落とす。彼女が説明を始めようと壇上に上がったとき、複数の足音が近づき、唐突に前のドアが開く。
はっと振り返ると・・・思った通り。3人の子供たちが息を切らして立っていた。
私は思わず立ち上がり、3人の中央にいたデンゼルに苦笑する。

「・・・ぎりぎりですよ、3人とも」
「間に合ったじゃないですか」

3人の胸元には特徴的なメダルがぶら下がっている。番号の書かれた複数のメダルではなく、たった一つの金色のメダル。中央にケット・シー、その下にWROとデザインされたWRO隊章。これを提げているということは。

「・・・解けたようですね?」
「意地でも解いてやりました」
「ええ、では席に戻って下さいね」
「「「はーい」」」

大変素直な返事をして、薄暗い部屋の中彼らは自分たちの席に座る。
これでこちらは役者が揃った。後は答え合わせと・・・ちょっとした特典だけだ。

   *   *

「はあー。なんちゅーことしてくれとるんや・・・」

爆発の起点であろう場所に辿り着いたものの、だはあーと盛大なため息が漏れた。
ギ族の洞窟から少しばかり戻った先、派手な爆弾でぶっ飛ばされたらしい砕かれた岩の破片が散乱していた。その奥は暗視野でもわかる鉱物の層がむき出しになっている。念のため隊員から受け取った小石と見比べると、構成物質から比較してもアダマンタイトで間違いない。貴重な鉱物の発見、それも未だ誰も本格的な調査をしていないコスモキャニオンであれば埋蔵量も相当な量だろう。・・・但し。

「なんつーか、やばい感じがひしひしとするんやけどなあ・・・」
『亀裂は相当深くまで走っていそうですね・・・』

視界を共有しているリーブからもため息が漏れているのが分かる。元々なのか爆発のせいか・・・恐らく後者だが・・・アダマンタイトの層から深い亀裂が蜘蛛の巣状に広がっている。その深さは腕を突っ込んでも足りないくらいだった。まあ玩具の腕では短すぎるともいえるが。

因みに周囲には人の気配はまるでなかった。誰かが遠隔操作で爆発させたのか、それとも時限式だったかは判別できないが、そもそもここは地震で出来た洞窟もどき。そんな場所で内部を破壊するなど矢張り危険すぎる。

「どっかーんやらかした人は何処行ったんやろなあ・・・」
『少なくとも爆発に巻き込まれると推測される範囲にはいないでしょう。更にここへ来るまで誰にも会わず、隊員達からもそのような報告がないならば・・・』
「・・・既に外に出てるっちゅーことか?」
『恐らくは。何処まで危険度を把握しているかは知りませんが・・・』
「爆発させて、大丈夫そうな頃に戻ってくるつもりやろか」

不幸中の幸い、といったところか。

『ただ・・・』
「ん?」
『コスモキャニオン外側の洞窟入り口は完全にWRO隊員で固めてますし、内部側・・・ギ族の洞窟に通じる入り口も長老たちに依頼して閉じていただきました。洞窟内部に潜んでいなければ、今一度ここへ入ることは叶わない筈です』
「そりゃあええことやけど・・・ずうっと内部にいたらどないするんや?」
『ケット・シーが見つければいいだけですよ』
「めっちゃ気楽に投げすぎやー。はあー。まあやるしかあらへんな。んでコスモキャニオンの人たちはどうなってるんや?」
『ナナキとWRO隊員を中心に声を掛けて、コスモキャンドル付近に集まってもらっています。全員となるとまだ時間がかかりそうですが・・・』
「あー。コスモキャニオン自体が完全にダンジョンやもんなー」

うんうん、と頷く。コスモキャニオンは崖や横穴と言った自然の地形を利用した村であり、構造が複雑であった。一階?のコスモキャンドルや酒場などは問題ないが、そこから階段やら梯子やらを上ってやっと宿屋やアイテム屋が点在する。更にナナキ自慢の天文台となると一体何処まで梯子を上れば辿り着くんだと飽きる程に登らなければならない。よって住民たちを集めるのも一苦労なのだ。

「そっちは頼むで。ボクはいるかもしれへん侵入者と、あってほしくないけど他の爆弾を探さなあかんし」
『はい』

   *   *

「みんな、お疲れさまでした!それでは答え合わせしましょうね!」
「「「はーい!!!」」」

司会進行役の女性隊員と子供たちの声が響いて、薄暗い室内に天井からのプロジェクターがスクリーンに映像を映し出す。
今回の謎の解答編として作製した映像が流れだす。
まずは今回の謎のおさらいとして。

