翌日。
私はティファに行先を告げ、レギオンを伴ってとある場所にやってきていた。記憶を失った直後に連れてこられた部屋。カーテンやベッドなど何もかもが白い医務室で、私は白衣の女医と対峙していた。
「異常はみられんな。記憶以外は」
「・・・。ありがとうございます」
昨日定期健診を受けたい、とケット・シーを通じて女医のシャルアに申し込んだところ、多忙の筈の彼女はあっさりと今日の診察を承諾してくれていた。結果は特に問題なかったらしい。私はすっと立ち上がり扉に向かっていた。
「・・・何処へ行く?」
鋭い声に振り返らず答える。
「・・・セブンスヘブンまで」
「嘘付け」
「・・・」
ばっさりと切って捨てられた。
「何か思い出した、もしくはそのきっかけがあるから、早々WROに戻ってきたんじゃないのか?」
「・・・」
黙ったまま、科学部門統括だという彼女は流石に誤魔化されないなと感心していた。けれども見透かすような言葉に答えるつもりは元からなかった。反応がない私を分かっているのだろう。彼女は淡々と続ける。
「だがな。今のあんたはまだ精神が不安定だ。その状態で無理に思い出そうとすると精神的にダメージが大きい可能性が高い。やめておけ」
「・・・失礼します」
呟くような声が聞こえた気がした。
「・・・全く。相変わらずだな、あいつは」
* *
定期健診だからとレギオンを追い出し、本当の目的を果たすために私はケット・シーを呼び出していた。
思い返すのは、昨夜ケット・シーから聞き出した『原因』と『対処法』だった。
『一言でいうと、フリーズしたんや、あんたは』
『フリーズ?どういうことですか』
『あんさんは、リーブはん自身の経験と、ボクの経験を常に記憶しとる。いつもは問題ないんや。慣れたもんやからな。やけど、あの日リーブはんは、ボクしか覚えてないことを大量に思い出そうとしたんや』
『大量に・・・何故?』
『それは、秘密や。兎も角、大量に思い出そうとして一気に情報を取り出したもんやから、リーブはんの処理能力を上回ってしもた。例えるなら、いつもはネットワークから圧縮して取り出したファイルを少しづつ解凍し、ローカルディスクにおとしていたもんを、一気に解凍したせいで処理能力が追い付かずにCPUが固まった』
『だから、フリーズ、ですか』
『そういうことや』
『・・・ずっとフリーズしたままですか・・・?』
『いんや。あのバスターソードやら金魚草を思い出したっちゅーことは、ちょっとメモリに空きができたんかもしれん。やけどな。あんまり無理して一気に思い出そうとすると、またフリーズするで?そしたら再起動中に下手したらCPU自体が壊れるかもしれん』
『・・・では、どうすればいいんですか』
『言ったやろ。いつもはちょこっとずつローカルにおとしとるってな。つまり、記憶を整理するんや。追体験することでな。その場所へ行くんでもええ、関連した物を手に取るでも構わへん。兎に角、ちょっとだけ思い出して、その場所へ行って、あんさんの今の経験にして整理する。この繰り返ししかあらへん』
『・・・長そうですね・・・』
はあ、とため息をつく。分身が私を見上げた。
「で。どうするんや」
「・・・司令室を、お願いします」
「却下や」
「え?」
「ぐったりしとるリーブはんをつれていける場所ちゃうで」
ぐったり、というほど消耗しているつもりはないが、脳裏にある光景通りならば決して好んで思い出そうとする場面ではないはずだった。それでも。
「・・・今行かないと・・・。一ヶ月後でなければ、シャルアさんに追い出されてしまいます」
「まあ、そうやろな」
「お願いします」
やれやれと言いたげにケット・シーが肩を落とした。
「・・・記憶ないくせに、頑固なところは変わらんなあ」
