魅力1

「疲れたー!!!」

帰宅後、サラはごろんとWRO寮の自室にあるベッドに寝転がっていた。独身用の部屋だから然程広くはないけれど、ベッドは壁にしまえるし、リビングのテーブルも好きに折り畳めて自由度がある。家具付きのWRO寮は利便性もデザイン性も相まって人気が高い。流石建築士であるトップが設計しただけのことはある、と考えて枕元に置きっぱなしの雑誌を左手で掴んだ。ぱらりと何度も捲った頁を広げて、ぱたぱたと足をばたつかせる。

「このスーツ本当にお似合いよねーー!!!」

上機嫌で次の頁を捲る。ネイビーのドレスを纏う美女に寄り添う、グレーのジャケットとパンツ姿にほうっと夢見心地で息を吐き出す。

「うちの局長に目をつけるなんて、このブランドの人、良く分かってるわ」

うんうん、と他に誰もいないとわかっているのに頷く。でも、とため息に変わる。

「どうせならCSCでお写真撮りたかったなあ・・・!!!そうしたらもっと色んなお姿の局長を様々な角度から撮影して、コメントもいただいて、写真集にして、ああ、リーブ局長の素晴らしさと魅力をもっと伝えられたのに・・・!!!」

ううー!!!とベッドの上で両腕をばたつかせる。暫くじたばたじたばたして、ふと思い立った。がばっと起き上り、ぐっと拳を握りしめる。

「・・・そうよ。局長の魅力はスーツだけじゃないって、私たちCSCが証明すればいいのよ!!!」

*   *

「却下します」
「「ええーーーーーーーっ!?」」

一言の下に斬って捨てれば、局長室に見事に重なった不満の声が響いた。一人はデスクを挟んで企画書を持ってきた女性局員。そしてもう一人は背後に立っている護衛隊長。リーブは右手で頭を抑え、取り敢えず後ろの護衛に文句をつけることから始めることにした。

「・・・何故・・・レギオンまで不満気なのですか」
「いやー。だって面白そうなのに勿体ないなーと」
「私は面白くありません!」
「いいじゃないですか、ファンサービスってことで!」
「何がファンサービスですか。そもそもCSCはケット・シーのファンクラブであって私は関係ないですから」
「CSCはケット・シーとリーブ局長のファンクラブです!!!」
「知りませんよそんなこと」
「局長ー。現実を見てくださいよ」
「そんな非現実見たくもありません!」
「そこを何とかお願いします局長!」
「嫌です」

きっぱりと告げると、女性局員・・・サラが諦めきれないのか「もう一度お考えください!」とデスクに資料を広げる。内容は端的に言えば、CSC主催で例の雑誌の如く衣装替えをした私を撮影し、写真集として売り出すというもの。目的から、見込みの売り上げ金額を含めたコスト、完成商品のイメージ図までついている。困ったことに、この企画書の完成度は無駄に高い。更に恐ろしいことに他責任者からの承認の日付がやけに早い。コメントまでついているが視界から外した。こうして諸々意図的にスルーしていたのだが、ここにスルーさせてくれない第三者が現れた。

「マスターが見世物になる企画だと?それは興味深い。いいぞ、もっとやれ!」
「ハンス!?いいから黙っていてください!!」

応接セットのソファに実体化した蒼い髪の少年を速攻で封じようと試みる。最も、己の言葉に命を懸ける童話作家様を本当の意味で黙らせることなど、何人たりとも出来ないのだが。そして今日もまた、口の達者なサーヴァントは皮肉な笑みと見事な洞察力をもって反論に転じた。

「ほほう?俺に黙れというからには、余程指摘されたくない事実が横たわっているということだ!つまり、リーブ。貴様は私的感情から件の案件を却下し続けているが、組織の長としての否定は一切していない。そうだな?」
「・・・うっ。」

痛いところを突かれた。思いっきりハンスから目を背ける。

「えっ?」
「も、もしかして・・・!!!」

一方の部下たちはハンスの指摘に何か気付いてしまったらしく、期待を込めた目でハンスと自分をじいっと見つめている。その無言の催促に満足したのか、ハンスがさくっと答えてしまった。

「つまり我がマスターは、最高責任者としてサラ嬢の企画に実行の価値ありと判断しているわけだ!」
「本当ですか、局長!」
「おお!!!さっすが局長、ちゃんと中身を冷静に判断してるじゃないですか!」
「ううううううっ・・・!!!!」

