83.税

※Web拍手「70.カルネ村にて」の何気に続き(笑)
 

リーブは居候先のガゼフ宅でうーむと考え込んでいた。
先ほど入った知らせに冷や汗が浮かぶ。
非常にまずい。ことは分かるのだが。
恐ろしいことにこの地の常識はまだ把握し切れていない。それもこういった類いの物は、居候の身では全く範囲外である。

大きくため息をつく。

リーブは覚悟を決めた。 分からないことは、信頼できる人に聞くしかない。夜遅く帰宅したガゼフに声をかける。

「・・・ガゼフさん、ちょっといいですか・・・?」
「ああ、どうしたんだ」
「夜分遅くに申し訳ないです・・・」
「いや、気にしないでくれリーブ殿。それで、相談事とは?」
「はい・・・。この世界の税制はどうなっているのでしょうか・・・」
「・・・は?」

        *         *

時は半日ほど遡る。

この世界に転移して実に一ヶ月経っていた。
衣食住を約束されたリーブは、それでも無職というのが我慢ならず、ガゼフに半ば拝み倒して紹介してもらったエ・ランテルの食堂で働いていた。最初は元の世界に戻る手段を探っていたのだが、流石に異世界に渡る方法など見つからず、こうなるとこれまでの異世界トリップの経験から答えは一つしかなかった。

つまり、今まで召喚された魔法の国も、霧の街も、電子の海も。
リーブは誰かに呼ばれ、何かしらの願いを叶えたところ元の世界に戻ることが出来た。
今回も同じだと仮定すると、恐らくガゼフ戦士長の願いを叶えればいい。

『王国が戦に敗北し、帝国に占領される未来を回避すること!』

余所者が叶えていいものか微妙だが、なに、ガゼフが達成したように暗躍すればいい。
おかみさんからのオーダーも慣れ、常連客にお勧めを紹介しつつこの地の情報もしれっといただきつつ、そろそろ重要人物とのコンタクトも考えていた、その矢先に。

本日の日替わりランチを両手のお盆に運んでいたら、それは唐突に頭の中に響いた。

『いた!リーブはん!!!』
「・・・。ケット・シー?」

思わず足を止める。
この世界にはいないはずの、自分の分身。それが通信できると言うことは、もしかしたら彼もこの世界にやってきてしまったのか。

『ああもう、やっぱりや。あんさん無事か?捕まったり怪我とかしてへんか?』
『ええ、大丈夫ですよ。ただ・・・ケットもこちらに来てしまったんですね』

兎も角、店員としての職務を全うすべく、にこやかな笑顔を浮かべつつ、客のテーブルに料理を置く。ごゆっくり、と声を掛けて厨房に引き返す。

『ボクだけやないけどな』
『え?』

『おい、リーブ!!聞こえているのか!!!』

ケットの視界に割り込んだ大音量のアルトの持ち主に再び足が止まる。

「・・・シャルアさんまで!?」

ケット・シーの前に彼女は仁王立ちしている。隻眼の女傑はいつも以上に覇気を纏っていた。怖い。

『局長ー。勝手に転移しないでくださいよー』
「え、レギオンまで、ですか・・・?」
『ふむ、ケット・シーがつながると俺にも魔力がつながるようになったらしいな』
「ハンスもですか!?」

飄々とした自称護衛に、異世界の童話作家様までもう一つの視界に入ってきた。

ちょっと待て。大所帯にもほどがある。

顔が引きつらないように気をつけながら、女将さんから受け取った受け取ったグラスを載せ、丸テーブルの冒険者に配る。

『・・・ボクらだけやないで?』
『・・・え、まだ、他にも誰か・・・!?まさかシェルクさんとか・・・!?』
『シェルクはんどころか、本部丸ごと来てもうたで』
「・・・。・・・はい?」

