55.夫婦喧嘩

「男は狡いな」
「は?」

唐突な台詞にリーブは書類から顔を上げた。WRO局長室を訪れた相手は、いつも通り白衣を纏ったシャルアである。彼女は今日もリーブに催促され、やっと貯めていた書類を提出したところだった。
シャルアはデスクの前でため息をついて、憂鬱そうに腕を組む。

「何が悲しくて、あんたが年々魅力的になるのを指をくわえてみてないといけないんだ。こっちはしわくちゃになるだけだというのに」
「な、何を言ってるんですか!?心臓に悪いのはこっちですよ!貴女だって日々魅力的になっていくじゃないですか!」
「だったらさっさとあたしのものになれ!」
「ぐはっ!!!」

リーブは派手に噎せた。手元の書類に皺ができてしまったため、それを丁寧に伸ばす。が、動揺が手にも現れているのか、全く以って上手くいかない。

「な、ななな、何を言っているんですか!」
「あんたがあたしのものになれば、あたしはこんな気苦労をしなくていい」
「ですから!貴女を、その、最も不幸にする相手のところに行かせるわけにはいきませんから!」
「誰が不幸になるって?」
「で、ですから、」
「あたしの幸せが何か知っているのか?」
「え?」
「あんたがあたしのものになるのは大前提。その上で、シェルクも幸せで、あたしはあんたが何処に行こうがついて行く。分かったか?」
「あ、あの、ですから・・・」

リーブがおろおろと言葉を探していると、ソファにいた二人がひょいと振り返った。この世界の文字を学習中のハンスと、教師役のケット・シーである。

「リーブはんの負けや」
「ふん、リア充さっさと爆発して塵となってしまえ!!!ああ鬱陶しいにもほどがある!!!」
「ちょ、ちょっと二人とも!!」

シャルアがつい、と野次馬のように口を挟んだ二人へ目をやる。

「そこの二人」
「なんやー」
「・・・ふん」

シャルアは「明日は晴れだな」、くらいの気軽な口調で宣言した。

「あんたらのマスターを貰うぞ」
「シャルアさん!?」

今度は書類を破きそうになってしまった。もう仕事どころではない。どうしてこんな話になってしまったのか。
頭を抱えるリーブだったが、分身と使い魔は頓着しなかった。

「どうぞー。あ、自動的にボクらも付いてくるでー」
「さっさとしろ」

「えええええ!?」

fin.