この時初めて、単なる平社員だったらよかったのにと後悔した。

*   *

サラはほくほく顔でWRO本部の廊下を歩いていた。
一時はどうなるかと思ったが、ハンス先生の御蔭で無事局長の許可を得ることができたのだ。リーブは大分渋っていたが、一つ条件があると提示した。モデルを自分だけではなく仲間達、即ちあのジェノバ戦役の英雄たちを加えるということ。彼らとの交渉はリーブ自らするとのことで、不満などあるわけがなかった。

「ああっ・・・!!!リーブ局長だけでなく、英雄の方々のお姿も撮れるなんて・・・!!!」

夢見心地に頬に手を当て、ほうっと息を吐き出す。早速CSCで衣装のアンケートを取って、あの服飾店に連絡して、広報部門と機材の相談をして、それからそれから・・・。

「ああもう楽しみだわ!!!!」

*   *

一方、局長室では。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・」

リーブがデスクで頭を抱えて呻いていた。
それに叱責を加えるのはソファでふんぞり返っている使い魔である。

「見苦しいぞマスター!許可を出したのは貴様だろうに」
「ハンスが指摘しなければ、こんなことにはならなかったんですよ!?」
「ふん。俺が言わずとも、企画を局長として破棄できなかった時点で貴様の負けだ!」
「ううっ・・・。うううううううう・・・!!!」

ハンスに八つ当たりしたが、いつも通りきっちり跳ね返ってきた。

どうしてこうなった。モデルなど前回で終りの筈だったのに。今回の企画も個人的な意見で却下すればよかった筈なのに・・・組織の長という立場が仇となってしまった。そう、企画として十分コストメリットがあると認めてしまっていたのだ。残念ながら。そんな複雑な立場を易々と看破してしまえる人間観察力MAXな少年を召喚してしまった自分が悪いのか。いや、童話作家様を迎えられたのは幸運としか言いようがなかったのだから、結局はこうなる運命だったのか。

思考が変な方向にずれている上司に対し、護衛隊長はお気楽なものである。

「いやー相変わらず鮮やかな切り返しというか。ハンス先生、お見事です!!!」

にやにやと笑っている気配が恨めしい。飄々とした部下は、結局のところ面白がっているだけなのだ。隙あらば絶対に護衛自体を全員解散させて、WRO内で転職させてやる!と硬く心に誓った。

「で、どうして英雄の皆さんを加えたんです?」
「・・・」

黙秘を決め込んでみたが、矢張りハンス先生には御見通しだった。

「ふん、決まってるだろう。こいつは自分が見世物になるという未来が変えられないと悟るや否や、せめてもの道連れを選んだのだろう」
「うっわー。流石局長、転んでもただでは起きない、みたいな?」
「ちょっと使い方が違う気がしますが・・・ええ、その通りです。更に加えていうならば、彼らの人気は私とは比べ物になりませんからね。より効率的に資金を得ることができるでしょう。全員引き込んでしまえば、各々のファンクラブに販売することも可能です」
「うおっ!!!すぱっと言い切った!!!」
「ええ、彼らの輝きがあれば私のような地味な中年など陰に隠れて目立たないこと間違いないですから!」
「なーに言ってんですか局長。あんたも十分人気だし目立ってますよ?それにこの企画の主催がCSCの時点で、主役はあんたです」
「いいえ!!!絶対に隠れて見せます!!!」
「主旨変わってますけど!?」
「精々足掻くんだなマスター。貴様の愉快な仲間達であれば、ネタの一つや一つ拾うことも可能だろうよ。俺の興味を引くことができれば、貴様の無様な奮闘ぶりでも取材して写真集に沿えてやろう」
「なっ!?」
「おお!!!!ハンス先生の書下ろし小話!?これは付加価値がさらに高まるんじゃないですか!いやー俺予約しよ、予約」
「ちょっとハンス!?レギオンも何を言ってるんですか!!」

*   *

本意ではなかったにせよ、決断してからの局長の動きは正しく電光石火だった。端末を手に次々に仲間に連絡を取る。まずはセブンスヘブンの女店主に希少な食品と高価なウイスキーを報酬として交渉し、彼女から嘗てのリーダーを懐柔させる。飛空艇の艦長にはチョコボレースでの賭けを持ち掛けて見事勝利をゲット。コスモキャニオンの聖獣には一般人に対する星の循環の教育を約束した上での協力を依頼し。新たなエネルギー源を模索するガンナーには、彼女の娘を通じて説得させ。神羅屋敷の管理人には、反りの悪いらしい近所の植物博士が発見した新種の花の見学を条件に。ウータイの次期当主とはノリノリで打合せを行う。分身は問答無用で強制参加らしい。仲間とはいえ、曲者揃いの彼ら相手に一日で交渉を終わらせた局長はマジですげえ、とレギオンは素直に感心した。

