遭遇

夕方のウータイの亀道楽は、今日も客で溢れ返っていた。
地元のやつから、俺みたいにたまたま立ち寄ったやつから観光客まで、名店は満員御礼だった。
俺はカウンター席の奥にいた奴に声をかけた。
相手はラフな格好をした、嘗ての仲間で親友。

「・・・元気そうだな」
「まーな。お前はどうしてるんだ?」
「・・・ふらふらしてるさ。各地で適当に傭兵やってる。お前もか?」
「んー。まあ、似たようなものかな・・・」

飄々としている親友は、ついこの間まで音信不通だった。
まあ音信不通になったのは俺の方だが。
俺と同じ青い目が、にやりと笑っている。
嘗て、神羅で共に1stを目指した同胞。
神羅が崩壊したといっても、俺たちのような者が生き延びるためには、傭兵にでもなるしかない。

「・・・聞いたか?今度はコンドルフォートで反乱があったんだと」
「・・・まーな。でも大した規模じゃなかっただろ?」
「軍事力が桁違いだからな・・・今のWROは」

元々神羅にも最後まで抵抗していた独特の場所。
反乱組織の本拠地に選ばれたのもまあ分かる。
ただ元々コンドルフォートにいた人たちではなかった、との情報もあるが。
兎も角その反乱が拡大する前にあっさり収めたのがWROだった。

いらっしゃいませ!と店員の明るいかけ声が威勢よく響く。
がやがやと新たな集団客が来たらしい。
流石に人気店は回転も速い。
俺は客の隊服をちらりと横目でみて、ぐっと声を落とした。

「・・・なあ、WROをどう思う?」
「・・・は?」

親友の動きが止まった。
まあ、いきなり言われて直ぐ反応するには、重い内容には違いないが。
俺は畳みかける。

「メテオショックで神羅が崩壊した。
あんな組織でも一応治安維持もやってた訳だから
同じ元神羅の幹部が治安維持組織を作りだした。
・・・それがWROだろ?」
「ま、まあな」

親友は曖昧に頷く。

「メテオショック直後は復興第一だった。
そして今は治安維持、その後はまた武力制圧だろう?」
「それは、ちょっとわかんねーけど・・・」
「いやWROは軍隊だ。となれば末路は神羅と変わらないはずだが・・・」
「・・・だが?」

眉間に皺が寄っているだろうなと思いながら、俺は唸るように言った。

「・・・なんだあの鯉幟は」
「ぶっ!」

親友が噎せた。
どうやらウータイ伝統行事をWROが広めた話は知っているらしい。
元々ウータイでしか行われなかった鯉幟とやらを取り入れ
あまつさえほぼ無料で全地域に配布して大きな話題となった。
大人たちは呆れ返っていたが、子供には大好評だったとか。

「高速道路やら空路の整備、教育や医療への投資は分かる。
いくら巨大な軍隊を持っていようとも、兵站が確保できなければ意味がないからな。
だが鯉幟・・・挙げ句の果ては動植物園だと?」
「はは・・・」

どんどん眉間の皺が深くなる俺と、何処か引き気味の親友。

「・・・多額の寄付で動いてる組織だと聞いているが、そんな無駄な金があるとも思えん」

俺は酒を継ごうとしたが、ひょいと親友が傾けてくれた。

「ゴールドソーサーなら巻き上げる金額が神羅の資金源となる高額だから納得したが、
動植物園も鯉幟も微々たるもの。
効率が悪い上に何を考えてるか分からん。
・・・それともなんだ、あの組織は、脳天気に祭でもやりたい連中の集まりなのか?」

吐き捨てるようにいってやると、
何故か親友が感心したのか呆れたのか、兎も角とぼけた顔で口を開けた。

「・・・うわ」
「何だその反応は」
「いやー、その通りだと思うぜ?」

親友はぽりぽりと頭を掻く。

「何が」
「祭でもやりたい連中の集まり」
「・・・まさか」

首を振り、なあ、と俺は嘗ての親友を見据えた。
ここからが、本題だった。

「俺と、WROに潜入しないか?」
「・・・へ?」

間抜け面の親友。
余りに予想外の展開だったのだろうが・・・。
俺は本気だ。

「・・・WROが何考えてるか俺には分からん。
直接潜り込んで、また暴走するようなら俺たちが今度こそ止める。
それが、神羅から生き残った俺たちのできることじゃないか?」

