79.懸念

局長室に突撃すると主はおらず、珍しく姿を現しているハンスがソファに腰掛け、タブレットをいじっていた。足が床に届かないのでぶらついている。どうみても子供だが、これでも英霊。あたしは直接見たことはないが、戦場で隊員達の傷を癒やしたり、特殊なスキルをかけたり出来るらしい。じいっと凝視しているのが分かったのか、水色の頭がこちらを向く。そして少年の外観に相応しくない皮肉な笑みを浮かべ、渋い低音が響く。

「何だ?俺に用か?ふん、貴様のことだ、俺というよりも英霊そのものに疑いをかけているのだろう。貴様が発掘した胡散臭い装置がよもや召喚装置とはな!貴様がいなければ俺が労働を強要されることもなかったろうに!一刻も早く契約を切るようにリーブに進言しろ!さすれば俺は労働から解放、リーブは魔力の寄生虫が駆除できる、貴様にとってはリーブの邪魔をする奴が減る、いいことずくしじゃないか!」
「却下だな。あたしはあんたを邪魔だとは思ってない。仮に何らかの事情でリーブに進言したところで、あいつが聞くわけがない。あんたはリーブの大のお気に入りだからな」

背後の扉が開いて、上機嫌な男の声が割り込んだ。

「ええ、絶対にハンスを手放したりしませんよ?」

振り返るとこの部屋の主がPCを抱えて立っていた。ハンスが舌打ちをする。

「ちっ。帰ってきたか」
「勿論帰ってきますよ?貴方が新作を提出してくれるまで私は何度でも催促しますからね?」
「馬鹿め!作家に進捗を急かすことが致命的だと何故わからん!」
「明日、孤児院を訪問しますから、それまでによろしく御願いしますね」
「何がよろしくだ馬鹿者!」

ハンスと楽しげに話しながら、リーブは低位置である正面のデスクに座る。 相変わらず仲のいいマスターと英霊に、あたしはふと気がついた。

「・・・そういれば、英霊には女もいるのか?」

もし召喚された英霊が女だったならば、あたしはこんなに暢気に二人の会話を聞いていられただろうか。そしてもし、英霊がマスターに好意を抱く奴だったら。

思わず顔を顰めた。二人があたしを見る。

「・・・はい?」
「ああ、いるぞ。そうだな。貴様の懸念はマスターを強奪するような英霊のことか?いいだろう。俺の知る限りだが、戦闘能力としては聖剣に選ばれし騎士王、ルチャドーラをこよなく愛する格闘狂の女神、美坊主に裏切られ炎の蛇と化した姫君など、女性英霊もなかなかのラインナップだ。もし奴らがマスターに懸想するならば、貴様とさぞかしいいバトルを繰り広げてくれるだろうよ!」

全く分かっていないリーブとは対照的に、ハンスはあたしの懸念をあっさりと看破した。そしてハンスの言葉で漸く気付いたらしいリーブはため息をついて頭を抑えた。

「いえいえ、強奪って・・・何を言っているんですかハンス・・・。そんな訳ないでしょう・・・」
「いや?十分にあり得るぞ?特に蛇姫などとあるカルデアではマスターにべた惚れで、もしもマスターに見捨てられることになろうものなら、あの施設丸ごと業火に撒かれることは必至だろうな」
「・・・は?」

ぽかんと止まっているリーブを横目に、あたしは腕を組んで対策を練る。

「炎か。それは消化班が必要か?いや、炎を撒かれる前に対処が必要か。麻酔銃は効くのか?」
「ちょ、ちょっとシャルアさん、本気にしないでくださいよ!」
「麻酔銃はきかんだろうな。俺でなく奴を召喚していれば、貴様はマスターを巡り永遠に蛇姫と戦闘していただろうよ。その前に本部は全壊しているだろうが」
「ええ・・・!?いえ、そんなことは」
「そうか。ハンスでよかった」
「比較対象が気に食わんが、俺はそもそも労働反対だ」
「肉体労働ではないでしょう?」
「俺は仕事が大嫌いだ!」

fin.

もしリーブさんが女性英霊を召喚していて仲良子よしだったら、シャルアの嫉妬が暴走すること確定。だって基本的に英霊ってマスターの側にずっと控えてますからねえ。
因みにハンスが挙げた英霊はアルトリア、ケツァル・コアトル、清姫のことです。