「これで、役者は揃ったってことですねー、局長?」
「ええ。後は、サラさん達の準備待ちですね」

多少渋い顔で上司が頷く。その上司の足元では、強制参加決定の分身がにやにやと笑いながら尻尾を振っていた。

「いやーリーブはんの巻き添えやゆうても、みなはんに会えるのはやっぱり楽しみやなー」
「そうですね。中々皆さんお忙しいですし・・・」
「いやぶっちぎりで一番多忙なのはあんたですけど」
「そうですか?」
「自覚してくださいよ」

会話を進めつつもきっちりPCを操作している局長に、何となしにため息をつく。そんな上司が画面を見ながら、おや、と声をあげた。

「どうしたんですか、局長?」
「サラさんからのメールですね。決行はアンケート結果から衣装や場所の確保から見て、一か月後らしいです」
「おお!!!俺もついてきますからね!!」

ひょっこりと画面を覗き込めば、局長が嫌そうに振り返った。

「レギオンは呼ばれてないでしょう」
「俺あんたの護衛隊長ですけど!」
「いりません」
「いや、あんたがいらなくてもついて行きますから!」
「嫌です」
「行きますからね!?」
「結構です」
「リーブはんもそろそろ諦めたらええんちゃうかー?」
「ケット・シー、もっと言ってやってください!!!」
「それならケットでも護衛したらどうです」

局長の視線が足元へ向く。呼ばれたケット・シーがこてんと首を傾げた。

「ボクはリーブはんの分身やで?ボクが壊れてもまた作ればええけど、本体であるリーブはんがやられたらアウトや」
「そ、それは・・・」

局長が怯んでいると、ソファにまた童話作家様が現れた。相変わらず唐突だけれどタイミング的に計っていたとしか思えない。ネタ探しに余念がないんじゃないかとこっそり思う。そんな作家先生は、にたり、と人が悪そうな笑みで宣う。

「その場合は俺も消えて晴れてお役御免というわけだ!」
「ハンス!?駄目です、その前にマスター権限の移譲を・・・!」
「ふん、貴様はその手段を知らんだろうに。因みに俺は口を割る気はないからな!」
「ぐっ・・・」
「ほら。やっぱり局長の護衛じゃないと駄目じゃないですか」
「ですから、自分の身くらい自分で守りますから!」
やら転落やらDGSやらで、あんだけ死にかけておいて何言ってんですか!!」
「・・・うっ」
「今回ばっかりは護衛の勝利というわけだ!リーブ、貴様に反論の余地はなさそうだな!」
「そやなあ。レギオンはんの同行は決定やで」
「ケットまで!?」
「ありがとうございます!!!」

珍しく味方ばかりの中でガッツポーズを決めた。いつもこうだといいのに、と上司を見れば明らかに不貞腐れていた。いや、だからさっさと諦めてくださいって。

*   *

一か月後。

「んで、俺様からってことか、リーブ」
「そうみたいですね」
「なんでい、えらく他人事みたいじゃねえか」
「勿論、シドを盾にして私は隠れますから」
「おめえがそのつもりでも、あっちは逃がしてくれねえだろうよ」
「うっ・・・」

嫌そうに顔を背けているリーブを、シドは肘でつつく。痛いじゃないですか、とぼやく主役にびしっとある方向をを指してやる。その先にあるカメラを見て相手はため息をつく。カメラマンが目線こちらにお願いします!と手をひらひらと振っていた。往生際の悪い奴だな、と相手と自分の衣装を横目で確認する。

ベージュを基本とした制服に、赤のニット帽、WROと書かれた腕章。WROに所属する者であれば全員が持つ、WRO隊服だ。大空を優雅に回遊するシエラ号デッキで、俺達はフラッシュを浴びていた。カメラマンの後ろで、企画した女性隊員と護衛隊長が「お二人とも似合ってますって!」と絶賛している。その後ろに透明な尻尾が左右に振れているような幻覚が見えた。・・・あいつらはリーブの忠犬か。
その主人が感心したように頷く。

