交渉

青白い光が視界を塗り潰す。
酷い耳鳴りの向こう。
勝ち誇ったかのような高らかな声がはっきりと響いた。

『遂に・・・遂に見つけたぞ!
最高の遊び相手じゃないか・・・!
ふふふ、ライブラの奴らめ、僕に感謝したまえ!
こんな最高の暇つぶしを提供してやるんだからな!』

*   *

視界が戻って最初に目に入ったのは、
天にも届けと言わんばかりの高層ビル群だった。
何処の建築様式か識別できなかったが、恐らく大都市の中心部なのだろう。
嘗てのミッドガルにも勝るとも劣らない。
まあ今のミッドガルはまだ立ち入り禁止で、
他にこれほどの大都市は存在しない。・・・筈だった。
だがこの大都市は、どうやら霧に包まれているらしい。
地形的なものか。
商業あるいは工業活動による粉塵の影響か。
それとも、・・・それ以外の原因か。
大都市をすっぽり覆っている霧の外は何も見えなかった。
その中心となるだろう大通りの交差点には
通りに溢れる人々と・・・明らかに人以外の者たちが立ち止まり、こちらを指差したりしている。

いや、この方向は、自分の頭上か。

彼らの視線に従って顔を上げれば、
巨体を余すことなく晒すこれまた人ならざるものが悠々と飛んでいる。

今いる場所には全く見覚えがないが、
頭上の存在は残念ながら見覚えがあった。

全身を灰色で覆われ、
巨大な腕と2枚の羽で人々を見下ろす、生命外存在。
嘗て星によって生み出され、英雄たちに倒された星の守護者の名は。

「・・・やっぱりアルテマウエポンですよねえ」
「あんたがいうなら間違いないんでしょうね・・・ってアルテマウエポン!!!??」
「おや。いたんですかレギオン」
「さっきからおるわー!!!!」

傍らの騒がしい二人に、ウエポンが大きく吼える。

「何者だ、貴様ら!!!」
「両手をあげろ!!!」

包囲しているダークブルーの制服ものたちからの詰問。
この都市の治安維持組織の者たちだろう。
取りあえず両手を挙げた。

「どうしたものでしょうねえ・・・」
「って危ねえ!!!」

轟音と共にウエポンが放った閃光に巻き込まれる前に、レギオンに抱えられ、真横に回避していた。

「ありがとうございます」
「どういたしましてー。ってどうするんですか、この状況」

「彼らは魔獣使いではないのか!」
「召喚者は別か!?」

「どきたまえ、君たち」

緊迫する中、有無を言わせない涼しい声が割り込む。
渋いスーツを着込んだ青年が歩み寄った。

「君たちに聞き込みをしたいところだが、まずは後ろのモンスターだ」
「取りあえず、下がってくれ給え」

重なる声は、赤毛に眼鏡をかけた見事な体躯の大男だった。
鍛え上げられた筋肉質の体をフォーマルなベストで包み、
握りしめた拳には十字架のデザインされた強化サックがあった。

・・・強い。

突如現れただろうモンスターにも屈服することのない二人の男。
彼らはとん、と軽く跳躍するとウエポンへと向かっていく。

青年が蹴り上げた箇所が、見る見るうちに凍っていく。
一方、振り上げられる拳からは赤い液体が放出され、瞬時に形を変える。
あれは巨大な十字架だろうか。
煩わしそうに巨体を振るわせたウエポンが閃光を放つ。
ウエポンの光線を避けつつ攻撃を加える彼らは、相当に戦い慣れているようだった。
そこへ援軍らしきヘリや軍隊が集まってくる。

ウエポンは彼らの強さを感じ取ったのか、
急にくるりと反転して、高速で飛び去った。

「・・・逃げた!?」

「速いっ!」
「・・・チェイン!」

声に反応したのは、街灯の上に立っていた黒いスーツの女性。
ふわりと黒髪を靡かせたと思う間もなく、瞬時に姿が消え失せた。
移動したウエポンを追って、制服のものたちやヘリも去っていく。
残されたのは、自分たちと彼らの仲間たちと思しき集団だ。

大通りの真ん中にてんでバラバラに立つ、5人の男女。
銀髪の青年、茶色の癖っ毛の少年、金髪の女性、白髪の老人、
そして・・・人ではなさそうなもう一人は男性だろうか。
年齢も性別もどうやら種族もばらばらで、
それでも皆同じ意志をもつ目がこちらを伺っている。
守るべきものを知り、不条理に抗いながら闘うものたちの目。

この目を、よく知っている。

彼らにとって自分たちは不審者に違いないだろうが、
何となく安心してしまった。

「・・・何笑ってるんですか」

どうやら微笑んでいたらしい。
がっくりと脱力したような傍らの部下に
そういえば彼も同じ目をしていると改めて思う。
口に出すことは、ないだろうけれど。

「・・・いえ、お強そうだなあと思いまして・・・」
「んな暢気に言ってる場合ですか!
俺たちむっっちゃ怪しまれてますから!!!」
「何を言ってるんですか。
巨大ウエポンと共に現れた人物が
怪しくないわけがないじゃないですか」
「冷静に言い切るなーーー!!!!」

とん、と先ほど向かっていったときと同じくらい
軽やかに二人の男たちが戻ってきた。
どうやら長期戦になると見越して、情報を整理しに来たらしい。

「そこの君たち、いいかな」
「ええ、問題ありませんよ」

返すと、スーツ姿の青年は少し眉を寄せた。
不審に思われた、というよりは少々奇妙な表情。
すぐ隣の大男も、こちらは僅かに目が見開かれている。

・・・驚かれた、のだろうか。何故?

