翌朝。こっそりと活動していると、日頃から早起きらしい少年に見つかってしまった。
「あ・・・」
「リーブさん!?」
くるりと住人の一人である彼に向き直る。ちょっと手が離せないので道具を手に持ったままだったが。
「おはようございます、デンゼル君」
「・・・何をしてるんですか?」
警戒もせず自分の傍にやってきたデンゼルにこっそりと打ち明ける。
「その・・・居候ですから、せめて・・・を。と・・・」
「・・・ええ!?」
* *
「え・・・何、これ」
ティファは一階の自慢の店を見渡して絶句した。
何処もかしこも、光輝いている。
床は丁寧にワックス掛けがされており、しかし転ばぬようにケアがされている。
カウンターも何度も拭き掃除がされたのか、曇りがない。
鍋なども綺麗に磨かれており、ピカピカと光を反射して誇らしげに見える。
テーブルや椅子も一つ残らず丁寧に磨かれ、塵一つない。
新装オープンしました!といっても客は信じそうだった。
呆然と立ち尽くしていると、きい、と奥の扉が開いて
息子同然の少年がバケツを片手に入ってきた。
「あ、ティファ。おはよう」
「おはよう・・・ってデンゼル。これ、全部貴方が!?」
「違うよ。俺は半分もしてない」
「じゃあ、誰が、」
「おはようございます、ティファさん」
割り込むようにデンゼルの後ろから長身の男性が入ってきた。
その姿にティファは二重のショックを受けた。
「え・・・!?り、リーブ!?」
「どうしました?」
「ちょ、ちょっと待って。その格好・・・どうしたの!?」
軽く混乱に陥っているティファにリーブは不思議そうに首を傾げた。
「・・・どこかおかしいですか?」
「どこかって・・・」
ティファはぽかんと口を開けて、目の前の仲間をみる。
リーブがつけているのは作業用のエプロンだった。白いエプロンは、所々煤けたり、汚れがついている。
加えて頭には三角斤、口元にはマスク、手にははたき。
何をしていたのか問うまでもない、完璧な、お掃除姿。
ティファは軽く目眩を感じ、頭を押さえた。
ぎょっとしたリーブとデンゼルが駆け寄る。
「ティファ!?」
「ティファさん!?」
「・・・だ、大丈夫よ・・・」
と、いいつつまたリーブの姿を捕らえてしまい、またくらっと軽い眩暈に襲われそうだった。
「・・・リーブ、あの、どうしてその格好なの・・・?」
「あ・・・その、私にできることはないか、と思いまして。幸い、掃除のことは抜けてなかったので他に何か思い出せるかもしれないと・・・」
「じゃあ、デンゼルは?」
「俺が降りてきたら、リーブさんが既に掃除してたから、その、手伝いに・・・」
「・・・」
それがどうかしたのか、と言いたげな二人に、ティファは思わず椅子に縋った。
「リーブ・・・。そんな、気を遣わなくていいのよ?寧ろ今はゆっくりしてないと・・・」
「はあ、その・・・どうにも落ち着かないんです・・・」
「・・・リーブ」
困ったものね、とティファは頭を抱える。
いつも多忙なリーブのことだ、何もしていない、というのが性に合わないのだろう。
「それで、掃除なの・・・?」
「はい。あ、プライベートなところは触っていません」
「・・・ここまでしてくれて本当に感謝だわ・・・」
「いえ、その・・・私こそ、役立たずなのに置いてくださってありがとうございます」
「役立たずじゃないよ!リーブさん、すっげえんだ!俺、新しく掃除のこつを色々教えてもらったんだ!」
「そ、そう・・・」
ティファは呻いた。
ゆっくりさせるはずのリーブは勝手に働いていて、しかも掃除の仕上がりはどうみてもプロ級だ。
・・・リーブ・・・。ここまで器用でなくてもいいのに。
だから苦労ばかり背負ってしまうんじゃないかしら、とティファはしみじみと思った。
・・・でも、ちょっといいかも。
ティファは茶髪の息子の表情に顔を綻ばせる。
デンゼルが何となくいつもより嬉しそうなのだ。
