Heaven’s here1

涙が流れる
何かが終わっていく
何もかも全て洗い流したら
本当の自分に届く

*   *

・・・行かなければならない場所があった。
けれど、行ってはいけない、とも思った。

彼女は何を思ったのだろう?
薄情な私を責めたのだろうか。

「記憶喪失だ」
「・・・」

ぼんやりと目の前の女性を見返す。
病室のベッドは白いばかりで何の手がかりもなく。
ベッドサイドに立つ長い髪をポニーテールにした女医にも全く見覚えがない。

「まあ、取り敢えず今のあんたが知りたいことの最低限は答えてやる。
まずはあんたの正体だな。名前はリーブ・トゥエスティ。
薄々感づいているかもしれんが、あんたはこの組織、世界再生機構、WROの長だ」

少し首を傾ける。
聞き覚えのない名前。
目が覚めてから人々に散々呼びかけられた名称は、個人名ではなかったらしい。
彼らの必死の表情に何の反応も返せなかった自分。

「・・・『キョクチョウ』・・・。確か・・・そう、呼んでいましたよね」
「そうだ。あんたがこの組織を作った」

きっぱりと断言され、その言葉の重みに目を背ける。
キョクチョウ・・・恐らく、『局長』の意味。
辛うじて言葉を返す。

「・・・組織の理念は」
「星に害をなすあらゆるものと戦う、だ」
「軍隊、ですか・・・」

俯く。
武器を手に取り、命を奪う。
そんな日常を自分は繰り返していたのだろうか。
顔を上げられないまま、女性の淡々とした説明が続く。

「WROの名札を付けてる奴は全員あんたの部下、つまり味方だ」
「・・・敵もいる、ということですね」
「そうだ。何しろ規模がでかいんでな。
あんたを殺してこの組織を得られると考える馬鹿がいるってことだ」
「・・・」
「あとあんたを知る奴だが。さっきセブンスヘブンに呼んでおいた。
あとはそいつらに話を聞け」
「・・・」
「他に質問は?」

終始事務的な口調だった彼女の説明がぴたりと止まる。
何も聞きたくはなかった。けれども聞かなければ分からない。
震えを抑えられないまま、口を開く。

「・・・この組織は、機能するのですか?今の私では何も出来ません・・・」
「心配するな。何のためにあたしら幹部がいると思っている?」
「・・・」
「で、今後のあんただが・・・。
まずセブンスヘブンに行くのは決定済みだが、あとはあんたが決めてくれ」
「・・・え?」

思わぬ言葉に顔を上げる。
彼女は表情を変えずにただ自分を凝視していた。そう、自分の診察を始めた時から変わらぬまま。

「WRO関係の責任者達にはさっき伝えておいた。が。ひとつ」
「・・・何ですか」
「本部には留まるな」
「・・・迷惑だから、ですか」
「そうだ。だが、月に一回は戻ってこい」
「・・・はい?」
「定期検診があるからな」

さらりと告げた彼女が、初めて少し笑ったように見えた。

*   *

その涙に一つ
悲しみにもあげよう
君だけに分かる誰かの嘆きに
差し伸べて その手の優しさを

車に乗せられ着いた先は、臨時休業の札が下げられた店。
扉を開ければ、落ち着いた雰囲気の店内でカウンター席とテーブル席にいた客が気付き、こちらを向く。
彼らが、『自分を知る者たち』らしい。
その視線から逃れるように俯きがちに中へ入れば、女主人と思われる黒髪の女性にカウンター席へと案内された。
彼女はそのままカウンターの中に入り、自分の前にアイスコーヒーを出してくれた。

「・・・ありがとうございます・・・」
「何にも覚えてないのね?」
「・・・すみません・・・」
「謝る必要はないわ。だってリーブのせいじゃないもの」
「・・・」

親し気に名前を呼ばれ、彼女は自分を知っているのだろうと確信する。
けれども、まだ自分が『リーブ』であることすら分からず返答に詰まってしまう。
女主人はこちらを気遣うような視線を向けたまま、軽い口調で切り出す。

「じゃ、まず自己紹介しましょ。私はティファ・ロックハート。セブンスヘブンの店主よ」
「格闘家だ」

付け加えた声の主へと顔を向ける。
金色の髪に不思議な蒼い色の目をした青年がカウンター奥の席にいた。
誰だろう、と疑問に思ったことが伝わったのか、青年が再び口を開く。