こちらが問いかける間もなく、青年は表情を改めた。

「話を聞かせてもらおう」

スーツの青年が近寄ってくる。
庇おうとするレギオンの腕をすっと外し、真正面から対峙する。

・・・若いですね。

30代だろうか。
長身で涼しげな顔立ちの、なかなかの伊達男だ。
頬の傷もアクセントとなる。
さぞかし女性にもてそうだ、とこっそり思う。

が、その目は友好的なものではない。

「・・・まずは、君たちの名前を教えてもらおうか」

鋭い眼光は、こちらを探るように油断なく光る。
彼は恐らくこの集団のリーダーか、副官的な存在なのだろう。
世界に精通しているだろう知性ある佇まいに、本名を名乗る。

「・・・リーブ・トゥエスティと申します」
「レギオンです」

ふん、と興味なさそうな反応。
一応所属長としてメディアに露出する機会が多く、
それなりに世界に知られている筈の名前も顔も
こちらにきてからは反応が全くない。
と、いうことは。

やはり、ここは自分たちを知らない世界。
そして自分たちも知らない世界。

つまり、異世界。

青年は、鋭く切り込んできた。

「で、何故君たちはフェムトが呼んだモンスターと共に現れたんだ?」
「フェムト、とはどなたですか?」
「・・・堕落王フェムト。我々としては迷惑極まりない怪人だよ」
「初耳ですねえ・・・」
「初耳って、あんたここであいつの放送みたことねえのかよ!!!」

銀髪の青年が胡散臭そうに突っ込みを入れている。
彼はスーツの青年よりも若そうだ、20代だろうか。
白いジャケットに白のスラックス、
褐色の肌によく映える。
口は悪いがその体躯が戦闘能力の高さを伺わせる。

・・・異世界でなければ勧誘しますのに。

そんな内心の呟きは隠したまま、首を傾げてみせる。

「・・・と、言われましても
我々がここに来たのは初めてでして。
まず、ここは何処か教えてもらえないでしょうか?」
「・・・ヘルサレムズ・ロット」

「ヘルサレムズ・ロット・・・?」
「知らねえのかよ!?」
「知りませんねえ・・・」

彼らがいうには、ここは異界と現世の交わる街らしい。
だから先ほど通りに人間以外の者たちが歩いていたのか、と合点する。
ふと端末を取り出したスーツの青年は、失礼、と少し離れた。
通話の後、彼は再び戻ってくる。

「先程のモンスターだが。
余りの高速に見失ったらしい。現在も逃亡中だ」
「・・・まあ、速いでしょうねえ」

うんうん、と頷いていたら、胡散臭そうに銀髪の青年が睨んできた。

「・・・でえ、あんたは
なーんでヘルサレムズ・ロッドも知らねえんだ?」
「恐らく・・・我々も異界人だからでしょうねえ」
「そうかそうか、ってなんだって!?」
「うるさい、猿」
「いちいち俺の上に乗るな、犬女ああ!!!」

いつの間にか戻ってきた黒いスーツの女性は
銀髪の青年の頭の上に綺麗に着地していた。

・・・お見事。

銀髪の青年と仲良く口喧嘩しているようだ。

「・・・本当ですか?ミスター・トゥエスティ」

同じく歩み寄ってきたのは、赤毛の大男だった。
その体の大きさに反して威厳ある穏やかな口調。
彼もまたリーダー格なのだろう。

「リーブで結構ですよ。
先ほど皆さんが戦ってくださったモンスター・・・
あれは我々の世界のものですから」
「・・・確かに、みたことないモンスターだったけど」
「それで、何故あなた方はここへ?」

赤毛の大男が問いかける。
当然の疑問に、簡潔に答えた。

「それが、こちらの世界で
眠りについた筈のアルテマウエポンが復活した、
との情報を得ましたので、確認しに来たんですよ」

それは、つい数十分前のこと。
内容が内容だけに、シドを呼び出し最速で急行してみれば、
コスモキャニオンのクレーターの上に、それは出現していた。
ぽっかり浮かんだ巨体は、
何故か戸惑うようにその場を離れず苦しんでいた。
それを確かめようと近づいたときに
蒼い魔法陣が煌めいたのだった。

「転移魔法のように感じましたので、
これはまずい、と手を伸ばしたところ、
・・・どうやら巻き込まれたみたいですね」

はは、と笑って締めくくると、
あんぐりと口を開けられてしまった。
頭痛を堪えるように頭を押さえているものもいる。
その中で、人の良さそうな少年がぽつりと呟く。

「それって、巻き込まれたというより・・・」
「てめえで乗り込んでるんじゃねーか!!!」

びしい!と人差し指を向ける銀髪の青年は
どうやらテンションがあがったらしい。
隣の少年が「人を指さしちゃ駄目ですよ!」と注意している。

茶色の癖毛にオレンジのゴーグルを付けた、誠実そうな少年。
他のメンバーに比べれば、覇気が薄い。
戦闘員ではないように思えるが。
けれども屹度彼もメンバー足る何かを持っているに違いない。
ゴーグルを付けているということは、目に関することだろうか。

・・・うーん。みんな纏めて勧誘できないですかねえ。

入隊してもらえたらあの部署とこの部署に配属しますのに、
とこっそり考えていたら、傍らのレギオンまで叫びだした。

「彼らのゆうとーりですよ!!!何やってんですか!!!」
「・・・そういうレギオンも巻き込まれているじゃないですか」
「俺はあんたを追ってきたの!!!」
「・・・と、いうわけで。
彼は私に巻き込まれたわけですね」

「・・・さらりといった・・・」
「なかなか、いい性格してるわね」

ご愁傷様、と片目が眼帯の女性が腕を組む。
すらりとした長身にボブの金髪。
モデルになれそうなくらい、スタイルの美しい女性。
肩に担がれたマシンガンが、彼女もまた戦闘員であることを裏付ける。

・・・何となく、うちの統括と気が合いそうですね。

「それで、俺たちはどうやったら帰れるんですか」

「レギオン」
「そっちもモンスター退治で大変かと思いますけど、
こっちも早く帰らないと困るんです」
「・・・うーん」

視界の端で、スーツの青年がさり気無くつま先を軽く動かした。
何をしようとしているかは分からないが、恐らくこちらを探るか
牽制するかの動作なのだろう。

「おっと」

とぼけた声で、レギオンが素早く石を飛ばした。

「・・・レギオン?」
「いやー虫が飛んでたので」
「・・・。そうですか」

虫、にしては随分と硬質な音がしましたけど。
細いガラスが折れるような、音。
いずれにせよ、一般人の能力しか持たない自分には認識できない何か、
だったのだろう。

「・・・まあ、そちらの事情は分かった。
が、それを踏まえてあのモンスターをどうにかするために協力してもらいたい」
「勿論ですよ」
「チェイン、例のモンスターはどの方向だ?」
「北北東です」
「・・・少年。見えるか?」
「やってみます!」

癖毛の少年がゴーグルをかける。
この霧の街で、どうやら彼には見えるらしい。

「あー・・・。まっすぐにHL(ヘルサレムズ・ロッド)を出ようとして、霧の結界にぶつかっては
方向転換してまた反対側に高速で移動中です。
その、移動中にぶつかった飛行生物は、ばったばった墜ちてますが・・・」
「結界?それに飛行生物・・・?鳥、ですか?」
「鳥もいますけど・・・」

