Heaven’s here8

遂に、当日が来てしまった。

イベント慣れして妙に手際のいい部下たちに「全てお任せください!」と押し切られ、この日まで私は何も聞かされておらず、今日も今日とて部下に言われるまま個室に連れていかれ着替えさせられ何故か髪までセットされ。準備完了ですね!と追い立てられた今は、ロビーへの扉前でただ突っ立っていた。

これが開いたら、式が始まるらしい。・・・多分。
心が追い付かず、ぼんやりと己の姿を見下ろす。

光沢のあるシャンパンベージュのロングタキシード。中は淡いシェルピンクのベストと皺ひとつないホワイトのシャツ。靴もエナメル仕様なのかシルバーのように光を反射していた。タイとチーフはベストとお揃いのシェルピンクらしい。部下は「ジャケットのキュッと締まったウエストシェイプがいいんですよ!」「いやいやパンツシルエットの足長感が・・・!」とかなんとか言ってましたっけ。何だか高価そうですねえ、と他人事のような感想を抱く。私よりも他の人が着た方が似合いそうだ。

扉が開く音で、はっと顔を上げる。
途端に流れ込んできた曲は、オルガンで奏でられた御馴染みの・・・題名なんでしたっけ?
兎に角出番らしい、と部下から言われている通りに一歩踏み出す。

ロビーに足を踏み入れて、私は絶句した。

WRO本部のロビーは私が設計した上、何度も通っているのだから見慣れている筈だった。けれども今は、純白の布に覆われベンチが敷き詰められ、人が集まっていた。その殆どはWRO局員だったりするのだが・・・

・・・なんか、多すぎないですか、人が。

満席の1階のみならず、吹き抜け構造をいいことに2階、3階・・・いえ、5階からもこちらを見下ろしている数多くの視線を感じる。

そして、自分の歩む先を見据える。
ロビー中央を伸びる一筋の白い道、バージンロード。

少し前、WRO局員の結婚式に父親役として歩いたことはあったけれど、まさか自分が主役になるとは思わなかった。・・・いや、主役ではないか、と笑う。いつの世も新郎など添え物、真の主役は新婦である。

ロビーに集まる全ての人に向け一礼の後、前を見据え、少しずつ歩いていく。

向かって右側が新郎親族、左側は新婦側なのだが。
右の最前列にはケット・シーやらハンス、そしてジェノバ戦役の英雄達が座っている。というか、こんなことに勢ぞろいしていていいのですか、皆さん?その後ろはWROの幹部達がほぼ勢ぞろい。・・・あの、仕事はどうしたんですか、皆さん!?

左側の最前列は勿論妹のシェルク。その後ろは・・・ああ、科学部門所属の局員が並んでいた。って、なんで揃いも揃って白衣なんですか。いや、いいですけど・・・。

牧師を務めてくれたのもなんとWRO局員の一人だった。多種多様な人物を採用していたのは私の指示でもあるけれど、よもや牧師まで・・・というか、軍隊に牧師っていいんでしょうか。そういえば採用のときに思わず人事に聞き返したような気がする・・・。

牧師の少し手前で立ち止まり、牧師へ一礼する。
くるりと扉を向いて、主役を待つ。

そこで、ふと思った。

シャルアにここで告白されたことも、うっかりシャルアに求愛したことも今も全て、夢なのではないかと。
夢だとしたら納得だ。そうして、隣は誰も来ないまま目が覚めるのではないか。それとものっぺらぼうでも来るのだろうか。それならば話のネタくらいにはなりそうだ。

