静寂に包まれた暗い地の底で、小さな明かりがゆらゆらと動いていた。
それは2つの影で、先を行く小さな影と、それに従う大きな影で出来ている。
小さな影は、少し進んではしゃがみ込み、その手で何かを拾い上げた。
掌に乗る、傷付いた長方形のプレート。
文字と顔写真、共通して書かれたロゴは「WRO」。
中央の個人名を呟き、小さな影は・・・
正確には小さなロボットは項垂れる。
一つ一つの名札を拾い上げては大切にリュックにしまい込む。
ここは、ミッドガル。
神羅崩壊と共に廃墟となり、オメガ戦役で激戦区となった場所。
瓦礫と、変わり果てた姿。
亡骸のあるものは、丁寧に包み込み、後ほど急遽確保した墓地へと埋葬するために整然と並べられていた。
その横にまた、そっと一つ並び終える。
破壊された頭上を仰ぎみると、星さえない飲み込まれそうな闇が広がっている。
深夜。
小さなロボットは、後ろにデブモーグリを従えて、ただ彷徨う。
この地は、守れなかった者達が眠る場所。
『・・・リーブはん』
『・・・何ですか、ケット』
『ここはわいだけでええ。幾ら何でもずうっと徹夜はきついでっしゃろ?』
『いえ、私は大丈夫です。もう少し、作業を進めましょう』
ここ数日、彼らはほぼ同じ時間帯に同じ作業を続けていた。
ミッドガルから崩壊した神羅ビル、そして、ディープグラウンドと場所を移し、地下へと降りていく。
他に生きている者のない世界で、一人と一体の会話が続く。
『昼間、隊員に手伝ってもろたらええんちゃうか?わいらだけでは、終わらへんで』
『・・・ですが全体的に人手不足ですから。
彼らには、まずWROの機能を回復することに専念していただきたいのです』
『・・・まあ、そういうとは思っとったけどな』
* *
最終的に辿り着いた先は、ミッドガルの最奥部、零番魔晄炉。
あの日、カームで巻き込まれた者が無惨にも命を絶たれた場所。
首を振ると、ヘルメットに取り付けた明かりが左右を照らす。
「・・・ん?なんや、今の」
ぼんやりとした丸い世界を一瞬横切った物体。
ぽてぽてと近づいて、ライトを意識的に向けてみる。
「あ・・・」
魔晄炉近くのライフストリームの中央に、ぽつんと残されたモーグリの縫いぐるみ。
「縫いぐるみ・・・ですか」
リーブが呟く。どう考えても、大人が持つものではない、と、すると。
数千人の住民が一夜にして失踪。
その中に、どれだけの幼い子供たちが巻き込まれたのだろう・・・。
縫いぐるみから目を離せないまま、重い沈黙が漂う。
やがて、ケット・シーがぽつりと呟いた。
「・・・あれ、とれへんやろか」
「・・・難しいですね・・・」
ライフストリームにぽっかり浮かんだ縫いぐるみ。
縁からは遠く離れ、かといってライフストリームに触れればケット・シーと雖も取り込まれてしまうだろう。
それでも、なんとか取れないかと暫し考え込む。
「原始的ですが、投げ縄とかしてみます?」
「縄でっか。そういやリュックにいれてましたわ」
リュックの中から救助用の縄を取り出す。
それをロボットの手が器用に輪を作り、縫いぐるみに向けて投げる。
一回目は、縫いぐるみの手前に落ちた。
二回目は、額のぼんぼりに当たって、跳ね返った。
三回目。
「・・・よっしゃ!!!いくで!!!」
足の出っ張りに旨くひっかかり、ケット・シーが縁までゆっくり縄を引く。ゆらりゆらりとライフストリームの水面を漂いながら、漸く手の届く範囲に来た。小さな手で、拾い上げる。
「・・・取れたで・・・」
「・・ええ。ありがとうございます」
じっと縫いぐるみを見つめる。
持っているのはケット・シーだけだが、その映像は当然のことながらリーブにも流れ込んでいる。
モーグリの縫いぐるみは、額の赤いぼんぼんだけがやけに色鮮やかで、白い体は薄汚れていた。
それでも大きな傷もなく、それが長年誰かに愛用されていたのだろうと、想像ができた。
「・・・」
前のケット・シーが、ネロの闇に取り込まれる前にみた記憶が蘇る。
人々はまるで荷物のようにコンテナに詰め込まれ、そのまま無情にもライフストリームに落とされた。
今も頭の中に木霊する彼らの悲鳴。
苦悩に満ちた叫び声、膨大な負の感情・・・
ー・・・ブ?