言葉を濁した少年が、不意に空を見上げる。
つられて見上げてみれば、高層ビルの合間を
シエラ号よりも長い胴体をくねらせて飛んでいく謎の飛行生物がいた。

「・・・おや?」
「な、なんじゃあ、ありゃあ!!!!」
「だから飛行生物ですって。ここじゃあ、日常茶飯事です」
「まじか・・・!!!」

隣のレギオンは頭を抱えてしゃがみ込んでいる。
・・・そこまでリアクションしなくてもいいんですけどねえ。
まあ、面白いから放置ですけど。
視線を戻せば、スーツの青年がふうとため息をついた。

「モンスターの動きは、まるで虫籠に捕らえられた蜂だな」
「・・・的確な表現ですねえ」
「感心するな!!!」

「それで、どうするか、だな」

勝手にヒートアップするレギオンをスルーし、スーツの青年は冷静に話を戻した。
ウエポンの行方を視ていたらしい癖毛の少年が状況を伝える。

「無差別に攻撃をしているわけではなさそうですけど・・・
流石に皆さん警戒しています」
「HLを出られないとなると、
無理矢理結界を破ろうとする可能性もある。
攻撃の反動で被害が及ぶ前に対処する必要があるな」
「結界、とは何ですか?」
「・・・このHL全体を覆っている結界だ。詳細は省くが、まず破れる代物じゃあない。
モンスターが外に出ることはないだろうよ」
「・・・そうですか」

最低限しか情報をだそうとしないスーツの青年は、余程こちらを警戒しているらしい。
こういった非常事態にも、自分たちのようなイレギュラーな存在にも慣れているのだろう。
そう考えていたら、銀髪の青年がずいっと近づいてきた。

「でえ、あんた、あのモンスターのこと知ってんだろ?
弱点とかねえのかよ?」

短絡的のようで的確な質問。
モンスターを対処するしかないとなると、すぐにモンスターに関する情報を引き出そうとするとは。
・・・流石戦闘のプロですね。
けれども、ウエポンに関しては厄介な点があった。

「・・・残念ながら、あれは不死身ですからねえ」
「「「・・・は?」」」

集っていた彼らの動きがぴたりと止まった。

「おい、あんた今なんつった!?」
「ですから、あれは我々の世界のウエポンです。
不死身の存在ですからねえ」
「なんだとお!?」
「どういうことかね」

憤る銀髪の青年の後ろから
赤毛の大男が歩み寄る。
・・・これほどの偉丈夫だと、威圧感がありますよね。
貧相な自分からすると、ちょっぴり羨ましい。
まあ今更ですけど。

「あれはアルテマウエポン・・・。
本来は我々の世界に異変が起こった際に現れる
いわば世界の番人なんですよ。
よって生物ではないので、不死身です。
まあある程度のダメージを受ければ眠りにつきますが・・・。
ここは我々の世界ではないので、眠りたくても眠れないかもしれませんね」

「・・・・じゃ、どーしろっていうんだよ」

先程から苛立ちがピークらしい銀髪の青年は
それでもその事実に屈する様子はない。
あくまでウエポンをどうにかすることを考えてくれている。
背後の彼らも、闘志が消えた者はいない。

・・・彼らのその意志に、懸けてみる価値はある。

「召喚された方に元の世界へ戻してもらうしかありません」
「はあ!?堕落王に頼めっつーのかよ!?」

至近距離で悪態をつく彼は、本当に素直に反応してくれる。
レギオンといい勝負だとこっそり思いつつ、彼に質問を投げてみた。

「・・・フェムトさんとはどういう方ですか?」
「ぶっ!」

何故か、吹きだされてしまった。
そんなに意外なことだろうか。
咳き込みだした銀髪の青年の代わりに、
先程から黙って静観していたスーツの青年が簡潔に答えてくれた。

「・・・退屈しのぎに魔獣召喚し
HLを混乱に陥れる、異界の王のひとりだ」
「・・・ふむ。では言葉は通じそうですね」
「はあ!?」
「・・・まあ、理解はすると思うよ。通じるかは・・・微妙だな・・・」
「フェムトさんは、こちらの騒ぎを見てらっしゃるんですよね?」
「・・・まあ」
「みてるだろーよ。何せ俺たちが戦ってるのをみて
楽しんでやがるからな」
「成程・・・」

ウエポンの召喚。
不死身との戦闘。
フェムトと呼ばれる異界の王は高みの見物をきめこんでいるらしい。
・・・ならば。

「・・・レギオン」
「なんですか」

振り返ったレギオンに頼んでみた。

「ちょっと、
アルテマウエポンの真ん前までつれてってもらえませんか?」

「はああ!?」

銀髪の青年が、ぽかーんと口を大きく開けて停止している。
・・・やっぱり彼の反応って面白いですよね。
他のメンバーも何処か唖然とした空気の中、
流石に自分の言動に耐性があるレギオンが突っかかってきた。

「何を言ってんですかあんた!!!」
「フェムトさんに戻してもらうしかないんですよ」
「知ってますから!!!」
「つまり、フェムトさんに、
アルテマウエポンを戻さざるを得ない状況を作り出すしかありません」

きっぱりと告げると、レギオンがぎょっと身構えた。
残りのメンバー視線も全てこちらに注がれている。

「ど、どんな状況ですか」
「そのために、アルテマウエポンと交渉するしかないでしょう?」

「「「交渉ーーーー!?」」」

複数人の絶叫が見事に重なった。

「モンスターとかよ!?」
「モンスターではなく、アルテマウエポンですが」
「あの、その前に・・・
アルテマウエポンとやらは言葉が通じるのですか?」

控えめに手を挙げたのは、
先程から油断なくこちらを伺っていた明らかに人でない異界人。
水色の肌色と異形の顔立ちに反して
礼儀正しくスマートな指摘に思わず笑顔で返してしまった。

「・・・さあ?」

「へ?」

彼の表情は伺えないが、きょとんとしたのは分かった。
どうやら彼もまた素直な気質らしい。

・・・全く。この集団のレベルの高さには恐れ入る。

狙ったとおりの反応に満足していたら、
フリーズから回復した銀髪の青年と隣の部下に詰め寄られた。
まるで不良集団に絡まれている会社帰りのサラリーマンの気分だ。

「てめえ、『さあ?』、じゃねえだろ!!!!」
「あんた、自分が何いってんのか分かってんですか!!!
言葉通じなかったら、最悪死にますよ!!!」

似ている彼らは、テンションの高さだけでいえば兄弟のようだった。
まずは銀髪の兄貴分に軽く返す。

「ウエポンが話すところは、みたことがありませんので」

そして部下である弟分に説明を加える。

「ですがレギオン、永久の時を眠り続け、星の危機に現れる番人です。
言葉を理解する知能をもつ可能性は高いと思いますが?」
「なかったらどうするんですか!?」
「そのときに考えますよ。
いずれにせよ、このままウエポンを頭上で飛び回らせたまま
放置はできないでしょう?」
「そ、それは・・・」

