78.お供え物

ある日のWRO局長室。

「只今戻りましたーって、あれ、局長?」

静かな部屋に訝しみながら奥を伺えば、局長室の主は書類を持ったまま椅子に凭れて珍しく眠っているようだった。そっと近づいて呼吸を確かめる。異常なし。

「・・・お疲れですもんねー」

穏やかな寝顔を見ていると、何だか起こすのも忍びない。そもそもこの上司は寝る間も惜しんで仕事をしていることが常なので、眠れるうちに眠っていた方がいい。

「ふむ」

そっと手に持っていた書類を引き抜いて、デスクの上に栄養ドリンクを置いてみた。
背後の定位置に立ち、俺は護衛を全うすることにした。

   *   *

「おい、リーブこの書類だが・・・」
「しーっ!!」

部屋に入った途端、レギオンの口に人差し指というわかりやすい口止めにはたと立ち止まる。そして視線をデスクに戻して成る程、と頷く。そっと近づいて寝顔を確かめる。念のため呼吸音なども確かめるが、ただ眠っているだけらしい。

「・・・眠っているのか」
「はい。ちょーっとお疲れだったみたいです」
「しょうがない奴だな。全く」

小声で会話しつつ呆れながらも、レギオンが起こさなかった理由もよく分かった。過労気味の男が休息を取っているなら邪魔するべきではない。あたしは羽織っていた白衣を脱ぎ、そっと掛けてやった。

「シャルア統括やっさしー」
「煩い。だが、こいつを頼む」
「了解しました!」

   *   *

「失礼します、局長・・・」
「しーっ!!」

入ってきて、目の前の護衛が口元に人差し指を押さえている。これは何のサインだったか、素早く検索を掛けて、人を沈黙させるサインだとヒットした。了解の意を込めて小さく頷く。

「・・・お休みでしたか」

デスクに近づけば、部屋の主は椅子に凭れて眠っている。その上には見覚えのある白衣が掛けられ、デスクには栄養ドリンクが乗っている。

「お供え物ですか」
「ぷっ。いい発想ですね、シェルク統括!」

小声でやりとりしつつ、私も何かこのお供え物に加えるものがないか思案する。姉も私もこの人には大変世話になっているのだから。少し考えてポケットにいつも忍ばせている携帯食料を一つ、栄養ドリンクの側に置いて退出した。

   *   *

「よお、邪魔しに来たぜ・・・って、ん?」
「しっー!!」

扉が開いたものだからてっきり主がいると思いきや、目の前に居たのは主の護衛だった。
いぶかしげにデスクを覗いて、そういうことか、と俺様は納得する。
椅子に凭れて眠っている戦友は、どこか安堵しているような寝顔だった。

「こいつも人前で眠れるようになったか」
「いえ、俺が戻ったときには既に眠ってました」
「どーせ仕事に根詰めすぎてひと段落した途端スイッチ切れたんじゃねーか」
「あー。たぶんその通りかと・・・」

そうしてデスクの上にある品をみて、ぴんときた。

「いい部下達じゃねえか。俺様だと煙草・・・はこいつ吸わねえんだったな」

他に何か持ってたか、と色々探って。

「お。そういやシエラに持たされたんだっけな。チョコ置いてくぜ」
「ありがとうございます、艦長!」

   *   *

その後。

『お休み中、御用の方はお静かに』

そんな張り紙を見た部下達は、引き返す者もあり、どうしても書類など渡す必要があるものは中に入り・・・そして、敬愛する主の姿に何かを置いていく者が続出した。

そして。

  *   *

「うう・・・ん。・・・あれ?」

ぱちぱちと目を瞬く。

「あ、お目覚めですか局長」

背後からの声に振り返る。いつもどおりの護衛が飄々と立っていた。

「・・・あの、私寝てました?」
「はい、思いっきり」
「・・・起こしてくださいよ・・・」
「んーでもあんたのことだから、急ぎの用事は終わらせたんでしょ?」
「あの時点ではそうですけど・・・って、あの、これは?」

改めてデスクを見ると、寝る前には確かになかったものが山盛りに置かれていた。
栄養ドリンクに携帯食料、チョコに飴、ミネラルウォータに本日の朝刊、紅茶のティーパックに饅頭などなど。

「愛されてますねー局長♪」
「いえ、その、まさか・・・私が、寝ている間に、ですか?」
「そのとおーり!」
「じゃなくて起こしてくださいよ・・・」

はあ、と頭を抑える。無防備な寝顔を部下に見られていたと思うとちょっと情けない。贈りものはその、嬉しいけれど。

「いろんな人が来ましたけど、誰もあんたを起こそうとしませんでしたよ?」
「ええー?・・・まあ緊急の用がなかったということでしたら、いいんですけどね・・・」

そして体を起こそうとしてやっと気付いた。
優しく体に掛けられた白衣。これだけは誰のものか分かる。

「・・・シャルアさんまで来ていたのですか」
「そうです。お陰でいまシャルア統括、白衣なしの格好で闊歩していると思いますよー」
「・・・。え?」

多少寝ぼけていた頭がすっと冷える。がばっと立ち上がり、白衣を持って慌てて部屋を出た。その背にレギオンが、

「・・・ま。白衣の予備くらい持ってるでしょうけど」

と呟いたのは全く聞こえなかった。

fin.

リーブさんが寝ていてもみんな「ああお疲れなんだな」と思って起こさない。ほっこりする組織だといい。そしてシャルアは白衣とっちゃうと結構色色まずい格好になる気がします(笑)。