『リーブはんはど阿呆やなあ』
「っ・・!?」

動揺が顔に現れそうになってぎりぎりで耐えた。いや、夢だったら耐える必要もなかったか、と思うけれどもいつもの反射神経という奴だった。

『だあれも来おへんかも、とか思ったやろ?』
『そ、それは・・・』

分身の鋭い指摘に内心冷や汗をかく。

『ちゃあんと来るで。リーブはんを貰う気満々のシャルアはんがな』
『ふ、普通男女逆な気がしますが・・・』
『シャルアはんやし』
『・・・』

返す言葉が見つからないうちに、厳かに扉が開いた。

開け放たれた扉の向こう。
佇む姿を目にした途端、私の中から全ての音が消えた。
曲が鳴りやんだわけでも、感嘆のため息がひと段落ついたわけでもなく。

ただ、私の全てが時を止めた。

微動だに出来ないまま、こちらへやってくる優しい光は一体何だろうかとただ見守る。
純白に身を包んだ光。内側から放たれる輝きが柔らかく辺りを照らす。
しずしずと裾の擦れる音がゆっくりと近づいてくるにつれ、『光』がウエディングドレスを纏った女性だと漸く認識することが出来た。

薄いベールに隠された表情は伺えないが、髪は一つに纏めて上げているらしい。
普段白衣に隠されていた肩が露出し、思いの外細く白い肌にどきっとしてしまう。
彼女が纏うドレスは純白で統一され、胸元を飾るハートカットのネックラインが上品で落ち着いた大人の女性を演出している。腰から下はサテンのなめらかさと光沢の描陰影が魅力的で、ゆったりと波打ちたっぷりと長さのある裾が優雅だ。隣にいる父親役の黒いスーツの男性・・・どうやらレギオンらしい、と腕を組み、左手は白い花のブーケを携えていた。

神聖な場に相応しい歩調で、神々しいほど美しい花嫁がやってくる。

自分の目の前で、花嫁と黒いスーツの男性が立ち止まる。
父親役を任されたレギオンが硬直しているのがよくわかる。寧ろよくここまでつれてこれたものだとうっかり思ってしまった。それでもレギオンが私に礼をするのをみて、私も漸く動くことが出来た。つられるように一礼し、握手を交わす。

そして、レギオンが花嫁の手を取り、私へと差し出す。

たおやかな手を、私が取っていいものか躊躇してしまった。
私の前にいるその人が、本当に彼女なのかどうか自信がない。

それに、こんなに綺麗な人を、汚れた手の私が掴んでいいのか?

「おい」

声をかけられて、聞きなれた彼女の声だと、分かったんだけれど。

「・・・シャルア・・・さん、ですか・・・?」
「あたし以外の何に見えるって言うんだ」
「・・・本当、に・・・?」

現実感が全くない。
夢の世界に迷い込んでしまったような、ふわふわとした感覚。
だって、こんなに美しい人がこの世にいたなんて。
彼女は人ではなかったのでは?そう、思ってしまうくらい・・・人の世に紛れ込んでしまった女神のような。

それを、幾度となくこの手を血で汚してきた私が掴めば、穢してしまうのでは・・・。

「何を止まっている」
「・・・」

魔法で縛られたように彼女から視線を外せない。

「ほれ、さっさとあたしの手をとれ」
「で、ですが・・・」
「何だ?今更あたしでは不満か?」
「ちゃ、ちゃいますって!!!あ、貴女が綺麗すぎて、その、本当に私でいいのかと・・・」

式の最中だとか、その場に同席しているのはシャルアだけではないとか、そんなことは全て私の頭からすっ飛んでいた。ハンスに再び術をかけられるまでもなく、動揺した私の本音はダダ漏れだった。

「・・・リーブ」
「ええ・・・」
「あたしがあんたにプロポーズしたんだぞ?今更あたしを誑し込んでどうする」
「ええ・・・」

言われている言葉は理解できているのに、反応ができない。
彼女はシャルアに間違いないのに。
ふわりとなびくドレスの裾だとか。細い手を覆う繊細なレースだとか。
あきれたように瞬く碧の瞳が柔らかい光を湛えているとか。

全ての動作が目映く、不思議な力を纏っているようだった。
聖なる光に、私では近づいてはいけないような。

「・・・はあ。ここまで呆けるとはな。
いいかリーブ。ロッソのやつがあたしにブーケ用としてこの花を大量に贈ってくれた。曰く、花言葉があたしに合うらしい」
「花言葉・・・?」
「あんたは知っているか?」