流石に思考が停止した。

『WRO本部建物、中の職員ごとごっそり移動や』
「・・・。・・・何ですって!?」

思わず叫んだところ、常連やおかみさんに大層心配されてしまった。それを何とか誤魔化しつつ、ちょっと休憩していいですかと店の奥に引っ込む。

「ケット。説明してください」
『あたしが説明してやろう。お前が唐突に行方不明になって3日目。突如本部が光に包まれてた。気付いたら草原にぽっかり佇む本部というわけだ。分かったか』
「分かるわけないでしょう!?」

割り込んできたシャルアの説明に頭を抱えてしまう。
彼女が嘘をいうわけもないし、嘘があればケットやレギオンが突っ込みをいれるはずが、そのレギオンは神妙な顔で頷いている。
どうやら本当に本部勤務全員が来てしまったらしい。10,000人はいたはずだが。

『職員全員無事でしょうね!?』
『まずそこですか、やっぱり局長ですねー』
『ですから怪我人は!?』
『みんな無事ですよー。それよりあんた、今どこにいるんですか。すぐ行きますから、動かないでくださいよ』
「え?いえ、来なくていいです、寧ろそちらに行きますからどこにいるか教えてくださいよ」
『駄目です。俺が行きますから!!』

押し問答の末、互いに現在地が分からず、明日カルネ村で合流となった。いやまあそれはおいといて。

「本部ごと移転・・・ああ・・・土地は、何処かの領土をお借りしてるんですよね・・・?」

まずい。非常にまずい。
他人様の領土に勝手にうちの本部が占拠。
この世界は自分たちの星ではない。迷惑をかけるわけにいかない。のに。

「・・・ふふふ・・・土地の税率はこちらはどのくらい・・・あと職員の給料を・・・」

お金がない。
この世界のお金など、食堂の給料でしか持っていない。それで広大な本部の土地占有分の税を収めるのに足りる訳がない。それにお給料。

「うう・・・ガゼフさんが帰ってきたら相談ですね・・・」

        *         *

兎も角、ガゼフが戻る前に元の世界では新年を迎えたらしい。
 
「今年もよろしくお願いいたします」

お借りしている部屋でにっこり笑って見せれば、もうひとつの視界で妻がぎろりと睨み付けてきた。

『リーブ。あんた異世界に居候中だろうが』
「そうなんですよねえ。まさか異世界で新年を迎えることになるとは思いませんでした」

やれやれ、とケットの視界が揺れる。
シェルク、ハンス、レギオンと幹部達も同席している。どうやら本部の会議室に勢揃いしているらしい。

『リーブはんがさっさと解決せえへんかったからやないか』
「ちょっとケット。こちらは異世界の政治事情に関わるんですからね。慎重に行動する必要があるんですよ」
『ふん。マスターが無駄な時間を浪費している間に俺達どころか貴様の部下まで総じて巻き込まれているがな!』
「いえ、ハンス。無駄ではないですよ?情報収集は戦略の基本です」
『かも知れませんけど局長ー。結局昨年のうちに合流出来なかったじゃないですかー』

不満そうなのはシャルアの後ろに立っているレギオンである。座ればいいのに、こんなときでも護衛任務が板についているらしい。早期に護衛を廃止しようと改めて決意する。

『局長。情報収集は私達が引き継ぎます。接続の許可を』

凛とした表情で宣言したのは情報部門統括のシェルクだ。接続とは彼女しか出来ないセンシティブ・ネット・ダイブへの接続のことだが、私は苦笑する。

「ケットから私への接続は流石に無理ではないでしょうか。それにこの世界はネットワーク自体が存在しないようです」
『え?』
『なんだと?』

ルーイ姉妹が揃って驚く。

「科学よりも魔法が進化した世界のようです。科学レベルは神羅設立前、といったところてしょうか」
『通信手段はなんだ?』
「文字通り紙に書いた手紙、のようですね」

むむ、とシャルアが科学者の顔で腕を組む。シェルクは小首を傾げている。異世界の技術レベルから見れば、最も神に近いのはこの姉妹ではないだろうか。

『ほほう!書簡であれば、しがない物書きの数少ない出番と言うわけだ!どれ、マスターの現在の心境を誇張して書いてやろう!』
「ハンス!?嫌な予感しかしませんので止めてください!!」