レギオンが詰まったところで、他のメンバーに向き直る。

「ということで、お願いします。
あ、皆さん10分間だけ攻撃をやめていただけませんか?」

にっこりと笑う。
さっ、と銀髪の男がレギオンを連れて一足飛びで離れていった。
・・・そんなに怖がらなくてもいいのですが。
そのまま彼はこそこそとレギオンに探りをいれた。

「・・・やべー。おめーの連れ、一体何もんだ?」
「あー・・・。
戦闘能力は皆無ですけど、交渉ごとは大の得意な
・・・食えない上司です」
「上司なんだー」
「そーです・・・。俺しょっちゅうからかわれてるし・・・」
「それ上司かよ」

銀髪の青年、黒髪の女性、そしてレギオンの何やら仲よさそうなやり取りを
微笑ましく思いつつ、言葉を重ねた。

「・・・もう一つ、皆さんにお願いがあります」

「んだよ、その間あんたを守れってか?」
「いえ、そうではなく・・・
アルテマウエポンからこの世界の住民を守っていただきたいのです」
「は?」

胡散臭そうにこちらを伺っていた銀髪の青年が、怪訝そうな表情に変わる。
彼も含め、その場の全員へと伝わるように。

「ウエポンは我々の世界のものですから、我々で対処いたします。
ですが、この世界と住民のことは、あなた方の方がよくご存じの筈です。
・・・皆さんのその強さで、人々を守っていただけませんか?」

言い放つと、彼らの目の色が変わった。
覚悟を秘めた、穏やかで強い目。
彼らは本当に心が強いのだろう。

やがて、赤毛の大男が静かに頷いてくれた。

「・・・分かりました。ギルベルト、」
「ヘリはいつでも搭乗可能です」

おや、とその声へ視線を移す。
白髪に顔に包帯を巻いた老人が軽く頭を下げていた。
だが、機敏な動きは年を感じさせない。

「さっすがギルベルトさん!」
「ありがとうございます」

礼を返していると、
じっと考え込んでいた赤毛の大男が
改めてこちらに向き直った。
眼鏡越しに揺るぎない緑の瞳がひた、とこちらを見据えている。

「・・・ミスター・トゥエスティ。いや、リーブ」
「何でしょうか」
「我々は、ライブラという組織のメンバーです」
「・・・ライブラ?」

聞き覚えがある。
確か、ここへくる前に聞いた。
召喚者が高らかに告げた、組織の名前だったような。

「私の名はクラウス・V・ラインヘルツ。
ライブラは、
HLで起こり世界に波及する可能性のある危険を
水際でせき止めることを目的とした非公式組織で、
私はリーダーを勤めております」
「・・・」

思わず沈黙する。
非公式組織のリーダーが、
敢えて己のフルネームと所属を明かすということは。

「リーブ。貴方は、どうも我々と近しい気がします。
これからの作戦を実行する上でも、
貴方の本当の姿を教えていただきたい」

「・・・。それは・・・」

言い淀む自分を制するように、凛とした声が響いた。

「・・・WRO局長です」

「・・・WRO?」
「なんだそりゃあ」

聞き覚えが全くないのだろう。
頻りに彼らは首を傾げていた。
勝手に答えた相手へと咎めるように名を呼ぶ。

「・・・レギオン、」

いつの間にか傍らに戻ってきた部下は、軽く肩を竦めた。

「局長。ここまで来たら言わずに済ませられないでしょ。
それに、クラウスさんはあんたを信用して明かしてくれたんだ。
あんたが言わなくても俺が言いますよ」
「・・・」

分かっている。
非公式組織・・・もしかしたら秘密結社に近いだろう彼らが
自ら名乗ってくれたのだ。
ここで黙したままではいられない。
ふう、とため息を一つ。

「・・・WROは
星に害をなすあらゆるものと戦うことを理念とする組織、
World Restoration Organization・・・
世界再生機構の略称です。
私は・・・WROの責任者です」

存外真面目な顔で、隣のレギオンが引き継いだ。

「WROは世界規模の治安維持組織です。
リーブ局長はWRO創設者で、更に言うと
嘗ての戦役で世界の滅亡を防いだ英雄の一人です」
「WROは作りましたけど、英雄ではありませんよ」
「その台詞、聞き飽きましたー」

訂正をいれたものの、レギオンは飄々とした態度を崩さない。
・・・分かっているんでしょうかねえ。

「治安維持組織に英雄、か。・・・成程。
道理で・・・我々と視点が近いわけだ」

やれやれ、と言いたげなスーツの青年は半信半疑といったところだろうか。
寧ろこれが正しい反応だろう。
一方、何処か感動したような・・・
一体今の話の何処に感動するところがあったのか不明だが・・・
赤毛の大男は、素直に傍らのレギオンへ問いかけた。

「では君は、」
「俺は、リーブ局長の専属護衛隊長です。
だから、こいつを五体満足で無事に元の世界に戻さないと
俺がWROのメンバーに殺されちまいます」
「そんな大げさな・・・」
「あんたの英雄仲間にも殺されますね。確実に」

きっぱりと断言され、思わず苦笑する。
少し緊迫感の増した空気をあっさり破ったのは、銀髪の青年だった。

「・・・ああ!!!そーだ、俺やっと分かった!」
「煩いぞくそモンキー!」
「誰がクソだこの犬女あ!!!
じゃなくて、声!!!同じ声だろ!!!」
「・・・あー」

初めて会ったとき、
彼らが一瞬奇妙な顔をしたのは、おそらくこれ。

「それは、私と」

ちらり、と視線を向ける。
ギルベルトと呼ばれた、包帯を巻いた老紳士が静かに進み出る。

「私の声、ですかね?」

「「「うっわー同じ。」」」

ライブラのメンバーに加え、隣のレギオンまでげんなりとしている。

「フォーマルな服装に丁寧口調も一緒じゃん!」
「それ、今必要なことなの?」

こほん、とスーツの青年が咳払いをする。

「ともあれ、不死身のモンスターに、
異界の治安維持組織責任者とその護衛か。
全く、千客万来だな」
「倒せないならば、ひとまず交渉にかけてみるしかあるまい。
そのためにはあのモンスター、
いやアルテマウエポンの動きを止める必要がある」