ーリーブ!?
ーおい、しっかりしろ!!!
突然の大声に、はっと目を瞬く。
切り替わった視界には、人工的な照明に照らされた室内。
強い光に慣れず霞んだ目の前に、赤いマントの男が立っていた。
「ヴィン、セント・・・?」
「・・・気がついたか」
ため息を一つ。
「目を開けたまま意識を飛ばすな」
「・・・すいません」
こちらもため息を一つ。
ここはDGではない。
WRO本部の、最上階にある、いつもの執務室。
モーグリの縫いぐるみに意識を集中させすぎたらしい。
「・・・それで、こんな深夜に何かご用ですか?」
人が寝静まる時間帯。
電力不足の闇の中では、人は特に就寝時間が早まったと聞く。
「・・・それは、私の台詞だ」
「はい?」
「こんな深夜に何をしている」
感情の読めない声が低く響く。
リーブは僅かに肩を竦めた。
「・・・見ての通りの仕事ですが」
「お前ではない。ケット・シーだ」
「・・・」
ひたと見据えられた赤い双眸。
鋭い声が、逃げ場を奪う。
誤魔化そうとも思ったが、詰問というよりも咎めるような強い視線に、見抜かれていると知る。
何故、気付かれたのだろうか。
誰に伝える気もない、深夜の作業。
己の罪を、己の命令で散った命達を、守れずに奪われた命をこの身に背負うための。
ゆっくりと、酷使した目を伏せる。
「・・・私の仕事です」
「・・・急いだところで、連中はもう戻らん」
「・・・ええ。分かっています」
「分かっているなら、今日は切り上げろ」
「出来ません」
「そうか」
同時に音もなく突きつけられたそれを、リーブは痺れた頭で認識した。
三連のリボルバー。彼にしか扱えない、ケルベロス。
「・・・撃つおつもりですか?」
「でなければお前は止まらない」
「そうかも、しれませんね・・・」
リーブはうっすらと微笑んだ。
これが逆なら・・・銃を突きつけられているのがヴィンセントならば、この至近距離でも銃弾を避けられるだろう。
しかし、自分は。
恐らく銃を構えるのがヴィンセントでなくても、例えばWROに在籍する戦闘員だったとしても、避けることはできないだろう。
命令一つで、数十、百人もの命を散らせた自分が、戦闘能力という点では全くの素人とは。
「ですが、私に出来ることは・・・もう、他にないんですよ・・・」
掠れた声は、微かな発砲音にかき消された。
* *
ヴィンセントはデスクを見下ろす。
机に伏した男は死んだように動かない。
徐に携帯電話を取り出す。
「・・・任務完了だ。さっさとベッドにでも運ぶんだな」
簡潔に伝え、通話を切る。
ヴィンセントが動きを止めれば、部屋はまるで無人になったように音を無くす。
しかしそれでもヴィンセントは、傍らの実直すぎる男の気配をはっきりと感じ取っていた。
ここには、命がある。
だが、あの地にはもう、死者しか残っていないことだろう。
この男が何を思ってあの地へケット・シーを送り込んだのかなど・・・考えるまでもなかった。
人一倍命を重んじる男が、戦場の指揮を執る。
犠牲を全て背負い、また戦いに赴く。
それは戒めなのか。
この星で最も危険な生き方をしている男は、己の心を殺して組織を回しているのだろうか。
それが、平和を作るということなのかは分からない。が。
* *
局長室の扉が開く。
WRO職員が3人、静かに現れた。
2人は意識のない局長の腕を己の首へと回し、支える。そのまま隣室の仮眠室へと消えていった。
残りの一人がヴィンセントに敬礼する。
「ありがとうございました、ヴィンセント様」
「・・・様、は余計だ」
「申し訳ありません。ですが、助かりました」
「ずっとあの調子だったのか」
「・・・はい。DGとの戦いから、ずっと、不眠不休のご様子で・・・。何度も休息をお勧めしたのですが、断られてしまいました」
「・・・頑固だからな、あいつは」
* *
DGの地の底にて。・・・何かが聞こえる。
「なんや・・・?」
音を頼りに、暗闇を進む。
瓦礫の合間を潜り、地下道を抜け、崖を降りる。
辿り着いた先には。
淡い緑色の、光。
一筋のライフストリーム。
「・・・?」
その光に近寄ると、一部が手にあった縫いぐるみへと吸い込まれた。
「わわっ・・・!」
縫いぐるみの汚れた手が、動いた。
「え?」
中身も綿しかないはずのただの縫いぐるみ。
それの口元が動いた。
ー死にたくない!!