* *
DG。
ロッソという女性が教えてくれたその単語が引っかかっていた。何度か頭の中で繰り返していると、引きずり出されるように一つの光景が浮かび上がった。その同じ場所に立つ。
壇上には、マイクとカメラが設置されていて。向かいには、壁一面にモニターが埋め込まれていた。
現在の傷一つない司令室と、思い出した光景との違いを辿る。
まずはモニターをじっと凝視する。
右から3番目、下から2番目のモニターだけが無事で、あとは全て割られていた。
銃創を残して。
今度は床をみる。
ガラスの破片が床を埋め尽くし、血溜まりが広がっていた。
壁に背を向け、座り込んでいたのは嘗ての私。
沢山の遺骸が転がっていた。皆、数分前まで生きていたのに、撃たれて。
・・・私を庇ったために。
「リーブっ!!!あかん、それ以上思い出したらあかん!!!」
耳鳴りがする。
奥底から激しく叩かれるような衝撃に頭を抱える。
銃声が鳴り響く。
沢山の悲鳴。
割れたモニターの破片が降り注ぐ。
呼吸が荒く、短くなっていく。
敵に向かった部隊が薙ぎ倒されていく。
彼らが叫ぶのは司令官であった私の名。
何も出来ないまま、視界が赤く染められていく。
動悸が激しく、壁に凭れ掛かる。
きつく目を閉じても消えないその色は、
彼らの血。
「リーブ!!!この阿呆!!!」
首元に何かが刺さったような気がして。
視界が暗転した。
* *
その涙に一つ
哀しみにもあげよう
心が壊れてしまわないように
胸の中鮮やかに咲く花を
ゆっくりと目を開けば、碧色の隻眼がこちらを睨んでいた。
「・・・だからやめておけといっただろう」
私はぼんやりと周囲を見渡した。どうやらベッドに寝かされているらしい。白で統一された部屋は、最初に診断を受け、今日もまた定期検診を受けた医務室だった。そのどちらも担当してくれていたシャルアがベッド脇に立ち、私を見下ろしていた。
「・・・私、は・・・」
「一気に思い出そうとして苦しみだしたあんたに、ケット・シーが麻酔銃をぶっぱなした」
「・・・」
簡潔な回答に、ぐうの音も出なかった。
「今日はWROで安静にしろ。セブンスヘブンには連絡しておいた。それから一ヶ月後まであんたはWROに出入り禁止だ」
「ま、待って、ください・・・!」
女医からの宣告に、私は慌てて上半身を起こす。彼女は僅かばかり眉を顰めた。
「・・・なんだ」
「もう少しで、全て思い出せそうなんです・・・!」
記憶に靄がかかっているとはいえ、何も思い出せなかったときとは雲泥の差だった。これを繰り返せばいつかは全てを思い出すことが出来る。今は鮮明に思い出せなくても、その影を追いたかった。
これが私にとって、そしてWRO関係者にとっても最重要事項の筈だった。けれど。
「知らん」
すぱん、と返されて私は思考が停止した。
「・・・し、知らん?」
「あんたが無理をして卒倒するよりは安静にしてくれた方がよっぽどましだからな」
淡々と返す彼女は冷静そのもので、医者としての意見は正しいけれど。
「・・・ですが、このまま、記憶を亡くしたままでは・・・!」
「構わない」
またしてもきっぱりと返されてしまった。
「・・・は?」
今度こそ目が点になった。
彼女は何を言っているのだろう。
記憶がなければ、私は局長として職務に戻ることは出来ない。それは組織の維持に関わる非常事態ではないのか。
それとも・・・既に私は必要ないということだろうか。
少し考えて、それでは彼女がケット・シーを通じて届けてくれた言葉に合わないと否定する。
『2年でも、3年でも10年でも、あんたが帰る場所くらい守ってみせる。』と言ってくれた、その言葉に嘘はないと断言できる。
では、どういうことだろう?
