Heaven’s here7

シャルアが不吉な宣言をしたことを半ば意識して忘れていた数日後。
私は次の会議へ向かうべく、護衛達と本部のロビーを移動していた。胸ポケットのバイブに気づき、端末を取り出す。相手はシャルアだった。

『今話せるか?』
「ええ」
『あんたの後ろにいる』

後ろ?

その場で振り返る。
WRO局員がうろうろしているものの、シャルアの姿は見あたらない。
ふと、吹き抜けを見上げる。

吹き抜け構造になっているロビーの3階。
その真正面に同じく端末を耳に当てた白衣の彼女が立っていた。

『見えるか?』
「ええ。・・・何かあったのですか?」

視線の先で、彼女が意味ありげに笑った、ようだった。
シャルアは手にしていた携帯を畳み、すうっと息を吸い込む。

「・・・リーブ!!!!」

澄んだ声がロビーに響く。

突然の大声に、ぎょっとその場に居合わせた全ての者の視線が3階の彼女に集まる。そして、その彼女の視線を辿り、1階の局長へと。

ロビーが一瞬にして、静まり返る。

「・・・シャルア、さん?」

肩書きではなく名前を呼ばれた意味がわからず、ただ立ち尽くす。

「受け取れ!!!」

彼女は3階から何かをぴんと弾いた。人々の視線がそれを追う。
それはきらきらと光を反射しながら、急速に落ちてくる。

「・・・まさか」

ざっと青ざめるのが自覚できた。
いや、気のせいだ、気のせいに違いない。いっそ、無関係だと、背を向けてしまえばいい。
そう思いながらも、過たず真っ直ぐに自分へと落ちてくる銀の光から目を離すことができない。

やがて吸い込まれるように、それは私の手の中に収まった。

「・・・」

呆然とそれを見ていると、彼女のよく通る声がとどめを刺した。

「あんたがいくらつっぱねようが、ずっと贈り続けてやる。覚悟しろ!」
「・・・っ!!シャ、シャルアさん!!?」

呼び止めようとするが、彼女は楽しそうに笑いながらさっさとその場から立ち去ってしまった。

怖いくらいの沈黙がその場を支配する。人々の視線はこちらに注がれたまま。
私はいきなり騒ぎの渦中に放り出され、なおかつ置き去りにされたために完全に固まっていた。

・・・何をすればいいのか、何をいえばいいのか、何をどう弁解するのか。
そもそも、自分は何処へいくつもりだったのか。
思考がばらばらで、体は全く動いてはくれなかった。

そんな中。

「これ、どうみても指輪ですよね」

あっさりと沈黙を破ったのは、いつの間にか背後をとっていたレギオンだった。
指輪、と聞いて、たまたま居合わせたものたちが呪縛から説き放たれたようにざわめき出す。

「・・・ちょ、ちょっとレギオン」
「シャルア統括、やりますねー。白昼堂々!!いやー男前!!」

普段と変わらないレギオンの調子に、私の思考も漸く動き出す。
まだ、その動きは鈍かったが。

「シャルアさんは女性ですよ・・・って。いえ、これは、その、私のものでは、」
「どうみても局長のでしょうが」
「ち、違いますよ」
「何処が違うんですか」
「これは、その、預かっただけで、」
「じゃあなんで名前彫ってあるんですか」
「な、・・・名前?」
「内側、見てくださいよ」

私は恐る恐る指輪を翳し、内側をのぞき込む。
そこには。

「『R、E、E、V、E、T、U、E、S、T、I』。・・・どうみても、あんたのフルネームでしょうが」
「なっ・・・!?」
「つまり、シャルア統括からあんたへの
愛の告白、ってやつですねー」

のんびりまとめられた途端、周りの局員がわっと歓声を上げた。
近くの局員は満面の笑みで私の周りに集まりだす。

「局長!どうするんですか!これは勿論OKですよね!」
「え、いえ、ちょっと待って・・・」
「おめでとうございます!!!お似合いですよ!!」
「話を聞いてください!」
「そーいやシャルア統括。”いくらつっぱねても”って言ってましたけど、何やったんですか、あんた」
「・・・そ、それは」
「ここで告白ですかー。なら式場もこのロビーでどうです?」
「し、式・・・?」
「いいですねー。ここ広いですし、メディアも呼んでしまえば一石二鳥ですね、局長」
「わ、私は受け取るとは言ってません!」