ーちーちゃん!!
ーうわああああ!!!!
ーここから、出してーーー!!!!
「これ、は・・・」
ライフストリームに還っていく命の、最後の言葉。
残酷な最期に対する、無念の想い・・・
呆然と、その声を受け止める。
暫く聞いていると、何故か悲鳴や苦悩は数少なくなっていった。
ー少しはお役に立てましたか?
ー共に戦うことが出来て、光栄でした!
ーたまにはバカンスしたらどうです?
「・・・え?」
ーゴールドソーサー、早く復活させてくださいね!
ー俺たちのこと、忘れないでくださいよ!
ーカームの男の子、無事だったんですね。保護してくださってありがとうございます
ー真面目すぎるんですよ。気楽に行きましょう!
ーまた占ってくださいね!
軽く目を見開く。
聞こえてくる声は、死に対する怒りや悲しみではなく、生きている者へのメッセージへと変わっていた。
そして、このメッセージを受け取るべき相手は。
「・・・まさか」
ーモーグリ、拾ってくれてありがと!
「っ・・・!!!」
がばっと起きあがる。
「局長!」
「・・・え?」
呼ぶ声を辿ると、あの地とは違い、生きている隊員達が心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫ですか?」
「ええ・・・」
軽く頭を振って、先程の余韻を消す。
・・・考えるのは、部下たちが戻ってからにしようか。
心配そうな隊員達を大丈夫だと制して、リーブはいつもの執務室へと戻る。
デスクにつくと、リーブが目覚めるまで見守ってくれていた隊員たちはその場に留まっていた。
「・・・どうしました?」
「局長。どうしても行きたい場所があるのです」
「行きたい場所、ですか?」
「・・・DGです」
一瞬反応して、慌てて動揺を押し殺す。
「・・・何故、DGなのですか?
もうWROはあそこから引き上げていますし、幾らDGSを制圧したといっても、危険区域であることは変わりません」
「分かっています。でも、あそこには」
真っ直ぐな視線。
「・・・まだ、仲間が、待っているはずです」
「・・・」
彼らの指す『仲間』は・・・生きている者ではない。
目を伏せて、表情を消す。
「・・・許可できません」
「何故ですか!!」
「先ほど言ったとおりです。危険すぎます」
「でも、ケット・シーは行かせているのでしょう!?」
はっと目を見開く。
しまった、と己の失態を悔やんでも、もう遅い。
否定するには、自分の動揺ははっきりと現れてしまっていた。
「・・・何故、それを・・・」
喉が渇く。絞り出すように出した声は、自分でも滑稽なほど揺れていた。
「・・・ヴィンセント様が教えてくださいました。
局長がずっと休まれない理由を」
余計なことをしてくれたものですね。
内心で呟く。
「・・・ケット・シーでしたら、多少の危険は問題ありません。元々偵察用ですから」
「そんなことは関係ありません!」
「・・・?」
「私たちだって、仲間を、助けたいんです!」
「・・・」
切なる叫びに対して、リーブは論理的な反論を何も思いつかなかった。彼らの想いを痛いほど知っているから。
「局長!!!」
止めることは出来ない。
「・・・地獄を、みることになりますよ」
「・・・はい。でも」
部下達はそれでも微笑んだ。
「仲間がいます。それに」
「リーブ局長。貴方がいらっしゃる」
「・・・私?」
「WROは貴方に操られている組織ではありません。
皆、己の意志で、理念を共有して自発的に動く組織です。それでもやはり」
「・・・私たちの中心は、貴方なんです」