それは実の親代わりのクラウドといるときとも違う、敢えて言うなら。
「なんだか・・・兄弟みたいね」
「え?」
「兄弟・・・ですか?」
生真面目な二人が顔を見合わせる。
さしずめ、年の離れた兄と弟。
「ふふ。掃除が巧いなんて、誰に似たのかしら」
「あ・・・」
「デンゼル?」
「・・・ルヴィさんだ」
「ルヴィさんって・・・あっ!」
「俺、ルヴィさんに・・・リーブさんのお母さんに掃除のこと教わったんです。きっと、リーブさんも」
「あ・・・」
だから、とティファは微笑む。
「ありがとう、二人とも。本当に助かったわ。朝食を作るから、座って待っていてくれる?」
ぱちん、とウインクすると
デンゼルは嬉しそうに頷き、バケツを片づけるために走っていった。
「リーブはそのエプロンを洗濯機に放り込んでくれる?あとで洗濯しておくから」
「あ・・・洗濯なら、私が」
「・・・リーブ。いい?ここは私のお店、私が店主よ?店主命令よ。ゆっくりしなさい。
・・・いいわね?」
満面の笑みで、迫力のある瞳。
相手は記憶はないが底知れないものを感じ取ったらしく。
「・・・は、はい、分かりました・・・」
慌てて首を縦に振った。
* *
「局長の様子はどうだ?」
『いやーあの人、相変わらずですよ』
「何をされていたんだ?」
『掃除』
「「「・・・」」」
『すっげえ手際で隅々まで磨いてましたよ。いや、お見事』
「局長・・・」
「何処までもお人好しですね・・・」
「何もせずセブンスヘブンにいることを申し訳なく思われたんだろう・・・」
「・・・仕事馬鹿だな」
* *
朝食をいただき、私は再び2階へと戻っていた。私は出来る限り、人目に付かない方がいい。
今後の指針が決まったわけではないが、少なくとも掃除は出来るらしいことが分かった。三角巾やエプロンが乾いたら2階も掃除してもいいだろうか、いや2階はプライベートな範囲も多い筈。何処ならば掃除しても問題ないのか、ティファに相談しないといけないか。
そんな事をつらつらと考えていたそのとき、唐突に少年が現れた。
「ふん。やっと落ち着いたか」
蒼い髪、眼鏡ごしの蒼い大きな目。大きめの白衣を纏った、恐ろしく顔の整った10歳前後の少年。
皮肉げに笑う彼は、見た目に反した低い声で宣った。
「・・・は?」
余りに突然すぎて、思考が停止した。
部屋から入ったわけでも、窓から進入したわけでもない。何もなかった空間から人一人がいきなり現れたのだ。魔法のように、一瞬で目の前に。
私は随分長い間ぽかんと口を開けていたような気がするが、相手に敵意はなさそうだった。
「・・・え、ええと・・・君は、誰ですか?」
取りあえず名前でも聞こうとしたが。
「俺の名前なんぞ大した意味はない!ああ、知ったところで有益な情報は何もないから気にするな!ただ、ひとつだけ言っておこう。俺は貴様のサーヴァント、使い魔だ。が生憎俺は最弱で貧弱でやる気なし、基本的に役立たずだ。万が一俺のことを欠片でも思い出したとしても、俺を呼び出したり巻き込んだりするな。以上だ!」
「・・・はい?」
一方的に言うだけ言って、少年は跡形もなく消えてしまった。まるで幻のように一瞬で。
「・・・夢、ですかね・・・?」
* *
結局、夢幻のような少年のことは相談できないまま、数日がゆったりと過ぎていった。
セブンスヘブンの営業時間内は、大抵2階で存在に気付かれないように息を潜め、そうでない時間帯は掃除をしたり、店主に怒られない範囲で洗濯も手伝っていた。子供たちは近所の学校に通い、帰ってくると店の手伝いをしているらしい。出来た子供たちだと感心する。父親代わりのクラウドは配達業が忙しいらしく、一日戻らないことも多かった。
昨日、そんなクラウドが数日振りに帰って来て、朝寝坊した彼は穏やかな目で子供たちの頭を撫でていた。
「少し落ち着いたようだな」
「ええ・・・。何とか」
遅めの朝食をとるクラウドの近くで、私はテーブルを拭いていた。
