鳥籠

WRO局長室。メールを捌きつつ次の会議の準備をしていたら、卓上のコール音が響いた。反射的に受話器を取る。

「はい」
『リーブ。ハンスはいますか?』

電話の相手はシェルク。冷静な声につられるように、ソファに座る少年を見る。彼は今日もタブレットをいじっていた。何かを書き付けているのか、新しい世界の情報を探しているのか。

「いますよ。代わりましょうか?」
『いえ。それよりもメールを開封してください』
「メール?」

PCには数分前にシェルクから届いたらしいメールが表示されていた。添付された画像を開いて、わずかに眉を寄せる。

イラストと大きめの文字を交えたらしいそれは、広告に似ていた。赤いリボンを蝶結びにした長い紫色の髪の少女が笑っている。笑顔、というよりもこちらに挑むような、含みのある笑み。その横になにやら書かれているのだが・・・。一切読めない。ウータイの文字も混じっているようだが、其れ以外の文字の割り合いが高く、内容はよくわからない。

「この、文字は・・・?」
『分かりません。ただ、下を見てください』
「下?」

画像を更にスクロールして下へ下へと進む。姉妹だろうか、同じく長い紫色の髪の少女と小さく謎の文字が添えれている。恐らく彼女たちの紹介だろう。他にも金髪で金色の甲冑の男性のイラスト、知的そうな少女が二人のイラストと続き。

その、下に。

「なっ・・・!?」
『確認できましたか』
「え、ええ・・・」

イラストをじっと凝視してしまう。最後に描かれていたのは青い髪に眼鏡をかけた少年。思わずソファにいる彼と見比べる。顔かたちはどう見ても同じ。瓜二つの別人と言いたいところだが、イラストの中の少年が開いている本は、ハンスが宝具として取り出す本と表紙のデザインに寸分の違いもない。つまり、ここに描かれているのはハンスに間違いなかった。そして、イラストの中のハンスは紫色の一人用ソファに座り、彼の宝具を開いていた。そこまでは、いいのだが。

問題は、彼がソファごと大きな鳥籠の中に囚われている、ことだった。

囚われている彼は、らしくない焦燥に似た表情を浮かべている。どうみても正常の状態ではない。鳥籠の外には彼を狙っているのか、水色の奇妙な人物が鳥籠にまとわりついている。肌も髪も全て水色で足は・・・足のあるべきところが魚のような尾鰭がついた人物は、まるで、彼が描いた人魚姫のようだった。

異世界の文字と、囚われているハンス。

「一体何が・・・」
『発信元は検索してはいますが、不可解なことに該当する地点が把握できません』
「シェルクさんでも、ですか?」
『はい。ただ、このイラストはハンスを知る人物が描いたとしか思えません。悪意ある悪戯としても、判別不可能な文字を添えるなど、手が込みすぎています』
「・・・シェルクは引き続き発信元を調査してください。また文字については、情報部門で解析を」
『既に手配しています』
「流石ですね。こちらでも調べてみます」
『よろしくお願いします』

ふう、と受話器を置く。実在の人物を用いた悪意あるイラストなど数え切れないほど存在するだろうが、ハンスの宝具まで緻密に描かれたこれが単なる悪戯とは思えない。ハンスの過去なのか、それとも・・・。

「ふん。何かと思えば、イベントの告知か」

椅子ごとはっと振り返ると、画面をのぞき込む張本人がいた。

「ハ、ハンス!?」
「何を慌てている。俺が何も感づかないとでも?曰くありげな視線を投げかけられて平然とする趣味は俺にはなくてな!貴様等、どうせ相手はシェルクだろうが、こそこそと画策するくらいならさっさと俺に見せればいいものを」

いつの間にソファから移動したのか。ハンスはPCを見上げ、画面に映る謎の文字を追っている。

「ええと・・・もしかして、読めるのですか」
「ああ。別次元に召喚された俺のいる世界の文字だな」
「では、その・・・この、イラストは・・・」
「無意味な遠慮などするな気色が悪い。何故別次元のイベント告知がシェルクの情報網に引っかかったのか、詳細は俺にも分からんが・・・ふん、CCCのイベントにBBが出現か・・・。放っておけ」
「ちょっ、ちょっと説明してくださいよ!詳細は分からないんですよね?」
「ああ。このイベントは来週始まるらしいからな。だが大方BBが別次元のFGO世界に悪意を持って干渉する内容だろうな」

腕を組み不機嫌そうに言い捨てる様は、よく知る彼だけれど。別次元のハンスは。

「では、向こうのハンスが捕まっている、ということですか!?」
「捕まったか、これから捕まるか知らんが・・・BBにしてみれば俺は復讐したくてたまらん相手だろうよ。BBとは限らんが、この姿は自業自得だ」
「助けに行きましょう」
「は!?」
「私は貴方のマスターです。来週からのイベント、とやらで貴方が捕まるのであれば、助けに行くのが当然でしょう」

きっぱりと宣言すれば、目の前のハンスは鋭い眼光で釘を刺してきた。

「別次元の世界だ、リーブ。あの世界はあの世界で完結させるべきだろうに」
「ですが、ハンスが」
「言ったろう、これは自業自得だと」

見上げてくる彼の蒼い目には、昏い影があった。それでいて、揺るぎない光も。後悔などしないという強い意志に、私は軽く首を振るう。

「ハンスの過去に何があったのかは知りません。ですが、知ったからには無視できません!」
「ええい、面倒だなリーブ!大体、貴様は別の世界を見ている場合か!行けもしない世界にかまけている暇など貴様に無かろう!いいか、幾ら願ったところで過去を塗り替えることが不可能なように、貴様はあの世界に干渉など出来ん!無意味なものに気をかける暇があったら、貴様の仕事を全うするんだな!それとも何か?貴様は別次元の世界まで救えると傲慢にも思っているのか?そんな権限があるとでも?」
「そ、それは・・・」
「分かったらこの告知については忘れろ。それに」
「それに?」
「・・・一応、あの世界の俺にもマスターがいる。平々凡々なマスターだがまあ、何かしらの行動はするだろうよ」
「信じているのですね」
「・・・」
「・・・分かりました。ハンスがそこまで信頼しているマスターを私も信じましょう」

微笑みかけると、ハンスはふいっと視線を逸らしてしまった。可愛らしいのに勿体ない。ならば私に出来ることはない、とシェルクに連絡を取って、調査を中断してもらうことにした。受話器を置けば、異世界の童話作家はいつの間にかまたソファに戻っていた。

「ハンス」
「何だ?」
「序でに、この文字を教えてもらっていいですか?」
「・・・無駄な時間を増やす暇があったらさっさと会議室へ行け、マスター」

fin.