「・・・クラウドだ」
「ちょっとクラウド、名前だけなの?」
「・・・他にいるか?」
「もう!」

黒髪の女主人、ティファと名乗った彼女は形ばかり憤慨して見せた。
クラウドと名乗った青年がそれ以上話さないことがわかるのか、彼女が紹介してくれた。

「・・・彼はクラウド・ストライフ。
剣士で、今はストライフ・デリバリー・サービスの社長よ」
「永遠のマテリア・ハンター、ユフィ・キサラギ!!!」

次に元気よく名乗りを上げてくれたのは、テーブル席で何やらカラフルなジュースを飲み干した女性。
ショートカットの黒髪に活動的な性格をうかがわせるショートパンツ。
クラウドに引き続きティファが補足してくれる。

「ユフィはウータイの忍よ」
「あー。その、バレット・ウォーレスだ」

何処となく遠慮がちに声を上げたのは、ユフィの向かいに座った褐色肌の男性だった。
右腕には大きな武器がついている。・・・マシンガンだろうか。

「バレットは、まあ見てわかるわね。
ガンマンよ。今は油田を掘って新しいエネルギーを探してるわ」
「天下の飛空艇シエラ号艦長、シド・ハイウインドとは俺様のことだ!」

にかっと豪快な笑みを浮かべて親指で自分を指したのは、バレットの隣に座るゴーグルをつけた男性。
行儀悪く足をテーブルに乗せていたが、ティファに空かさず厳重注意をうけた。

「全く調子のいいと言っちゃって。飛空艇団の維持費は、リーブが出してるんじゃないの」
「・・・え?」
「金があっても、俺様がいなきゃ飛ばねえだろうが!」
「でもシドだけでも飛べないでしょ?」
「ぐっ」
「・・・あの・・・?」
「あ、そうか。ごめんね。
飛空艇団はWROが出資している機関の一つなのよ」
「そう・・・ですか・・・」

知らず、視線が下がっていく。
WRO関係、となれば本来であれば『リーブ』が何か支援をしなければならなかった筈。
自分の表情の変化に気付いたのか、シドと名乗った男が眉を寄せた。

「ん?てめえ、面倒くせえこと考えてるだろ?」
「・・・え?」
「俺様の飛空艇団は、てめえが記憶喪失になろうがなんだろうが、びくともしねえ」
「・・・」
「そうよ、リーブ。WROは大丈夫。リーブは自分のことだけ考えて、ね?」

優しく微笑む女性にどう応えてよいのか分からない。
黙って視線を彷徨わせば、カウンターの下に伏せていた犬と呼ぶには大きな獣と目が合った。
襲われたらひとたまりもなさそうなほど、見事な体格とオレンジの毛並み。
獣が、ひょいと頭を上げた。

「ティファ、いいかな?」

明らかに獣から発せられた人語にぎょっと思わず身を引く。
聞こえた声は人間でいうところの男の子に近いようだった。見た目よりも年齢が若いのだろうか。いや、それよりも何故獣が人の言葉を喋るのか。
ぽかんと見返していると、獣が自分を見て少し拗ねたように顔を伏せた。

「酷いやリーブ。おいら、人を襲ったりしないよ?」
「す、すみません・・・」

慌てて頭を下げる。勝手に勘違いして彼(だと思うが)を警戒してしまった。ティファがひょいと自分を覗き込む。

「あ、そっか。普通驚くよね。ごめんね?」
「そりゃー普通猫は喋らねえな!」
「シドも酷いや!おいら猫じゃないよ!」
「すまねえ、つい」

だはは、と楽し気に笑うシドはこの獣と違和感なく会話を交わしていた。

「もう!おいらはナナキ」
「コスモキャニオンの聖獣よ。だから人の言葉を離せるの。ナナキも仲間だから」
「仲間・・・」

確かに、ティファやシドとの遣り取りは親しい者でなければ出来ないだろう。

そして一同の視線が、最後の一人に注がれる。

壁に寄り掛かってこれまで一度も話そうとしなかった、黒髪に赤いマントの青年。
余りに気配が薄いためか、視界に入らなければそこにいることに気付かないほどだった。
彼は不満そうに、視線だけこちらに向けた。