「そうやっていると、うちの店員みたいだな」
「え?でも、私は営業時間は出ておりませんし」
「そうだな。あんたがウエイターしていたら、客が混乱しそうだ」
「混乱・・・ですか」
手を止めて首を傾げる。
想像してみた。軍事組織の長がウエイターとして料理を出してくる。・・・駄目だ。確かに、客にとっては脅威かもしれない。折角の美味しい食事も楽しめないだろう。
そこへランチタイム準備中のティファがカウンターからお玉を振り上げた。
「ちょっとクラウド!早く食べてくれないとお店の準備出来ないんだからね!」
「うっ」
「クラウドの朝寝坊ー!」
「デンゼル、クラウドはお疲れなんだからそんなこといっちゃ駄目!」
クラウドを中心にティファと子供たちの絶妙な掛け合いに思わずくすりと笑う。クラウドは差し詰め休日のお父さんと言ったところだろうか。
「あ、リーブさん笑った!」
「え?」
「ずうっと困った顔してたから気になってたの!」
「あ・・・すみません」
先日ティファにも指摘されたことを、子供たちにもいわれてしまった。そんなに暗かったのだろうかと回想して・・・その通りだろうなと苦笑する。
やがて食べ終わったクラウドが食器をカウンターに運ぶ。空かさず子供たちが誰に言われるわけでもないのに、クラウドのいたテーブルを整えている。
「クラウド!その剣ちゃんと仕舞ってよね!一応武器なんだから」
「ああ」
ティファに言われるまま、クラウドが壁に立てかけていた剣を背中に仕舞う。その動作にふと目がいく。何か引っかかったような気がした。クラウドが、というよりもその剣が。全く同じものではないだろうが、何処かで見覚えがあるような・・・。レギオンが背負っていた剣でもなく、もっと別の・・・。
そこまで思考して、愕然とした。
・・・見覚えがある?記憶喪失の筈なのに?
「リーブ?」
思わず凝視していたらしい。
「あ・・・いえ、その、何でもないです」
クラウド一家の追及を適当に誤魔化して、私はそそくさと2階に引き上げた。ぱたんと扉を閉じて、必死に朧げなイメージを辿る。
「あのバスターソード・・・もっと錆びていたのを見た、ような・・・」
すっと目を閉じる。いつでも答えてくれる分身に訊ねるために。
『ケット・シー、聞こえますか?』
『当たり前やろ』
『・・・クラウドさんのバスターソードに似た、古い剣・・・そう、地面に刺さっていたような気がするんですが、検索かけられますか?』
今まで間髪入れずに返事をしてくれたケット・シーが、珍しく沈黙する。暫し考え込んでいるようだった。
『・・・ケット・シー?』
呼びかけると、彼は私を見透かすように問いかけてきた。
『知りたいんやな?』
『・・・もしかして貴方、知ってるんですか』
『知っとる。が。覚悟はあるんか?』
彼が改めて確認してきたということは、余程の案件なのだろう。けれども、ここで知ることを諦めたところでどうなるのか。折角思い出したかもしれないそれを避けたところで、何も解決しない。記憶を取り戻すためには、いずれ対面しなければならないだろう。だから。
『・・・どんな結果でも、構いません。私は思い出さなければいけないんですよ』
『・・・あんときもそう言ったな、あんさん』
ため息交じりの小さな声に咄嗟に聞き返す。
『・・・あのとき?』
『記憶喪失になる直前や』
『・・・まさか、記憶喪失の原因は・・・』
『兎に角、例のバスターソードやな。場所はレギオンはんも知っとるから、レギオンはんに依頼しとくわ』
『レギオンさん・・・ええと、護衛をしてくれている彼、ですよね』
『そや。それにしても・・・ザックスはんか。なんで初っぱなから重いの選ぶんやろなあ・・・』
分身との会話を終えると、ケット・シーから連絡を受けたらしいレギオンが2階にやって来た。
「・・・バスターソードの墓標、ですか。そんなら、俺が案内しますよ、局長」
「・・・墓標、ですか・・・。ご存じなんですね?」
「あんたが教えてくれたんですけどね」