嘗ての神羅は、財と権力を集約し、果ては暴走した。
その組織に居たはずの俺たちは、
少なくとも俺は、終焉に気づいていながら止めようとしなかった。
ただ、流されていたから。

だが、今なら。
このお調子者で飄々としながら
人を自然と纏めあげる親友と、俺となら。

少なくとも暴走する組織に一石を投じることができるんじゃないか。

「え、ちょっ・・・」

親友は戸惑っていた。
拒絶ではない。そう見て取った俺は、畳みかけてやろうと口を開いた、が。

「では、今から御願いしますね」

居酒屋の喧噪を縫って
低く落ち着いた男性の声が俺を遮った。

「・・・は?」

あらぬ方向・・・丁度背後から聞こえ、俺はぶんっと勢いをつけて振り返る。

亀道楽の奥。
WRO隊員が数人テーブルを囲んでいた。
その中央の隊員が椅子に深く腰掛けてにこやかに微笑していた。

俺はさっと顔色が変わるのが分かった。

・・・ただ者じゃない。

一般隊員と同じ服だが、一応元ソルジャーの俺には分かる。
無視できない存在感は、末端ではなく上に立つ者の証。
何より、ニットキャップを被ってはいるがあの顔は・・・

「・・・り、リーブ・トゥエスティ!???」

俺がうっかり叫ぶと、周囲の客がぎょっと振り返る。

リーブ・トゥエスティ。

先ほどから散々話題にしていた
世界を征しかねない巨大組織WROの創設者にして初代局長。
・・・そんなVIPが何故こんなところに。

緊張感の高まる中、名を呼ばれた男は少し顔を顰めた。
そんな隊員、いやWRO局長に気安く声をかけたのは、何故か隣の親友だった。

「・・・何残念そうな顔してるんですか」

俺はぎょっと振り返る。
親友は呆れ顔でWRO局長を見やっている。
WRO局長は小さくため息をついた。

「・・・最近、自己紹介も満足にできなくなったなと思いまして・・・」
「そりゃあんた、あんだけメディアに出といて今更自己紹介もないでしょ」
「折角隊員服までお借りしましたのに、すぐに見破られるなんて、つまらないですねえ」
「いや、その前にあんた、なんでここにいるんです」
「ゴドーさんとの会談帰りに序でに勧誘でもしようかな、と思ったんですが」
「先に声かけてください」
「いえ、有給休暇中の部下の、然も嘗ての仲間との再会に割り込むのもどうかと思いまして・・・」
「思い切り割り込みましたよね、今」
「願ったりかなったりな話をされてましたので、つい」
「ついってあんたなあ・・・」

軽やかな会話に、俺を含めて居酒屋に居合わせた奴らが
カウンターからテーブル席へとメトロノームのように首を交互に振って会話を見守る。
呆然としながら、俺は。

「・・・おまえ・・・WROだったのか・・・?」
「えーっと、まあ、・・・実は」
「各地を放浪してたんじゃねえのか!?」
「それは、」
「各地を訪れているのは間違いじゃありませんよ?」
「なっ!?」

再びWRO局長が割り込み、俺は驚き、親友はわざとらしくため息をついた。

「・・・あー。
もう、俺たちがそっち行きますよ。いいですね?
いちいち話しづらいじゃないですか」

親友の提案に、WRO局長は軽く頷いた。

「そうですか。どうぞ」

周囲の唖然とした雰囲気をさくっと無視して、親友はさっと立ち上がる。
いくぞ、と促され俺は取り敢えずテーブル席へと向かった。

一つのテーブルにWRO局長と隊員たち、そして俺たち。
何とも気まずい雰囲気に、俺は兎も角端に座ろうとしたが、
WRO局長は柔和な笑みで、どうぞ、と手のひらで真正面の席を指した。

「・・・え。何で」
「私が勧誘しているのは貴方ですから」

親友は、とみれば
彼は当然のようにWRO局長の斜め後ろに立っていた。
まるで、そこが定位置のように。

「・・・局長。俺の親友を勝手に勧誘しないでください」
「え。ですが、WROに潜入してくださるんでしょう?レギオンと共に」
「「ぶはっ!!!」」

俺と親友は噴きだした。
そうだった。
うっかり忘れていたが、俺は親友を巻き込んだWRO潜入を企てていたのだ。
が、あろうことかWRO局長にすべて聞かれていたのだった。

