野良猫

「あー。かったりい・・・」

ぴっかぴかのお堅い建物。
その野外に特設の壇上が組まれ、
設計者だという、がたいのいい男が自慢げにスピーチをやっている。

正直、聞きたくてここにいるわけじゃねえ。

その日、新米神羅社員のシド・ハイウィンドは
先輩社員に頼まれ、旧式のヘリの設計図を借りてくることになった。
本来なら本社にありそうなものだが、
あの無能そうな統括が、え?もういらないでしょ?の一言で勝手にこの新築された中央図書館に寄贈してしまった。

明らかに無理矢理といった拍手で、スピーチが終わったことを知る。
誰だよ、と思ったら一応神羅の都市開発部門統括様だったらしい。

*   *

くそながい前置きがやっと終わり、俺様は人混みに紛れて図書館に入った。
天井の高い、無駄のない設計。地上3階、地下1階の結構な規模を誇る本の聖域、らしい。
本などあまり縁のないシドでも少し背筋がしゃきっとするような。

ただ。・・・絶望的に、広すぎた。

「あーくそー。何処だよ全く・・・」

本棚の迷宮の一角で、思わず悪態をつく。
右を見ても左を見ても本、本、本。前も後ろも本棚が続いている。
序でに見上げた階段の先も本棚ばかりで眩暈がしそうだった。

「・・・あの」
「ああん?」

控えめな声に首を巡らせば、地味なスーツを着込んだ男が立っていた。
どうやら図書館の職員らしい。

「何をお探しですか?題名が分かるのであれば、その検索機で・・・」
「わっかんねーから困ってんだろ!!!」

勢いに任せて怒鳴ったせいで、職員がびびってしまった。
怒声に慣れていないのか、縮こまっている。
シドはああ、またやっちまったと内心がっくりと反省する。
目当てのものが見つからないのは、この男のせいではないのに。

「す、すまねえ」
「い、いえ、・・・その、差し支えなければ、何をお探しか教えていただけませんか?」
「へ?あ、ああ」

シドは神羅式の旧式ヘリの図面を捜していると手短に説明した。
すると、相手はああ、と納得したように微笑んだ。
そしてそれらは神羅社員専用の地下書庫にある、と答えた。

「神羅社員専用の地下書庫?なんだ、そりゃ」
「神羅に関する機密事項が含まれるものは、専用のフロアに置かれているんです。
それが、地下二階です。貴方は神羅社員ですよね?」
「ああ、まあな」
「では、まずはカウンターで手続きから、ですね」

カウンターの台帳に名前を書き、何かの機械に社員証を通す。
案内しますよ、という男の後ろについていく。
エレベーターに乗り込み、男が手にしたカードを差し込めば、今までなかった「B2」のボタンが現れた。
どうやら一般には完全に隠されたフロアらしい。

地下2階。
薄暗い部屋に可動式の棚が整然と並び、
新しい書物から年期が入ってそうな古めかしい本まで、様々なもので埋め尽くされていた。
こちらです、と手招きする相手に従いどんどん奥へ。
一際大きな空間に所狭しと並んでいたのは、設計図の山だった。
何とか読める背表紙を辿っていく。

「おお!これこれ!助かったぜ。ありがとよ!」
「い、いえ・・・。その、お役に立てて何よりです」

男が控えめに笑った、そのときだった。

『これよりこの図書館は、俺たち粛正の不死鳥が占拠した!!!
てめえら全員人質だ!おとなしくしろ!!!』

図書館には不釣り合いな怒鳴り声が響いた。

*   *

地下2階。
どうやらテロ集団から完全に盲点だったらしく、見張りさえ来なかった。

だが、頭上のスピーカーからは銃声と、
人々の・・・子供の泣き声と女性の悲鳴が響いていた。
そして勝ち誇ったような男達の声。

「くっそ、なめた真似しやがって・・!!!」

飛び出そうとしたが、引き留められた。

「ま、待ってください!」
「なんでい!」
「今出たところで、捕まるのは目に見えてます!!」
「やってみねえと分かんねえだろ!」
「仮に敵を減らせたとしても、その間、人質の身の安全はどうするんやっ!!!」

最もな言い分にぐっと詰まった。けど。

「じゃあ、おめーはこのまま神羅兵でも来るのを待ってろって言うのか!?
人質の中にはガキもいるんだろ!?
無事救出されるって保証はどこにもねえだろうが!!!」
「そ、それは・・・」
「俺様は行くぜ」