* *
乾いた風が吹き抜ける。
崩壊した嘗ての高層ビルを遠くに望むその丘に、古びたバスターソードが刺さっていた。
私はじっとその前に立ち尽くしていた。
朧気な記憶の中で、確かに形作る景色とぴたりと重なる。
ゆっくりと膝をつき、手にした花束をそっと添えた。このバスターソードの由来はレギオンから聞かされていた。嘗て神羅と呼ばれる組織が存在していたころ、暗部を知ってしまったがゆえに一人の青年が暗殺された。彼の武器が墓標代わりに遺されている。そして、嘗て私も神羅に属していたということも教えてもらった。
手を組み、そっと祈りを捧げる。
残念ながら、墓標の主の顔は霞んでいた。
こうして私の微かな記憶にあるということは、生前彼と知り合いだったのか。それとも・・・彼の死に関わったのか。そこまでは分からないが、何かしらの関係はあった筈。
そっと立ち上がり、案内してくれた護衛にありがとうございます、と礼を伝える。
暫く無言だった護衛、レギオンは神妙に口を開いた。
「局長。貴方にお願いしたいことがあります」
「今の私は局長ではありませんが・・・何ですか」
レギオンは一瞬墓標に視線を向け、そして真っ直ぐに私の目を見据えた。
「すぐでなくていい。そのうち、いつかで構わない。こいつのこと、思い出してやってほしい」
「・・・」
「俺や英雄さんたち、WROのやつらは過去がなんだろうが、今のあんたと時間を共有できます。でも、彼は」
私はそっと目を伏せて、彼の言葉の続きを口にした。
「・・・死んでしまったものは、記憶の中でしか存在できない、ですね」
「俺はこいつを知りません。でも多分、あんたと仲がよかったやつだと思います。だから」
彼は淡々と紡ぐ。
「いつか、思い出してやってください」
レギオンの蒼い目。
睨みつけるわけでもないのに相手を逃がさない不思議なこの目は、クラウドの持つ目と同じ色だった。バスターソードの持ち主は皆この色なのだろうか。それとも・・・他に理由があるのだろうか。
静かに目の前の蒼い瞳を見返す。そして、くすりと笑う。
「・・・なんで笑うんですか・・・」
私の反応がお気に召さなかったのか、レギオンはがっくりと肩を落としていた。
「いえ、貴方はもっと淡泊な人だと思っていたんですが。・・・優しいんですね」
「はあ!?何言ってんですか、あんた」
「貴方は彼を知らないのでしょう?なのに、私に思い出してほしいと言ってくれました。・・・彼の、代わりに」
例え、私が彼を殺したのであったとしても、レギオンはそう嘆願してくれたのだろうか。まあ、その場合でも是が非でも思い出さなければならないだろう。己の罪を二度と忘れることのないように。
視線の先で、レギオンはぽりぽりと頬を掻いていた。
「・・・な、なんか調子狂うな・・・」
「そうですか?」
「や、なんつーか、こう・・・」
「今の私は普段の私なんて知りませんからね」
「・・・あー。そういうことですか」
レギオンは何か納得したらしい。
「何か?」
「いつものあんたなら絶対言わないことをさくっと言うもんだから・・・」
「・・・いつもの私ならどうしてましたか?」
「からかわれるのが落ちです」
即答されて、私はうーんと唸った。
からかう、となると相当相手のことを知っていなければ出来ない芸当だ。そして相手との親密なコミュニケーションが出来ていることが大前提。今の私には中々ハードルが高かった。
「・・・からかう、ですか・・・。努力しますよ」
「しなくていいです!!!」
「・・・そういえばシドさんも言ってましたね。『記憶がないと本音がだだ漏れ』とか何とか・・・」
「確かにいつものあんたは滅多に本音は言わなかったけど」
「・・・けど?」
「・・・でも、あんたが言わないだけで、伝わってくるんですよね」
「そうなんですか?」
「やっぱり、あんたは変わらないな」
「うーん。私には解りませんが・・・」