皮肉げな笑いを浮かべて妙なスイッチが入ったハンスを速攻で止めにかかる。ハンスの能力として「想いが100%伝わるラブレター」というものがあるらしい。人間観察力MAXの彼が「誇張して」描写しようものなら、全ての思考が赤裸々に暴露されるに違いない。

『ふむ。だが高位の魔術が存在するのだろう?魔法による通信はなんだ?』
「あ、はい。メッセージ、という魔法があるそうです。ただ誰もが使える訳ではなく、高位のマジックキャスターだけが行使するようですねえ」

蒼い髪の少年が腕組みをして考え込んでいる前を、隻眼の妻が割り込んできた。というかケット・シーにぎりぎりまで顔を寄せている。近い。近すぎる。

「しゃ、シャルアさん・・・!?」
『リーブ。あたしの充電は完全に切れた。今すぐこっちに来い』
「と、言われましても明日合流するといったじゃないですか」
『嫌だ』
「あ、あの、シャルアさん・・・」
『ならばあたしがそっちに行ってやる。座標を言え』
「この世界に座標はなさそうですが・・・」
『今すぐ作れ。あんたなら可能だろう』
「いえ、あの、精密な世界地図でもなければ無理ですから!」
『・・・まさか、地図すらないのか?』
「各地域の地図はあるようですが、全世界を把握したものはないようです」
『・・・ちっ』

やっと諦めたのか、シャルアがケット・シーの前から離れた。
ふう、と息を吐き出す。ただでさえシャルアには負けているというのに、ケット・シー越しに迫られると逃げようがない。

「まあまあ。明日お互いの情報を交換しましょう。我々WROの行動はそれからですね」
『ああ、覚悟しておけリーブ』
「え、あのシャルアさん?」
『局長、ちゃんと来てくださいよ!?』
「い、行きますよ、・・・多分?」
『ほほう?マスターが逃亡しようものならこやつらの手綱を握る奴がいなくなるということだな!精々暴走して異世界とやらに混乱を招くがいい!』
「そ、それは困ります!」
『では情状酌量の余地があるかは、明日判決が下るということですね』
「シェルクさん・・・恐ろしいことを言わないでくださいよ・・・」
『まあゆうてもリーブはんが悪いっちゅーことやな』
「ケット・シー・・・貴方もそちらの味方なんですか・・・」

がっくりと肩を落とす。
局長にとっては頼もしい味方であるはずなのに、何故かリーブの味方はいないようだった。

        *         *

ガゼフ宅の応接間に向かい合って座っているのだが。
ぽかんとしているガゼフに、申し訳ないと思いつつリーブは説明を続けた。

「その、知り合いがこの世界に転移してしまいまして」
「ほう!リーブ殿の!それはすぐ迎えにいかねばな!」
「え、ええ、それなんですけど、その・・・建物ごと来てしまったようで・・・」
「・・・建物、とは?」
「私の職場・・・ですね」

職場というには些か広すぎるかもしれないが・・・嘘は言っていない。

「リーブ殿の職場か。そんなことがあるのか」
「ええ・・・。それで、すぐ私たちの世界に戻れればいいのですが、生憎戻り方が分からないので暫く土地をお借りすることになりそうなのですが・・・」

その『暫く』がどのくらいになるのか、最速を目指したいところだが。はあ、と思わずため息をついた。だが、ガゼフは軽く頷いた。

「ああ!それで税を気にしておられたのか!そのくらい、俺が払おう!」
「いえ、その・・・」
「気にするな!リーブ殿を引き留めたのは俺だからな。そのくらい俺が何とかしよう!」
「いえ、まずおいくら位かかるのかと、その土地の領主様にご迷惑をおかけして申し訳ありませんと話をしておかないと・・・」
「・・・確かにな。それで、知り合いは何処にいるのだ?」
「はい。カルネ村のすぐ近くらしいのですが・・・」
「カルネ村か。よし、俺も行こう!」