くるりと職員に背を向けて、俺様はエレベータへと進む。

「・・・待ってください」
「ん?」

振り返れば、職員は顔を伏せていた。

「・・・貴方は、戦えるんですか?」
「ああ?」
「銃を持った相手でも戦えるんですか?」
「へっ。・・・まあ、武器さえありゃな・・・」

職員が顔を上げた。
さっきまでの弱々しい不安げな表情はきれいさっぱりなく、何か切り替わったような、真摯な顔。

「どんな武器ですか」
「用意できるってか?」
「・・・銃でしたら相手から奪えばいいでしょう」
「お前、何気に物騒だな。が、残念ながら俺様の武器は銃じゃねえ」
「では」
「槍だな」
「・・・槍?」
「まー百歩譲ってモップでも十分だけどよ」
「モップですか。分かりました」
「おいおい、用意できるのかよ?」
「トイレの清掃用具をお借りしましょう」
「お借りしましょうって・・・、お前、ここ占拠されてんだぞ?」
「ついてきてください」
「は?」

彼は決然とした表情で、懐から鍵の束を取り出した。

*   *

それから奇妙なルートを辿った。
まずは地下書庫の通気孔に上がり、パイプを乗り越えながら梯子を上り、次の通気孔へ。
金網を外して降り立てば、男子トイレの中だった。
ぽかんとする俺様を放って、職員はさっさと清掃道具の扉を開け、モップを取り出した。

「これ、使えますか?」
「・・・まあ、な」
「それはよかった」

ほっとしたような職員、
いや、職員だと思っていた奴を俺様はじっと凝視する。

「・・・どうしました?」
「・・・おめえ、何もんだ?」
「・・・」
「いえねえようなもんなのか?」

押し黙る職員を睨む。

「単なる職員にしては、こんな通気孔まで詳しいわけがねえ。かといって館長でもねえ。
・・・なら、あのテロ集団の仲間か?」

暫く考え込んでいた職員は、やがて小さく首を振った。

「・・・違います」
「なら、おめえは、」
「・・・初めて、だったんですよ」
「は?」

職員は力なく笑った。

「ここは・・・私が初めて設計した施設なんです」
「・・・は?お前が?待て、ここは確か神羅の都市開発部門の統括が・・・」
「・・・ええ、そういう、決まりですから。
統括の名前で設計したことに・・・していたので」
「・・・おめえ、横取りされたのか?」
「いいえ、最初から、決まっていたので・・・」
「・・・おめえ、名は?」
「・・・」
「名も言えねえのか。なら、タマにするぞ?」
「・・・。いいですよ」
「おい」

ふうーっと俺様は息を吐き出す。
ちっとばかし気になっていた疑いが晴れた。
後は、やつらを叩きのめすだけ。

「ま、これで武器は確保できたな。ありがとよ。いっちょ行ってくるぜ」

気合いを入れたつもりが。

「いえ、まだです」

あっさり遮られた。

「な、なんでい」
「・・・戦う前に、相手の人数と配置を把握するのが先じゃないですか」
「んなもん、乗り込んで確認するしか・・・」
「・・・彼らは地下2階の存在を知りません。ならば、モニター室も無事かも知れません」
「・・・モニター室?」
「ここには、隠された監視カメラがあります。それをチェックできる部屋がモニター室です」
「・・・奴らに見つからねーように行けるのか?」
「・・・はい」
「んじゃ、案内頼むぜ、タマ」

*   *

もう一度通気孔へ乗り込み、隣のロッカーへ降り立つ。
そこから倉庫を抜け、梯子を上り、狭い通路を抜ける。
先を行く男が、不意に話しかけてきた。

「タマは、元はどなたの名前なんですか?」
「俺様の寮に住み着いてる野良猫」
「はは・・・」
「こいつが俺様たちの飯を狙ってはとっていきやがる。
誰もが捕まえようとするけどよ、無駄なんだな。
すばしっこいし、何より・・・俺様たちよりも、寮やら周辺の抜け道をよおく知っている。
だから、おめえもタマだ」
「・・・ええ」