1.いつ盗まれたのか
2.何処から犯人は部屋に入ったのか
3.誰が盗んだのか
4.何が盗まれたのか
5.犯人は何処へ逃げたのか

まずは「4.何が盗まれたのか」から。映像の中で犯行前後のカードが左右に並べられ、同じものに赤丸が付けられていく。犯行後の床に転がっている数個の宝石もお忘れなく。そして犯行前のカードのみに存在し、赤丸が付けられていない品が正解。これは矢張り正答率が高い。全部の班が正解した。

「1.いつ盗まれたのか」ではカードに映っている壊れた腕時計が拡大される。但し鏡に映った時計になるため、これを反転させた画像が出され、前の班の子たちが何か叫んでいる。どうやらそのまま文字盤を読んでしまったらしい。同じように「3.誰が盗んだのか」ではカードに映る人影と共に写るものから身長を割り出し、「5.犯人は何処へ逃げたのか」では道に残された足跡を辿れば正解に辿り着く。そうして。

最後のカード。

「2.何処から犯人は部屋に入ったのか」

子供たちが前に乗り出してスクリーンに見入っている。解けなかったからだろう。彼らを除いて、だが。謎のカードがスクリーンに映し出される。犯行前後の現場の玄関、勝手口、あらゆる窓の写真。開いているドアもこじ開けられた鍵穴も割れた窓もない。犯行前後での違いは全くない。何もない。

ここで、「4.何が盗まれたのか」のカードがもう一度映し出される。子供たちが途端に騒ぎ出す。もう答えの出たカードだから、無関係だと思ってしまうのは仕方ない。そう思うように創ったのだから。だけどもう一度見てほしい。このカードには無残にも割られたショーケースと足跡で荒らされた絨緞が写っている。そして、赤丸がカードの上から描かれる。今度は盗まれた品物ではなく・・・足跡に。

「あれー?」
「何で足跡に丸が付くの?」
「変なのー?」

子供たちが首を傾げる。けれどもこれが正解への鍵となる。そして誰かが気付いた。

「足跡ってドアのカードにはなかったよね?」
「窓にもなかったよね」
「あれ?じゃあ・・・どうして」

絨毯の足跡全てに赤丸が付けられる。そして、ドアや窓には全く足跡がないことをカードを並べて確認してもらう。映像はカードではなく、子供たちが「2.何処から犯人は部屋に入ったのか」の正解を答えた小部屋へ移動していく。現場を再現された部屋の足跡を辿って。辿って。カードには写っていなかった足跡までたどり着き、それが途中で消えていることも。

「あれ?消えちゃったよ」
「扉までまだあるのに」
「何処行っちゃったの?」

そして、映像が床ではなく最後の足跡が残された真上・・・天井を映し出す。

「「「あーーーーーーーーーーーーーっ!!!」」」

子供たちの声が見事にはもり、私は笑ってしまった。映し出された天井の一部のタイルが外されて、少しだけ縄が見えているのだ。そう、ドアや窓に足跡がなかったのは侵入口がそこではなく、犯行現場の天井だったからだ。だから、デンゼル達はあの部屋に戻ったのだ。この答えは、カードを見ているだけでは導き出せない。犯行現場に足跡があり、出入り口と思しき場所に足跡がない矛盾から真の侵入経路をはじきだす発想が必要なのだ。

「よく気が付きましたよねえ・・・」
「ほんと、局長のあの意地悪なカードからよくわかったよなーあいつら」

   *   *

暗黒の世界を、暗視野モードとサーモグラフィーで当てもなく走り回る。
偶に現れる亡霊っぽい敵を倒しつつ、侵入者を探してどれだけ経ったのか。人に出くわすことなく洞窟内を追跡しているとリーブからの通信が入った。

『ケット・シー』
『なんやー。侵入者でも捕獲したんかいなー』

走りながらマスターへ多少投槍の言葉で返す。玩具の身体だから肉体的疲労はないものの、暗闇の中只管走り回って探し物をするというのは精神的?に何やら疲れてきたのは事実だった。そんなケット・シーの奮闘を知っている筈のリーブは軽く返した。

『はい、確保しました。彼らが宿屋でのんびりしているところをナナキと番人さんが捕まえてくれましたので』
『ほんまかいな!!!まあ、ええんやけど。そやったら、この洞窟にはもう人はおらんってわけでええんやな?』