どこまでも実直な戦士長が、頼もしく決断してくれたのはいいが、多忙な彼を巻き込むわけにはいかない。

「え!?いえ、ガゼフさんもお忙しいですし、どなたか案内していただければ・・・」
「いやいや、リーブ殿は命の恩人。幸い明日は休みを取っていたからな。是非挨拶させてほしい」

誠実そのもののガゼフの言葉にリーブは折れた。

「・・・分かりました。ありがとうございます」

        *         *

カルネ村。
この異世界でリーブが初めて訪れた村であり、偶々襲撃されていた村民と王国戦士長のガゼフを助けた場所でもある。
リーブより遅れて転移したケット・シーたちとこの村で無事合流できた。が。

「・・・」
「・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・・・」

村長のさほど広くはない応接間に、微妙な沈黙が流れる。
メンバーはリーブ、ガゼフ、村長夫妻、そしてシャルア、シェルク、レギオン、ケット・シー、ハンスの9人であるが、合流してからシャルア達は挨拶もそこそこに黙ったままだった。
異様な雰囲気に村長がこっそりリーブに耳打ちをする。

「あ、あの、私どもは席を外しましょうか・・・?」
「そ、そうですね。ええ、申し訳ありませんが・・・」
「は、はい、ご、ごゆっくり・・・」

白湯をいれてくれた妻と共に、彼らは気を利かせてくれた。軽く目礼して、改めて向かいの席に座っている・・・のはルーイ姉妹だけで後は椅子が足りないので(夫妻は恐縮していたが、こちらとしては場所を貸していただけて大変感謝している)突っ立っているのだが。

皆、無表情だ。
無論、ケット・シーはデフォルメの笑顔のままだが、その、糸目の笑顔の裏が・・・怖い。
その無表情の中にも・・・目が。
ガゼフも彼らに何と切り出していいのか迷っているようだ。そりゃあそうだろう、リーブだって恐ろしいが仕方ない。

「お、怒ってますか・・・?」

「「「当たり前だ(です)(やろ)!!!!!!!」

ごおっと嵐が吹き荒れた気がする。
ここは、全面的に頭を下げるしかない。

「す、すみません!!!ま、巻き込んでしまって・・・」
「違う!!!」
「え?」

シャルアの鋭い一喝に顔を上げれば、ぎろりと碧の隻眼がリーブを射貫く。

「あんたは何故独りで転移したんだ!」
「・・・え?」
「俺とかちゃんと誰か護衛に連れて行ってくださいよ!」
「そうです。同行者不在など局長の戦闘能力では致命的です」
「え、ちょっと、シェルクさん、その言い方はどうかと・・・」
「もーボクもハンスはんすら連れてないとか困るで?」
「ふん、俺は面倒事など御免だ!行くなら他のお供を進呈する!!」
「そやかてハンスはんかて前回行っとったやないか」
「あれは特例中の特例で二度はない!」
「あ、あの・・・?」

ぽかんと彼らを見返すしかない。隣のガゼフも面食らっているようだった。
止まっていても仕方ないため、白湯を一口頂いて、ふう、と落ち着く。

「その、単独の転移についてはまた後ほど・・それよりも、本部ごと来たって本当ですか?」
「ふん。百聞は一見に如かずだ。来い」

がたん、とシャルアが乱暴に立ち上がる。
続いてシェルクも丁寧に椅子を引いて立ち上がる。後ろのレギオンは何やらニヤニヤ笑っているだけで、ケット・シーとハンスは無駄に偉そうにしている。
何となく、嫌な予感がした。

「ここから近い・・・んですよね?」
「ああ。本部から最も近い村がこのカルネ村だ」
「えっ・・・?」

        *         *

村長たちにお礼を言って慌ただしく移動する。村の裏に置かせてもらっていたらしいそれに、私はぽかんと口を開けた。

「え、これって・・・」
「ああ。あんたが創ったWROモービルだ」

とある別世界でお世話になった人物の愛車を真似て創ったそれ(戦闘車)が、問答無用で停めてあった。
本部と人材どころか、車まで移動したのか。とリーブは驚いていたのだが、別の視点で驚愕していた人物がここにいた。