辿り着いた先、何の表示もない鉄の扉があった。
タマが持っていた鍵束から扉を開く。
案の定、モニター室は蛻の殻だった。

「・・・見事に誰もいねえな。テロの奴らは兎も角、普通の職員は何処いったんだ?」
「今日だけ・・・私だったんです」
「そうか。成程な」

納得した。
タマにとっては初めて設計した施設、となれば、自分の目で確認したかったのだろう。
で、モニター越しにおろおろ困っている俺様が気になったか、
たまたまフロアをみるために降りてきたってわけか。

「・・・しっかしテロの奴ら、占拠したと言っときながら、モニター室も知らねえとはなあ・・・」
「地下2階も、この部屋も極秘ですから」
「で。モニターでわかるのは9人ってとこか」
「はい。シドさん、これを」
「・・・なんだあ?こりゃ、チョークか」

白い、何の変哲もないチョークがぎっしり詰まった箱だった。

「これを投げて、彼らの気を逸らした後、背後から倒してください」
「・・・あっさり言うなあ、おめえはよ」
「地理の利はこちらにありますから、大丈夫ですよ」

   *   *

そして。
俺様たちは、まず人質のいないフロアを見張っている敵から倒すことにした。
すべてのフロアを制覇したと思っていた敵は完全に油断していたらしく・・・
あっさりとモップで気絶させることができた。

「・・・上手く行きましたね」
「おうよ、・・・って何持ってんだ、おめえ」
「書籍を纏めるのに使用している梱包用の紐ですよ。
手錠はないので代わりにこれで縛りましょう」

タマは気絶している男の手を後ろ手で縛り、
なおかつ口元にガムテープを貼り付ける。
あ、これいいですね、といいながらトランシーバーと拳銃を取り上げた。

「・・・おめえ、最初と性格変わってねえか?」
「はい?」
「テロと戦うのに反対していたくせに、
やると決まってからは手際良すぎるぞ」
「・・・避けられないなら、万全を期すのが当然じゃないですか。
・・・そもそも図書館は本棚が並んでいるせいで
死角だらけです。罠の仕掛け放題ですよ」
「・・・おめえ、楽しんでねえか?」

そんなことを繰り返していると。
流石にテロ野郎も、人質になっていない者がいることを感じ取ったらしい。
2、3人で固まってやってきたこともあったが
モニター室にいるタマと連絡を取り合ったお陰で
次々と捕まえることに成功した。

残りは1階のみ、となったときだった。

『こそこそ隠れている鼠に告ぐ』

俺様たちはばっと天井を仰いだ。
スピーカーから響く冷徹な男の声。
間違いなく、テロの首謀者だろう。

『1階中央フロアに来い。
5分以内に来なければ、人質を一人ずつ殺す』

非情な宣告に、モップを持つ手が震えた。

「あんにゃろう・・!!!」

踵を返す俺様に、タマは遠慮がちに確認した。

「・・・行く、んですか」
「当たりめえだろ!!!」

俺様が即答すると、タマは銃を拾い上げた。
捕虜にした奴らから奪い取ったものだが、銃の構え方がどうにも間違っている。

「なら、私も」
「戦えねえおめえが行ったら、人質が増えるだけだろうが!!」

幾ら銃があるといっても、タマはどうみても、戦いに不慣れだった。
二人で乗り込んだところで、こいつが捕まるのは目に見えている。
タマも自覚があるのか、俺様の指摘に怯んだ。

「うっ。・・・で、ですが・・・」
「いいか。おめえはここで、おとなしく隠れてろ」

俺様が命じると、タマは悔しそうに俯いた。
そして、きっと顔を上げた。

「・・・。でしたらシドさん、人質から離れてボスと対決してください」
「あん?言われなくてもそうするぜ。巻き込まれたらやべえもんなあ」
「いえ、そうではなく・・・」
「・・・あん?」

   *   *

2階から、階段で1階に降りる。
カウンターの中に縛られた人質たちと、それに銃口を向ける覆面の男が一人。
そして、カウンターの前に悠々と座る男。
残忍な目をした、いけすけない面で笑っている。