「シドのその姿は流石に初めてですね」
「そーいやそうか。でもよ、そういうおめえも初めてじゃねえのか?」

確かにWRO隊員は戦闘時にこの服を着る。但しトップだけは目立つように深い紺色のロングコートを羽織っていた筈だ。本人は部下からの報連相時に探しやすいように、とのことだが敵にターゲットにされやすいのではと気になってはいる。指摘したこともあるが、「他人が巻き込まれにくいならいいじゃないですか」、とずれた答えが返ってきた。そうじゃねえだろう。
ともあれ、WROに所属しながら隊服を持ってない筈の相手は、軽く笑った。

「いえ、私は以前隊員に借りたことがありましたので」
「ん?」
「ちょっと隊員に紛れて勧誘でもしようと思いまして」
「普通に勧誘しろよ、局長様」

少しポーズを変えて、とカメラマンの指示の下、用意された椅子に局長様が座る。その背凭れに寄り掛かりながらにやにやとピースサインを送る。更にフラッシュが焚かれた後、座った相手がうーんと唸った。

「それにしても、シドのその姿は誤解されそうですね・・・」
「あん?何の誤解でい?」
「飛空艇団がWRO所属となった・・・という誤解ですよ」
「合ってんじゃねえか」
「合ってませんよ。WROはあくまで資金提供であって、WROと飛空艇団は協力関係です。所属ではないのですが・・・」
「でもよう、おめえのファンクラブのアンケートで、リーブと俺様に隊服を着てくれってあったんだろ?んな細けえこと気にすんなって」
「まあ、その、あくまで衣装だけ、ならいいですけど、イメージが定着するとちょっと・・・」
「別に困りゃしねえぞ?」
「え?」
「今後の活動に何か支障があんのか?」
「うーん・・・そういわれてみれば・・・」

顎に手を当てて大袈裟に思案する仲間に苦笑する。その後ろでシドの代わりに操舵主となった部下が楽し気に口を挟んだ。

「僕たちの存在意義的には全然問題ないですよ、局長!」
「そうそう、艦長も気にしてませんし!」
「俺達はいつでもWROと行動を共にするだけですよ!」
「なんでい、おめえら。やけに素直じゃねえか。俺様の飲み会は偶にさぼるくせに」
「艦長が飲み過ぎてシエラさんに首根っこ掴まれる場面を見飽きただけですー」
「ちょっ!おい、てめえら!!!」
「え、何ですかそれ。私も見たいです」
「おめえもかよ!」
「局長も是非参加してくださいよ!そのときは俺達全員出席しますから!」
「おい、こら待て!」
「ええ、是非」

*   *

シエラ号での撮影会を終えた一行は、そのままエッジに移動した。到着するまでに着替えを終え、目的の店に突入する。

店内で待っていたティファは、時間通りに現れた相手の服装に目を瞬かせた。くるりと相手の周囲を360°回ってチェックしてみる。

全体が首回りを包むように立ち上がり、襟先のみ前に折り返された純白のシャツ。折り返された襟先が鳥の翼のように見えることから「ウィング」カラーシャツという。その首回りに漆黒の蝶ネクタイを締め、上から胸元が広く開いた同色のベストを首からかけて、前は3つのボタン、後ろは背ベルトで止めている。パンツも揃いの漆黒。小道具として銀色のシェイカーを手にすれば完璧だった。

「・・・ねえ、リーブ。バーテンダーのバイトでもしたことあるの?」
「いえ、ありませんが?」
「それにしても違和感がないって凄いわ」

カメラマンの後ろでギャラリーと化した者達による「違和感なさ過ぎです、局長!」「きゃああああ!局長素敵です、ああっ私のためにひとつカクテルをっ・・!!!」「いやサラさん、仕事中ですから今」「仕事という名のご褒美です!!!」「うおっ!微妙に否定できねえ!」「あー。こいつらの暴走はいつも通りか?」「艦長、負けてられません!」「そこじゃねえよ」なんていう一連のギャグはスルーするものらしい。相手はくすりと笑う。

「ティファさんこそ、流石本業ですね。よくお似合いです」
「ふふ。ありがとう」

くるりと見せびらかすように一回転してみる。長い黒髪の上にオレンジの丸いハンチング帽を被り、清潔感のある白のコックコートと鮮やかなオレンジのイージースカーフが首元を飾る。白のロングパンツの上にはスカーフとお揃いのオレンジ色のロングエプロン。店主となってから今まで制服など着たことはなかったが、これがシェフのユニフォームだというなら悪くない。

撮影の為、共にカウンターの中に入る。ちら、と相棒を見れば、セブンヘブンのカウンターで銀色のシェイカーを上下に振って練習中だった。シャッター音とフラッシュが連射する中、にっこりと笑いかける。