クラウスはぐっと拳を握りしめる。
ああ、とクラウスに頷いて、
スーツの青年は思案げに黒いスーツの女性に視線をやる。

「チェインが追いつけないほどの高速か。厄介だな。
だが相手は霧の結界にぶつかっては方向を変えている・・・。
単純な動きしかしていない。
ならばその速度、角度さえ分かれば先回りは十分可能だろう。
・・・レオナルド」

青年が呼びかけたのは、癖毛の少年。
ウエポンの動きを追跡できる恐らく唯一の人物。

「は、はい!」
「奴が結界にぶつかった時刻と場所を地図に記入してくれ」
「はい!!」

ギルベルトから地図を受け取り、
レオナルドと呼ばれた少年がすぐさまペンを動かしていく。

「ザップ」
「おう」

次に応じたのは、銀髪の青年。
レギオンと同じく高いテンションで色々突っ込みを入れてくれた彼だ。

「君はルート解析後に、あれの足止めの網を張ってくれ」
「また俺その役回りっすか」
「残りのメンバーは・・・
住民に被害が及ばないように動いてもらう。
分散して被害拡大を防ぎ、モンスター捕獲時刻に集合する。
・・・ここから北をツェッド」
「はい」

続いて応じるのは、唯一、人でなさそうな男性だ。
しかし、普通の人よりも礼儀正しそうだ。

「K・Kは南」
「あんたの命令じゃやる気出ないわね」

嫌そうに応じたのは、金髪の女性。
司令官に刃向かうところも、彼女によく似ている。

「俺は東、クラウスは西だ。
君たちはヘリで待機。
レオ、ザップは解析後、二人でヘリを追って移動だ。
チェインはここで警部補たちと俺たちの中継を頼む。
解析後にすぐさま集合地点と時刻を決めて連絡する。
以上!」
「「「了解!」」」

他のメンバーが移動していく。
ツェッドは北へ。
K・Kは大型のバイクで南へ。
クラウスは高級車で西へ。
この場に残ったレオナルドが地図に印をつけ、チェインとザップは地図を覗きこんでいる。
スーツの青年がその地図を睨み、迎え撃つべき集合地点と時刻を割り出す。

「集合は今から25分後、
集合地点は・・・フェイク・マンハッタン、だな」
「うげっ」
「・・・うわあ、ザップさん呪われてますね」
「うっせえ!!!」
「いい機会だ、死ね、クソ猿」
「誰が死ぬか、犬!!!」

さっと避けたチェインの代わりに
ザップの拳骨がレオナルドの頭に落とされた。
ごん、といい音が響くのを興味深く見守り、スーツの青年へ尋ねる。

「呪われるんですか?」
「いや。まあ・・・呪われてそうな場所だがね」

フェイク・マンハッタン。

石化したセントラルパーク、とも言われている。
住民達も気味悪がってなかなか近づかない上に
開けた場所ということで、迎え撃つには絶好の場所らしい。

レオナルド、ザップの二人はバイクに乗り込んでいる。
サップの頭の上にチェインが乗り、またザップと口喧嘩を始めた。
その隙に、すっとスーツの青年に近づいた。

「ありがとうございます」

振り返ったスーツの青年はこちらを一瞥したが、
興味がなさそうに視線を遠くに飛ばした。

「・・・勘違いしないでくれ。
そちらの提案でこちらが損することがないから便乗したまでだ。
貴方が死のうがこちらには関係ない」
「ええ、分かっていますよ」

冷徹に切り返す相手をみていると、
この人はライブラという組織の中で
そうせざるを得ない役所なのだろうと気づいてしまう。
本人は望んでやっていると思いこんでいるが
必要以上に冷酷になろうとするところに歪みを感じてしまう。

嘗てスパイをしていた自分のようだ、と。
いや、今も変わらないのかもしれないが。

そう思っていたら、いつの間にかこちらを伺っていた相手に
不審そうに眉を寄せられてしまった。

「・・・人を見て笑うのは、貴方の癖なのか?」
「いえ、すみません。ですが貴方は・・・損な性格ですね」

「・・・は?」
「お節介ですみません。
ですが、貴方は他のメンバーが気づかない闇を
一人で背負い込もうと・・・していませんか?」
「・・・」

彼は視線を外し、遠くを見やる。
応えない青年の視線の先を追う。
西の方角。
もう見えないリーダーの大きな背中は、
人を疑うことをよしとしない真っ直ぐすぎる気質を伺わせた。

「・・・クラウスさんは実直ですね。
屹度貴方が裏でしているであろう行いを予想もしていないでしょう」
「・・・何が、いいたい?」

振り返った青年の、殺気さえ感じられる冷酷な目。
周囲の空気が凍りつきそうなほど張りつめている。
けれども、それさえ彼が背負わざるを得ない役どころだとしたら。

その場の空気を壊さないようにそっと告げる。

「一人で背負い込める闇には限界があるのですよ・・・。私のように」
「・・・貴方も、そうだと?」
「似ている、と思いますが。
そうですね・・・ザップさんとか如何ですか?」
「は?」

余程想定外だったのだろうか。
虚を突かれた表情に、緊迫した空気があっさりと緩んだ。

「闇に関する相談相手ですよ。
きっと裏事情も察した上で、貴方の苦悩を一刀両断にしてくれますよ」
「あの人間の屑にかい?・・・余計なお世話だ」
「そうですね。でも、貴方も屹度、一人じゃないですから」
「・・・。さっさと行ってくれ。逃げられるぞ」
「ええ。貴方も、お気をつけて」

立ち去ろうとして、ふと思い出した。

「ああ、そうでした。
・・・貴方の名前を教えていただけませんか?」

ただ一人だけ、名前を最後まで悟らせなかった青年。
答えがなくても構わない。
だが、知りたいと思う心だけは、伝えてもよさそうだった。

ヘリに乗る直前。
爆音に紛れて呟きが微かに聞こえた。

「・・・スティーブン」

「スティーブン・A・スターフェイズ、だ」

*   *

ヘリに乗り込むと、ギルベルトからヘッドフォンを渡された。
扉を閉じて、後部座席に深く座りこむ。
大した揺れもなく浮き上がる感覚に、彼も素晴らしい操縦テクニックを持つのだろうと推測された。

・・・うちの飛空艇団長に紹介したいものですね。

ヘリが目的地へ向けて出発する。
隣に座るレギオンは多少緊張しているのか。
じっと耳を澄ましているようだった。
ヘッドフォンを装着すると、各地の音声が一気に流れてくる。
レギオンに倣い目を閉じれば、頼もしい声が飛び込む。