はあああ、と大袈裟なほどのため息をついて、その場にぺたんと座り込む。負傷者が出る可能性がない、一番の朗報だ。これで自分のミッションは終わったものだと序でに洞窟に仰向けに転がる。暗視野モードも省エネのために切れば、真っ暗の何にも見えない視界が広がった。

そんな中、リーブの声がぐっと低くなる。

『・・・人は、いないのですが・・・』
『・・・。なんや、嫌な予感がするで』

主の不吉な口調に、ロボットのくせに冷や汗が浮かんだ気がした。むくっと上半身を起こす。
侵入者はいない。人もいない、ということは迷い込んだ人も皆無とみていい筈。ならば万事解決の筈だが。残されていてはいけない物が残されているらしい。つまり、それは。

『・・・未使用の爆発物がまだ一つ、洞窟にあるそうです』
『・・・どうせそんなことやと思ったで・・・』

がっくりと肩を落とす。落とすほど大きな肩ではないけれど。立ち上がって暗視野モードを再度起動させる。

『で?何処にあるんや?』
『彼らの証言によると、ギ族の洞窟に入る手前の脇にある左の細い通路の先、らしいのですが・・・』
『なんや』
『・・・爆発物は時限式、らしいのです』

苦々しい主の口調に、常にポジティブな笑顔を浮かべている筈の口元が歪んだ。

『・・・げ。』

   *   *

答え合わせのVTRが終わり、子供達が思い思いに感想を言い合っている。彼らの表情は悔しそうでもあり楽しそうでもあり、企画としては成功でしょうかと満足げに笑う。対応してくれている女性隊員と交代して、私は前に立つ。

「では、ここからは一生懸命捜査してくださった子供達だけの、特典ですね」

わっと子供達の歓声が上がる。

「場所を変えます。保護者の方々はこちらで少々待機いただけないでしょうか。30分ほどで済みますので。では、子供達は私に付いてきてくださいね」

子供達がばっと立ち上がってすぐ駆け寄ってきてくれる。答え合わせの部屋に行くときは歩いたといえ、基本的に座って考えていたのだから飽きたのかも知れない。

「走らないで、ゆっくり歩いて行きましょうね?」
「「「はーい!!」」」

素直な子供達に感心しながら会議室を出る。自分と子供達の集団を、WRO隊員達がそれとなくサポートしながら歩いて行く。すれ違う隊員達からは微笑ましそうな笑顔で見送られた。
階段を折り、秘密の(というほどでもないけれど)通路を抜け、奥まった小さな扉につく。私が懐からカードを取り出して扉を開けて中へと誘導する。壁一面にモニターが並び、向かいにはたったひとつの壇上。子供達が物珍しそうにモニターに近づいたり、壇上とぺたぺたと触っている。隊員達が子供達を敷物の上に座らせてから、私は壇上に立つ。

「ようこそ!ここはWROの中でも特別な人しか入れない・・・司令室です!」

ぱちんとウインクを決めれば、子供達が騒ぎ出す。
といってもここは司令室の中の一つ。一度DGソルジャーに乗り込まれてからはほぼ使われていない。この場所の情報は既に流出しているだろうから、あえて囮のために残しているといっても過言ではない。ただ、使われていないだけで、未だ機能させることは可能である。最も、背後に控える護衛が言うには「あんたがいるところが司令室じゃん」らしい。どういうことでしょうね。

明かりを少し落とし、私は手元のスイッチを次々にONにしていく。同時にモニターの電源が入り、様々な場所・・・エッジ支部、ジェノバ支部、ウータイの出張所、ロケット村の技術支部の映像が流れ出す。といっても今回は子供達のデモンストレーション用のため、あらかじめ録画されて見られても問題ないものに変わっている。ただ、一部は実はライブだったりするけれど。子供達が興味津々でモニターの映像を追っている。楽しそうで何より。でも、ここからが本番。

「では、今回全問正解だった班の皆さん、こちらへ」
「え?」

呼ばれると思わなかったデンゼル達がきょとんとした。そんな彼らをにっこり笑って手招きする。恐る恐る近寄ってくるのは緊張しているのだろうか。私の隣に見えるように3人を立たせる。

「大丈夫ですから。では、まずお名前をどうぞ」
「で、デンゼル・・・」
「マリン!」
「ショコラ・・・です」
「はい、ありがとうございます。全問正解者達に皆さん、拍手を御願いします!」

子供達が力一杯拍手をしてくれたので、3人が照れているようだった。可愛らしい。

「ではショコラさんから行きましょうか」
「ええ?」
「ふふ。この前に立ってください。あ、足下気をつけてくださいね?」

私が壇上から降りて、ポニーテールの女の子が、おっかなびっくり壇上に上る。因みに子供用にちょっとした段差が特別に置かれている。子供の身長では顔が見えなくなってしまうので、それではつまらない。