「・・・どんな地獄でも、貴方が星と、私たちのために戦ってらっしゃるのなら、私たちは何処までもお供いたします」
「・・・間違った道でも、ですか?」
「万が一、貴方が間違った道を行くことがあったとしても、皆で止めますよ。私たちが止められなくても、ヴィンセント様達もいます。
これは貴方一人の戦いではないのですから」
「私たちに、貴方の代わりはできません」
「でも貴方がされることのお手伝いくらいはできます」
「そのためのWROではないですか」
「・・・」
組織を立ち上げたのは自分なのに、自分よりも彼らの方がWROを深く理解していることに漸く気付く。
「・・・分かりました。では貴方たちは明日より10日間、ヴィンセントと共にDGへ向かってください。
DGからの案内は、ケット・シーが行います」
「はい」
「と、いうことですので、明日からよろしくお願いします」
当然のように声をかけられ、ヴィンセントは消していた気配を戻し、友人の前に現れた。
「・・・勝手に巻き込むな」
一応、苦情を言ってみるが。
「こうなることが分かっていて、彼らに話したのでしょう?」
案の定、さらりと返される。
ヴィンセントが一連の会話をすべて聞いていたことも勿論知っているのだろう。
面倒に巻き込まれることは確かに分かっていたのだが、それでも何処か鈍い友人に言っておくべきことがあった。
「お前が作った組織だろう。たまには頼ったらどうだ」
「ええ、いつも頼りにしていますよ」
「日の当たる活動は、な」
「・・・?」
「お前のことだ、陰は独りで抱え込んでいるのだろう」
「・・・目的を果たすための決断です。結果は、全て受け入れなければ」
破壊された都市も。
自らの手で爆破した魔晄炉も。
散っていった部下たちの命も、全て。
「それが私の役目ですから」
静かに微笑む男の決意にヴィンセントは仕方ない、とため息をつく。
「・・・それにしても・・・皆私より強いと、こういうとき困りますね」
続いて友人が呟いた言葉に、ヴィンセントは奇妙な表情を浮かべた。
「・・・って何を胡散臭そうな顔してるんです」
「・・ある意味、最も恐れられている男に言われても、説得力がないな」
「恐れられてるって・・・誤解も甚だしいですね」
「誤解かどうかは、クラウドに聞け」
「おや?
ジェノバ戦役の英雄の中でも最強のクラウドさんに、どうして恐れられているんでしょうね?」
不思議そうに首を傾げる男をヴィンセントは呆れたように見遣る。
恐れられている、というのは、敵に回したくないということだ。
確かにリーブ単身の純粋な戦闘能力は、他の仲間たちに比べ非力といえるが。
メテオの脅威後に世界を襲った大混乱の最中に、たった独りで組織を立ち上げ、秩序を作り上げた。
その巨大な組織を纏め上げる指導力。
情報戦を征することのできる知謀。
文字通り、世界を動かせる男。
強さ、という点ではクラウドやヴィンセントとは対極にいる男かもしれない。
そして、何よりも。
「ああそうだヴィンセント、護衛の序でに、回収し損ねたDGの研究資料が残っていれば持ち帰ってくださいね」
にこにこと笑いながら指示を与える男が私利私欲で動く人間であれば、ヴィンセントはここに来なかっただろう。
リーブの根本的な行動理念はジェノバ戦役のころから何一つ変わらない。
己の命を懸けて、沢山の命を守るため。
「・・・お前は、」
「なんでしょう?」
「・・・とんだお人好しだな」
「心配なさらなくても、貴方こそお人好しですよ」
「お前に言われたくない」
最早何度目になるか分からないため息をつき、ヴィンセントは局長室を後にした。
fin.