「・・・私も名乗れと?」

最低限に絞られた言葉たち。鋭い赤い目が自分を射貫くようだった。
言葉を失う自分と違い、仲間らしい彼らは気にせずに会話を続ける。

「おめえ、この状況で名乗らねえつもりだったのかよ・・・」
「そうよ、散々世話になってきたくせに」
「面倒に巻き込んでくるのはリーブだ」
「お前なあ・・・」
「でもリーブが言わないと、動かないでしょ?」
「面倒はごめんだ」

シドやティファの言葉を切って捨てるような態度。彼らは怖くないのだろうかと不思議に思う。
がしがしとシドが頭を掻く。

「ったくよお。あー、こいつは、ヴィンセント・ヴァレンタイン」
「面倒くさがりのジジイだよー♪」
「え?」

ユフィの一言に彼女を振り返る。にやっと笑った彼女は更に。

「だってこんな成りであんた、50過ぎてるんだよね?だからジジイ!!!」

すぱん!と言い切った彼女はある意味勇者だった。
関係ない筈の自分はヴィンセントの冷たい威圧感に怯えているのだが、ユフィには効いていないらしい。
凍り付きそうな視線をユフィに向けたヴィンセントが低く唸る。

「・・・ユフィ。まだジジイではない。・・・。筈、だ」
「ええー!?だって30過ぎたらもうジジイでしょ!?」

ユフィが更に畳みかけたものだから、シドとバレットが乱暴にがたんと立ち上がった。
どうやら二人は30歳を過ぎているらしい。
そういえば自分も30歳を過ぎている話ではなかったかと思うが、ぴんと来ないためにただ傍観する。
激昂した二人はユフィに詰め寄っていた。

「ユフィ、てめえ!!俺様はまだ若えに決まってんだろ!」
「ジジイは酷え!俺もまだ働き盛りだからな!」
「もう、親父どもは黙っといて!」
「ちょっとユフィ、ちゃんと謝って!それに今はリーブのことでしょ!?」

ティファがカウンターを叩いて透かさず事態の収拾を図り、はっと我に返った3人が大人しく席に着く。

「あ・・・その、ごめんリーブ」
「うっ・・・その、すまん」
「つい、カッとなっちまって・・・悪かった」
「え?あ、あの・・・いえ・・・」

3人に素直に謝られてしまい困惑する。ユフィに至っては謝る相手が違う気がするのだが。
人のよさそうな彼らを恐る恐る見回す。
女店主に剣士、忍に飛空艇乗り、ガンマン、聖獣に・・年齢不詳の青年。
仲間というには共通点がまるで見られない。

「・・・あの、つながりが、ないように見えるんですが・・・」
「おお。そうかもな」
「一見ばらばらだもんね、私たち」

うんうん、と頷く彼ら。
カウンターからこちらをみていた金髪の剣士、クラウドが答えを返してくれた。

「・・・ある旅の、寄せ集めだ」
「旅・・・?」

聞き返す前にシドがこちらに見て眉を寄せた。

「ん?そーいやおめえ、ケット・シーはどうした?」
「ケット・シー・・・?・・・あのロボットですか。
その、シャルアという人がWROに置いていけというので・・・」
「まーあれがいれば、リーブと連絡取れるしよ」

あっさりと納得したらしいシドは、ケット・シーの特性を知っているようだった。
こちらが聞きたいくらいだったが。

「・・・通信機、ということですか?」
「あー俺様も詳しくは知らねえよ」
「・・・リーブ。今、ケット・シーからの情報は受け取れるのか?」

全く会話に参加する気がないと思っていた赤い目の青年、ヴィンセントが割り込む。

「え?ええ・・・、あのロボットからと思われる画像と音声は常に伝わっていますが」

もう一つの視界。それはロボットのカメラアイと繋がっているようにしか見えなかった。
シャルアに尋ねたが、「あたしが知りたい」と大真面目な顔で返されてしまったが。

「・・・マジか。本当にリアルタイムなのかよ・・・」
「相変わらず便利な能力だねー」
「・・・能力?」
「インスパイア。お前の持つ異能力だ。詳細は分からんが、あのロボットを動かしているのはお前だ」
「動かす・・・?ですが私は、何も」
「んーなんだっけ?命を与える?んだっけ?」
「ユフィ、省略しすぎよ。無機物に命を吹き込む能力、・・・だったわね」
「多分」
「・・・」