「何だかなあ・・・。記憶がないときくらい勝っておきたかったんですけどね。残念ながら、あんたがあんたである限り勝てそうもないことが解りました」
「勝つ?」
思わず首を傾げる。
レギオンは私の護衛をしていたらしい。その彼と何か勝負でもしていたのだろうか。単純に戦闘を申し込んだところで、私が勝てるとは思えないが。
「あー、そこは突っ込まないでください」
「そうですか。でも、必ず思い出してみせますよ。彼のことも。そして貴方のことも」
こうして欠片でも過去を取り戻せるのなら、いつかこの気のいい青年のことも、墓標の主のことも思い出せる筈。いや、何としても思い出さなければと決意する。
「・・・局長」
「でなければ、みなさんにご迷惑かけっぱなしで終わってしまいますからね」
「何処が迷惑ですか」
「え?」
「俺、もしかしたら貴重な時間を一緒にいられてるかもしれないってのに」
「はい?」
レギオンの謎の言葉を理解できるはずもなく。彼も適当に誤魔化してしまったために追及を諦めた。兎に角帰りましょうか、と丘を下る途中で、大きなバイクの傍に立つ金髪の剣士に出会った。
「・・・クラウド、さん?」
「あ・・・」
レギオンは何か気付いたように私を振り返り一歩後ろに下がった。クラウドに恐れをなしたわけではなく、寧ろ会話の主導権を私とクラウドに譲ったようだった。そのクラウドは動かないが、じっとこちらを伺っている。クラウドもレギオンも黙ってしまったため、仕方なく私が切り出すことにした。
「・・・何故、こちらに?」
「あんたの様子が気になる、とティファに頼まれて尾行した」
「あ・・・」
「まさかここに来るとは思わなかった」
不意にクラウドの視線が私の背後に向けられた。レギオンでもなく、恐らくその先の丘に遺された墓標。僅かに痛みを堪えるような眼差しに、クラウドもまた墓標の主を知る者だろうと確信した。
クラウドの視線が私に戻された。
「リーブ。あいつのこと・・・ザックスのこと、思い出したのか?」
「ザックスさん、というのですね・・・。いえ、残念ながら思い出せたのは・・・あの、バスターソードだけです」
「・・・そうか」
すっとクラウドが目を伏せた。彼の脳裏にはザックスという青年の姿が浮かんでいるに違いない。
「・・・クラウドさんの、お知り合いなのですね?」
「ああ。俺の親友で、俺を護って、・・・あいつはここで死んだ」
「え・・・。・・・そう、だったのですか・・・」
辺境の丘の上で、恐らく激しい戦闘の中、クラウドを護り抜いた青年。クラウドの表情からみても素晴らしい人物だったのだろう。ならば、尚のことここではっきりさせなければ。
「・・・クラウドさん」
蒼い目がこちらを見返す。私の背後ではもう一人の蒼い目がこちらを伺っていることだろう。
「・・・彼を殺したのは、・・・私、ですか?」
「・・・は?」
「な、何を言ってるんですか、あんたは!!!」
目を僅かに見開くクラウド、そして動揺するレギオンを置いて、私は続ける。
「この墓標を思い出せたのに、彼のことは思い出せないんですよ・・・。もしかしたら、顔も知らずに私が、その、彼の命を・・・」
「違う」
言い淀む私をクラウドがきっぱりと否定した。
「・・・え?」
「あんたじゃない。あいつを殺したのは、神羅の闇だ。同じ神羅でも光側のあんたは関係ない」
「・・・光?」
「クラウドさん、上手いこといいますねー」
「あんたが自分の過去を恐れるのは分からなくはない。が、少しは俺たちが信頼しているあんたを信じてやってくれ」
「・・・」
* *
ランチタイムとディナータイムの中間。
クラウド、レギオンと共に準備中のセブンスヘブンに戻ってきたら、ティファに問答無用でカウンターに連行された。序でに子供たちに両脇を固められたので逃げ場はない。因みにクラウドはカウンターの一番奥に避難しているようだった。・・・ずるい。セブンスヘブン名物のアイスコーヒーを頂きつつ、私は今日のことを簡潔に報告した。事情を聴き終えたティファが安堵の息をつく。
