素 

WRO寮の最上階。
夕食後のリビングのソファに座り、あたしは気なしにテレビのチャンネルを変えてみたが、興味のある番組はなさそうだった。ちっと舌打ちをしつつ電源を消せば、台所からの水音が耳に入ってくる。そちらへ目を向ければ、洗い物をしている夫がいた。贈られたストライプのエプロンが無駄に似合っている。あたしが買えばよかったと更に舌打ちをする。すぐにこれよりいいエプロンを探してやろうと勝手に決めた。

「リーブ」
「はい。何でしょう、シャルアさん」

白い陶器の皿についた泡を洗い流し、夫がこちらを向く。穏やかに問い返す、いつもの反応。ただ、これがWRO本部内でも変わらない台詞だとふと気づいてしまったものだから、あたしは盛大に眉を寄せた。

「・・・・・・・・・リーブ」
「?はい。何でしょう。シャルアさん?」

じと目で名前を読んでやっても、相手の台詞は変わらない。表情だけは不思議そうで、どうやらあたしの機嫌が悪くなったことは感じ取ったらしい。その癖原因までは分かっていないのだろう。相変わらず、鈍い。

「あたしらは結婚したはずだ」
「ええと、はい。そうですね。僭越ながら」
「ではなぜ、お前はあたしを『さん』付けで呼ぶ」
「・・・はい?」
「夫婦ならばもっと砕けて呼び捨てでも良いのではないか?お前はお前のパーソナルエリアにあたしを内在化していないのか?」

合法的にこいつを手に入れた筈なのに、肝心の相手の懐にまだ入ることが出来ていないのではないか。遠慮されているのか、それともまだ壁とはいかないまでもこいつとあたしの間に隔てる何かがあるのではないか。そう思ったらつい詰問調になってしまった。対するリーブはこてん、と首を傾げて、そしてふむ、と一つ頷いた。

「・・・専門用語のようですが、何となく意味は分かりました」
「何故いつもあたしにさえ敬語なんだ。もっと気を置かず、素のあんたのままにならないのか?」
「・・・素の私・・・ですか?」
「ああ」

じいっと催促するように相手をみれば。リーブは何やら思案顔で手を拭いてソファまでやって来た。あたしの隣に座ったリーブは、にっこりと癖のある笑みを浮かべる。何か企んだ時特有の笑み。

「・・・せやけどシャルアはん。素のボク言うたらこんなんなるんやで?」
「・・・!」

どっくんと心臓が跳ねた。
常体をすっとばしてのミディール訛は、普段のこいつとのギャップがありすぎて咄嗟に対応できない。そんなあたしにリーブが茶目っ気たっぷりに笑う。

「ね?シャルアさん。ちょっと伝わりづらくなってしまうので、このままで良いんじゃないでしょうか?正直、ケット・シーとシャルアさんが話してる時も変換に時間がかかってるなぁ、て感じてますし・・・」

痛いところを突かれた。あたしは必死に反論を試みる。

「くぅっ!・・・いや、しかしそれは単に馴れていないだけだ。たくさん聞き慣れればそのうち絶対タイムロスは無くなる!いいから家ではそれで喋れ!」
「う~ん。そう言われましても・・・。周りがみんな標準語では、自分もつられてしまうんですよ。これがミディールに帰れば自然とミディール訛りになるんですけどねぇ」
「なら、ケット・シーと喋る時はミディール訛りにしろ。あたしが覚えて喋るようにしてやる!」
「いえ、こればっかりは覚えるとか覚えないとかではないですから」

やけにきっぱりと否定されてしまった。覚えて対処できるものではないのか。確かに言葉の並びだけでなくイントネーションも独特で、正直あたしにはさっぱりだ。あたしは頭を抱える。駄目だ、こいつを言い負かすことはできなさそうだ。

「う~・・・。わかった。無理強いはしない。・・・だがな、たまには喋ってもらえないか。・・・その・・・お前の声でミディール訛りを聞きたい」

そうだ。
さっきの不意打ちも、心臓には悪かったが不快な意味ではなく、普段よりもストレートに心に響いたから驚いたのだ。何より、こいつの素をもっと知りたい。
ちらりと相手を伺えば、リーブは目をぱちくりと瞬かせた。

「・・・そうなん?訛っててもおかしないやろか?」
「くうっっっ!」

あたしは衝撃に胸を押さえた。

やばい!可愛すぎる!これは他の誰にも聞かせてなるものか!そうでなくても天然誑しだというのに、更にあたしのライバルを増やすに決まっている!!!それにしても可愛いな畜生!これがギャップ萌えという奴か!そういうことなら仕方ないな!ああもう!!!

そんなあたしの内心も知らず、悪戯心に火が付いたらしいリーブが顔を近づけてくる。

「シャルアはん、顔が真っ赤やで。どないしたんや。・・・隠さんと、もっと見せてぇな」
「(ああもうだから近いってもう)!!!」

やけになったあたしは、取り敢えず顔を隠す代わりにキスしてやった。

fin.

後書き。

新座さん、ありがとうございました!!!
シャルアの悶えっぷりが増強されたのは、靱葛が乗り移ったからです!いやん、こんなリーブさんいたらお持ち帰りするって!!