でたらめではないのか?
そう声を出しそうになって、けれどもティファたちは真剣そのものだったために何とか堪えた。

「で、そのロボットと俺たちは一度旅をした。
星を救うための旅、・・・になったのは最後の方だけどよ」
「だから、仲間なのよ」
「・・・星を、救う・・・?」
「まあ、ちょっくらややこしいから、また後でな」
「・・・」

これも上手く誤魔化されたのではないか。
と疑ったところで、今の自分には何が本当か全く分からない。

「で、記憶がぶっ飛んだ原因は分かってるんだろ?」
「・・・それが・・・」

シドの鋭い指摘に目を反らす。

「ん?」
「・・・分からない、そうです」

ぽつりと呟く。
シドが怪訝そうに椅子を揺らした。

「あん?でもよう、こう、頭打ったとか」
「そうそう、外傷があったとかないの?」
「ない、そうです・・・」
「「・・・」」

沈黙が流れた。
シャルアという女医は、最初から歯に衣を着せぬ言動だった。
今更外傷がなかったと嘘をつくことはないだろう。

「ただ・・・」
「ん?」
「どうやら、ケット・シーは知っているようなんです」
「何?」
「どういうこと!?」
「・・・それが・・・」

問われて回想するのは、ケット・シーが交わした会話。

*   *

『・・・あんた、局長が記憶喪失になった原因が分かってるんじゃないか?』

ケット・シー越しの視界に映るのは、隻眼の女医。その傍に大きな剣を背負った男が佇む。
心配そうな顔をしているところを見ると、彼も自分の関係者らしい。
彼らの視線を集めているケット・シーは動かない。多分彼女の出方を伺っているのだろう。

『あんたは局長の分身だろ?まして今回、局長の異常を通報した第一発見者だ。
何か分かったんじゃないのか?』

視界が左右に揺れる。ケット・シーがやれやれと首を振るったらしい。

『・・・流石シャルアはんやな。
確かにボクは、リーブはんが記憶を亡くしてもうた原因を知っとる』

けどな、と彼は女医を見上げた。

『今は言われへんのや』
『な・・・!?』
『・・・どういう意味だ?』

驚く剣士と違い、女医シャルアは特に動じることがない。

『ゆうても、今のリーブはんにはきっついことやからな。』
『今、だと?』
『そや。どうせ出来へんのやから、その時がくるまでゆわんほうがええやろ』
『でも、俺たちは先に知っておいた方が・・・!』

乗り出してきた剣士は焦っているようで。それだけ自分と関わりが深かったのだろうかと申し訳なく思う。
彼のことも全く思い出せない。
ケット・シーはゆるりと首をもう一度振るう。

『・・・あんさんらがリーブはんのことを心配してくれとることは分かっとるで。
でもな、一つ忘れてはる』
『・・・?』
『ボクは、リーブはんの分身や』
『あ、ああ・・・』
『ボクの経験はすべて、リーブはんに伝わっとる』

はっと、彼らは何かに気付いたらしい。

『これまでの分は記憶と共にふっ飛んどるやろけど、今の会話は全部リーブはんも聞いとる。もしここでボクが原因と処置方を言ったら、必然的にリーブはんが知ることになる。けどな。今リーブはんがその処置をしようとしたら、十中八九、壊れてまう』
『壊れる・・・!?』

痛ましそうな彼らの視線に耐え兼ねたのか、それとも単に疲れたのか。
ケット・シーががっくりと肩を落とす。

『精神的に負荷が大きすぎるんや。だからもう少しリーブはんの心が安定してないと無理なんやけど・・・。このことを知ったら、リーブはんのことや絶対にやろうとする。んで、記憶どころか心が崩壊する可能性が高いんや』

しん、とその場が静まり返る。
シャルアが諦めたように結論を付けた。

『・・・つまり、もう少し待て、ということか』
『そうしてくれると、助かるんや』
『そのとき、と言ったが、あんたにはそれが分かるのか』
『勿論。ボクはリーブはんの分身やから』

*   *

「・・・だ、そうです・・・」
「・・・それって、つまり・・・」
「・・・」

沈む雰囲気を破ることも出来ず、大きなため息をつくしかない。
記憶がないことで不安定になっているのに、記憶を取り戻す手法とやらを試すには心を安定させる必要がある。
無茶なケット・シーの言葉に打ちのめされた。

