46.幸せ

小さなため息が聞こえて。
そして囁くような心配そうな声。
それがいつも近くにいてくれる女性の声だとわかって。
彼女には悪いけれども、少し嬉しく思った。

・・・って、あれ・・・?

そういう自分は今何をしているのだろう。

ゆっくりと目を開ければ、予想通りの彼女がいて。
声を出そうとして、何故か掠れた声しかでなかった。
それでも彼女はこちらに気づいてくれた。

そして散々怒鳴られた。

「ったくあんたはいつもいつも、勝手に倒れやがって!
自分の限界くらい分かっておけ!」
「・・・分かっては・・・いたんですけど・・・」
「何処がだ!!!
レギオンが気づかなかったらあんた、廊下にぶっ倒れてたんだぞ!」
「え・・・そう、でしたっけ・・・?」
「大体この前もあんたに言った筈だ!!!」

彼女は顔を真っ赤にして散々に忠告してくれている。
優しい人だといつも思う。

「・・・何を笑っている?」
「え・・・」

ぎろり、と睨まれてしまった。
彼女の隻眼はこちらを見透かすように鋭く光っている。

「・・・ええと・・・シャルアさんは優しい人だと思いまして・・・」

深く考える前に正直に答えれば。
彼女は何故か深く深く、ため息を付いた。

「・・・あんた。寝ぼけてるだろう」
「え・・・そう、ですかね・・・?」

何かまずいことでも言ったのか、と反省してみたものの
特にフォローも思いつかない。
まあいいか、と結論づける。

「・・・リーブ」
「何・・・ですか・・・?」
「あんたの幸せは何だ?」
「・・・へ・・・?」

間の抜けた声で返せば、
彼女はうってかわって真剣な顔でこちらを見据えていた。

・・・幸せ。

出されたキーワードから
心に浮かんだ情景を挙げてみた。

例えば美味しい珈琲を味わっているとき。
例えばお調子者の分身が生き生きと動き回っているとき。
例えば心の強い仲間達がやってきてくれたとき。
例えば有望な隊員を勧誘できたとき。
例えば全員(強制)参加のイベントを企画、実行できたとき。
例えば大切な女性が自分のために怒ってくれたとき。

「・・・数え切れないほど、ありますけど・・・」
「その中の一番は、なんだ?」

怖いくらいに真剣な彼女は、何を危惧しているのだろうか。

「・・・シャルア、さん・・・?」
「いいから答えろ」

逃げることを許さない瞳は、けれども少し苦しげにも見えて。

一番の幸せ。

ぽんと浮かんだのは。

「・・・シャルアさんが・・・幸せになることですかね・・・」
「・・・は?」

拍子抜けしたような、気の抜けたような彼女は
次の瞬間、こちらを脅しかねない眼力でまた怒ってしまった。

「ふざけるな!」
「・・・ふざけて・・・ませんけど・・・?」

この優しい女性が
10年という長い間命を懸けて神羅と戦い、左目と左腕を失い、
それでも探し続けてやっと取り戻した大切な妹と。
今度こそ彼女を守ってくれるだろう相応しい相手を見つけて。
彼女のこれからの人生は、大切な妹と相手と共にずっと幸せであるように。

・・・それを遠くからでも見届けられれば、いいと。

「・・・思っただけですが・・・何か・・・?」

何処まで口に出していたのか、自覚もないまま答えれば。
彼女はがっくりと側の椅子に座り込んでしまった。

「・・・リーブ・・・。あんたという男は、全く・・・」

右手で頭を抑えていた彼女は、ふう、と髪をかきあげて改めてこちらをのぞき込んだ。

「いいか、リーブ。
あんたのその幸せは、一部訂正が必要だ」
「・・・え・・・?」

訂正。
何処か彼女にとって幸せにならない部分でもあったのだろうか。

「あんたが遠くから見届けることは一生ない」
「・・・え・・・?」

きっぱりと断言され、ただただ驚いて見返すしかできなかった。
彼女は自分が、例え遠くからでもそれを見届けることを許してくれないのだろうか。

「・・・駄目・・・でしょうか・・・」

我ながら声が沈んでいることが分かったけれでも。
どうしようもなかった。

「当たり前だ」
「・・・そう・・・ですか・・・」
「あたしがあんたから遠く離れるわけがない」
「・・・。え・・・?」

畳みかけられた言葉に、反応が遅れた。

「そもそも、あたしの『相応しい』相手など知らん。
あたしが選ぶのはあんただけだ」
「・・・へ・・・?」
「だから、あんたが遠くからあたしの幸せを見届ける、
なんて馬鹿な真似は絶対にできない。
あたしはあんたのすぐ側で、
あんたとシェルクが揃って幸せになるんだからな。
ああ、シェルクの相応しい相手は要相談だ。
どうでもいいやつが来たら撃退してやる」

勝ち気な笑顔で言い切った彼女は、眩しいほど綺麗で。
その笑顔に見とれていて、言われた言葉を理解するのが更に遅れた。

「・・・あれ?」
「だから、あんたはさっさと休め。
あんたがあたしに愛想尽かしたとしても、
あたしは一生離れてやらんからな」

心地いいアルトに聞きほれているうちに。
ふわりと柔らかいものが唇に触れた。

「・・・え・・・えええ!?」
「これが、あたしの幸せだ」

fin.