私が混乱していることが分かったのか、彼女は理由をさらりと教えてくれた。
「前にあんたに言ったことだが、あたしはあんたが生きていれば構わない。記憶があろうが、なかろうが、な」
何かとんでもないことを言われた気がしたけれど、結びつく記憶もなくただ呆然とする。
「え・・・?」
「まずは飯だな」
シャルアがそういった途端、ノックが響く。シャルアが扉を開けて、隊員が弁当箱を持ってきた。ベッドの前に一つ置き、シャルアの前にも一つ。事情を知っているのか、隊員は少し心配げな表情で私に向かって頭を下げた。私は小さく頭を下げシャルアは礼を言い、隊員はあっさりと下がっていった。
「食え」
「へっ?」
言うが早いか、シャルアは弁当箱を開けて食べだす。
どうしていいものか。少し迷ったものの、特に断る理由もないかと考え直し、一つため息をついて開ける。ただ、その前に彼女に聞いておきたいことがあった。
「・・・あの」
「なんだ」
「何故・・・貴女もここで食べるのですか?」
不思議だった。
WROという組織の幹部であり、常に忙しそうなこの女性が、わざわざ弁当まで運ばせてここに留まって食べるなんて。その彼女はさらりと答えた。
「ここにいたいだけだ」
「・・・はい?」
再びぽかんと相手をみるが、彼女はこちらを見ずにお弁当を攻略している。もしかして、私を心配してくれたのだろうか。それが本当かは分からないが、そうでなくても素直に嬉しいと感じた。
「私も・・・」
「ん?」
彼女が顔を上げる。
口に出していたことに驚きながらも、まあいいかと深く考えずに続ける。
「・・・貴女がいると安心します」
本心だったから、自然に微笑むことができた。
記憶を失った私に真摯に語り掛けてくれた、飾らない女性。その言葉にどれだけ助けられたことか。あのときは感謝を伝えられなかったが、今度はちゃんと言葉に出来た。
よかった、と満足していたら。
シャルアの手から、箸がからんと落ちた。
「・・・え!?あ、あの、シャルア、さん・・・?」
時が止まったかのような彼女は、急に片手で顔を覆った。
表情は隠されてしまったけれど、真っ赤な耳は見えてしまっている。
「っーーーー!!!!この、大馬鹿野郎!!!」
「え?」
何故か怒鳴られてしまった。
「何だその無防備は笑顔は!あんた、記憶喪失後もそうやって人を誑かしていたのか!?」
「は・・・はい!?」
何だが大きな誤解を受けているらしい。
「誑かすなんて、誤解ですよ!そもそも貴女は既婚者でしょう!?」
顔を覆ったその薬指にはめられた銀の輪。
いくら自分が記憶喪失で鈍いといっても、流石に気が付く。
その事実に胸が小さく痛んだが、そこは気が付かなかったことにするしかない。
シャルアが怪訝そうに動きを止めた。
「は?・・・ああ、この指輪か」
「・・・はい」
「・・・。持っていけ」
「・・・はい?」
反応できない私の目の前で、シャルアは義手の薬指に填めた銀の輪を外し、ぴんと弾く。私の手に収まったそれをしげしげと眺める。シンプルな銀の指輪。
「・・・これは貴方の結婚指輪、ですよ、ね・・・?」
「いや、単なる虫よけだ」
「は・・・?」
「あたしは独身だ。それに、こいつのペアはあんたが持っている」
「え・・・。・・・ええっ!?」
今度こそかけられた言葉の意味を理解し、叫ぶ。
「何処にあるかはしらんが、一度捨てたのを拾われてあまつさえ手元に戻されてしまったらしくてな。
それ以来、迂闊に捨てられんらしい」
「え?えええ?ええっ・・・!?」
もの凄く焦りつつも、何にも覚えていない。
捨てたって?指輪を?
まだ持っているって、私が?
・・・一体何があったのかさっぱりだ。
「ならだめ押しでこいつもあんたに預けておく。気が向いたら返しにこい。但し、そのとき片割れがなければ、あたしは受けとらんからな!」
さっぱりと宣告した相手に、もはや完敗だった。
うなだれる。
「・・・無茶苦茶ですよ・・・」
「何を今更」
にやりと笑った彼女は、そのまま颯爽と医務室を出て行ってしまった。入れ替わりにやって来た分身はこてんとくびを傾げる。
「・・・リーブはん、えらい疲れてないか?」
「ケット・シー・・・・。あの、シャルアという人は前から・・・あんな人なんですか・・・」
「そや」
一部始終を聞いていたわけではない筈なのに、分身はどきっぱりと肯定してくれた。
「・・・」
手の中にあるリングに視線を落とす。
どうみても結婚指輪だろうそれは、鈍く輝いていた。
「・・・あの、ケット・シー」
「なんや」
「私が、この片割れを持っている、というのは・・・」
「そりゃほんまのことや」
「・・・」
思わず黙り込む。
これを付けていたシャルアは、独身だと言った。
そして、この片割れを持っているらしい私は、
少なくとも記憶喪失になった直後から今まで、指輪を填めてはいない。
と、いうことは。
「・・・私が彼女を振った・・・?