が、その雰囲気を無理矢理破る大きな声。

「おいおい!ここで考えても仕方ねえだろ。リーブ、おめえは余計なことは考えるな。
いいか、ぼーっとしろ、ぼーっと!!!」
「し、シド!」

シドの言葉に純粋に疑問に思ったらしいユフィがうーんと唸る。

「でもさあ、おっちゃんにぼーっとするって、難しくない?」
「確かにな」
「おい、ヴィン!ちっとはフォローしろ!」
「私に戦闘以外期待しないでくれ」
「うわ!久しぶりにきいたぜ、それ!」

仲間同士の気安い遣り取りを何処か遠くにいるような感覚で聞き流す。
自分は本当に彼らの仲間だったのだろうか。
・・・こんなに気のいい人たちに『仲間』と呼ばれる資格は本当にあったのだろうか。
全てに対して現実味がない。

「ま、まあ、リーブ。そんなに落ち込まないで、ね?」
「・・・」
「んで、シャルアはどうしろって?」
「・・・セブンスヘブンで話を聞け。その後は勝手にしてくれ、と言われました。
あと・・・WRO本部には留まるな、とも・・・」
「え?どうして?」

きょとんと小首をかしげるティファへ、ため息交じりに真実を告げた。

「・・・局長の職務を果たせない自分がいても、迷惑なだけですから・・・」
「あー・・・。それは違うんじゃねえか?」
「え?どういう・・・ことですか?」

褐色肌の男、バレットが意外にも異を唱えた。
思わずまじまじと見返して問い返せば、バレットはうんうん唸って考え込んでしまった。

「あー、なんつーか」
「ああ、違うだろうな。そのままWROにいてみろ。
おめえ、無駄に焦って余計に追いつめそうだからじゃねえか?」
「おっちゃん、無駄に責任感強いもんねー」

上手く言葉に出来ないバレットの代わりにさくっと答えたのはシド。そのシドを全面的に肯定したのはユフィだった。彼らがそういうのならば、そうかもしれない。
ぼんやりと考えていたら、ティファがぱちんと手を打った。

「ね、リーブ。ここにいるといいわ。
私は店をしているし、ここならみんなも集合しやすい。
何かあったらすぐにWROとも連絡とれるし、ね?」
「・・・え?」

一瞬何を言われたのか理解できなかった。

「・・・成程な」
「そりゃあいい!ここにいろ!!」
「安心できるしな!」
「ティファの料理食べられるなんて幸せもんだよ、リーブ!」
「おいら羨ましいよ」
「・・・妥当な線だろう」

自分が固まっているうちに、彼らは口々に賛同していく。
このままではいけない。慌てて口を挟んだ。

「で、ですが・・・!」
「何かあるの?」

笑顔の裏の迫力に少し気圧されながら、それでもしっかりと視線を合わせた。
彼らは、自分を滞在させることの危険性を分かっていない。

「・・・もし、ここにいることが露見した場合、ティファさんの身が危険でしょうし・・・」

はっきりと口に出して余計に陰鬱な気持ちになってしまった。

・・・情けない。

軍事組織の長でありながら、自分はどう考えても戦えそうもない。
もしも長であることから命を狙われた場合、自分すら守れそうもない状態で彼女たちを巻き込まずにいられるだろうか?巻き込んだ挙句、もしも彼女たちに何かあったとしたら?
記憶喪失の自分でも仲間として気遣ってくれている彼らに害を及ぼすことがあったら・・・。

「・・・おめえ、くっだらねーこと気にしてよお」
「くだらないことではないですよ!」

呆れたような、何処か安心したようなシドへと思わず声を荒げたものの、ティファの笑顔もまた全く崩れていなかった。寧ろ笑みが深くなったような気がする。
どうして、と口に出さずとも表情に現れていたのか、彼女はぱちんとウインクを決めた。

「大丈夫よ、リーブ。私、こう見えても強いのよ?」

え?と声に出さなかったのはよかったのかもしれない。周囲はうんうんと頷き、カウンターの奥では。

「・・・事実だ・・・」

クラウドが、何故かげっそりとやつれた表情でティファの言葉を肯定していた。

「何よクラウド。その顔」
「・・・」
「で、ですが、」

尚言い募ろうとしたが、ヴィンセントの鋭い眼光に言葉を失う。

「諦めろ、リーブ。お前に選択肢はない」
「・・・」

*   *

・・・行かなければならないと、わかっていた。
彼の話が本当であるなら、
今更間に合わないと分かっていても。

行ってはいけないと、・・・恐れていた。
自分が壊れるだけならまだいい。
だが、もしこの組織が暴走するようなことがあったら。

・・・世界まで、巻き込むわけには行かないと。

扉が突然開く。ひょっこりとやってきたのは2人の子供たちだった。
臨時休業のタイミングで入って来たということは、店主であるティファの子供だろうか。
少年は不思議そうにきょろきょろと自分たちを見渡した。

