75.訓練2

「では、始めましょうか」
「よろしくお願いします」

拳につけたグローブ、頭を側面から守るヘルメット、膝を覆うサポーター。

WRO地下の訓練場で向かい合い、繰り出される拳を避け続け、相手がふりかぶった後の一瞬の隙を見逃さず、最小限の動きでこちらの拳を振りかざす・・・はずが。

相手の頬をぶん殴る手前で、・・・動きが止まる。

「・・・あの、トゥエスティ局長?」
「あ。その・・・すみません」

怪訝そうなトレーナーに謝る。
それを数回繰り返して、私は訓練を断念した。

「・・・。申し訳ありません・・・」
「いえ、その、・・・お、お気にならさず・・・!」

相手が顔を伏せながらも笑いを堪えているのがよくわかった。

そりゃあそうでしょうねえ・・・と嘆息する。

こちらからわざわざ招いて肉弾戦を訓練してもらおうとしたのに、肝心の自分が結局一回も・・・殴ることも蹴ることもできなかったのだから。

自分に呆れ果て、仕方なく訓練を中断した。勿論、報酬は約束通りの額を手渡し、相手も恐縮しながら受け取り、帰っていった。

*   *

「・・・。向いてないんでしょうか・・・」

局長室で項垂れていたら、何だか楽しげな護衛が帰ってきた。

「きょーくーちょー♪」
「・・・どうしてそんなに浮かれてるんですか、レギオン」
「いやーだって、もう、あんた面白すぎ!!!」
「・・・いいですよ、幾らでも笑ってください・・・」

顛末を何処かで聞いたのだろう。
今回ばかりは、潔く負けを認めるしかない。

「あ、そうそう。さっきのトレーナーさんですけど・・・」
「はい・・・」
「・・・攻撃を避ける訓練でしたら、またお受けしますってさ」
「はは・・・」
「それから、さ」
「・・・はい?」
「・・・追加の護衛が必要なら、いつでもWROに入隊しますってさ」
「・・・。はあ???」

*   *

いつも怖いくらい察しのいい上司が、全く理解できないという顔で固まっている。俺はおかしくて笑い転げた。

・・・こいつ、まーた味方増やしちまったのに
さっぱり気づいてねーなあ。

あのトレーナーは、部屋から出てきてすぐに笑いだした。それが嘲笑なら幾らでもぶちのめすとこだが、何処か清々しい表情だったものだから、俺は笑いの収まった男に声をかけた。

「・・・どうしたんです?」
「いや、あの、すみません。色々と想定外だったもので・・・」

俺はピンときた。

「・・・あー。局長、どうせ一発も殴れなかったんでしょ」
「よくおわかりで・・・!!!」
「んー。まあ、そういうやつだからなあ・・・」
「・・・もしかして、トゥエスティ局長が部下に手を上げた、なんてことは・・・」
「俺の知る限り、一度もなし」
「・・・でしょうね・・・。トレーナー相手ですら、傷つけることを躊躇う方だ」
「そ。・・・あいつはできねーんだ」
「・・・そうですか・・・。一般的に、武術訓練となると、トレーナーは相手の動きを引き出しつつ、殴られ蹴られるのが役目です。ある程度相手に花を持たせて、気持ちよく身体を動かしていただく・・。ましてあのWRO局長ですから、鍛錬しつつ、何処まで悟られずに殴られるようにするか、そればかり考えていたのですが・・・」
「・・・肝心のあいつが、まったく殴れなかった。・・・本当にあいつは・・・」

くく、と俺もつられて笑い出す。

「・・・変わった方ですね」
「そうだろ?」
「・・・WROが何故人々を支える組織になったのかがよくわかった気がします・・・」
「なんせトップがあれだもんなあ・・・」

fin.

訓練とはいえ、リーブさんなら多分殴ったり蹴ったり出来ない気がします。ハンスは霊体化してその全てを観ているので、何処かで抱腹絶倒しているはず(笑)。そしてハンスから家族に暴露されてシャルアにも笑われるに違いない。あとケットにもかな。シェルクは控えめにぱちくりしていればいい。