でも、ならどうして私は片割れを持っているんでしょう・・・?」
我ながらさっぱりわからない、とケット・シーをちらりとみたのだが。
「あーその説明は面倒やからパスや」
「ちょ、ちょっとケット・シー・・・!!」
「なんや」
「この話は、流石にはっきりさせた方がいいのではないですか・・・?」
一人の女性の好意を、中途半端なまま放って置くわけにはいかない。ならば事情を知っているものから聞いて、はっきりさせるべきだと思ったのだが。
「はっきりせえへんのは、リーブはんのほうやったしな」
「へ?」
「一つだけ言っとくわ。シャルアはんの気持ちは、本物やで」
「・・・」
「記憶戻ったら、はっきりさせてや?」
分身はこれについては教えてくれないらしい。
兎も角、今考えたところで答えが出ない案件が増えたということだ。
そして、ふと、思い出す。
あの司令室で、うなだれた過去の自分に掛けられた言葉。
赤い瞳の、英雄。
「・・・”時を止めた私に・・・”」
「ん?」
「・・・”前に進むことを教えたのは・・・おまえ達だったんだがな・・・”」
「・・・なんや思い出したんやな」
「・・・私は、進めるんでしょうか・・・?」
「別に思い出すことだけが、前に進むことやないと思うけど?」
* *
あれから10日が経った。
セブンスヘブンに戻った途端、ティファから盛大な雷が落ちて、長い長いお説教をいただいてしまった。彼女には本当に迷惑ばかりかけてしまって、申し訳ないと項垂れるしかない。偶々帰ってきていたクラウドには興味深そうに見られていたが・・・何だったのだろう。
それでも気を取り直して記憶を取り戻す作業に戻るはずが・・・困ったことに何の風景も浮かばなくなっていた。3日経って流石に焦り、ケット・シーを通じてシャルアに相談したが「一気に思い出そうとして卒倒した反動だろうな。諦めろ」とさくっと診断されてしまった。卒倒したわけではなく、麻酔銃で意識を失っただけなんですが、とは反論できなかった。言ったところで間髪入れず言い負かされそうだった。
過去の風景が戻らなければ、該当の場所を訪れることも出来ない。
ただセブンスヘブンで掃除をしたり、手伝いをしたりと穏やかに過ごすしかなかったのだが。
・・・それ以上記憶が戻らない自分を、何処かほっとしている自分がいた。
* *
今日のセブンスヘブンも盛況のようだった。私はいつもどおり2階に逃げ込み、ぼんやりと椅子に腰掛けていた。
今までは何が何でも記憶を取り戻そうとしていたのに。過去の恐ろしい所行をなぞることになっても仕方ない、少しでも一日でも早く記憶を取り戻さなければ、と躍起になっていたのに。
ため息をつく。
掌に乗せた銀のリング。シャルアからぽいとあまりにも軽く預けられてしまった彼女の心。
嘗ての私は、恐らく彼女の想いを断ったのだろう。
それなのに、何故彼女は「虫除け」をつけていたのか。そして何故私に預けたのか。
何より・・・。
膝の上に肘をつき、重くなった頭を抱え込む。
自分の気持ちに嘘はつけない。
私は、どうやら、その・・・彼女のことを。
もし、以前の私が彼女を何とも思っていなかったのであれば、別の誰かを理由に断ったのかもしれない。けれど。
もし、以前の私も彼女にその・・・好意を抱いていたとしたら?
その上で、彼女を断らざるを得なかったのだとしたら・・・?
赤く染まった司令室が脳裏に浮かぶ。
私は、どれだけの部下を、人々を喪ってきたのだろう。
自分が恐ろしい怪物だったとしても仕方ないとは思っていたけれど。
記憶が戻ったと同時に、私は何らかの理由で・・・またしても彼女を振らなければならない、と確信できる。
息苦しさを覚え、胸を抑える。
空っぽの心が押し潰されそうだった。
できれば記憶は戻らないまま、彼女を想っていてもいい現状に縋りつきたかった。
・・・許されないことだと分かってはいるけれど。
コンコン、とノックが響く。ティファだろうか、と顔を上げて開いていく扉を見れば・・・
「・・・え?」
「何を呆けている。入るぞ」
今まさに思い浮かべていたシャルアがそこに立っていた。
「何・・・故、ここに?」
「あんたがここにいるからだ」
「・・・はい?」
ぽかんと見上げていると、シャルアはさっさと私の前に座った。
「あんたのことだから、また無駄に思い悩んでいたんだろう?」
「・・・」
そういえば、記憶が戻らないことを彼女に相談していたのだった、と思い出す。悩むには悩んでいたが、記憶が戻らないことを悩んでいたのではなく、記憶が戻らなければいいのにと悩んでいた、とはとても言い出せなかった。
「それに、あんたには監視役が必要だと分かったからな」
ぎらり、と碧の隻眼が鋭く光る。
私は不穏な単語に首を傾げた。
「・・・監視、ですか?それでしたら、既にレギオンさんが」
「あれはあんたの護衛だけだ」
「あの、『だけ』、というには大変な任務だと思うのですが・・・」
「駄目だ。あんたの身の安全は保障してくれるが、あんたが浮気候補を増やすのを止めてはくれないからな!!」
何を言われたのか分からず、暫し思考が停止した。
・・・浮気候補?
