36.日常茶飯事

「・・・やはり蛙のタイミングと速度に合わせるのが大切ですかね・・・」

思わず呟くと、護衛隊長がびくうっと跳ねた。

「な、な、何の話ですか局長ーーー!!!!」
「・・・何を動揺してるんです?レギオン」
「あんたのせいでしょうがーーー!!!」

WRO本部の廊下にて、ノートPCを抱えて会議室に向かう自分の後ろから、レギオンの絶叫が響く。
普通、WRO隊員が(それも一応幹部に近い)叫んでいれば、
世界の危機に立ち向かう組織として緊迫感に包まれてもおかしくない筈だが・・・。
緊張感のない護衛と、のほほんと足早に歩く局長の組み合わせが日常茶飯事過ぎて
またやってるな、と呆れられる対象となっているらしい。
慣れた隊員たちは、局長今日も楽しそうですねーと見守っている。
それへと軽く会釈していると、レギオンが一瞬で真横に並んだ。
若干涙目のようだ。

「・・・どうしました?」
「どうしました、じゃ、ねえーーーー!!!」
「レギオン。廊下ではお静かに」
「だから、あんたのせいでしょうがーーー!!!」
「隊長ー。叫んだままだと話が進みませんよー」

冷静な護衛の一人がさくっと割り込んでくれた。
レギオンはぐう、と呻いた。

「・・・でえ。何の話ですか!」
「あ。電話ですね」

レギオンをさくっと無視して、スーツの上着から端末を取りだす。
通話をしながら横目でみると、地団太を踏んでいる隊長を、残りの護衛達が適当に宥めていていた。

・・・仲いいですねえ。

通話を終えると、レギオンはがっくりと肩を落としていた。

*   *

何だかんだといつも通りに忙しく、世界中を飛び回っていたら今日もまた日が暮れていた。
レギオンは護衛と称して(実際肩書もそうだが)リーブに付き従っていたが
それ以上聞かれることもなく、すっかり忘れていた。
そうして局長室に戻ってきたところで、レギオンが真正面に陣取ったのだった。

「局長!」
「・・・どうしました?」
「ですから、昼間の話です!!!」
「昼間?何かありましたっけ?」

デスクでPCを開きながら、首を捻る。
メールを立ち上げて、またしても溜まった未読の題名をざっと一読する。

「その、蛙のタイミングがどうとか・・・」

言いたくなさそうに続けられた声に、おや?と顔を上げる。
蛙。そういえば確かに昼間呟いた気がする。
レギオンが過剰反応していたけれど。

「・・・そんなに気になります?」
「当たり前じゃないですか!!!
めっちゃ気になります後生ですから教えてください局長殿!!!」

一気に捲し立てた護衛はぜーぜーと息を整えていた。
どうやら彼にとっては重要らしい。
メールをチェックする手をとめ、護衛に向き直った。

「それがですね・・・。この前、ケットの移動速度を上げたじゃないですか」
「あ。やってましたね。たまーに速度調整し損なって壁にぶつかってましたけど」
「ええ」

ケット・シーの足を改造して、出来うる限り移動速度の幅を広げた。
それは彼が戦闘や潜入時の逃走を助け、生還率を上げるため。
但し、まだ制御がうまくできないらしく、ケットは局長室の壁にぶつかったり、
逆に飛び移ろうとして届かず敢無く床にダイブしたり苦労していた。
笑顔がデフォルメの猫が、『んぎゃー止まらへんーー!!!』と
叫んでいたのは結構面白かった。
と、こっそり思ってしまった。
ケット・シーに睨まれたが。

「そこで、ケット・シーは修行の旅に出たんですよ」
「・・・はいい???」

*   *

滅多に人の訪れることのない古の森。
木々の合間より漏れる光は蒼く澄み、独特の雰囲気を醸し出している。
そして何より独自の進化を遂げた植物たちが行く手を阻む。

コスモキャニオンの南の高台にあるこの森は
貴重なアイテムが豊富は反面、その攻略難易度の高さでも知られている。
というのも。

「あっちゃー。もう消化されてしもたあ・・・」

小高い岩の上から、がっくりとケット・シーは項垂れる。
次の足場は食虫植物の上なのだが、こいつは虫を消化中でなければ蓋のような器官が閉じてくれない。
しかし、虫を放ったものの、距離を取りかねて飛び移る前に消化され、また蓋が開く。

「次は虫やのうて、蛙を捕まえるんほうがええか・・・。
でもあれ素早いしなあ・・・」

隣のマップに行くにも、虫を捕まえるか蛙を捕まえるかして
食虫植物に放ち、蓋が閉じているのを見計らって上手くジャンプし、次へと飛び移らなければならない。
失敗すれば・・・虫を捕まえるところからやり直しである。

今のケット・シーは移動スピードの幅が広がった代わりに
細かい速度コントロールがまだ慣れておらず、しょっちゅう飛び移り損なって落っこちている。

*   *

「・・・というわけで、これをクリアすれば
ケットは速度調整をものにする、というわけなんですよ」

にこりと笑って説明を終えれば、レギオンの顔色が若干ましになっていた。
何をそんなに心配していたのか。

「えっと・・・じゃあ、蛙というのは」
「足場となる食虫植物に食べさせるための蛙ですよ」
「・・・そ、そうですよね!!!よかった、俺無関係で!!!」

ぱああ、と無防備に全開で安堵してみせる護衛をみていると、
ついうっかり思いついてしまった。

「・・・あ。もう一匹追加させてもいいかもしれませんね」
「・・・え?・・・えええええええ!?????
か、勘弁してください、局長ーーーー!!!!!」

fin.