「な、なんと!?こ、このような高度な馬車をリーブ殿が創ったのか!?」

ガゼフが目を大きく見開いていた。
そういえばこの世界では、馬車以上の動力は見かけていない。どうやら科学技術のギャップに驚かれてしまったらしい。

「えっ、その、創ったというよりも設計しただけで・・・」
「設計とは、何という・・・!!!」

感心されてしまった。
慌てて色々説明しようとしたが、その前にシャルアに引っ張られて助手席に乗せられた。
因みに後部座席にはレギオンと、彼にすすめられ、呆然としていたガゼフも乗っている。
ケット・シーはリーブの足元に滑り込み、ハンスは姿が見えない・・・どうやら人数をみて霊体化してくれたようだ。細かいところに気が利くのだ、ハンスは。

・・・あれ?シャルアさんが運転席?

確かにこの車の所有者は彼女なのだが。
全員が乗り込んだことを確認した途端、シャルアがアクセルを踏み込み、エンジンを全開にした。
一気に外の景色が吹っ飛んでいく。

「ちょ、ちょっとシャルアさん!安全運転してくださいよ!!」
「馬鹿め。これを創ったのはあんただろう!」
「な、何という速さだ・・・!」
「局長-!どんだけスピード出る設計したんですか-!!!」
「え。400キロですかね?」
「あんたのせいじゃないですかーーー!!!」
「ふん、この女の辞書に安全運転などという文字があるわけないだろうが!」
「やれやれやー」

        *         *

WROモービルとやらから降り立つ。眼前にそびえ立つ建物に、ガゼフは開いた口が塞がらなかった。

見渡す限りの草原地帯だった筈が、問答無用で立っている要塞。ガゼフは長身だが、その身長を以ってしても天辺がまるで見えない高さ。
横幅は最早草原がなくなったのではと思うほど。

この建物は職場、という規模ではない。
下手すると王城よりも広いのではないか。
そして何よりこの建物には我々の国ではあり得ない技術がつまっているのでは、とガゼフですら分かった。馬車が5台併走しても余りある通路。何段階もあるだろう門。その扉の厚みも、決して剣でもましてや魔法ですら破壊不可能ではないかと思わせる重厚さだ。

「何ということだ・・・」

ガゼフは今初めて、リーブが異世界の人間だという実感が湧いた。隣にいるはずの彼がやけに遠く感じる。そのリーブは彼の知り合い・・・最早ただの知り合いではないと推測されるが・・・と並んで何やらのんびり話している。

「うーん。シャルアさんの言う通り、確かに本部丸ごとですねえ」
「だろう?」
「そういえば寮は来ているんですか?」
「一緒に来ちゃってますよー局長」
「そうですか。どうしましょうかねえ」
「そない言われても来てもうたもんはしゃーないやろ」
「シェルクさん、何とか今から隠蔽工作とか・・・」
「局長。最早手遅れです」
「ですよねえ・・・。あ。ハンス、何とかなりません?」
「なるわけがなかろう!万が一、億が一、この規模の建築物を丸ごと隠すスキルを持っていたとしても、この俺が行使するわけがあるまい!これ以上の肉体労働は断固反対だ!」
「スキルは肉体労働ではなさそうですけどねえ」

何でもないかのように話す彼らは、やはりとんでもない人物たちだ。
ガゼフは改めて認識した。不意にリーブが振り返る。

「と、いうところでガゼフさん」
「な、何だろうか?」
「これ、税としてはどのくらいかかりそうですか?」
「そ、それは・・・」

今一度目の前の・・・門から先を見上げる。見渡す限り、要塞が広がっている。これをどう税に換算するべきか。大きく首を振るった。

「・・・すまない、俺にも分からない。」
「うーん。困りましたねえ」

リーブのあまり困ってなさそうな声音に思わず笑った。彼らにとって緊急事態だろうに、この落ち着きぶりはただものではない。

「だが、分かりそうな人物には心当たりがある」
「そうですか。では、その方にお会いしないといけませんね」
「待て、リーブ」

では、と言いたげにくるりと門に背を向けるリーブを引き止めたのは、隻眼の女性だった。先程超高速で鋼鉄の馬を操縦したシャルア、だったか。彼女は両腕を組んでリーブを睨んでいた。

