G級ハンター

「あ!リーブ町長!
もしかして、シャルア所長ですか?」
「ええ。彼女はいますか?」
「すみません。まだクエストから戻られていないので・・・」
「・・・そうですか」

ウイルス研究所から戻ったリーブは、はあ、とため息をひとつ零した。
ため息はみえないが、実体化したとすれば
この執務室に巨大な塊がずん、と重くのしかかるのだろうと思う。

シャルア所長がハンターを目指してから2年が経った。
研究を疎かにすることもなく、寧ろ新しい耳栓を開発したりと
ハンターと所長の兼任をそつなくこなしている。
ハンターとしての腕前もめきめきと上げているらしく、
色素の薄い髪をポニーテールにし、
戦闘中も絡まることのない美しい髪に見惚れる男性ハンターも多いとか。

そう。
所長として研究所に引きこもっていた頃はあまり露見されていなかったが、
今はハンター中に彼女の美貌が知れ渡っている。
彼女に求婚する男性も少なくないそうだ。

ハンター業も忙しく、ハンター同士のつきあいもあり、
シャルアと直に顔を合わせる機会がめっきりと減ってしまった。
勿論町長命令で呼び出すこともできるが、私用で呼び出しては職権乱用である。
それにハンターとして必死に上を目指している彼女の邪魔をしたくない。
けれど。

「・・・ますます、手の届かない人になりましたね・・・」

くすり、と自嘲気味に笑う。

前ならば手が届くと思っていた、という訳ではない。
そもそも彼女と自分の年齢差は絶望的だ。
けれど、研究に没頭しがちな彼女なら、もう暫く、
・・・そう、リーブの願望でしかないが・・・
独り身であってくれるかと思ったが。

だが、もう世間のほうが彼女を放ってはおけないだろう。
彼女に見合う、素晴らしい男性が・・・ハンターかもしれないが・・・
彼女を射止めるのは時間の問題。

リーブには、それを止める術は元々ない。
ここで、笑って祝福の言葉と共に婚姻届を受理するしかないのだ。

「・・・損な役割ですね・・・」

町長など引き受けなければよかった。
でも、他の村々を守るこの戦闘街を
より対モンスター要塞として確立したかったは事実で。
各種届け出を受理するのも町長の仕事なのだから
どうしようもない。

「・・・?」

どたばた、と誰かが廊下を走る音がする。
かなり急いでいるらしい。

・・・緊急事態だろうか。

そう多少緊迫感をもって待ちかまえると。
予想通り、ばたんと乱暴に扉が開かれた。

「・・・リーブ!!!」
「シャルア、さん?」

大声で自分の名を呼んだのは、先ほど会おうとして会えなかった
狂竜ウイルス研究所所長にして、凄腕ハンターのシャルアだった。

が。

「その・・・お姿は・・・?」
「え?」

きょとんとする彼女は、リーブの知る白衣のシャルアとは違っていた。

長い髪は朱色の組み紐によって一つに纏められ、
無地の白い着物に深紅の胸当て、緑青色の袴に身を包んでいた。
凛々しくも、神聖な何かを纏っているようで。
もう軽々しく近寄ることもできない。

・・・ああ。
彼女は本当に、遠い存在になってしまったのだ。

「ああ、これか。EX艶シリーズというらしい。
これでもハンターの装備だ。似合うか?」
「ええ・・・。とても、綺麗ですよ・・・」

彼女の袴姿が眩しくて、目を細めて答えれば。
普段は冷静な彼女は途端に慌てだした。

「そ、そうか?」

頬を赤く染める彼女など、所長のみだった時代ではみれなかった。
きっと、素敵な出会いがあったのだろう。
彼女をそうして誉めてくれる優しい異性との出会いが。

シャルアははにかんだ。

「どうしても、すぐあんたに渡したくてな。
ハンター装備のまま来てしまった」
「渡すもの・・・?」
「これだ。さっき、やっと、やっと手に入れたんだ」

シャルアは腰に差していたらしい何かを取り出し、リーブに手渡した。

「これはっ・・!まさか!」
「ああ。『祖龍の剛角』だ」
「・・・本当に・・・取ってきてくれたんですね」
「当たり前だ。あたしは一度決めたことはやり通すからな」
「ええ。そうですね・・・」