『皆さん!建物に避難して下さい!!!』

まず飛び込んできたのは、礼儀正しくクールな声。
どうやらツェッドのいる北らしい。

『んなこといって、間に合うかあ!!!』
『自己責任で回避してください!!!』
『酷えええ!!!』

・・・自己責任って。
結構厳しいことをいいますね。

『はいはい。さっさと避難しなさい!
さもなければあたしが撃つわよ!!!』

次に飛び込んできたのは、鋭い女性の声。
南へ向かったK・Kという女性だろう。

『姐さん、冗談きついっすーーー!!!』
『ギャー!!フライフィッシュが降ってくるーー!!!』
『巻き込まれたら死ぬーーー!!!』

金髪の女性の弾丸に追われて、住民たちは避難しているらしい。
・・・その割には何処か余裕を感じさせるのは何故でしょう。

『どきたまえ!』

割り込んできた覇気に溢れる声は
西へ向かったライブラのリーダー、クラウス。

『そうですよ、危険ですよ!』
『け、警部補もっと下がってください!』
『煩い!てめえら全員、防衛ラインより下がりやがったら降格!!!』
『またですか!!!』

警部補、と呼ばれる人物も避難のため指揮をとっているらしい。
・・・現場の前線にでられるのはちょっと羨ましいですねえ。

『チェイン、フェイク・マンハッタン付近の封鎖は』

最後に飛び込んできたのは、
冷静な指揮官・・・スティーブンの声だ。

『あと5分で完了するそうです!』
『了解した。引き続き頼む』
『はい!』

個性溢れるライブラメンバーの奮闘ぶりと
救助される筈の住民達+治安維持部隊の、何ともタフなやりとりに思わず唸った。

「・・・うーん。ここの方々もなかなかに逞しいですね」

*   *

霧にけぶる高層ビル群を見下ろしながら、
ヘリはフェイク・マンハッタンへと飛んでいく。
見事な都市を本当はもう少し観察したかったがそうも言っていられない。

石化した大広場が見える手前の上空でヘリが停止する。
集合場所に先に到着したらしい。
暫く見下ろしていれば、小さなバイクが走ってきて
銀髪の青年と茶色の癖毛の少年が中央で周囲を伺っていた。

『ちっ・・・全然見えねえな・・・
レオ!タイミングと方角を言え!!!』
『は、はい・・・!』

少年、レオナルドがゴーグルを装着し、集中して周囲を見渡している。

『・・・来ます!あと5分くらいで、ザップさんからみて7時の方向!』
『よし、てめえはさがってろ!!!』
『はい!!!』

レオナルドが大広間から走って離れていく。
一人佇む銀髪の青年、ザップが懐から何か小さなものを取り出した。
彼は右手でぐっと握り込む。

『・・・斗流血法、カグツチ!』

彼の言葉に沿って、瞬時に吹き出した赤い液体。
もしかして、あれは血液だろうか。
赤い液体は、意志を持つかのように
細い糸へと代わり、うねっていく。

『刃身の弐・空斬糸、赫綰縛!』

大量の赤い糸が広場上空を覆う。
彼の斜め後方の空から飛び出してきた巨大な何かが、
その糸に絡め取られる。

・・・アルテマウエポン。

赤い糸が織りなす網へと変化していく。
捕らえられたウエポンが、網に逆らって飛び出そうとする。
ぎし、と音がしそうなほど軋む糸に、彼の呻きが微かに重なった。

『くっ・・・流石に、重ええ・・・!!!』

そこへ重なる声は。

『斗流血法!!!シナトベ!』

水色の肌、常に礼儀正しい彼、ツェッドだった。

『刃身の伍・突龍槍!!!』

大広場の北から飛び出した彼は、
ザップに並ぶように駆け寄ると、その手にしていた赤い三又槍をウエポンに投げつける。

『空斬糸!!!』

槍がウエポンに突き刺さる直前、ツェッドの声で無数の糸が展開される。
強烈な風を纏う網が、赤い網の上からウエポンに絡みつき、ウエポンの動きを封じ込めていく。

『ちっ・・・!魚類!てめえも下がってろ!』
『引きずられていたのは誰ですか』
『うっせえ!!!』

ウエポンの巨体が徐々に後方へと傾いていく。
更に。

『・・・グレンブリード流血闘術!!111式!!』

覇気に満ちた声が響き、大広場の西から赤毛の大男・・・
彼らのリーダー、クラウスが堂々と現れる。
クラウスはとん、と跳躍すると大きな拳を構える。

『・・・十字型殲滅槍(クロイツヴェルニクトランツェ)!!!』

拳から噴き出した赤い・・・こちらも血液だろうが・・・が
巨大な十字架となって、ウエポンの背後から襲い掛かる。
羽や背中に何重もの赤い十字架が刺ささっていく。

「ちょ、あいつ別に羽で飛んでるわけじゃあ・・・!!!」
「・・・いえ、狙い通りのようですよ?」

背後に突如追加された重みでバランスを崩した巨体。
そして、十字型に巻き付く赤い糸。
ザップとツェッドが糸を更に引っ張り、抗うウエポンが大きく吼える。
ウエポンの前に集まる光が放たれる直前。

『954血弾格闘技(ブラッドバレットアーツ)!』

姿は見えずとも、鋭い女性の声が割り込む。

『・・Electrigger 1.25GW!!!』

南から電撃を纏った鋭い弾丸がウエポンを貫き、光が霧散して消えていく。
巨体が、ずううん、と地面を響かせて石の広場に墜ちていく。
すぐさま起きあがろうとするウエポンだったが。

『・・・エスメラルダ式血凍道』

淡々と、だが力を秘めた声がその場を制する。
大広場の東からやってきたスーツの青年、スティーブンだ。

『・・・絶対零度の地平(アヴィオンデルソロアブソルート)!!!』

地面と共にウエポンが凍り付いていく。
丁度両足が巨大な氷像のように地面に縫いつけられている。
あっという間にウエポンの動きを止めて見せた彼らに素直に驚嘆する。

「つ、強ええ・・・!!!」
「・・・素晴らしいですね。皆さん、見事な連携です」

ヘリがウエポンから少し離れた地点へと着陸する。
扉を開け、地面に降り立てば、スーツの青年・・・スティーブンがふう、と凍れる息を吐き出した。
そして、くるりとこちらを向き直る。