何とか拒否してみたものの。

「受け取らなくても贈り続けるっていってましたけど。あんたの特別ってやっぱりシャルア統括だったんですね」
「え、あの・・・!」
「・・・マスター」

突如割り込んだ声に下をみれば、意地悪い笑みを浮かべた童話作家がいた。
周囲の隊員も滅多に会えない少年の姿に歓声が上がる。

「ハンス!?」
「シャルアだが、彼女はすでにリーブを貰う宣言をしていた。ああ、ケット・シーも俺も込みらしいが。マスターは大した反論もしていなかったから、了承済みということだろうよ」
「ちょっ、ちょっとハンス!?な、ななな何を言ってるんですか!?」
「わお、流石統括大胆ですね!それならそれで先に言ってくださいよ局長!」
「・・・」

レギオンとハンスの見事なコンビネーションに再び思考がフリーズした。

「局長、生きてます?」
「・・・取り敢えず、生きては、いるんですけど・・・」

私はただ混乱していた。

やっと、やっとの思いであの指輪を手放す決心がついて。
これからは彼女との繋がりがなくなっても、彼女を含めてこの星の全てを守れればいいと、
そう思えるようになったのに。

『あたしとWRO全てを敵に回しても勝てるつもりか?』

・・・このことですか・・・!!

まずい。
このままでは、いくらなんでも分が悪すぎる。

そう思った矢先。

「あれ?どうしたのおっちゃん」

ひょいと2階から顔を覗かせたのは、仲間の一人でウータイ当主の一人娘。今はWROの協力者として出入りしている、

「ゆ、ユフィさん!?何故、今ここに!?」
「・・・何慌ててんの?珍しいじゃん。何か事件?」

彼女は身軽に一階へ飛び降りる。その見事な運動神経に感嘆している場合ではなかった。

「ユフィ様、いいところに!」
「ユフィさん!先に、局長室に行って・・・!」

この混乱の原因をユフィの耳に入れるわけにはいかないかった。
何せ彼女は各地の様子やら仲間の近況など、面白おかしく伝えてくれる諜報員でもある。まあ、彼女の性格にも起因しているのだが。
だからこそ彼女をこの場から離そうとした。

が。

「局長、告白されたんですよーシャルア統括に」
「っ・・・!!!」

さくっと局員にばらされてしまった。
やってきたユフィは一瞬きょとんとしたが、ぱあっと花開くような笑みを浮かべた。

「よかったじゃん!おっちゃんにも春が来たかー!!!で、返事は?オッケーなの??」
「い、いえ、その・・・!」
「そうですよー!局長、中々教えてくれなかったんですけど、レギオン隊長とハンス先生が」
「だって局長、シャルア統括にはいつも負けてましたし」
「レギオン!?よりによってそこですか!?」
「ふん。貴様がそこまで動揺するのはシャルア関係だけだろうが」
「っ・・・!」

相変わらずのタッグの強さに言い返せなかった。特にハンスは恐ろしいことに毎回、的確な止めを刺してくれる。
どう反応していいのか決めかねているうちに、行動力の半端ない忍はくるっと踵を返していた。

「じゃ、みんなに知らせてくるね!」
「ユ、ユフィさん!!?」
「ユフィ様、後よろしくお願いしますー!」
「あ、式の詳細決まったら知らせて?」
「勿論ですよ!」
「ユフィ様、これは極秘事項ですからー!!」
「オッケーーーー!!!」
「・・・あ、あの・・・!」

引き留める言葉が思いつかないまま、中途半端に伸ばした手がユフィを留められる筈もなく。
ユフィは風のように本部を出て行ってしまった。
あの様子では電話やメールを駆使して本日中、と言わず一時間以内に仲間たちにこの騒動が伝わってしまう。