「ふふ、すっかり馴染んじゃって。リーブがこの店のマスターみたいね」
「いえいえ、私はマスターティファさんに雇われた、しがないバーテンダーですよ」
「だったら長期で雇いたいわね。リーブなら接客業はお手の物でしょ?」
「雇っていただけるのはありがたいですが、本業のティファさんの手腕には適いませんよ」
「どうかしら?適材適所なのよね。クラウドに愛想は期待できないし」

きっぱり断言すれば、様子を見に2階から降りてきたらしい幼馴染が何とも苦い顔をしていた。

「ティファ・・・」
「何よクラウド。事実じゃない」
「・・・」

さくっと撃沈させる。勿論、彼のデリバリー業が気に入らないわけじゃあない。でも彼がウェイターとして料理を運び、客に笑顔を見せる姿など・・・うん、やっぱり想像できないわ。そうひとりごちると、隣の臨時バーテンダーがくすくすと笑っていた。

ある程度写真も撮られたからうちでの撮影会は終わりかと思ったら。暇になったらしいシエラ号艦長がどかっとカウンターに座った。

「・・・シド?」
「どうしました?」
「・・・バーテンさんよ。俺様にお勧めの一杯を頼むぜ!」

客になった彼はカウンターに右腕を乗せ、人差し指と親指で形作った不完全な輪をくいっと傾けて見せる。エアーの御猪口ってことは、お酒を寄越せ、ということらしい。因みにシドの乱入を認めた後ろのカメラマンたちは、瞬時に立ち位置を変えこぞって撮影を再開している。シャッターチャンスを見逃さないのは流石にプロね、と他人事のように感心した。そして客となった仲間に挑まれたバーテンダーは軽く眉を顰める。

「・・・シド。まだ昼間ですし、飲酒運転は逮捕されますよ?」
「今日のシエラ号は部下に任せてるから問題ねえ!」
「うーん。それでしたら」

少し考えたリーブが、振り返って「あれ、いいですか?」と聞いてきたので、意味ありげに笑ってOKを出す。奥で冷やしていたそれを取り出せば、ぴゅう、と艦長が口笛を吹く。どれだけ期待してるのよ、この不良艦長。リーブが氷を3つほど入れたグラスに琥珀色の液体を注ぎ、カウンターのシドの前に置く。カラン、と涼しげな音が鳴る。グラスを持ち上げたシドが飲む前に、ん?と香りを確かめる。

「やいこらリーブ。アルコール臭がしねえぞ?おめえ、何をいれやがった」
「おや、ばれるのが早かったですね。ならば飲んでみれば何かわかるのでは?」
「んー。まあ、おめえがいれるなら変なもんじゃねえか」

そうしてあっさり一口飲み。意外そうに口元を緩めた。

「アルコールじゃねえ。が、すっきりしているくせに味が奥深い。こりゃあ、茶、か?」
「はい。ウータイの希少なお茶で、烏龍茶というそうです。運動前や食事中に摂取すれば、脂肪の燃焼を助けてくれるので健康にいいそうですよ」
「へえ。お茶で健康ねえ」

相槌を入れながらもう一口飲むところを見れば、それなりに気に入ったようだった。少しほっとながら解説を加える。

「今回の撮影会の報酬として、リーブに貰ったのよ。ダイエット効果が期待できるから若い女性にお勧めでしょ?肝臓を酷使しているシドみたいな酒飲みにもいいんじゃないかしら」
「おいティファ、俺様はそこまで飲んだくれてねえぞ!」
「昼間に、しかも偽物のバーテンダーにお酒を注文している時点で、説得力がないですね」
「リーブ!てめえは酒を出さなかっただろうが!」
「局長の言う通りですよ、艦長。だからシエラさんに引きずられるんです」
「「「ですよねー」」」
「てめえら!またそのネタかよ!?」

やりこめられているシドの肩に、クラウドが後ろからポンと手を置いた。勿論フラッシュはこれ以上ないほど焚かれている。

「・・・やめとけ、シド。勝てない敵には挑まない方がいい」
「おいおいおい、クラウド!てめえ、味方じゃねえのか!?」
「俺は事実を言ったまでだ」
「ええ、仰る通りですよ」
「クラウド?リーブ?どういうことかしら?」

にっこりと輝くばかりの笑顔を乗せて二人を見れば。リーブは楽しそうに笑顔で、クラウドは引き攣った顔で同時に応じた。

「「何でもない(ありませんよ)」」