「眺めは如何ですか?」
「すっごくよく見えるけど、ええと、緊張する・・・」
「大丈夫ですよ。では」

私がぽちっと予め打ち合わせしていた相手へと通信を入れた。各地を映していたモニターがただ一つの画像を大画面で映し出すように切り替える。

「さて・・・聞こえますか?」

ぱっと通信相手の顔が映ると、子供達が誰なのか分かったのか、あっ!!と一斉に声を上げた。ショコラの目も輝き出す。モニターに映し出された咥え煙草の操縦者がにかっと笑った。

『おうよ、聞こえるぜ、リーブ!!!』

   *   *

ギ族の洞窟に入る手前の脇にある左の細い通路の先。
奥まったところに確かにそれはあった。大きさはティッシュ箱くらいの黒っぽい直方体。問答無用で窪みに置かれていた。暗視野モードのまままじまじと外観を観察する。
どうやらカバーを上に外せば中の配線が見えるらしい。やるしかしゃーないな、と思いながら先程の主との会話を回想する。

『時限式って、あとどれくらいで爆発するんや?』
『彼らが証言するには、残り30分ほどだと』
『・・・結構微妙なとこやな。止める方法は?』
『リモコンで起動、停止を制御できるそうですが・・・』
『そのリモコンは何処や?』
『それが・・・洞窟から戻る途中で落としてしまったらしく・・・』
『はあああああ!???何やっとるんや!!!』
『・・・と、証言してはいますが』
『ん?』
『どうも証言に辻褄が合わないところがあるんですよ。恐らく落としてしまったのではなく、彼らが態と捨てたのでは、と』

コンマ一秒で思考する。
態とリモコンを捨てる必要があるということは、それが見つかったら不味いと認識しているわけだ。
つまり、無断の爆発物使用と彼らとを結びつける物品を捨てたのだから。

『・・・証拠隠滅ってやつやろか』
『でしょうね。鉱物を回収できればばれないように逃げるつもりだったようですが、その前にこの騒ぎで出るに出られず、宿屋で捕まった、そんなところでしょう』
『・・・捨てた場所は』
『何処かで落としてしまった、の一点張りですね。恐らく彼らも覚えていないのでしょう。ただ洞窟内で落としたと言ってますから』
『・・・このくっらいし割りにややこしい洞窟で、それも30分以内で、ちっこいリモコンなんて探してられへんで』
『はい。ですから』
『・・・解体するしかあらへんかー』
『30分でその爆発物を洞窟外に出しても安全な場所に破棄する時間はないですから』
『途中でどっかんしたら拙いちゅーわけやな。ん?解体ゆーても、振動は問題あらへんのか?』
『そんな機能はないそうです。炭鉱の発掘用で使われているものですから』
『で?解体のサポートはしてくれるんやろ?』
『当たり前ですよ。WROが誇る爆発物解体班を呼んでいます。貴方がみた配線を私が図にして、それを彼らに判断してもらって私から彼らの指示を伝える・・・と、なりますね』

ボクの暗視野モードで爆発物の様子を観察すれば、その視界を共有しているリーブに届く。爆発物解体班にそれを伝えるにはリーブが見たものを描き表すしかないが、本職は建築士だといつも言い張っている主、作図はお手の物だ。フリーハンドでも精密に描くことだろう。
ふむ。とボクは一つ頷いた。

『・・・ボクがゆうのもなんやけど』
『はい?』
『ほんま、リーブはんて便利やな』
『はは。その言葉は、解体が完了してから受け取るとしましょうか』
『そやな』

   *   *

シエラ号艦内で悠々と操縦桿を握る仲間は、いつも通り快活な笑みを浮かべていた。
私は画面越しの彼に顰め面を向ける。

「・・・シド。操縦中に喫煙は危ないですよ?」

途端、画面の中の彼は操縦桿を放さないまま器用にずっこけてみせた。勿論煙草も口から落ちることはない。

『・・・リーブよお。おめえ、呼び出しておいて第一声がそれか!俺様の飛空艇に禁煙の文字があるわけねえだろうが!!』

毎回注意しているが聞く耳を持たない艦長に私はため息をつく。

「・・・全く。安全と健康には気を付けてくださいね。あと子供たちの教育に悪いですよ」
『あいっかわず、かってえなおめえは!で、今回の「局長様」はこの3人ってわけか』