・・・こいつがボスか。

ボスの真正面で対峙した俺様は、殺気を込めて睨みつけてやった。
奴は、余裕ぶって頬杖をついた。

「・・・貴様か、鼠は」
「人質を解放しやがれ!!!」
「ほう。貴様には人質に向けられている銃が見えない、と?」
「・・・ちっ」
「貴様は邪魔だ、死ね」

ボスが銃をこちらに向けた瞬間、俺様は右足を思い切り蹴りあげた。
そして真っ白の粉塵が舞い上がる。

靴に詰まっていたのはチョークの粉。
フロアに乗り込む俺に、タマが持たせた保険だった。

・・・歩きにくいったらありゃしなかったけどよ。

でも、勝負は一瞬で決まった。

げほげほと噎せているテロの前に一足飛びで駆け抜け、
背中に仕込んでいたモップでやつの手首を打ち据えれば、相手は銃を取り落とした。

「ちいっ!」
「待ちやがれっ!!!!」

逃げるボスを只管追いかけ、本棚の間を駆け抜けて、壁際まで追いつめる。
丸腰のボスの喉元に、モップを突きつけた。

「・・・随分と、洒落た武器だな」
「うるせえ!!さっさと人質を解放しやがれ!!」

叫ぶ俺様に、ボスはいやに勿体ぶった口調で宣言した。

「・・・いや、俺たちの勝ちだ」

はっと振り返ると、本棚の陰からもう一人現れ、
覆面の男が背後から銃を構えていた。

「・・・けっ。挟み撃ちとは、卑怯じゃねえ?」
「お前が俺ばかり狙っていたせいで、人質を見張っていた仲間がいたのを忘れていただけさ。
・・・さあ。モップから手を離せ」

ちっと舌打ちして、モップを落とす。
落とした瞬間に、腹部に強烈な蹴りを食らって、俺様は床を転がった。

「ぐあっ・・・!!!」
「随分と・・・嘗めた真似をしてくれたな」

ついでとばかりに何度も何度も腹を蹴られ、血反吐を吐く。
ボスが背後の仲間から銃を受け取り、起きあがれない俺様の眉間に向けた。
ガチャ、と撃鉄を起こす音が無情に響く。

「・・・チェックメイト、だな」

勝ち誇ったボスの嫌な笑み。
けど、俺様は痛みに引き攣りながらも、にやっと笑い返してやった。

「けっ・・・」
「・・・何がおかしい」
「チェックメイト、はおめーらの方だ」
「何?」

がこん、と天井から機動音が響く。

「何事だ!?」
「あ、ボス、壁が・・・!!!」

隣の本棚に沿って、壁が降りてくる。
それは1階フロアを完全に左右に分け隔てる壁となったが
・・・俺様と銃身を遮るものではなかった。

「・・・貴様、仲間でもいたのか。だが、残念だったな。
貴様の馬鹿な仲間は、壁をおろす場所を間違えたらしい。
・・・貴様のピンチは変わらない。
貴様を殺した後、お仲間も蜂の巣にしてやるさ」
「つっ、それは、どうだろうなあ?」

俺たちの狙いに気付いたのはボスではなく、背後の覆面の男だった。

「ぼ、ボス!!」
「なんだ」
「お、俺たち閉じこめられています!!」
「何だと!?」

やっと事の重大さがわかったのか、ボスの余裕の笑みが、漸く崩れた。
俺様は思う存分嘲笑してやった。
と、言ってもまだ痛みに身体が痺れていて上手く笑えなかったが。

「へ、いてて、へへっ」
「・・・貴様・・・!!!」

激情に駆られたボスに、俺様はご丁寧に説明してやった。

「・・・最初っから、俺様達の狙いはこれ。
残党のおめーらを閉じこめる、というよりも・・・
おめーらが、人質に手出しできないように、すること」
「何!?」

1階フロアにくる前に、タマは言った。

ー人質と距離を取って戦ってください。
隙をみて防火壁を降ろし、人質の安全を確保します。
と。

・・・そういやタマは
俺が最初に飛び出そうとしたときも
真っ先に人質の安全を指摘してたっけな。

「後は、タイムアップを待つだけで
神羅がおめーらをとっつかまえてくれるさ」

「・・・貴様・・・!!!」
「逃げようたって、出口は、ねえ」
「くそっ!!!」

怒り狂ったボスは、その怒りのやり場を目の前の俺様に向けてきた。

「貴様ああああああ!!!」

ボスが両手で銃を構え直す。
腹部の強烈な痛みが引かず、立ち上がるのは出来そうもなかった。
せめて床を転がって逃げてやろうと思ったが、
背後の仲間が俺様の背中を蹴り上げ、更に胸に足を乗せやがった。