「あれ?皆さん・・・」
「とうちゃん!!!」

少女は叫ぶと同時に駆けだした。

「おお、マリーン!!!!」

少女の向かう先は、意外なことにテーブル席にいたバレットだった。

思わず目を瞬かせる。
・・・親子?この二人が?
おかっぱ頭の可愛らしい少女と、褐色肌で大柄なバレット。
失礼だと思ったが、何処にも似ている要素がなかった。・・・母親似だろうか?

困惑する自分の目の前で少女はバレットに抱き着いた。勿論バレットは満面の笑みで少女を抱き締める。
まあ、抱き合う、というよりバレットの巨体が小さな少女を押し潰しそうだったが。

「・・・お子さん、ですか」
「マリンはバレットの娘。バレットが忙しいから家で預かってるの。デンゼルは・・・まあ、事情があって、うちの子になったの」

ティファの簡潔な説明に、そうでしたか、と頷く。
ただ子供たちはぎょっと自分へと振り返った。

「え?リーブさん、どうしたの?」
「リーブさん・・・?」

不安そうな瞳が自分を映している。残念ながら、彼らも自分を知っていたらしい。
二対の純粋な瞳に耐えきれず、そっと俯いた。

「・・・すみません。何も、覚えてないんです・・・」
「「ええ!?」」
「記憶喪失、だとよ。大方仕事に根詰めすぎて頭ショートしたんじゃねえか?」
「うわあ。ありそーだねー」
「・・・」

肯定も否定も出来ない自分が不甲斐ない。
そもそも彼らの言う「仕事」に本当に従事していたのかどうかも分からない。
ティファが自分の代わりに言葉を返してくれた。

「ちょっとシド、ユフィ。その言い方はないんじゃない?」

ぎろっと睨みつけられた彼らは、すぐさま大人しくなった。

「・・・わ、悪い」
「ご、ごめん」

少し気まずい雰囲気の中、少年がとことこと歩いてきて、自分の前に立った。

「・・・リーブさん」
「・・・デンゼル君、で、いいんですよね?」
「はい。セブンスヘブンに、暫くいるんですよね?」
「え?いえ・・・」
「そうよ、デンゼル」

あっさりとティファに断言されてしまい、抗議する前にデンゼルの決意に満ちた目に気圧される。
デンゼルは、育ての親譲りの強い意志できっぱりと言い切った。

「・・・なら、俺が守ります」
「・・・はい?」

一体ここにきて何度目だろうか、というくらいに予想外過ぎる言葉に思考が停止する。
デンゼルという少年と自分は面識があった。・・・これは間違いない。
そして彼は自分が何をしているのかも知っている。・・・これも間違いない。
だが・・・何故そこから「彼が自分を守る」という結論になるのか。

「おお!?」
「デンゼル、男ね!!」
「それって女にいう台詞じゃ・・・」
「守るっていやあ、そのへんに護衛様がいるみてえだけど、放っておいていいのか?」
「・・・え?」

護衛?

更に時間が止まった。

「あの・・・誰の、護衛ですか?」
「おめえ以外に誰がいるんだよ?」
「ええっ・・・!?」

ただ驚くしかできない自分に、彼らは呆れたらしい。

「気づいてねえのかよ・・・」
「・・・レギオン達だ」
「ふふ、益々安全よね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

はっと我に返る。
選択肢はない、と言われたばかりだが、ティファだけでなく子供たちがいるのなれば話は別。
ティファが本当に強い女性だとしても、子供たちまで戦えるとは思えない。

「子供達がいるのに、巻き込むわけにはいきません!」

皆の視線が一斉にこちらに集まる。
やっとわかってもらえたのか、と安堵していたらシドがにかっと笑った。
シドだけでなくその場にいた皆が笑顔に変わる。ヴィンセントはため息交じりだったが。

「・・・あの・・・?」
「おめえ、記憶がねえと本音がだだ洩れだな」
「・・・は?」
「リーブらしいじゃない。心配してくれてありがとう。
でも、ここには私も、最強の剣士と名高いクラウドもいるし、ね?」
「今はストライフ・デリバリー・・・」
「だああああ、もうそれはいい!兎に角リーブはここに居候!
それで決定でいいんだよな?」