楽し気なシドの視線が子供たちへと移る。話題が自分たちに及んだためか、3人がびしっと直立不動になった。ふふ、と笑いながら私は3人を紹介する。

「はい。檀上の彼女がショコラさん、隣がデンゼル君、マリンさんですよ」
『へええ。どーせおめえのことだ、面倒くせえ問題創ったんだろうが』
「心外ですねえ。皆さん楽しんで解いてくれましたよ?」

にっこり笑って返したものの、座っている子供たちが難しかったー!とシドに訴えかけ、シドがしたり顔で頷いている。失礼な。私はこほん、と咳払いをする。

「それは扨置き。今回のミッションは『爆破の恐れのある街から人々を飛空艇で救う』、というものです」

子供たちが素直に静かに聞いてくれる。シドの表情も先程までのからかい半分のものから、真摯なものに切り替わった。流石プロですね、と感心する。

「爆弾は・・・これですね」

私は先程シドと会話しながら手元に書いていた紙をモニターへ映す。デジタル時計のような画面と幾つもの導線で繋がれた爆弾のデッサン図だ。

「うわー!」
「爆弾だ!」
「怖ーい!!」

子供たちが途端に騒ぎ出す。だがその声に恐怖の色はなく、あくまで今回の企画の延長だと思い込んでくれたようだ。狙い通りの反応に私は内心ほっとする。こそこそ隠れてやるとばれるが、逆に堂々としていれば意外と最後まで隠し通せるものだ。

『・・・リーブ。これか』
「はい。爆弾処理班、見えていますね?」
『はい!』
「では解体の手順を解析してください。その間に・・・ショコラさん」
「は、はい!!!」
「いい返事ですね。ではこの紙の通り読み上げて、シドに指示をしてくださいね」
「え?」

はい、と私はデッサン図とは別の紙を彼女に渡す。彼女の小さな手が受け取って、壇上から紙に書かれた文字を一生懸命読みあげる。

「ええと・・・『局長ショコラ並びにリーブ・トゥエスティの名において・・・
シエラ号のコスモキャニオンへの出航を許可します!!!』」

命令を受けて、シドが口角を上げて応じた。

『了解!ショコラ、リーブ!』

   *   *

件の直方体はそおっと持ち上げて足元に移動させた。窪みに置かれたままだと細部まで見れないし、狭いところでの作業で間違いがあってはいけない。持ち上げた時に玩具の手が震えなかったのは機械仕掛けの御蔭だろうか。カバーを外して中の配線とデジタル表示のところはばっちり主に伝わった。そして先程から解体作業に取り掛かっているのだが。

『次はその左から2番目の線を切ってください』
『あいよー』

懐に隠し持っていた裁縫道具の鋏が、まさか爆弾解体に使われるとは思わなかったが。
左から2番目。念のために指差して2番目を確認。

『これやな?』
『はい』

指示された導線に軽く触れて、マスターにもう一度訊く。間違いないかどうか、しつこいくらい念を押したくらいで丁度いい筈だ。

『切るで』
『はい』

間違いないなら躊躇するだけ無駄な時間となる。
えいや、と一思いに鋏を動かす。

ちょきん。

手ごたえを感じつつ、無意味と分かっていながら2,3秒動きを止めた。

・・・。

・・・・・。

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・異常なし。

『・・・はあー』
『爆発はしていませんよ?』
『分かっとるけど、疲れるんや・・・』

間違っているなら切った瞬間にどかん、となっている筈だから、こうして硬直している時間も不要だと分かってはいるのだが。

『でえ?シエラ号はいつ着くんや?』
『もう間もなく。住民の避難も何とか間に合いそうです。但し』
『解体が無事完了したら、やな?』
『ええ。爆発処理班が乗り込むには、時間が足りませんから』
『しゃあないなあ』

コスモキャニオンの住民はWROに任せておけばいい。自分は爆弾に集中できる。
やるしかない、と爆弾に改めて向き直る。
爆薬に繋がった導線の残りは3本。
デジタル表示は10分を切った。
あと3本を順番どおりに切るくらいなら、余裕で間に合う。

『でえ、次はどれや』
『・・・それが』

リーブが言い淀む。
いつでもはっきりと断言する主としては珍しい。
そしてこの場面で伝えにくい内容と言えば、言われずともわかる。

・・・やな予感がする。

『・・・ろくでもない話ってわけやな。ええから白状せえ』
『・・・3本のうちどれか1本が解除、残り2本が』
『起爆。そんで?見分け方は?』
『・・・。分からない、そうです』
『はああああ。・・・やっぱりか』