魔法

それは、まだボクが単なるスパイだった頃の記憶。

「ねえ、ケットは魔法使わないの?」

保護対象である古代種、エアリス・ゲインズブールから無邪気に訊かれた内容が理解できず、無機物らしく動きが止まった。

「・・・へ?」
「おいおいエアリス。こいつはロボットだぜ?魔法なんか使えねえだろ」

回路が止まったボクの代わりに、憎むべき敵、バレット・ウォーレスが皮肉にも代弁してくれた。確かにケット・シー自身が出来る攻撃はなく、あくまでデブモーグリを操り、打撃系のダメージを与えることしかできない。
けれど、笑顔でのぞき込んでくる女性の表情は変わらなかった。

「うん。でもね、ケットはきっと使えると思うんだ」
「どういうこと?エアリス」

興味を持ったのか、同じくアバランチメンバーのティファ・ロックハートが近づいてきた。

「私の勘!!!」

えっへん、と断言したエアリスに、なんだ勘かよ、とバレットは再び歩き出す。

「・・・やってみれば分かるだろう」

年の割にやけに落ち着いた、というよりは無関心な声で、監視対象者である金髪の少年、クラウド・ストライフが結論を出した。

*   *

法の練習を宿の中でやるのはまずい、ということで一同は町外れの公園に移動していた。

「よし、じゃあ初心者はファイアからだね!」
「はあ」

砂場の上にたつ教師役のエアリスを、生徒役のケットは珍しくデブモーグリから降りて見上げていた。
手袋の上に置かれた緑色の石。
「ほのお」のマテリアであるが、つい先日拾ったばかりでファイアしか使えない。

そして。

砂場を遠巻きにしているのは、クラウド含む彼らの仲間たちである。
彼らが離れているのは、魔法が暴走したときに被害を被らないためだ。
勿論、暴走しないようにエアリスがマバリアを張ってくれているのだが。

・・・なーんや、ボクが監視されてるみたいやないか。

こっそり見張る側の筈の自分が注目されていると、何やら落ち着かない。

「じゃあ、これ持って!」
「木の棒でっか」

木の棒を右手に、マテリアを左手に持つ。

「そ。これに火を灯すのが目標ね!」
「いい?魔法はね、イメージするのが大切なの。心で使うんだよ」
「心・・・」
「棒の先に、マッチでつけたような小さな火を思い浮かべて。
最初は目を閉じた方がイメージしやすいんだけど・・・ケットは無理かな。強く強くイメージして!」

ボクは確かに目を閉じれないけど。

『今、目閉じとるやろ?』

声をあの人に送ると。

『黙ってください。集中してるんですから。』

間髪入れず、声が届く。
思った通りの反応につい笑ってしまったらしい。

「こら!ちゃんとイメージして!」
「わわ、すんません!」

目の前の教師に怒られてしまった。

こりゃ、ボクも頑張らんとな。

木の棒の先をじいっと見つめる。

火。火。マッチの火。
全長約3cm、完全燃焼なら外炎は殆ど見えんか。
内炎は煤が発光しとるからオレンジ色。
炎心は酸素不足で暗い、と。

ボクのイメージと、あの人からのイメージがぴたりと重なって。

『「・・・ファイア」』

唱えた声は平素のボクよりもずっと低くなった。

「・・・つ・・・いちまった」
「ケット、凄いわ!」
「戦力が増えたな」
「うっそー!!!なんでなんでー?」
「け、けどよう、やっぱり人間様の方がすげえってことだな!」
「どうして?」
「あいつの炎はちっせえからな!!!」
「バレットのは暴走してたじゃない」

木の棒に、寸分違わずイメージ通りの炎がついていた。
呆然としていると、楽しそうな声が降ってきた。

「ね?出来たでしょ?」

自分よりも余程自信満々といった笑顔に、成程なあと納得する。
魔法は心で使うもの。
だから、彼女の魔法は強力なんやろな、と。

そして同時に思う。

『MPはどっから来てるんやろ』
『ケット・シーにMP設定はない筈ですが・・・』
『ならあんさんのMP?』
『・・・調べてみるしかないようですね』

不思議そうなあの人の声。
まあボクの存在自体が世間では非常識。
そのボクが魔法を使えるなんて誰も思わんかった。

彼女以外は。

終始楽しそうな彼女が、ぱちんとウインクをした。

「ね?貴方も戦えるよ!」
「・・・え?」

何気なくかけられた言葉が、何故か胸に響いた。

*   *

「私も、戦える・・・?」

神羅ビルの一室で、リーブは一人呟く。

エアリスの言葉は、デブモーグリだけじゃなくケット・シーも戦える、という意味だろう。だが、リーブには更にもう一つの真意があるように響いた。

ケット・シーだけでなく、リーブ自身も戦える、と。

いつの間にか上の指示に従うこと、組織の歯車になることに流されていた自分。
仕方ない、と思っていた、のに。
出来ないと決めつけてやろうともしなかった、みなかったことにしていた可能性が、ここにあるかもしれない。

ケット・シーが魔法を使えるとは思いもしなかった。

ソルジャーでもない自分に戦う力など、組織に抗う力など、全くない。だから仕方のないことだと諦めていたけれど。

もし、リーブ自身も魔法を使えるのならば。

いや、使えなかったとしても。
他に戦う力を持っているかもしれない。

諦めずに、己の信念を貫くための力を。

「・・・」

気づいてしまった可能性に真正面から向き合うには、もう少し時間が必要だった。

fin.