「はい?」
「何処へ行く気だ」
「ですから、我々の払うべき税を鑑定してくださる方のところへ・・・」
「その前に緊急会議だ」
「え。ですが」
「お前、局員に何も説明せずに本部を離れる気か?」
「うっ」
「それに、このガゼフを幹部たちに面通しさせるべきだろうが」
「え、別に、その」

明らかに何か狼狽えていそうなリーブ。薄々感づいていたが、それを彼女はずばっと口にした。

「あんた。ガゼフにあたしらWROが一体何なのか、黙っておくつもりだったんじゃないだろうな?」

きっぱり言い切った彼女に感心する。鋭い眼光は、下手をすれば自分の部下たちよりも強いだろう。そして暫し後に。

対峙するリーブは観念したように両手を挙げた。

「・・・分かりました。会議で説明しましょう。ガゼフさん、申し訳ありませんが、出席いただけないでしょうか?」

そうガゼフに向き直った彼は、先程までの飄々とした態度ではなく、真剣みを帯びた・・・
恐らく、責任者としての顔を見せていた。
俺は深く頷く。

「ああ。よろしく頼む」

        *         *

WRO会議室。長テーブルに幹部たちと呼ばれる人が並び、案内された俺は唯一の上手と思われる椅子の隣に座らされた。レギオンやハンス、ケット・シーは先に何処かに行っているようだ。

「・・・皆さんお揃い・・・とはいかないようですね」

くすり、と上手に座っているリーブが笑う。
確かに長テーブルの幾つかは空席になっていた。

「治安維持統括は・・・出張でしたね。ゴールドソーサーですか」
「あいつ、今度こそ闘技場の裏バトルを制するとか言ってたが」
「それは長そうですね」
「仕事はきっちりやっているだろうが・・・」

ガゼフにとっては聞いたことのない単語が並ぶが、何か戦っているのだろうと。
リーブが先を続けようとする前に、シャルアが手を挙げた。

「・・・シャルアさん?」
「リーブ。こいつにWROやらあたしらを紹介する前に、あたしらはガゼフに聞きたいことがある」

きっぱりといいきった彼女は真剣そのもので。居並ぶ幹部たちも同じなのか、真摯な目でこちらを見返していた。リーブもそれを感じ取ったのか、一つ頷く。

「分かりました。・・・ガゼフさん、よろしいですか?」
「ああ。当然だろう」

俺も頷き返す。彼らにとって俺は余所者だ。どんな奴か知りたいのだろう。シャルアが隻眼を細めた。

「ガゼフ。あんたは何故リーブに協力を要請したんだ?」

しん、と音が消えた。
誰も身じろぎもせず俺の回答を待っている。つまり、この返答次第では、彼らの協力どころかリーブの協力も得られないのだろうと予想がつく。そのくらい、彼らにとって重大なのだと。

であれは、単に国を救いたいから、では足りないのだろう。他の誰でもなく、何故リーブに助けを求めたのか、それが知りたいに違いない。

俺は立ち上がった。

「・・・俺がリーブ殿に助けを求めたのは、彼ならば、本当の意味でこの国を救えると確信したからだ」
「本当の意味、とは何だ」

間髪入れず鋭い声が飛ぶ。
シャルアの眼光が益々鋭くなったようだ。
俺は、笑った。

「・・・国民を、誰も犠牲にすることなく救うということだ!俺やこの国の重鎮では、戦抜きで救うことは出来ないだろう、いや、戦をしたところで・・・俺には、敗戦の未来しか見えない。だが、リーブ殿であれば!戦ではない別の方法で、命を犠牲にすることなく、皆を救ってくれるに違いない!」

俺はいつの間にか熱弁していた。そうだ、闘うことしかしらない俺や、戦に明け暮れた兵士でも、戦でしか国力を示せない重鎮達ではなく。
カルネ村で、全員の力を合わせ、誰も犠牲にすることなく俺達を救ってくれた、リーブ殿ならば!