「・・・リーブ。交渉したいなら今だ」
「ええ。ありがとうございます」

笑顔で答えれば、ふいとすぐに視線を外される。
・・・あの性格だとすぐ気疲れしそうですねえ。
そんな失礼なことをこっそり思いつつ、ウエポンを見上げる。

「では、行きましょうか」
「了ー解!」

当たり前のように背後についてくる護衛を
ひょい、と振り返る。

「・・・レギオン」
「何ですか、局長」
「こんなときまで護衛しなくていいんですよ。
今の私は局長でもありませんし」
「なーに言ってんですか。
あんたが局長であろうがなかろうが、
ここの人だってあんたの言葉に納得して動いたんじゃないですか。
あんたは、何処にいてもあんたなんです。
で、俺の仕事はあんたを守ること。
これ以上の理由はいらないんですよ」

きっぱりと、誇らしげに言い切った護衛に苦笑する。

「・・・強情ですねえ」
「感想そこですか!!!」

赤い糸と氷に絡まれて動きを止めたウエポンの前に回り込む。
絡め取られたまま、ウエポンは巨大な腕でなぎ倒そうとするが
背後にいた護衛に庇われ、更に遠方から放たれた弾丸が、腕を貫く。
レギオンが思わず賞賛の口笛を吹く。

「・・・凄え」

ウエポンは貫かれた腕をひき、こちらを警戒しているようだった。

「失礼しますよ」

レギオンの横を通り過ぎ、巨大な目を見上げて相対する。

「初めまして・・・ではないのですが、
リーブ・トゥエスティと申します。
貴方と交渉しにきました」

見上げなければ、アルテマウエポンの視線を合わせることは不可能だが。
厳つい顔のままこちらの出方を伺っているように思われるのは、楽観的すぎるだろうか。

「貴方は今、
異世界で自分の役目を果たせずに困っているのではありませんか?」

じっと動かない巨体。
彼がもう一度腕を振るえば、こちらは一撃でライフストリーム行だろう。
それとも、異世界で死ぬと還れないのだろうか。

「そして我々も、元の世界に戻れずに困っています。
そこで提案ですが・・・」

にっこりと笑顔を浮かべる。

「一時的で構いません。
・・・我々の仲間になりませんか?」

提案すると、何故か周囲から驚愕の叫びが重なった。

「「「仲間あああああ!???」」」

・・・そこまで驚かなくてもいいんですけどねえ。
自分の長いつきあいの部下は、背後でぼそっと呟いた。

「あんた、相変わらずぶっとんでるなー」

レギオン含めライブラたちギャラリーの反応を密かに楽しみつつ。
アルテマウエポンの出方を今度はこちらが伺う。
辛抱強く視線を外さずに待っていると。

『・・・何故、』

思わず、と言わんばかりの感情の伺えない低い声が届いた。
ウエポンも喋れたんですね、と密かに感心しながら畳みかける。

「我々を召喚したフェムトさんは
貴方がこの世界を破壊することを望んでいます。
つまり、貴方が破壊をする限り、元の世界には戻れないわけです」

答えはない。
けれども、こちらの提案を理解しようと
次の言葉を待ってくれていることは確実だった。

「ですが、貴方が我々の仲間になると・・・
彼らが貴方を攻撃する理由がなくなります。
いえ、寧ろ共に戦っていただければ心強い筈です。
それはフェムトさんにとっては都合の悪い話だと思いますが?」
『・・・元の世界に戻される、と?』
「確定ではありませんが、可能性は高いと思われます」

そう締め括ると。
生物ではない筈のウエポンが、何処となく肩を竦めたように見えた。

『・・・よかろう。
そなたらの仲間になろう。
ただし、元の世界に戻るまで、だ』

交渉成立。

「十分ですよ」

*   *

何処でもない場所、同時刻。
巨大な城の一室、豪奢な安楽椅子に腰かける男がいた。
アルテマウエポンを召喚し、その動向を逐次傍観しては
住民たちが右往左往する様子やら、ライブラの戦闘振りを楽しんでいた筈だったが。
壁中に飾られたモニターに映し出された光景に、思わず立ち上がった。

「な、な、な、なにいいいいいい!?」

モニターの中で、ウエポンと見たことのない男が暫く相対していたと思ったら。
その後、にこやかな笑みを浮かべた男の背後となる空中を、わざわざ召喚したモンスターが大人しくつき従う。
男とライブラのメンバーは知り合いなのか、何か話し込んでいたものの、それ以上の戦闘は起こりそうになかった。

*   *

再び、フェイク・マンハッタンの大広場にて。

「・・・という感じで如何でしょう?クラウスさん」
「見事です、リーブ。ご協力感謝します」
「いえ、こちらこそ助かりましたよ」

クラウスがすっと右手を差し出す。
その手を握り、しっかりと握手を交わす。

『・・・力が必要なときに呼べ』

アルテマウエポンがその声と共に、遥か上空へと飛び立つ。
とはいっても、結界とやらが張っているいるならば
そう遠くまでいけない筈だが。
隣にきたレギオンがその行方を見送る。

「・・・うっわー」
「ある意味、魔獣使いだね」

その更に隣に、いつの間にか集合していたチェインが感心したように頷く。
レギオンがげんなりと肩を落とす。

「あー。魔獣だけじゃないですけどー」
「何か言いましたか、レギオン」
「いえ!何でもないです!!!」

ざわつくものの、ウエポンに攻撃の意志がないとわかり、軍隊が待機状態に変わる。

そうして。
何度か起こる大事件で大きな力が必要なとき、
ひとっ飛びで加勢に来た上、あっさりと倒してしまうウエポンに
とうとう召喚者フェムトが切れた。

「っったく余計なことをしてくれたものだ!!!
僕がライブラで遊べないじゃないか!!!!」

いらいらしながら彼が腕を振りあげれば、
ウエポンの周りに突如蒼い魔法陣が出現した。
ずずず、と響く音は周りを引き込んでいく。

『・・・そなたも戻るのだろう?』
「え?」
「あーれー」

ぱしっと振られた尻尾にのってレギオンと、リーブは
再び魔法陣に巻き込まれていく。

「ちょ、あんたら!!!」

焦るライブラのメンバーを一人一人見つめ、深々と頭を下げる。

「どうやら戻るときがきたようですね。ありがとうございました」
「お邪魔しましたー」

*   *

気が付くと、夕暮れに染まるコスモキャニオンに立っていた。
隣のレギオンが絶景かな絶景かなと帰ってきたことを喜んでいる。
見上げれば、相変わらずの巨体でアルテマウエポンが佇んでいた。

『我は暫し眠ろう』
「・・・よろしいのですか?」
『・・・何がだ』
「嘗て貴方が星の敵と見なした魔晄炉・・・。設計者は私ですよ」
「ちょ、何言ってんですか、局長!!」