一体、誰の?
「・・・あ、あの?な、何を言って・・・」
「しらばっくれるな!!あたしは聞いたぞ。レギオンやティファやロッソに何を言ったか覚えてないのか?それにあたしにもだ!くそっ、あんたに記憶がないからと油断していた・・・!!!」
「え?ええ!?ちょ、ちょっと待って、」
「全く。あんた、記憶喪失のくせに人を誑し込む能力だけはパワーアップしてるんじゃないのか?それとも素のあんたが天然すぎるだけか!?」
「い、意味が分かりませんよ・・・!!」
理解不能なことでシャルアが激怒している。勘違いだと説明しようにも全く聞いてくれそうもなかった。シャルアはぐしゃぐしゃと片手で髪を乱した。
「ああもう!あんたは全く覚えていないというのに、なんであたしだけがあんたに惚れ直さなきゃなんないんだ!?」
「なっ!?」
がつん、と心が衝撃に襲われる。
ストレートすぎる告白に私は固まった。
顔が熱い。蒸気でも出そうなくらいに熱を持っていることが分かる。
「・・・何だ。あたしを散々誑し込んでおいて今更照れているのか?」
「た、たたた、誑してなんて、いません!!そ、それに、っ!?」
慌てて口を塞ぐ。これ以上口を開けば余計なことを口走ってしまいそうだった。
前にもこんなことがあったような気がするが、今はそれを思い出す余裕がさっぱり無い。
「それに、何だ?惚れた方の負けだといいたいのか!?」
ぶんぶん、と言葉も出ずにただ首をふるって否定する。そういうことではない、というか記憶喪失になっても尚彼女に惚れ直してしまっているのはこちらなのだが、それは口に出してはいけないと思った。
まだ、彼女を振ることになるのだろうから。
「ちっ。だんまりとはいい身分だな、リーブ。だが」
「は、はい?」
ぽかんと見返せば、急に彼女の顔がぐっと近くなった。
伏せられた長い睫が美しい。って?
唇に触れる柔らかい感触は、どう、考えても。
「っつーーー!?」
「・・・あんたは、あたしが予約していることを忘れるな」
言うだけ言って、彼女は出ていった。
呆然と閉じられた扉を見送る。
私はゆっくりと頭を抱える。けれども心を支配するのは先程までの苦悩ではなく。
「・・・く、くくく・・・・。あははははっはははは!!!」
小気味がいいくらいにおかしかったから、心の底から笑った。腹の底に貯まっていたドロドロした感情まで簡単に剥がれて消えていく。笑いすぎて目尻に貯まった涙を拭う。
「ほんまに、・・・かなわへんわ」
もう、大丈夫。
過去の悍ましい記憶と対峙したとしても。それゆえに貴女を振ることになると分かっていても。
「何を悩んでたんやろなあ・・・」
クラウドやティファ、子供たちが気遣ってくれたこと、レギオンが護衛してくれていること、ロッソが文句をつけながらも花を見せてくれたこと、シドが飛空艇で世界をみせてくれたこと。そして、シャルアがこうして様子を見に来てくれたこと。
彼らの優しい心に報いるためには、さっさと記憶を取り戻せばいい。そして、私の為すべき事を思い出せばいい。その上で、彼女を振ったとしても。
・・・いいじゃないか。ずっと、想っていたとしても。
いつか、彼女が相応しい誰かと結ばれても。
それがどんなに苦しくても、今彼女がくれた想いがあれば十分だ。
「本当に・・・私には勿体なさ過ぎですよ、シャルアさん」