「そう。ザックスのところに行ってきたのね。ならいいけど・・・。もう、ほんっとうに心配したんだから!リーブったら、やっと落ち着いてきたのにいきなり何処か行っちゃうんだもの。お出かけくらいならいいけれど、何か無茶したんじゃないかって」
「え、いえ、そんなことは・・・」
「リーブさん、何か無茶してたの?」
「え?してませんが・・・」
「リーブさんって無自覚に無茶してることがあるって、シャルアの姐さんが言ってたけど」
「ええ!?」
子供たちに無邪気に詰問されてたじたじになってしまった。ここの子供たちの最強さは育ての親譲りなのだろうか。マリンにデンゼルまで、私は全く勝てる気がしない。そして、彼らを育てている最強の母親に念押しされてしまった。
「いーい、リーブ。次に出かけるときは、私か誰かに行き先を言うこと!いいわね?」
「は、はい・・・」
彼女の迫力に、ただただ頷くしかない。
彼女にとってはやはり私は図体ばかりが大きい子供扱いなのだろうか。否定要素が何もないのが恐ろしかった。
* *
次のきっかけは、セブンスヘブンに飾られた植木鉢だった。ティファが知り合いに貰ったらしい。だが、植木鉢に植えられていたのはただの花ではなかった。青々と茂る葉っぱはいいのだが、花の部分にあるのは赤い魚。しかもびちびちと動いている。唖然としている私を置いて、子供たちは楽し気に植木鉢を覗いている。
「・・・うっわ、金魚草!」
「これ、水がいるの?それとも餌がいるの?」
「ロッソはどっちもいるわって言ってたけど?」
「「えー!!!変なの!」」
親子の平和な会話を聞きながら、私は件の植物を遠巻きに見ていた。
植木鉢の上で、赤い金魚が揺れている。ぱくぱくと動く口がシュールだった。が。
「・・・一面に揺れる金魚草を見た、ような、気が・・・」
少なくとも綺麗、と感動する光景ではない様だった。
「「「え!?」」」
独り言のつもりだったが、些か声量が大きかったらしい。その場にいたティファ、マリン、デンゼルの視線が一斉に私に集まり、慌てて手を振った。
「あ、あの、すみません、気にしないでください・・・」
「そうじゃなくって!!!これ、見たことあるんだよね?!」
「だったら動植物園だよ、間違いない!」
「ええ、屹度そうよ、リーブ!」
「え?」
矢継ぎ早に問いかけられ、息もぴったりな親子を見返す。彼らは期待に満ちた眼差しでキラキラしていた。
どうやら今回はケット・シーに聞くまでもなく、彼らが該当の場所を知っているらしい。
「動植物園、というところに・・・一面に揺れる金魚草がある、ということですか?」
「ええ、そうよ!動植物園はWROが創った娯楽設備だから間違いないわ!」
じゃあ早速、とティファはテーブルに地図を広げる。ゴンガガ地方の少し北にその施設は作られているという。私を含めた4人が地図を覗き込む。エッジからは海を挟んで南西の位置だった。
「ここからは少し遠いね」
「ふふ。何のためにシドがいると思うのよ?」
ぱちん、と女店主が見事にウインクを決めて子供たちが歓声を上げる。シドの名前がでる、ということは彼が操縦する飛空艇での移動を依頼する、ということだろうか。少し前、まだ自分の殻に閉じこもっていた私を外界に連れ出してくれた陽気な艦長との会話を思い出す。
「じゃあ俺も行きたい!」
「あたしも!!」
「じゃあみんなで行くしかないわね。明日は丁度お店お休みだから、どうかしら?クラウドは・・・駄目ね、長距離の配達でちょっと間に合わないみたい」
「えー!!」
「クラウドはタイミング悪すぎだよ」
「だからね?リーブ、明日どう?」
「え、・・・えっ?」
ぼんやりとシドを思い返しているうちに、ストライフ一家(クラウド除く)はあっさりと旅行のプランを立ててしまっていた。明日、共に動植物園へ行くという計画を。そこまで認識して、あれ?と気づく。
・・・共に?