手に取った純白の角は、わずかな光にも輝いている。
どれほど大変だったのだろう。

「・・・ありがとう、ございます」

そうして、嬉しいのと同時に、寂しくなった。
約束も果たされた。
もう、彼女を縛るものは何もない、と。

「・・・それをあんたに渡せたら、絶対に伝えたいことがあった」
「何でしょう?」

シャルアの碧目が優しく煌めいた。

「好きだ」
「・・・え?」
「あたしと、結婚してくれ」
「・・・え、・・・えっ・・・?」
「返事はすぐでなくていい。あんたの答えをいつか、聞かせてくれ」

ぽかんと石像のように固まったリーブをみて、
シャルアは柔らかく笑った。

「あたしはいつまでも、待っているからな」

そういって、彼女は部屋を出ていった。

*   *

「・・・」

衝撃が大きすぎて、動けない。

・・・今、彼女は何と言った?

いや、そもそも自分は袴姿の彼女に見惚れていたのだから
幻聴だったのかもしれない。
そう、彼女はただこの角を渡して、
どうだ自分はG級ハンターになったぞ、ざまーみろ!
・・・的なことをいわれただけではないか。

けれど、
幻聴にしては、内容が想定外すぎている。

思考が停止したまま、そっと角を手に取る。

伝説の古龍の角。

「・・・それな。シャルアはん、ここ1ヶ月、毎日挑んでたんやで?」
「・・・ケット・シー・・・」

いつの間にか部屋にいたのは、親友のケット・シーだった。

「何度リタイアして、大怪我しても・・・絶対に諦めへんかった」
「・・・大怪我、していたのですか・・・」
「まあ、シャルアはん秘薬とかぎょうさんもっとったから
長引く怪我はなかったけどな。でも、大変やったんやで?」
「ええ・・・」

そっと角の表面をなぞる。
硬質で傷ひとつない。きっとよい撃龍槍になるだろう。

「そんで、他のハンターに求婚される度にゆうとった。
『あたしは、祖龍の剛角をもってプロポーズしたい相手がいるんだ。
だから、すまない』・・・って」

弾かれたように顔を上げる。
そこには満足げに満面の笑みを浮かべる親友がいた。

「リーブはん。もう、とっくに答えはでとるんやろ?」
「・・・ええ。そうでしたね・・・」

*   *

こんこん、とノックをする。

「誰だ?」
「・・・私です」

狂竜ウイルス研究所の奥、居住スペース。
リーブはちゃぶ台を挟んでシャルアと向かい合っていた。
シャルアは少し崩して座り、リーブは緊張感をもって背筋を伸ばして正座している。

先に口を開いたのはシャルアだった。

「・・・リーブ。あれは、ちゃんと使ってくれるんだろう?」
「ええ。勿論、町の装備に使わせていただきますよ」
「そうか」
「はい」

「「・・・」」

少し沈黙が流れた。
探りあうような、ぎこちない空気を和らげるように
リーブはふう、と小さく息を吐き出す。

「・・・シャルアさん」
「なんだ?」
「私はどうも、ハンターにはなれそうもないんですよ」
「ああ。皆が全力で阻止するだろうな」
「ですから、貴女と共にクエストに挑むことはできません」
「ああ」
「貴女より14も年上ですし・・・」
「それがどうした」
「・・・一応町長ですから、
貴女と自由に過ごせる時間はあまりありません」
「知っている」
「貴女のお役には、貴女の幸せにはなれそうもないですが・・・。
それでも、・・・いえ、これでは貴女への答えにはなっていませんね。
・・・シャルアさん、」
「・・・」

