56.ハロウィン

「Trick or Treat」

WRO最上階、局長室。
扉が開くなりデスクにやってきた女性が無表情に言い切った。

「・・・あの、シャルアさん?」
「菓子をくれ。寄越せ。強奪するぞ」
「・・・シャルアさん、それは脅迫と言うものでは・・・」
「寄越せ!!」
「・・・はいはい。全く・・・」

デスクの下からごそごそと紙袋の中身を取り出す。南瓜のカップケーキ一つとチョコチップクッキーの入った小さな包み。昨日こっそりと作ったそれをどうぞ、と手渡すとシャルアの仏頂面がぱあっと笑顔に変わった。子供のような無邪気な笑みが可愛らしい。上機嫌な彼女に気になっていたことを聞くことにした。

「もし、私がお菓子を持っていなかったらどうするつもりだったのですか?」

宝物のように両手でお菓子の包み掲げ、キラキラと輝く目で見つめていた隻眼が、怪訝そうにふいっとこちらをみる。

「聞きたいのか?」
「え、・・・ええ・・・」

ちょっと嫌な予感がしたが、今更引けない。
シャルアは勝ち誇ったように口元を上げた。

「・・・公衆の面前でキスしてやろうと思った」
「・・・。・・・はいいい!?」

   *   *

シャルアに色々してやられそうだった、その後。
会議で彼女の妹と顔を合わせた。彼女はいつも通り淡々と私の前にやってきた。

「局長」
「何でしょう?」
「Trick or Treat」
「・・・へ?」

これまた冷静に言われたため、一瞬何を言われたのか分からなかったが。

「お菓子持ってますよね」
「え、ええ・・・」

今日限定で持ち歩いている紙袋から、姉に渡したものと同じ包みを渡す。少し彼女の表情が緩んだようで、微笑ましく見守る。

「ありがとうございます」

声が少し弾んでいるのは気のせいではないだろう。序でなので彼女にも尋ねてみることにした。

「もし、私がお菓子を持っていなかったらどうするつもりだったのですか?」

お菓子をじいっと見つめていた目がこちらを見上げた。少し首を傾げていた彼女は、何か思いついたように一つ頷いた。

「そうですね。公衆の面前で『御義兄様』と呼ぶつもりでした」
「・・・。な、な、何を言っているんですか貴女たちは!!!」

fin.