「・・・あの、皆さんも行かれるのですか?」
「えっ!?駄目なの?」
「え、いえ、そうではなく・・・」
何となく言葉を濁してしまった。
前回の墓標のように深刻な事情を含む場所であれば、彼らにとっては楽しむどころか悲しい気持ちにさせてしまうのではないかと危惧したから。だが、今回は彼ら曰く娯楽施設らしいので、その考えは杞憂に終わりそうだった。もし私にとっては重い事実が眠る場所だとしても、それは彼らとは関係ない筈。だから口に出したのは別のことだった。
「・・・その、案内をお願いしていいのか、と・・・」
「いいに決まってるじゃない!」
「俺も、知ってるところぐらい案内させてください」
「私も、あそこに好きなお花があるから、教えてあげる!」
撃てば響く様な頼もしい答え。私は頭を下げた。
「・・・ありがとうございます」
* *
一面の赤い金魚草が揺れている。
金魚達は何処を見ているのかわからない大きな目を持ち、ぱくぱくと口を動かしている。それが、見渡す限りに広がっている。
視界を埋め尽くさんばかりに広がる光景に、最早呆気にとられるしかない。と、そのとき金魚草の中から人影が動いた。
シドのシエラ号によってあっさりと海を越えた一行は、目的の動植物園とやらに到着していた。入園時にチョコボ騎乗を希望するか否か、という不思議な選択は、ストライフ一家によって私の分も希望することになった。そのため、金魚草畑の前には一行とほぼ人数分のチョコボが控え、彼らと共に妙に迫力のある金魚草を眺めていたのだが。
「・・・なんであんたたちがここにいるのよ!!!」
金魚草畑の中から立ち上がった、作業着姿の女性に怒鳴られてしまった。
大きな麦わら帽子で分かりにくいが、酷く驚いていることは間違いない。動植物園の職員だろうが何故ここまで驚かれるのだろう。不思議に思っていたら、ティファがにっこりと笑った。
「勿論貴女の見事な金魚草を見に来たのよ、ロッソ」
「ティファ。金魚草ならあげたばかっりじゃない!なのに、どうして、よりにもよって、その男もいるのよ!!!」
ロッソ、と呼ばれた女性はびしいっと指差す。その指差した相手は、どうみても私だった。
「・・・え?私、ですか?」
「とぼけるんじゃないわよ!記憶喪失なら、あたしに用はない筈でしょう!?」
「あ・・・記憶喪失、はご存じ、なんですね・・・」
「シェルクに聞いたのよ!!!で、どういうことよ!?」
明らかに敵意、まではいかなくとも私は彼女に思い切り警戒されているようだった。私は何をしでかしたのだろう。その内容を彼女に聞くのも酷だろうし、どうしたものか。少し悩んでいる間に、すっと一人の剣士が前に出た。
「局長の記憶を取り戻す旅、なんですよロッソさん。ここの金魚草を思い出したらしいので」
「そ、そう・・・。ふ、ふん。好きに見ていくがいいわ!!!」
彼の介入によって、ロッソが少し警戒を解いてくれたらしい。それはいいのだけれども。
いつの間にか紛れ込んでいた彼に問いかける。
「ええと・・・何故ここにいるんですか、レギオンさん」
すると、呼びかけた相手は何故か大げなくらい飛び上がった。
「うおっ!!!・・・局長、不意打ちで『さん付け』はビビります!」
「え?・・・何か、問題ですか?」
「いえいえいえ、大いに問題ですから!!」
「では・・・。・・・ミスターレギオン?」
「ちーがーうーーーーーー!!!」
地団駄まで踏んで悔しがっているレギオンを眺めていて、なんだか楽しいなと思ってしまった。彼はいつもオーバーリアクションだったのだろう。記憶はない筈なのにこの光景がしっくり来る気がした。
「レギオンさん、楽しそう!」
「ふふ、いつもの二人のやり取りみたいね」
「リーブさんは素でやってるけどね!」
「・・・何よ、記憶喪失って聞いてたけど変わってないじゃない」
レギオンから呼び捨てにしてくださいお願いですから!と重ねて懇願され、取り敢えず彼の呼び方は決まったものの。私の問いには答えてもらっていなかった。
「それでレギオン、何故ここにいるのですか?」
「いや、何故も何も、俺あんたの護衛なんですけど」