嫌な汗がつっと流れる。

口を開くことさえ恐ろしく、俺は黙り込んだ。
だが、逆に親友はまくし立てた。

「いやいやいや、俺が今更潜入しても仕方ないでしょ!?」
「いいじゃないですか。WROの暴走を止めるならレギオンの位置が一番適役でしょう?」
「いや、だから潜入じゃねえって」
「何を言ってるんですか。
よくいうじゃないですか。
背中を任せるということは、
その価値がなくなったときはいつでも背後から襲うことができるって」
「おいおい、物騒すぎるだろ!?」
「おや?ですが、そういう話でしたよね?」

さらりと答えて、WRO局長は真正面の俺をみた。
俺はなんと答えていいか固まった。

「局長ー。脅さないでくださいよ・・・」
「脅してないですよ?これは確認ですから。
・・・どうですか?
WROの暴走を止めるために潜入していただけますか?」

WRO局長は穏やかな声だったが、真摯な目に俺は気圧された。
試されている、と悟った。

俺のさっきの言葉に嘘はないのか。
そして、それを知った上で、この男は・・・
俺をWROに勧誘しているのだと。

「・・・俺は、レギオンみたいに簡単にほだされないからな」

おいおい、どういう意味だ!?と抗議する親友を放置すると。

「ええ。そうでなくては困ります」

満足そうな笑みが返ってきた。

   *   *

先に戻りますね、と一言かけてWRO局長はあっさりと帰っていった。
共に従ったのはWRO隊員たち。
恐らく護衛のために来ていたんだろう。
テーブルに残されたのは完食した皿と、WRO入隊の必要書類。

それから。

親友は俺の真正面、先程までWRO局長がいた席にひょいと座った。
未だ呆然としている俺は、取り敢えず尋ねた。

「・・・なあ、お前、WROで何やってるんだ・・・?」
「・・・え?」
「WRO局長が言ってたよな?『背中を任せる』って。」
「あー。まあ、その」

ふい、と明後日の方向に視線をやる親友にずばり切り込む。

「お前も護衛か」
「・・・あー。ま、そうだな」

予想はついていたとはいえ、俺はしみじみと呟く。

「お前が護衛か・・・似合わないな」

神羅の中でも、こいつは特に上には従いそうもないやつだと見込んでいたのに。
俺の軽い失望が分かったのか、親友はあっさりと頷いた。

「だろう?俺もそう思う。
けど、・・・ちょっと分かったんじゃねーか?」

親友はにやりと笑って亀道楽の扉を見遣る。
先程出ていった、とんでもない人物を追うように。
俺はどっと疲れた。

「・・・あれがWRO局長か・・・。
・・・流石に踏んでる場数が違うな、あれは・・・」
「そうそう。それに、退屈しねーからな」

何処となく親友は楽しそうで、
俺はただWRO局長とやらと回想し・・・結論付けた。

「・・・。変わってるな、確かに」
「だろ?
じゃ、局長の許可も降りたことだし堂々と潜入しますか!」
「・・・ばればれだがな」

軽くため息交じりに呟く。
潜入とは、相手に気付かれずに動くことが大前提だったはずだが。
一部始終聞かれたうえでの入隊では、その前提が吹っ飛んでいる。

「ん?いーんじゃね?
あいつ、『願ったりかなったり』って言ってたし」

親友はからりと笑った。
それから、人の悪い笑みを浮かべた。

「あ、そうだ。言い忘れてた」
「・・・なんだ?」
「あいつ、容赦なくこき使うから覚悟しろよ?
それから、イベント事には間違いなく巻き込まれるからな」
「・・・は?」
「あいつがイベントを率先するのは、単に、
それを楽しむ人たちをみるのが好きなだけなんだ」

にやにや笑っているが、何処か誇らしげに見えて。
俺は思い切り渋い顔で言い放つ。

「・・・軍事組織だろう?」
「そ。でも、そのうち分かるさ」

自信たっぷりに親友は言い切った。

fin.