Heaven’s here おまけ

結婚。

文字にしてみても未だに実感がわかないそれをどうやら私はしたらしい、と目の前の女性をみて思う。

「ん?どうしたリーブ」
「ええ、まあ・・・」

結婚して密かに籍も入れて。名前は諸事情あるので対外的には変えずに。相変わらず怒涛のように押し寄せる日常の合間に、私は彼女に何ができるのだろうと考えて・・・そういえばと気づいた。

一応、住む家とかいるのだろうか、と。

WRO本部は山の中だから、一軒家を建てるとしたらここから離れた郊外になるだろう。彼女が住むのだからセキュリティーは万全にしないと。そう、彼女に提案してみたら、一言の下に却下された。

「遠く離れた場所であんたの帰りを待つなんて、このあたしがすると思うか?
あたしはあんたの隣で共に戦い、あんたを守るんだからな!」

・・・と。何とも夫として立つ瀬がなく勇ましい答えを貰ってしまった。

ならば本部に隣接するWROの寮、私の部屋となっているところをリフォームしようかと考えついた。元々WRO寮の最上階は複数人が宿泊できるゲストルームとして設計していた。自分は局長室に泊まり込みだろうし、使わないだろうと。すると部下たち、主に元都市開発部門の部下から猛反発を喰らい、あまつさえ「貴方は局長なんですから最上階に住んでください!でないと部下の誰も住みませんよ!?」と謎の脅しをかけられ・・・今に至る。どうせ無駄に広く、私もほぼ使っていないのだから丁度いいだろうと。これにはあっさりと合意を貰った。

そして、彼女は神妙な顔で切りだした。

「リーブ。シェルクのことなんだが・・・」
「ええ・・・。シェルクさん、共同部屋より一人部屋の方がお好きでしょうか・・・?」
「・・・ん?」
「リビングは一緒にしたいのですが流石に全て共同、というのも遠慮されるかもしれませんし・・・。女性の好まれる様式は色々ありますけど、ご本人に聞いてみるしかないですよね・・・」

これでも本業は建築士。最近は部下たちに任せることが多いとはいえ、折角の新居なのだから全員の希望に沿う部屋を創りだしたかった。あれこれと設計を思い描いていると、シャルアが軽く目を見開いていた。

「・・・リーブ」
「はい?」
「つまり、シェルクも一緒に住む、ということでいいんだな?」
「ええ、そうですが。って・・・ええ!?も、もしかして、私のせいで嫌がられているんですか!?」

ああ、しまった!と頭を抱える。
本人の承諾も得ずに勝手に思い描いていた・・・!
どうやら自分が思う以上に、私はかなり舞い上がっていたらしい。
落ち込んでいる私に、シャルアの安堵したような、嬉しそうな声がふわりと届いた。

「・・・そんなわけないだろう?」

   *   *

あたしはシェルクの寮の部屋にいた。妹の住む部屋は極端に物が少ない。折角こんなに可愛いのだから、もっと女性らしい家具だの服だの増やしていいだろうに、と思ってしまう。
今度のことがいい機会になればいい。

テーブルに向かい合う妹に、あたしは単刀直入に告げた。

「シェルク。ここを出ることになった」
「うん。・・・結婚おめでとう、お姉ちゃん」

少しはにかむように微笑む妹が誇らしい。
DGから沢山の人の手を借りて助け出したあたしの「命」。

「それで・・・シェルク。お前はどんな部屋が好みだ?」
「・・・え?」
「あいつが次々設計図を描くもんだから追いつかなくてな。シェルクの意見を聞くしかないって・・・シェルク?」

冷静沈着な妹が、きょとんとした表情で固まっていた。あたしの問いかけに、妹は目を瞬かせる。

「・・・どうして、私に聞くの?」
「お前の部屋だからに決まってるだろう」
「え?」
「ん?」

妹を見守っていると、彼女はわたわたと慌てだした。

「だ、だって、私は・・・」
「シェルクも一緒に住むんだ」

力一杯断定系で勧誘した。

「え・・・」
「あ・・・も、もしお前が嫌なら、その、いいんだが・・・」

困惑した表情に、こちらもちょっと怯んでしまった。
あたしはシェルクと離れるつもりは毛頭なかった。だからリーブに妹も一緒に住めないか、と提案するつもりだったのだが・・・。あいつは元より一緒に住むつもりだった。それが嬉しくて、シェルクも勿論賛成だと思っていたが・・・。やっぱり聞いてみるべきだった。

けれど、妹はふるふると小さな頭を振るった。

「ううん。嬉しい。・・・でも、・・・いいの?」
「いいも何も、あいつ最初から5人で暮らす部屋を設計してるが」
「・・・5人?」

   *   *

2か月後。

「いやーええ感じやなー」
「いいだろう。さっさと白滝を入れろ。但し肉には決して近づけるな!!」
「待てハンス。その白菜はあたしが予約済みだ!」
「ふん、早い者勝ちに決まっているだろう!」
「まあまあ二人とも。まだまだありますから喧嘩しないでくださいね?」
「・・・」

WRO寮、最上階。
無事にリフォームを終えたリビングの炬燵に3人、どころか5人?が囲ってすき焼き鍋をつついている。
一人(もしくは一匹?)は食べられないのだが炬燵にちょこんと座って糸目をますます細くして楽しんでいるらしい。その隣で青い小さな頭がひょいと白菜を摘んでいく。それを悔しがっているのは姉である。そんな彼らの前に白滝やら肉やらを追加するのは・・・義兄だったり。

「シェルクさん、ちゃんと食べていますか?ああ、椎茸ができていますよ。如何です?」
「えっと・・・はい。いただきます」
「ええ。どうぞ」

ほかほかの湯気と共に茶色くて立派な椎茸が私のお皿に追加されて。それがとても美味しそうでほっこりした。

姉が結婚して。
とても嬉しかったのに、反面・・・寂しかった。
姉がやっと大切な人と結ばれて心から祝福しているのに、でも、私は姉に置いていかれると思った。やっとお姉ちゃんと一緒にいられるようになったのに、・・・また、離れ離れになるのだと。
でも、蓋を開けてみれば、私は独りにはならなかった。

そうだった。姉が決めた相手が誰か、私は知っていたはずなのに。

いつかそうなったらいいのに、と思った未来の更に発展系がそこにあった。
一つの鍋を囲む人数が2つ増え、しかも彼らも赤の他人というわけではない。義兄をマスターと呼ぶ二人なのだから、彼らも家族だろう。

暖かい輪にいられるだけで、とても幸せだった。

fin.