「護衛は局長に対するものでしょう?今の私は局長ではありませんよ」
「あー・・・。いつものあんたですね、本当に。言っておきますけど、俺は局長の護衛ではなく、リーブ・トゥエスティという人物の専属護衛です」
「・・・は?」
「ま、いーじゃねーか。折角ここに来たんだから楽しんでいけば」
「・・・あの、シドさんまで?」
「おう。ちょっくら様子見に来たぜ」
禁煙の動植物園のためトレードマークといえそうな煙草を咥えてはいないが、相変わらず快活そうなパイロットがいた。上手く誤魔化された気もするが、シドの言葉を受けて子供たちは途端に弾かれたように動き出す。
「じゃあ私、チョコボで回ってくるね!」
「俺も行く!」
「ちょっと待って二人とも!・・・ごめんねリーブ、私ちょっと子供たち見てくるから!」
「え、ええ、どうぞ・・・」
走り出す3匹のチョコボを見送る。その場に残ったのはレギオン、シド、私の3人だった。子供たちを唆したと言えなくもないシドがにやにやしながら私の背中をぽんと叩く。
「あ、あの?」
「この金魚草に見覚えがあるって?」
「ええ、まあ・・・」
目の前に広がる赤い金魚達を見渡す。こんな景色が他にあるとも思えず、間違いなくここの記憶だろう。しげしげと眺めていたら、ロッソと呼ばれた女性職員がこちらにやってきた。
「ふん。その・・・どうなのよ。ここの金魚草は」
「ええ・・・迫力が凄いですよね」
「そうよ!それもこれも、あんたのせいなんだから!!」
「え?」
傍に立つロッソを振り返る。再びテンションの上がった彼女は、どうやら私に言いたいことがあるらしい。
「あんたがあたしを地下から拾って勝手に植物学者の助手にするから、こんなことになったのよ!!!」
「・・・拾った、んですか?」
「あたしは・・・元々殺人鬼だったのよ」
「・・・え・・・?」
思いがけない告白にぽかんと隣の女性をみる。上下白の長袖長ズボンで大きな麦わら帽子をかぶった彼女は、土でところどころ汚れてはいたが至って健康で健全に見えた。その彼女が過去は、・・・殺人鬼、とは。ただ私に対する殺気もなく、後ろで様子を伺っている男二人にも動きはないところから、今ここでことを起こすつもりはないらしい。ならば、私が今しなければならないことは、彼女の言葉を受け取ること。
「DGSだったあたしは、同じDGSと共に全人類を皆殺しにするつもりだった。でもヴィンセントに破れて、あたしはそのまま地下で死ぬはずだった。なのに、あんたが勝手に地下までやってきて、勝手に拾い上げて、勝手に山小屋に就職させたのよ!!その後動植物園やら金魚草やら持ち込むから、あたしが世話する羽目になったのよ!!!ああもう、いつものあんたなら幾ら文句言ってもスルーされそうだから、今のうちに言っておくわ!!!」
「は、はあ・・・」
怒涛のように浴びせられた言葉は重すぎる事実を含んでいるはずなのに。彼女は私に文句を言っているはずなのに。何故か、私には彼女の今の姿が本来の姿のように見えた。日の光の下、植物を大切に育てる姿が。だから。
「でも、・・・花が、お好きなんですよね」
「・・・は、はああ!?」
「でなければ、広大な土地に植えられた植物たちがここまで綺麗に育つわけがありません。・・・貴女がきちんと世話をされている証拠でしょう?」
「っーーーー!!!!」
真っ赤に照れた彼女は図星だったのだろう。その後ろでは何やら男二人が呆れているようだった。
「うっわー。局長またやっちゃったー」
「あいつ、こんなに天然だったか?」
「記憶がないから、ストレートに天然さが出てしまうんじゃないかと・・・」
「なるほどな。こりゃあ、ロッソの奴じゃあ勝てねえなあ」
「ですよねー」
「あの、お二人とも・・・何の話ですか?」
「「おめえ(あんた)の話だろうが(でしょうが)」」
「はい?」
男二人の意味不明な言葉に疑問符を浮かべていると、子供たちとティファが戻ってきた。それから子供たちからお勧めの花のエリアに案内されたり、男たちが勝手にチョコボレースを始めてティファに怒られたりと、私は沢山の光景を眩しく眺めていた。
新たに脳裏に浮かんだ光景は、彼らに言うべきではないとわかっていたから。