先程からシャルアは真剣な眼差しで一度も目を逸らさない。
それが彼女の覚悟だと分かっているから、リーブは観念したように笑った。

「・・・私も、貴女が好きですよ」

ぱっと彼女の表情が輝きだす。

「それじゃあ!」
「・・・まさか女性に先を越されるとは思いませんでしたが・・・。
改めまして。
・・・私の、妻になっていただけませんか?」

一生出来る筈もないと諦めていたプロポーズ。
未だにこれが現実かどうか、自信がないけれど。

「当たり前だろう!!!」

返事は、全ての躊躇いを吹き飛ばしてくれるような力強い笑顔だった。

「・・・何か貴女がくださった祖龍の剛角に釣り合うくらい
役に立つアイテムで求婚したかったのですが・・・。
残念ながら、今私が貴女に渡せるのはこれだけです・・・」

懐から一つのアイテムを取り出す。
シャルアに手渡すのは、約束をしたあの日と同じ、緑色の玉。

「これは」
「・・・クエストに行かれるのは仕方ありません。
危ないですし、怪我されるのも困りますが・・・。
せめて、これを使って無事に戻ってきてください」
「戻り玉、か。ありがとう」

素直に受け取るシャルアへ、リーブは苦笑して続ける。

「少しお待ちください。もっといいもので改めて求婚しますから・・・」
「嫌だ」

きっぱりと遮られる。
急にシャルアの表情が険しくなった。

「え?」

きょとんと見返せば、シャルアは完全に怒りの形相でこちらを睨んでいた。

「そもそもあんたが祖龍の剛角なんてレア中のレアものを要求するから、
あたしがそのレア度を理解した時、どんだけ焦ったか分かるか?」
「ええ??」
「あたしが手に入れる前に、
あんたがどこぞの女に取られたらどうしようかと・・・
こっちはどれだけ焦ったか!!!」

シャルアが拳を叩きつけ、ちゃぶ台が大きく揺れた。

「あ、あの、シャルアさん落ち着いて・・・!!!」
「落ち着いてられるか!もう待てん!!リーブ!!!」
「は、はい?」

キッと鋭い眼光で射貫かれ、ただ応えるのが精一杯だったのだが。
彼女はとんでもないことを宣言する。

「今すぐ、町庁へ行くぞ!」
「え、何故、」
「決まっている。婚姻届を出すぞ!!」

一瞬何を言われたのか理解が追い付かず。
意味をやっと掴んだ時には、思わず叫んでいた。

「え、えええええ!?も、もうですか?!」
「不満か?」
「い、いえ、そんなことは・・・!!!」

   *   *

シャルアが祖龍の剛角を手に入れたその日のうちに
リーブとシャルアは夫婦となった。
数日後には、街中を巻き込んだお祭り騒ぎ野中、結婚式が執り行われた。

それから。

「・・・行ってくる」
「ええ。シャルアさん、これを・・・」

リーブがクエストに出かけるシャルアに渡すものは
戻り玉と、そして。

「・・・肉?」
「はい。ティファさんに教えていただきまして。
元気ドリンコもお持ちでしょうけど、予備ということで」
「・・・旨そうだ。ありがとう、リーブ」
「いってらっしゃい、シャルアさん」

余談。

シャルアは久方ぶりにユフィとクエストに挑んでいた。
遺跡平原にてモンスターを追いかけまわし、スタミナ回復のためにシャルアはアイテムを取り出す。
ユフィがひょこっと覗き込む。

「・・・あれ?シャルアがこんがり肉なんて持ってるの初めてみたー」
「ああ。リーブに渡された」
「おっちゃんもシャルアみたいな美人のお嫁さんゲットできて幸運だよねー!」
「ふん。だといいがな」

がぶり、と一口。
そして、止まった。

「・・・シャルア?どうしたの?」
「・・・。旨い」
「え?」
「肉がこんなに旨いとは・・・!!!」
「え?もしかしてシャルア・・・こんがり肉初めて?」
「あたしが焼くと、黒くなる」
「それ焦げ肉だって!
ティファのこんがり肉も食べたことなかった?」
「・・・。そういえば、なかった」
「よかったじゃん!これでシャルアもこんがり肉の美味しさに目覚めたってことで!」
「ああ。料理のできる夫を持つと幸せだな」
「・・・。あれ?それ、リーブが焼いたの?」
「そう、言ってた」
「へええ。ちょうどバランスとれてるんだね、あんたたち」

fin.