HN

一ヶ月ほど前、ネットワーク上に、無敵と恐れられるチェスプレーヤーが現れた。
彼は並みいる強者たちを蹴落とし、頂点に君臨した。

その名を『リーブ・トゥエスティ』という。

頂点を極めた『リーブ・トゥエスティ』に、ある日挑戦者『C』が現れた。
『リーブ・トゥエスティ』と『C』の一戦。
長時間に渡る真剣勝負を、大勢のネット観戦者が見守り。
勝負は、決着を迎える。

それを最後に『C』も『リーブ・トゥエスティ』もネットワーク上に現れることは、二度となかった。

「ね?どういうことかわっかる~?ティファ♪」

ランチの時間帯には少し早い、朝の明るい店内。
セブンスヘブンのカウンターで、ユフィはご機嫌な様子でアイスティーを飲み、店主に話しかけた。
手早く洗い物をしていたティファは、振り返り思いつくまま答える。

「え?えーっと、よ、よく分からない。どっちも飽きちゃった、とか?」
「ちっがーう!!!!」

速攻で否定したユフィの叫びに低く静かな声が指摘した。

「・・・偽物だったのだろう」
「え?」

カウンター席の隅で静かに佇んでいた男、ヴィンセントが静かにユフィを見据える。

「『リーブ・トゥエスティ』は、リーブではなかった。そういうことだろう、ユフィ」
「さっすがヴィンちゃん!!!」

ユフィが満面の笑みで答える。

「え?何、どうゆうこと?」

ちゃん付けされたことなど軽くスルーしたヴィンセントは淡々と答えた。

「リーブはWROの名前を広める活動はするが、自分の名をわざわざ広めることはしない。
ましてネットワーク上で本名を使うとは思えない」
「どうして?」

首を傾げながら、ティファは入れ立てのコーヒーをヴィンセントの前に置く。
湯気の立つ白いカップを傾け、ヴィンセントは薫りを堪能する。

「ネットワークを辿れる者ならば、所在まで確定される可能性がある」

カップの中で、黒い液体が不規則に揺れる。

「危ないってこと?」
「そうだ。と、なれば『リーブ・トゥエスティ』は、リーブ本人ではない。赤の他人がハンドルネームに用いたということだ」
「ええっ!?そんなことしていいの?」

ふむ、と一口含む。絶妙のタイミングで入れられた苦みを楽しむ。
ティファの入れるコーヒーは客にも定評がある。

「・・・よくはない。だが、ハンドルネームに特に制限はないからな」
「正解ー!!!」

ヴィンセントの解説を聞いていたユフィがぱちぱちと手を叩いた。どうやら黙っているのに飽きたらしい。

「じゃ、ヴィンちゃんはどっちが勝ったか分っかるー?」
「勝ったのは『C』だろう」
「その通り!!!!」
「ええ!?ど、どうして勝敗まで分かるの?」
「『リーブ・トゥエスティ』の名を騙るものが勝利したなら、その名を使い続ける筈だ。
それがネットワーク上から消えたのなら、負けたとしか考えられない」
「そっか・・・。じゃあ『C』って人がよっぽど強かったのね」
「リーブだからな」
「え?」
「『C』が、リーブ本人だろう」
「嘘っ!?」
「ヴィンちゃん、ぜーっんぶ分かっちゃったんだね~♪」
「本当に、『C』がリーブなの?」
「そ。リーブのおっちゃんに確認したもん」
「どうしてヴィンセントは分かったの?」
「簡単なことだ。『リーブ・トゥエスティ』が偽物だと分かるのは、使用者と本物だけだ。
そして使用者がやめたとなると、本物に咎められたと考えるのが自然だ。それに、『C』だろう」
「Cが、どうしたの?リーブの名前にCなんて・・・・って、ああ!!!」

正解にたどり着いた彼女に、ヴィンセントは大きく頷いた。

「・・・そうだ。『Cait Sith』、つまりケット・シーの『C』だ」
「そっかあ・・・」
「で、なんといったのだ、あいつは?」
「えーっと。
『HNを変更していただけませんか?私に「本日の勝因は何ですか?」と尋ねられても答えられませんので』
・・・だってさ」
「成程。何度も訊かれて説明が面倒になって、大本を叩いた、というわけだな」
「・・・へええ・・・。だから、もう二人ともネットワーク上に現れなくなったのね?」
「正確に言えば、『リーブ・トゥエスティ』と『C』というハンドルネームが使われなくなった、というだけだ」
「ええっと。・・・どういうこと?」
「同じ人間がハンドルネームを変えてネットワークに現れている可能性がある」
「・・・あっ。」

ユフィが妙な反応を示した。

「・・・どうした、ユフィ」
「えっとお、ネットワーク上のチェスで、つい最近、『ヴィンセント・ヴァレンタイン』っていうハンドルネームが現れるって・・・」

瞬時に眼光が鋭くなった仲間からぎょっと身を引きながら、ユフィは一応、言葉を続けた。

「って、シェルクが言ってた・・・け、ど」

音もなく立ち上がった男は、代金をカウンターに置き足早に出口に向かう。

「ちょっとヴィンセント、何処へ行くの?」
「シェルクのところだ」

言い捨てて、ヴィンセントは出て行ってしまった。
店内に残された二人はきょとんと顔を見合わせる。

「・・・シェルクのとこって・・・どうすんだろ?」
「まさか、使用者突き止めようとか・・・思ってない、よね・・・?」
「やりそう。」
「ちょっと、否定してよユフィ!」
「だってヴィンちゃん目がマジだったもん」
「・・・」

二人は無言で彼が出ていった扉を見つめた。

fin.