9. 仕事

「お帰りなさい、レギオン」

WRO最上階、局長室。
書類整理をしていた部屋の主は、いつも通りのんびりと声を掛けてきた。
その彼に対し、俺は力いっぱい叫んだ。

「あーーーーー。疲れたあああ!!!」

主であるリーブは、おや?と首を傾げる。

「どうしたんです。それほど危険な任務でしたか?」

俺はどかっとソファに座り、だはあ、と息を吐き出した。

「いやいや、モンスターの退治はどうでもいいんですけど・・・。
そんとき、俺、スカウトされたんですよねー」
「スカウト、ですか。何のスカウトですか?」
「金ぴかの像の護衛」

即答すると、リーブは暫し、書類に走らせていたペンを止めた。

「・・・。それはなかなか、個性的な仕事ですね」
「うっかりその像の近くでモンスターを倒したもんだから、
持ち主らしきおっさんに『よくぞ儂の像を守ってくれた!これからも頼む!』なんて言われたんですよ」
「それで、どうしたんです?」
「いやー、一応WRO職員ですから、って断ったんですけど。
WROの給料の2倍、いや3倍でどうだ!?といか、しつこいのなんのって」

あまりのしつこさに殆ど逃亡、という形で帰ってきた。
その時を回想して心底疲れていたら、ふと聞いていた筈の相手が
妙に真剣な顔で考え込んでいることに気付いた。
彼はぽつりと呟く。

「・・・3倍、ですか・・・」
「・・・あの。なんですか、その妙な間は?」

嫌な予感がして、恐る恐る尋ねてみたら。

「いえ、WRO給料分を引いても2倍ありますよね?
その差額があれば、エッジの交通整備やらカームの特別支援などに、資金を回せますよねえ・・・」

ふふふ、と何やら企む楽しそうな男に、俺は脱力した。

「・・・局長。あの、俺は何処からつっこめばいいですか」
「何処かおかしいですか?」
「全てにおいて、間違ってます」
「そうですか?・・・あ、それで受けたんですか?」
「局長・・・。受けてないから帰ってきたんじゃないですか」
「おや。それは残念」

軽く返した男に、俺はますます呆れた。

「あんたなあ・・・」
「ですが、今時それほどの給料のもらえる平和な仕事ってなかなかないじゃないですか」
「仕事じゃないですよ、あんなの」
「労働の対価に報酬を得るのですから、立派な仕事ですよ。
WROの仕事も、そのくらい安全なものだといいんですけどね・・・」

ふっと後半の呟きが真摯な響きを含んでいて。
俺ははっとする。

「あんた・・・もしかして、本気で言ってたんですか」

思わず顔を上げる。
彼は真面目そうな表情で、厳かに一つ頷いた。

「私はいつでも本気ですよ」
「嘘つけ」
「・・・おやおや、信用ないですねえ」

深刻そうな顔から一遍し、くすくす、と彼は笑う。
茶化しているようだが、先ほどのは間違いなく本音だ。
トップの護衛という常に命の張り合いとなる仕事ではなく
・・・もっと安全な仕事があるなら、その方がいいのではないかと。
一見分かりにくいが、護衛隊長の俺を心配しているのだ。

・・・まあ、差額の話も別の意味で本気だろうが。

やれやれ、と俺は思う。

「俺は中身のない労働なんて、するつもりないですから」
「おや。金ぴかの像には興味ないんですか?」
「あったらあったで問題でしょ」
「あはは。それもそうですが・・・。でも、3倍は惜しいですね」
「まだ言いますか」
「ええ。転職するときは先に言ってくださいね?差額は振り込みで構いませんよ」
「だーかーらー。なんで、差額をWROに流すことは決定なんですか」
「おや、出費の予定でもあるんですか?」
「そりゃあないですけど」
「じゃあいいじゃないですか」
「・・・あんたなあ・・・」

彼はいつもどおり食えない笑みで返し、俺はいつものやり取りに苦笑する。

この男は、何処かずれている。
そのずれている男と、WRO隊員や英雄達のやり取りがいつの間にか、俺にとって一番の楽しみ。

そして、この男の動きによって
少しずつ世界が再生に向かっているのを側でみられるのも特権だろう。

「・・・ま、俺が転職するなら・・・それなら、先にあんたに言ってもらわないと」
「何をですか?」
「いつか、あんたが局長職を誰かに引き継いで、WROを去る時を、ですよ。
先に言ってくれないと、護衛隊長の引継が間に合わないじゃないですか」
「・・・はい?」

首を傾げる男に、俺はにやりと笑ってみせた。

「俺が引き受けたのはWRO局長の護衛じゃない。
リーブ・トゥエスティ。
・・・あんたの護衛ですから」

それが、俺が選んだ仕事。

fin.