荒廃した街。
日も射さず、暗い。瓦礫が重なり、埃が漂うそこに。
ただ一人、走り続ける少女がいた。
ライトブラウンの長い髪を振り乱し、ただただ叫ぶのは、彼女の『命』の名前。
遠くに彼女を見つけたリーブは、そっと目を伏せた。

・・・ああ、そうか。
きっとこれば、彼女の悪夢。
神羅によって引き裂かれた頃の・・・

駆け寄ろうとして、ふと我に返る。

・・・駆け寄る資格が、自分にあるのか。

彼女にとって、自分は最大の敵の筈だ。
余計に彼女の感情を乱すのでは・・・。
でも。

顔をくしゃくしゃに歪めて声が掠れても彼女は叫ぶ。
何度も転び、それでもまた立ち上がっていく。
泥だらけになって、膝から血が滲んでも走り続ける、その姿が。

そうして。リーブの前でまた、彼女が転んだ。

「・・・大丈夫ですか」

膝をつき、右手を差し伸べると
きっ、と一対の碧色の瞳が睨んでくる。

・・・この頃は、まだちゃんと両目があったんですね。

そんな場合じゃない、と分かっているのに
つい、そう考えて、・・・彼女から隠した左手をぐっと握りしめた。

「あんた誰だ!?神羅か!?」
「ええ。そうです」
「なら、妹を返せ!!!さもなくば、殺す!!!」

何処から取り出したのか。
地面に座り込みながらも、彼女は銃口を向けた。

「・・・大丈夫ですよ」
「何が!?」
「シェルクさんは、貴女の側にいますよ」
「嘘を吐くな!!あんたが連れ去ったんだろ!?」
「・・・そうでしょうね。
ですが、貴女は取り戻した。その手で」
「何を言っている!?」
「彼女は無事ですよ。但し、『ここ』にはいません」
「なっ・・・!?どういうことだ!?
あんた、何処にいるのか知っているのか!?」
「何処だ!?連れていけ!さもなくば、殺す!!!」
「ええ。構いませんよ」
「早く!!!」
「ええ。ですが、貴女の協力が必要です」
「な、何?」

銃口が、僅かに下がる。
ぽかんと口を開ける姿がやけに無防備で、リーブはくすりと笑った。
すると、また睨まれて銃口の位置は戻ってしまったけれど。

リーブはただ、真っ直ぐに彼女を見つめた。

「ここは、貴女の精神世界・・・恐らく、悪夢。ですよ」
「・・・はあ?」
「ですから、この空間から脱出して、
今の貴女に戻らなければ、今のシェルクさんにも会えません」
「意味が分からん!!」
「落ち着いて。強く、強く願ってください。
この空間から抜け出すことを。
簡単に言いますと、起きたい、ですかね?」
「そんなこととっくに、」
「混乱していたでしょう?
シェルクさんが見つからなかったから・・・」
「・・・」
「ですから、今度は他のことは考えず、
ただ集中して祈ってください。戻ることだけを」

黙り込んでいた少女は、ぐっと銃を持つ手に力を込めたようだった。

「そんな都合のいいことを言って、あんたは死にたくないだけだろ」

リーブは穏やかに笑った。

「・・・悪夢で殺されるのは慣れてますから」
「・・・なっ・・・!?」

彼女は余程驚いたのか。
暫し固まっていた。その隙に、畳みかける。

「私が信じられないなら、いますぐ撃ち殺しなさい。
その後で、試してみてくださるなら」
「・・・。
いいさ。やってみて、何にも起こらなかったらあんたを殺す」
「ええ、そうしてください」

少女は胡散臭そうにリーブをみて、銃口を油断なく向けながら、目を閉じた。
リーブは僅かに苦笑する。

・・・この頃はまだ詰めが甘かったんでしょうか。
この状態で銃が奪われたらどうするつもりだったんでしょうね?