まずい。

全てが私を置いて進行していく。
止めなければならないのに、焦るばかりで全く事態が収拾できない。

な、何か手はないのか、と部下たちを見渡せば、とびきりの笑顔が返ってきた。

「WRO始まって以来の慶事ですね!支部にも報告しなければ!!」
「ま、待ってくださ・・・!」
「式は大安がいいですよねー局長のタキシード、どんなのがいいでしょうね」
「シャルア統括は純白のドレスよね・・・!美人ですもの、すらっとタイトなものがいいかしら・・・!」
「で、ですから・・・!」

そうではないんですが!と言いたくても口を馬鹿みたいにぱくぱくさせるだけで事態は益々悪くなるばかりで。
完全に出遅れてしまった。

「ちょい待ち!!!」

ぱん、と腹心の部下が一際大きく手を叩いた。
ロビーが瞬時に静まり返る。
私は彼を振り返った。

「・・・レギオン?」
「隊長?」

皆の注目を浴びた護衛は、よく通る声で宣言した。

「いいか、このことはWRO内部のみの、極秘事項だ。いいな?」
「何故ですか?!折角のお祝い事じゃないですか!」

詰め寄る局員にもレギオンは冷静に答えた。

「でなければ、局長殿が納得してくれないんでね」
「え?」
「どういうことですか、局長」
「・・・」

彼らの疑問に、私はどう答えていいものか分からなかった。
そもそも私は彼女を受け入れるつもりは、なかったのだから。

私の沈黙を何と読み取ったのか。
レギオンは私をみて、微笑んだ。

「自分のせいで特別な人の命が狙われるのが怖いから・・・ずっと断り続けてきたんですよね、局長」

淡々と、けれども何処か暖かい声音でレギオンが答える。
はっと全ての視線がリーブに集まった。

「・・・局長・・・」

何とも切ない沈黙が支配する。
心に痛くて、けれども彼らの視線から反らすには、否定するには、言葉を持っていなかった。
レギオンの指摘は、嘗て仲間たちに見破られた真実だったから。
そして、その場に居合わせたレギオンは、『相手が誰か分かった時点で援護でも護衛でもする』と言い切っていた。

・・・ああ、もう、手詰まり。

私は耐えきれず、思わず苦笑する。

「・・・あの、そこで静まり返られても・・・」
「よって!このことは、WRO内部のみの極秘事項!!それさえ守れるなら、思い切り祝え!!!」
「「「「はい!!!!」」」」
「「「後は私たちにお任せください!!!!!」」」
「・・・あ、あの・・・」

*   *

電光石火とはこのことか、というほど
その日のうちにWRO外部への箝口令が発動され、局員達は完全に内部だけの式を設定しようと水面下で動いているらしい。

勿論、シャルアには事前に許可を取っていたらしいが。

「・・・」
「いやー優秀やな、WRO職員は。何時如何なる時も冷静に対処しとる」
「・・・しなくて結構です・・・」
「ふん。今まで返事を引き延ばしていたのが仇になったな!年貢の納め時といったところか!!!」
「・・・引き延ばしてませんよ・・・。毎回断ってましたから・・・」
「断り切れなかったからこうなったんだろう?」
「・・・。断わっていた、つもり、だったんですが・・・」
「ど阿呆。隊長殿がばらした些末極まりない理由で、シャルアほどの猛者が引き下がるとでも?」
「さ、些末って・・・ううっ・・・」

私は局長室でばったりとデスクに突っ伏した。
ソファでは私をマスターと呼ぶ一匹?と一人がのんびりとお茶している。

・・・あの、貴方たちのマスターが進退窮まって困ってるんですけど?

文句を言いたかったが先程から馬耳東風と流されているので、その点は早々に諦めた。
そう、問題は。

「・・・今更、どうやってシャルアさんを振ればいいんでしょうか・・・」
「さあ?」
「まだ懲りんのか」
「ハンスは黙ってください。・・・ケット・・・。どうにかしてください・・・」
「いやーボクは単なるロボットやさかい。そないな高度なことは出来へんなあ」
「・・・ユフィさんを呼んだのは・・・」

言いかけて蘇るのは、いつかの声。
常に冷静な、彼女の妹。

『覚悟してください、リーブ・トゥエスティ』

がばっと身を起こす。

「・・・まさか」
「ええタイミングやったな。ネットワーク駆使して見とったんちゃうか?」
「・・・うわあ」

もはや言葉にならず、思考を放棄した。
WRO局員だけならばまだ白紙に戻せそうな気もしたが(いや無理やろ、とケット・シーの突込みは無視して)、仲間達からこの出来事をなかったことにすることは、不可能に近い。