「ぐうっ・・・!」
「死ねええ!!!!!」

ボスが引き金に力を入れるのをみながら、
俺はへっと笑ってやった。

・・・これまでか。

折角神羅に入って、
これから筆頭パイロットに上り詰めて
そんで、人類史上初めて宇宙をみてやろうと思ってたのになあ・・・。

・・・まあ、人質を助けられただけでも、よしとすっか。

そんなことを最期に考えていたら。

「ぐあっ・・!?」

ボスの間抜けな呻き声で、現実に引き戻された。
どごん、とボスの頭上に何かが降ってきて、直撃を受けた奴の体がつんのめって倒れた。

「息を止めてください!!!」

間髪入れず、天井から背後のテロへと白い粉塵が放出された。
さっきの俺様が使ったのと同じ、チョークの粉。
奴は覆面の御蔭で咳き込むことはなかったが、視界を奪うことに成功したらしい。

俺様はその隙に何とか転がってモップを拾い上げ、奴の顔面に投げた。
倒れた奴を、天井から降ってきた紐で縛り付けてやった。

ボスを振り返ると、完全に気絶していたらしく
その上には・・・
百科事典、国語辞典、漢和辞典、世界の名器などなど。
図書館の書籍の中でも分厚さを誇る本達が男を押し潰していた。

・・・こりゃ、さぞかし痛かったろう。

「・・・大丈夫ですか!?」

天井の通気孔からひょこっと顔を出したのは
予想通り、タマだった。
俺様はふらつきながらもピースサインをしてやった。

「おお。助かったぜ、タマ。しっかしおめえ、よく間に合ったな」
「久しぶりに全力疾走しましたよ・・・。はは、お陰でパイプに2度躓きました」
「おめえ、若いくせに躓くなよ」
「はは、そうですね。
では、私は防火壁を解除してきますので、人質の解放お願いします」
「おうよ、任せとけ!!!」
「はい」

ひょい、と天井に引っ込むそいつを、俺は引き留めた。

「・・・ああ、ちょっと待て、タマ」
「何でしょう?」

もう一度、通気孔からタマが顔を出す。
ただの職員と思いきや、頼もしい相棒となった。
こいつがいなければ、俺様は特攻してあっさり死んでいたかもしれない。

「・・・おめえよお、いつか、
・・・というか、さっさと表舞台に出ちまえよ」
「・・・えっ?」
「おめえみたいなやつ、裏で引っ込んでるなんて勿体ねえよ。ちゃんと自分の名前で、成果だしてやれ」
「で、ですが」
「自信持てよ!おめえなら、出来るだろ?」
「・・・」

   *   *

程なく。
タマが神羅に通報したのか、テロは全員捕まり、人質も無傷で助け出された。
俺様はすぐさまタマを探したが、誰もその姿を見た者はなく、
この騒ぎでおれ様はたった一人で卑劣なテロに立ち向かったヒーローとしてもてはやされた。

・・・そして、二度とタマと会うことはなかった。

*   *

DG襲撃後、新設された図書館をぶらりと歩く。
今度は借りるためではなく、寄贈するために。
手にした設計図をみながら、あのテロを思い出す。
タマは無事生き残ったのだろうか。

・・・まあ、あんな芯の強そうなやつ、死ぬわけねえよな。

「・・・シド。まだ返却してなかったんですか、その本」

あのときのように、背後から声をかけられた。
ぎょっと振り返って、見慣れた姿に俺様ははあ、と息をつく。

「なんでい、リーブか。脅かすなよ」
「その設計図・・・」
「あん?」
「返却期限は10年以上前ですよね。罰金ものですよ?」
「馬鹿、違えよ!これは、結局保管場所が図書館からロケット村に移って、
今度はこっちへ寄贈することになったやつで・・・って。・・・ん?」

10年以上前。
あの日俺様がこの設計図を借りたことを知っているのは。

「おめえ、まさか・・・タマ、か?」
「・・・その節は、ありがとうございました」

タマ、改めリーブは丁寧に一礼した。

ああ、確かに、と納得する。
タマには髭がなかったが、タマも都市開発部門の社員だった。
何より、人命を重んじる姿勢はぴったりと重なる。

「へっ。まさかおめえだったとはなあ・・・。
きっちり表舞台に出てきやがったな」
「まあ・・・。それがよかったかどうかは微妙ですが・・・」

苦笑するリーブを、俺様は力いっぱいどついてやった。

「何いってるかねえ、局長様はよお」

fin.