63.充電

「只今帰りました」

のんびりと寮のドアを潜れば、玄関先に仁王立ちの妻が立っていた。

「シャルアさん?」
「遅い」
「・・・すみません」

謝りつつ、それでもこうして自分の帰りを待ってくれていることが嬉しく、笑みが零れてしまう。予想通り彼女の眉間の皺が更に深くなってしまった。

「あんたに説教したいところだが、今それどころじゃない」
「え?何か、あったのですか?」
「ああ。非常に重大な事態だ」
「一体何が・・・?」

鞄を脇に置き、彼女に向き直る。
彼女のただならなぬ表情につられて私の表情も曇っていく。WRO全体の話ならば、局長である自分に直接連絡が来るはず。そうでないならば、科学部門統括の彼女だけが知る話なのか。それともプライベート、家族に関する問題なのか・・・?
色々と思い浮かべていると、彼女が簡潔に告げた。

「充電が切れた」

「・・・はい?」

充電?
何の?

兎に角、深刻な話ではなさそうなので安堵しつつ答える。

「ええっと・・・端末ですか?でも充電スタンドでしたら、シェルクさんもお持ちでしょうし・・・。それともPCですか?アダプターでしたら、確かここに・・・」
「違う」

置いた鞄を開ける前に、きっぱりと遮られる。

「はい?」
「あたしの充電だ」
「・・・ええと?」

ぽかんとシャルアを見返すしかない。白衣を羽織った彼女は不機嫌だった。
私が動かないのを見て、焦れたのか。

「えっ・・・!?あの!?」

真正面から勢いよく抱き着かれた。

「動くな」
「え、あの、シャルア、さん・・・!?」
「大人しくしろ」

台詞だけ聞けば、凶悪犯と脅されている一般市民だったりするのだが。実際には自分は優しいぬくもりに包まれていて。

「あたしの充電が終わるまでは動くな」
「・・・私の方が充電されていますけどね」

くすり、と笑う。
そっと彼女の背中に腕を回す。勝気な彼女だけれど、女性らしい柔らかい身体に護りたいと心から思う。相手のぬくもりを感じながら目を閉じていると。

「・・・お姉ちゃん?リーブが帰って・・・」

凛としたソプラノの声に、はっと目を開ければ、リビングから出てきた義妹がぴたりと足を止めていた。
目をまんまるにしてこちらを見ている。

「えっ!?あ、あの、これは・・・!」

思わずシャルアの背中に回していた腕を放す。言い訳を!と思いつつ、でも一応夫婦だし、悪いことをしているわけではないし、でもだからといってそのシェルクさんの前で抱き合っているというのも・・・!
私が混乱して困っているというのに、妻は冷静そのものだった。

「シェルク」
「うん」
「ちょっと」
「なあに?」

ちょこちょこ、と表現できるほどの小幅でシェルクがやってくる。彼女がやってくる間も、妻は私に抱き着いたままで。私は身動きできないままわたわたするしかなく。

「横から抱き着いてみろ」
「え?」
「ええ!?」

妹はきょとんと小首を傾げ、私は吃驚しすぎて止まった。
暫く考えていたらしい妹は。

「うん」

素直に頷いた。

「え?」

聞き返したものの、シェルクは二人の腰辺りにきゅっと抱き着いた。
私は真正面からは妻、左からは妹から優しく包まれていて。疲れていた心がぽかぽかと温められていく。

どうしよう。本当に幸せ過ぎて、何かに申し訳ない気もしてくる。
これだけの力を貰ったのだから、もっと仕事に励まなければ。

そう、思っていたら。

「ほう、貴様らが家族で団子になるのはいいが、俺は腹が減った。さっさと単体に戻るんだな」

不機嫌な童話作家様が唐突に現れた。
眉がきゅっと上がる角度がいつもよりもきつい気がする。もしかして。

「何やなんやー。リーブはんモテモテやんか」

奥からのんびりな分身までやってきた。これで家族が勢揃いだ。ならば。

私は口を開く。

「ケット」
「なんやー」
「やってしまいなさい」

分身に詳細を伝える必要はない。私の感情で動いている彼は分かっている。

「はいなー!!!」

気持ちよく承諾したケット・シーが、傍観していたハンスをぽんと軽く押す。

「なっ!?」

よろけた隙にケット・シーがハンスごとシェルクの後ろから抱き着いた。
私は満足する。

「離せ!」
「却下やー。これでみいんなボクのもんやなー」

ケット・シーが鼻歌交じりに宣言して。

「いえ、ケット・シーは私の分身ですから全て私の物でしょう」

それは訂正しておかないと。そうすると。
真正面にいるシャルアがぎゅっと力を込めて抱き締めてきた。

「いや、リーブはあたしのものだから、全部あたしのものだ」

「あ、そやった」
「そうですね」
「だから離せ!」
「ええ!?」

fin.