「ふむ。これは貴様がきちんと話を付けねば、事態は収拾せんだろうよ」
「ハンスのせいでもあるんですが?!」

思わず責める口調で言い返してみたものの、

「ほほう?このままシャルアと結婚一直線で構わないと?」
「っ・・・!?」

矢張り瞬殺されてしまった。
異世界の童話作家のにやりと笑う笑顔が小憎たらしい。
そのハンスはふむ、と顎に手を当てた。何やら思案したらしい彼は、てくてくとデスクへやって来た。

「まあ、仕方がない。一つ助力してやろう」
「え?」

彼は何もない空間から分厚い装飾本を取り出す。
前にも一度目にしたその本は、『貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)』という特殊な技を繰り出すための宝具。
だがその技は、味方の回復・攻撃力・防御力・クリティカル力を上げるという戦闘時に威力を発揮するもので、話をつけるという今の流れでは関係ない筈だった。

「・・・ハンス?」

何をするつもりなのか、と蒼い髪の少年をきょとんと見返せば、彼は僅かに口角を上げた。
淡い光と共にふわりと本が浮き上がり、頁が勝手に捲られていく。
その幻想的な光景にぼおっと見惚れていると。

『ゲルダの涙よ、心を溶かせ』

ハンスの低い声が朗々と響く。
雪のように白くけれども暖かい光が私を包み込んだ。

「え??」
「さっさとけりがつくようにしてやった。行って来い」
「は、はあ・・・」

*   *

「・・・来たか」

科学部門統括室。
ハンスに局長室を追い出され訪れた先には、デスクの前でくるりと振り返るシャルアがいた。
腰に手を当て、さあこい、と言わんばかりのその姿。
それは訪問者を迎える部屋の主というよりも・・・

「・・・あの、シャルアさん。その台詞と立ち姿では、まるでRPGのラスボスのようですが」
「ふん。どちらがボスだか」
「え?そこですか?」

おや?と首を傾げれば、彼女はびしいっと私を指さした。

「単刀直入に言ってやる。リーブ、あたしのものになれ」
「いえ、貴女が私のものになってください」

暫し、間が空いた。

「・・・ん?」
「・・・え?」

怪訝そうな彼女の反応に、私は何かおかしいと気が付いた。

・・・今、私は、何と言った?

「・・・って、え、えええええええ!?」

悲鳴に近い叫び声をあげている場合じゃない。
私は取り敢えず何か弁解しなければ、と早口で言い募る。

「そもそも貴女が魅力的過ぎてどれだけ私が嫉妬したと思っているのですか!貴女の幸せにために私は身を引くべきだとは思いますが、結局は貴女を強奪するため暴走するのが目に見えていますからね!いっそのこと本当に私のものにしたいとどれだけ渇望したことか!って、ええええええ!???」

喋るほどに言うはずだった内容とは大幅にずれていく。
ちょ、ちょっと待って!!!

「・・・リーブ」

彼女が驚き、無防備な顔などまず見ることはない。
そのくらい予想外のことを自分が口に出していることは自覚している。しているんだけれども!!!

「ああもう!口が勝手に動くんですよ!でも悔しいことに本心で・・・って何を言ってるんやボクは!!!か、帰ります!!!今言ったことは絶対に忘れんといてください・・・って、もうハンス!!!」

大混乱に陥っている自分はさぞかし無様だろうが、原因は分かり切っている。
ハンスだ。
局長室で彼が唱えた、雪の女王の一節。あれがそのまま呪文だったに違いない。
今どんなに口を制御しようとしても、本音しか出てこないようになっている。
素晴らしい宝具のみならず、別の能力も持っていたらしい・・・!!迂闊すぎる。

「あんた・・・」

シャルアの顔を見ていられなくて、いたたまれなくて、顔を反らして足早に扉に向かう。
恥かしすぎて顔を上げられない。真っ赤になっているのは、一生口に出すことはないと蓋にしてきた本当の気持ちだからだ。そう、死ぬまで伝えまいと封じてきたのに!
強奪って・・・いやいや犯罪ですから!!!