リーブが見守る中、少女は祈った。
そして、ぱりん、と薄いガラスが割れるような音が響く。

暗い空間の彼方が割れて、眩しい光が射し込む。
空間の崩壊は進み、ひび割れがどんどん広がっていく。

荒廃した街に、暖かい日差しが注ぎ、
注がれた箇所から緑が広がっていく。

その向こうに、少女よりも小さな人影。

「・・・あ・・・」
「・・・貴女を呼んでいますよ。いってらっしゃい」

   *   *

「・・・おや?」

WRO局長室。
手元の時計は深夜2時頃。
デスクの書類は片づけたものの、未開封のメールが100通ほど。

リーブは首を傾げる。

うっかり転寝をしていたらしい。
そして、シャルアさんの夢を見て・・・

・・・おや。また最後を覚えてませんね・・・。

リーブは回想を試みたが、やはり夢とは朧気で
思いだそうとしてもするりと消えていってしまう。

・・・まあ、いいか。

   *   *

そう、思っていた、15分後。
局長室のインターフォンが鳴り響いた。
その訪問者は、やはり。

『さっさと開けろ』
「・・・あの、シャルアさん。流石にこの時間はちょっと・・・」
『いいから開けろ』
「・・・。・・・。・・・はい」

局長室に脅しのような文句で侵入した彼女は、
ばん、と両手をデスクにつき、ずいっと身を乗りだす。
デスクを挟んで座っていたリーブは、余りに近い距離に・・・若干、引き気味になっていた。

「あの、シャルアさん、近すぎるんですが・・・」
「・・・」
「・・・シャルアさん?」

彼女はひたとリーブの目を見据えた。

「あんたに、闇は似合わない」
「・・・は?」
「勝手に落ちるな。WRO全職員で拾いに行くには手間がかかる」
「あの、何をいって・・・」
「救うだけ救って、勝手に消えるな。
救われたやつらはどうすればいいんだ?」

リーブは軽く首を傾げた。

「・・・?よく分かりませんが、
職の支援や都市の整備は引き続きWROの課題ですよ?」
「そうじゃない。あんたの話だ」

彼女はぴしゃりと遮った。

「・・・私?」
「現実だろうが夢の中だろうが、あんたが勝手に消えることは許さない」
「は・・・?」
「いいな?」
「はあ・・・」
「返事は?」
「・・・。分かりました・・・」

リーブはため息とともに承諾するが、彼女の話はまだ終わっていなかった。

「・・・それから」
「はい?」
「あんたが悪夢の中で何度も殺されてるのは本当か?」
「・・・えっ!?」

思わぬところを突かれ、リーブは咄嗟に返答に詰まってしまった。
シャルアは更に身を乗り出す。

「何故あたしを呼ばない?」
「あ、あの、意味が、ちょっと・・・」

一層及び腰になりながら、リーブはなんとか言葉を返そうとした。

「必ず呼べ。救われっぱなしは癪だ」
「シャルアさん、意味が分かりませんよ・・・」
「呼べ」

シャルアは全く引く気がない。
リーブは仕方なく降参した。

「・・・。よく分かりませんが・・・
・・・ありがとうございます」
「・・・ふん」

彼女は漸く、身を引いた。

   *   *

いつもいつも、彼女は言うだけ言って帰っていく。
残されたリーブはただぽかんと扉をみるばかりで。

「・・・何だったんでしょう・・・」

先ほどのシャルアの宣言が、余韻のように残っている。

ー必ず呼べ。と。

顎に手をやり、リーブは考え込む。
自分が悪夢の中で殺されそうになったら、彼女を呼べ、と。
そして、苦笑する。

「・・・呼べるわけないじゃないですか・・・」

数え切れないほどの悪夢の中の死。
相手は暗殺者だったり、一般市民だったり、ああそうだ、孤児もいた。

そのすべてが、自分が招いた結果。

そんなものに、彼女を巻き込めるわけがない。
例え、夢の中であっても。

ましてや、現実の・・・
たった一つしかない大切な命を、巻き込むつもりはない。

・・・まあ、これまで多くの命を奪ってきた私が今更、かもしれませんけど。

一つ首を振り、リーブは仕事へ戻った。

fin.