途端に慌てだす部下を放置して、この世界の番人に対峙する。
彼は静かに判決を下す。

『・・・時がくれば、相見えることもあろう。
だが未だ、その時ではない』
「・・・意外と、寛大なんですねえ」

くすっと笑う。

「・・・ありがとうございます」

ウエポンを見送り、さて我々も帰りましょうかと振り返れば。
頭の中に、久方ぶりの相棒の声が響いた。

『あー。リーブはん』
「ケット。どうしました?」
『無事のご帰還おめでとさん、・・・なんやけど。
覚悟しといたほうがええと思うで?』
「は?」

*   *

WRO本部に戻り局長室の扉を開ければ、
部屋のど真ん中に一人の女性が立っていた。
仁王立ちで両手を腰に当てた彼女は、
目に見えそうなくらい凄まじい怒気を纏っていた。

「・・・リーブ!!!!」
「うわあっ!!!って、シャルアさんですか。どうされました?」
「お前はまた勝手に行方不明になりやがったな・・・・!!!!
トップのくせに連絡を怠るとはどういうことだ!?」
「えっ・・・!?
前回は時間が止まっていた筈では・・・」

首を傾げる。
前回、ケット・シーと共に美しい異世界に召喚されたときは
出発時刻と帰還時刻がぴったりと一致したのだった。
今回も別世界とはいえ、異世界への召喚だったために
てっきり同じようにこちらの時は進んでいない、と思っていたのだが・・・。

ふと目の前の女性をみれば、
シャルアの動きが止まっていた。
傍らのレギオンも何故か固まっている。
おや、ともう一度首を傾げたら、
アルトのおどろおどろしい声が遮った。

「・・・前回、だと?」
「あんた、もしかして2回目だったんですか・・・!?」
「・・・あ。」

そういえば、前回は余りにも摩訶不思議すぎて
一言も彼らには報告していなかった。
何しろこちらの時間は全く経過しておらず、
証拠としては自分たちの記憶と、花冠のみ。
これからも報告することはなかった、筈だった。

「・・・あーあ。リーブはん、ゆうてしもた」

前回共に異世界に飛ばされた相棒が、傍観者的な発言をかます。
ちょっと、弁護してくださいよ、と抗議する前に。

「・・・お前という奴は!!!!2回目だと!?」
「えっと・・・。ケット。
私の通信が途絶えた時間は?」
「8時間と29分41秒や」
「あ・・・。ちょっと時間かかりましたっけ・・・」

ウエポンがこちらの味方であると印象づけてこちらの世界に戻させるため、
彼らが言うところの日常的な大事件を幾つもこなしていた気がする。
まあ、自分はウエポンを呼んだだけなのだが。

そんなことをぼさっと回想していたら、
急に右腕を捕まれた。

「・・・へ?シャルアさん?」
「取調室に来い!!!」
「えええ!?ちょっと、シャルアさん、待ってください!
そもそも、取調室は貴方の管轄じゃ、」
「煩い!」
「あー。俺も証言したほうがいいですかー?」
「当たり前だ!!!あとそこの猫!!!お前も何か知っているだろう!?」
「あー巻き込まれてしもたあー」

fin.

 

ちょこっと補足。

1.ヘルサレムズ・ロッドの霧
→原作ご存じの方はお分かりかと思いますが、異界と現世が突如交わったときに現れた霧の結界です。
よって地理的でも商業などの活動によるな副作用でもありません。

2.堕落王フェムト
→ヘルサレムズ・ロッドで楽しむ暇な異界の王。
千年生きてあらゆる魔導を練り上げたという逸話をもつ、もう人間がどうこうできるレベルをすっ飛ばした変人です。

3.頭の上に乗るチェイン
→チェインは自分の存在を極限まで希釈し、姿を消すことが可能な人狼です。ザップとは犬猿の仲ですかね?
しょっちゅうザップの上に乗っては罵ってます。

4.霧の中、高速移動するウエポンを視るレオナルド
→レオナルドはとある事件で、「神々の義眼」を埋め込まれた少年です。
視る、という能力に関してはほぼチート。特定の人物をHL中から探し出すことも多分出来ます。

5.さり気無くつま先を軽く動かすスティーブン
→原作(漫画)を読まれた方はご存知かと思いますが、アグハデルセロアブソルート(絶対零度の小針)を仕掛けようとしてました。エスメラルダ式血凍道の技で、 小さな氷の針を打ち込むことによって、相手を氷漬けにできます。
まあ要するに、怪しすぎるリーブさんが不審な動きをすれば瞬時に氷漬けに出来るよう、針を仕込もうとしてレギオンに阻まれた、という感じでしょうか。

6.北北東
→何となく血界戦線、EDのノリで。「北北東は後方に その距離が誇らしい 世界中を驚かせ続けよう!」という歌詞が後半にあるので、じゃあ恐ろしいアルテマウエポンは北北東にでも逃げておこうかと思いました(笑)。

7.喋るアルテマウエポン
→FF7では特に喋ってませんでしたが、初登場のFF6では「我はアルテマ・・・」とか自ら名乗ってくれているので何気に喋ってくれそうかなと。

8.リーブさんとギルベルトの声
→同じ声優さん、銀河万丈さんだったので、つい(笑)。

9.「また俺その役回りっすか」とぼやくザップ
→原作、「震撃のハンマー」にて、最後飛ばされたレオナルド救出のためにザップは血糸の網を張っています。
この作戦を言い渡されたとき、ザップはクラウスに不満を訴えていたので。

10.ザップと呪われたフェイク・マンハッタン。
→血界戦線、公式ノベライズ「オンリー・ア・ペイパームーン」の最終決戦地。因みにノベライズ前半でザップは呪われました(笑)。

11.リーブさん曰く「スティーブンが裏でしているであろう行い」
→こちらも原作(漫画)をご存じであればお分かりかと思いますが、スティーブンはクラウスにも秘密の私的な戦闘員をもってまして、彼らを暗躍させてはライブラを狙うスパイを秘密裏に始末したりしています。

12.スティーブンのザップ評価「人間の屑」
→ザップは基本的にギャンブル大好き、且つ女性のヒモ生活してます。決めるところは決めるし戦闘の天才でもあるけれど、如何せん私生活がいただけない(笑)。でもその代り裏の情報にも詳しい気がします。

13.異世界への召喚何気に2回目のリーブさん
→連載開始時にこっそり書いた通り、前回は「召喚」でケット・シーと共にセフィーロに飛ばされています。