逃げるように扉を開ける前に、後ろからぎゅっと暖かいものに包まれ、硬直した。

「あ、あの、シャルア、さん・・・!?」

背中に抱き着かれたまま、シャルアの小さな声が届く。

「・・・嬉しい」
「え?」
「でも駄目だ、やっぱりあんたがあたしのものだ」
「あ、あの、それでも構いませんが・・・って、もうこの口は!!!」
「結婚してくれ」
「はい」

間髪入れずに答えて。

「・・・ううううう・・・ひ、否定できない・・・」

頭を抱えるしかなかった。彼女の優しい声が畳みかける。

「あんたが好きだ」
「私は・・・」

ああもう、どうにでもなれ!!!!
口が勝手に本心を紡ぐ。

「・・・愛していますよ、シャルアさん」

*   *

局長室の扉が開くや否や、私はソファでのんびり何かを書きつけている少年に猛ダッシュした。

「ハーーーーンーーーーースーーーーーー!!!」
「なんやなんや。えらい剣幕やんか」

隣のケット・シーがニヤニヤしている。何がそんなに楽しいのか。こっちはもうのっぴきならないというのに!!!そして矢張り主犯のハンスも皮肉気に笑っていた。

「終わったらしいな。ふん、所要時間は15分か?まあまあだな」
「何がまあまあですか!!!どうしてくれるんですか!!!!私は!!!」

恥かしさともう何がなんやらの勢いで少年に詰め寄るが、顔を上げ頬杖をついた彼は、小憎たらしいほど余裕綽々だった。

「貴様がシャルアに何を語ったは知らんが、それが貴様の本音だ。俺はマスターの真なる望みを引きずり出してやったにすぎん。つまりは全て貴様の自業自得、貴様が本心でシャルアを拒むというのであれば、最後の最期までその意志を貫くことも出来た筈だということだ!まあ貴様の反応を見る限り、うっかり求愛してしまったというところだろう?せいぜい責任とって永遠の愛とやらを誓ってやれ!俺は何度人生をやり直しても御免被るがな!!!ああ、この場合シャルアが貴様を引き取ってやったのか?序でに言っておいてやるが、俺の術の効果はもう切れている。だが、本心を洗いざらいぶちまけたあとに覆せるとはよもや思ってなかろうな?仮にも組織の長が、一度口に出したことを反故にできるとでも?」
「う、うう、うううっ・・・!!!」

しまった、と気付いたときには遅かった。
ハンスの言葉はこんなときでも怒涛のように紡がれ、且つきっちりと情け容赦なく私に突き刺さる。反論のしようがなかった。

覚悟、していた筈だったのに。
最後の最期までシャルアを拒むつもりだった、筈なのに。
シャルアに全て暴露してしまってから、それを否定することは出来なかった。
本当は、誰よりも彼女を欲していたなんてことを。

がっくりと膝をつく。

どうしてこうも私の使い魔は最強なんだろう。ケット・シーも分身の筈なのに私のフォローも何もなく、上機嫌で・・・今はハンスへ盛大に拍手していた。貴方たちのマスターは一体誰なんですか、全く!

そして、ふと恐ろしいことに気が付いた。

「あ、あの、ハンス・・・?」
「なんだ、新郎」
「ま、まだ式は挙げてませんよ!!!ではなくて・・・あの、もしかして、他にも何か術を・・・?」
「いいことを教えてやろう。俺のスキルは、俺の著作の一部を引用して作動する。つまり」
「つ、つまり、著作の数だけスキルがあるんですか!?」

今度こそ悲鳴を上げた。
この偉大なる童話作家様は口だけでも最強なのに、味方を援護する最高の技に加え、まだ私の把握できていないスキルが山ほどあるなんて・・・!!!
色々と打ちのめされた。駄目だ、勝てる気がしない。

天使のような姿の少年は、悪魔のような笑みを浮かべた。

「安心しろ。俺がスキルを使うことは滅多ない!肉体労働など断固反対だからな!だが有事の際は容赦なく使ってやる。楽しみにしておけ」
「・・・何処が『最弱で貧弱でやる気なし、基本的に役立たず』、ですか・・・。最強で有能にも程がありますよ・・・」