俺の答えに満足したのか、シャルアがふっと笑みを浮かべていた。幹部たちも深く頷いている。どうやら納得してくれたようだ。
・・・独りを除いて。

「え、あの、ちょっと誤解があるようですが・・・」
「リーブ、あんたは黙ってろ」
「ええー?」

「局長。では我々の説明を」

凛とした少女の声が響く。シェルクと名乗った年若い彼女も幹部なのだろうか?
対するリーブはがっくりと肩を落としていた。

「シェルクさん・・・あの、さらっと流されても困りますが」
「さっさとしろ」
「シャルアさん・・・」

女性陣はとても強いらしいな、と俺は小さく笑った。

「ガゼフさんまで・・・」
「頼もしい者たちだと思ってな」

はあ、とため息をついたリーブがこちらを向き直る。

「我々は、WRO・・・世界再生機構という組織の者です」
「世界・・・?」
「理念は『星に害をなすあらゆるものと戦う』というもの・・・」
「・・・『星』・・・?夜に見えるあれだろうか?」

腕を組んで考え込む。そんな遠いところにあるものに『害をなす』とは?しかも戦う・・・?
眉を顰めていたなら、隣のリーブがくすりと笑った。

「ああ・・・。そうですね。概念が違いましたね、すみません。『星』とは、我々の『世界』と言い換えてもらって構いません」
「・・・え?」

顔を上げて、リーブを真正面から凝視する。
つまり・・・『世界に害をなすあらゆるものと戦う』・・とは。

「つまり・・・兵士、ということだろうか・・・?」
「ええ。つまり、我々は軍隊です。ガゼフさん、貴方が先程戦を避けたいと協力を依頼した相手は、軍隊なんです」

分かりますか、とリーブが悠然と微笑む。
何と返していいのか分からずただ固唾を呑む。

「撤回するなら今ですよ、ガゼフさん」
「・・・え?何故」
「つまりですよ、戦を避けたい貴方が協力を依頼する相手は、戦が専業だということです」

リーブの自嘲するような笑みに、俺は首を振った。

「いや、撤回する気はない」
「・・・頑固ですねえ・・・」
「先程いった通りだ。俺は、リーブ殿を信じている。例えあなた方が軍隊であっても、リーブ殿ことだ。無暗に戦うような組織ではないだろう?」

俺は自信たっぷりに問いかける。
確かにカルネ村でのリーブの指揮は見事だった。だが誰一人犠牲にしない戦い方は、恐らくこの組織と同じ。

「無暗って・・・」
「軍隊であることを忘れそうになります」
「シェルクさん!?」
「この前あんた、子供相手に謎解きイベント開いてただろうが」
「まあ、一日隊員体験ということですが」
「その前は写真集創ってましたねー」
「あれは、サラさんが・・・」
「と、いう感じです」

次々と紹介される『軍隊』の活動に、俺は朗らかに笑った。

「はははっ!やはりリーブ殿だな!」
「え、そこで納得されても困りますが・・・」
「確認させてもらおう。この組織のトップはリーブ殿で間違いないな?」
「・・・ええ、まあそうですね」
「では改めて、リーブ殿、WROの方々!どうか、我々の王国のために助力いただけないか!」

俺は椅子から立ち上がり、すぐさま膝をつく。

「ちょ、ちょっとガゼフさん・・・!」
「頼む・・・!」

がばっと頭を床に着ける。
リーブ殿ならば、彼らならば屹度、違う未来を迎えることが出来る!
頭上から静かな声が降ってきた。

「・・・分かりました。WRO一同、出来る限りのことはさせていただきます。ガゼフさんも覚悟してくださいね」
「・・・ああ、分かっている」

fin.