勝手に話を進められてしまい、しかしもう覆せないことにがっくりと肩を落とす。

「・・・よくは、ないんですが」
「「「決定ー!!!」」」

*   *

自分がここに滞在することが決定し、安心したのかシド達は帰っていった。残ったのはティファ、クラウド、そして子供たち2人。皆ここの住人らしい。子供たちが自分の両隣にそれぞれ座って、じいっとこちらを見上げている。

「・・・あの、私やっぱりお邪魔では・・・」
「だーめ。こっそり逃げようとしても捕まえるから」
「逃げる、わけでは・・・」
「WROに戻らず、セブンスヘブンから出ていくなら何処へ行くつもりだ?」

クラウドから淡々と投げかけられた問いに、返す言葉がなかった。
青い目から逃れるように、ただ俯く。

「・・・それ、は・・・」

右腕がきゅっと掴まれ、えっ?と隣に視線を移す。
少女、マリンがにっこりと笑って自分を見返していた。

「ね?ちょっと出かけるなら、ここを拠点にして、あとはシドに頼めばいいのよ」
「シドさん・・・飛空艇団、でしたよね。お仕事があるのでは・・・」
「なによ、仲間の頼みだもの。きかないわけないわ」
「・・・」
「リーブはここでゆっくりしてね。WROにはさっき電話しておいたから」

*   *

「・・・局長は暫くセブンスヘブンに留まるらしい」
「よかったー」
「あそこなら安全ですよね」
「・・・でも、このまま記憶が戻らなかったら・・・」
「今は決定権は、我ら幹部が握るわけですね」
「今後、新しい局長を選出するか、それとも・・・」
「必要ない」
「・・・シャルア統括」
「ここはあいつが望んで創り上げた組織だ。必ず戻ってくるさ」
「局長の頑固さは、皆さんもご存じのはずですが?」
「シェルク統括・・・」
「・・・そうですね」
「我々は、局長を信じて待ちましょう」

*   *

その夜。セブンスヘブンでは更に一悶着あった。それは。

「あの、ですから私は1階で構わないのですが・・・」
「駄目!!!」
「断固反対!!」
「あの・・・」

自分の足に抱き着いて離れないデンゼルとマリン。
可愛らしい子供たちに囲まれているのは嬉しいけれども、だからといって子供たちの意見を通すには抵抗があった。オロオロと狼狽える自分を、親代わりの筈の二人は助けてくれなかった。それどころかのんびりと3人を見て楽しんでいる・・・様な気がする。

「リーブ、諦めたらどうだ」
「そうよ、うちの子供達は強いのよ?」
「・・・ですが、居候ですし、これ以上場所を奪うわけには・・・」
「駄目だよ!1階はソファもないし、リーブさんが風邪引いちゃうよ!」
「そうだぜ!俺らの部屋ならいいじゃん!」

子供たちと自分の意見が割れた問題。
つまり、自分が寝る場所についてであった。
行く当てのない自分は、外部にばれないよう片隅で丸まっていればいいと思ったのだが、
子供たちが許してくれなかったのだ。

「あの・・・!」

それでも助けを求めようとクラウド達に視線を戻すが、彼らはさてと、と立ち上がった。

「・・・俺たちは寝るか」
「そうね、クラウド」
「あの、お二人とも、子供たちを止めてください・・・!」
「俺には、無理だ」
「リーブ、ごめんなさい。私にも無理なの」
「・・・」

あっさりと救助を断られてしまった。ティファに至ってはにっこりと迫力ある笑顔付で、さっさと階段を上って去ってしまった。

「「リーブさん!!」」
「・・・。
・・・・・。
・・・はい・・・」

根負けして子供達に連行された先は、子供達の大切な部屋。
リーブは後込みしたが、彼らはさっさとスペースを作ってしまった。

「じゃ、リーブさんはここ!」
「え?」
「俺とマリンは隣で寝ます。そっちのベッド、使ってください」

指定されたベッドは、恐らくデンゼル少年のベッド。
自分の身長では少し小さいかもしれないが、それどころではなかった。

「ですが、」
「「使って!!」」

最強の子供たちに命じられ、もはや観念するしかなかった。

「・・・はい・・・」