これを、と手に持っているブーケを指さす。

白い薔薇。

薔薇は色によって花言葉が異なる。
例えば赤い薔薇ならば「あなたを愛してます」「愛情」「美」「情熱」「熱烈な恋」。黄色い薔薇なら「愛情の薄らぎ」「嫉妬」「友情」と。
白い薔薇だと花言葉は、「純潔」、だけでなく、もっと強烈な文句があったような・・・

「・・ええと・・・」

頭が回らない。聞いたことがあった筈なのに。
そんな私に、シャルアが不敵に笑った。

「ならば教えてやる。白い薔薇の花言葉は・・・『私は貴方に相応しい』、だ」

高らかに彼女が宣言し、私はぽかんと、彼女を見返す。

『私は貴方に相応しい』

なんて強気な花言葉だろう。
そして・・・この上なく、シャルアの性格に合っていて。
思わずくすりと笑ってしまった。
ああもう。
最初から私は、彼女に完敗していたのだ。

そっと彼女の手を取る。

「・・・シャルアさん・・・。もう、離してあげられませんよ?」
「違うだろう。あたしがあんたを離してやらないんだ」

彼女と腕を組み、並んで祭壇前へ。
厳かな讃美歌が流れた後、牧師の問いかけに婚姻の制約を立て。
私はシャルアの左手の薬指に、改めて銀の輪を填める。私の手にも、同じものが収まった。

そして。

熱に浮かされたような気持ちのまま、そっとベールを上げる。
微笑みを浮かべる彼女は、眩暈がするほど美しく。

淡いルージュに吸い寄せられるように、そっと唇を重ねた。

 

光溢れる場所
愛に続く道を行こう
いつの日か涙の数より多くの
鮮やかな花が地上に開く

fin.

メインテーマ 「Heaven’s here」田村直美
サブテーマ  「Mr.ECHO」 NICO Touches the Walls

 

覚えていられるうちに元ネタをば。

※1:シャルアによる定期健診は「拒否権
※2:リーブさんを守ろうとするデンゼルは「同志
※3:リーブさんに天職紹介される元敵「救出
※4:マリンちゃんとの文通「依頼
※5:ずっとここにいてやる、と宣言するシャルア「
※6:ハンス初登場は「英霊召喚
※7:バスターソードの墓参り「護衛
※8:地獄産の金魚草のある動植物園は「動植物園
※9:銃弾の残る司令室はDCFF7本編ですね、勿論。
※10:あんたが生きてればいいと言ってのけるシャルア「答え」および「真意
※11:シャルアの指輪「リング」、廃棄したが拾われてしまったリーブさんの指輪「廃棄
※12:余計なことを口走りそうになって慌てて口を塞ぐリーブさん、および花嫁の父親役「バージンロード
※13:神羅ビルから決戦に向かう仲間を見送る「対面
※14:デンゼルの花柄のハンカチは勿論「公式小説on the way to a smile デンゼル編」
※15:DC後、シャルアに呼びかけるシェルク「57.魔晄ポッド
※16:2度蛙になったレギオン「最後の仕事」、「救出」、鶏になりそうだったレギオン(笑)「狐鶏鼠
※17:魔石ケット・シー、魔法が元々使える一族、河童状態の最強装備は全てFF6内で実際にあります。
※18:話術士はFFTですね。リーブさんのためのジョブだとしか思えない。
※19:ずっと指輪を贈り続けるつもりのシャルア、助言してくれたのは「女傑
※20:リーブさんを貰う宣言「55.夫婦喧嘩
※21:シャルアを断り続けた理由を知っているレギオン「ホワイトデー
※22:『ゲルダの涙よ、心を溶かせ』は、ハンスがFGOでスキルを発動させる時の台詞。

以上!!!多いな(笑)。