ポジション

「局長、受け取ってください!」
「・・・え?」

WRO本部、廊下にて。長い会議が終わったころを見計らったのか、一人の部下から唐突に紙袋を手渡された。ぽかんとする私を放って、彼は走り去ってしまった。渡された白い紙袋には、何やらラッピングされたものが入っている。薄くて軽い。局長室に向かいつつ、はて、何だったのだろうと考えていると背後から護衛隊長のレギオンがひょいと覗き込んできた。

「まーた部下に惚れられたんですか、局長?」
「いえ、違う筈ですが・・・?」
「んじゃなんでまた」
「うーん。何やら6月に入ったから、とか言われましたが一体・・・?」

顎に手を当てて考え込んでみたが、心当たりがない。誕生月でもないし、あの部下との直接の接点もない。
その隣でレギオンがあっ!と声を上げた。

「レギオン?」
「わかりましたよ、局長!ていうか、あんたがイベント事に気付かないなんて天変地異の前触れですかね!?」
「・・・イベント、ですか?何かありましたっけ・・・?」
「あれですよ、父の日!!!」
「・・・え?」
「つまりあの部下はあんたを父代わりに思ってるって事ですね。よっ!この天然部下誑し!」
「誰が誑しですか、人聞きの悪い。でも、そうですか。父親と思っていただけるなんて嬉しいですね」

そっと紙袋を撫でる。上司など、普通は煙たがられるものだが父親と思ってもらえるほど認められているなら。
もっと頑張らなければなりませんね、と密かに決意していると、いつも飄々としているレギオンがにやっと笑った。

「ってことは、あんたの部下全員あんたの家族ってことですねー」

ふむ、とレギオンの言葉を反芻する。
WRO組織が一つの家族だとしたら、いつも側にいるレギオンの場合。

「・・・レギオンはペットの犬くらいのポジションですかね?」
「ちょっと!!!俺も人扱いしてくださいーーー!!!」
「いいじゃないですか。癒しのポジションですよ?」
「そういう問題じゃねええええ!!!」
「我が儘ですねえ。じゃあ番犬にレベルアップしましょう」
「いい加減犬から離れろ!!!」
「では猫ですか?」
「ちっがーーーーーう!!!」

一通りレギオンをからかえば、彼はぜーはーと息を荒げた。因みに廊下を移動しながら遣り取りしていたため、同じくついてきている護衛やすれ違った部下たちにくすくすと笑われている。これもいつものことである。相変わらずのノリの良さに感心していると、レギオンはばっと紙袋を取り上げた。

「レギオン?」
「ポジション云々はこの際置いておきます。それよりこれを科学部門に鑑定してもらうのが先ですから!」
「そこまでしなくてもいいのですが・・・。それとも、河童の方がよかったですか?」
「伝説の妖怪にするなーーー!!!って、もう、さっさと持って行きますからね!」

そうしてレギオンは紙袋とその中身を科学部門に持って行った。曲がりなりにも局長宛に贈られたものが不審物ではないことを確認するためである。以前、WRO内部からもらったものだから大丈夫ではないかと抗議したが、科学部門統括に「命が惜しければ、いうとおりにしろ」とばっさり切って捨てられたのだった。

*   *

レギオンが去った数時間後。

局長室で書類を捌いていると、彼は紙袋をひっさげて戻ってきた。そのまま持ってきたという事は矢張り不審物ではなかったからだろうが・・・あの笑いを堪えているような表情は一体何だろうか。

「き、局長、これ、ププッ、鑑定、終わり、ました・・・!!!」

肩まで振るわせてレギオンが報告するが、台詞は見事にスタッカートがかかっている。そこまで彼の笑いの壷を押さえた中身らしい。

「何か面白いものでも入っていたのですか?」
「ええ、もう、そりゃあ・・・!!!あ、変なもんじゃないですよ、勿論!極めて実用的な・・・ププッ」

デスク越しに渡された紙袋をとりあえず置き、ラッピングされた中身を取り出す。矢張り軽い。深い緑の包装紙に紺のリボン。この軽さと薄さであればタオルやハンカチあたりか、と思いきや。丁寧にラッピングを解いた後に現れたのは、薄くて丈夫な布製の一枚もの。
黒地に白のストライプ、大きめの左右のポケット、首からかけるのと背中で結ぶ紐のついた、これは。

「・・・エプロン、ですか?」
「その、とおーーりです、局長!!!」

ハイテンションなレギオンが力一杯断定した。
広げたエプロンをスーツの上からつけてみると、レギオンが似合うと太鼓判を押してくれた。それは、いいのだが。

「確かに予備として便利ですが・・・どうして私が料理をしているとわかったのでしょう?」

エプロンを外し、丁寧に畳みながら首を傾げる。確かに以前料理ができる、と答えたことはあった。だが結婚してから毎日・・・ではないが、かなりの頻度で料理をしているとは言ってなかった筈。その疑問は護衛隊長の返答であっさり氷解した。

「え?あんたが家で料理をしてるって、WRO内ではむっちゃ有名ですよ?」
「ええっ!?何故・・・!?」
「何故も何も、あんたの一番のファンがしょっちゅう、『あと3時間でリーブの手料理、あと2時間59分でリーブの手料理』ってぶつぶつ呪文唱えてますし」
「・・・シャルアさん・・・!」

犯人に瞬時に思い当たり、がっくりと手をついた。いや、料理を美味しく食べてもらっているのは大変有難いし幸せなことなのだけれども。何かちょっと違う気がする。それにこれって・・・。

嫌な予感がして無理矢理に思考を止めたのだが、ここにもう一人、洞察力に優れた人物が存在する事を失念していた。彼は面白いネタをかぎつけたのか、瞬時に青い髪の少年へ実体化した。

「ははは!!!流石だな、リーブ!父の日にネクタイではなくエプロンを貰うとはな!これでは父親ならぬ母親だろう、マスター!」
「ハンス!敢えて言わなかった止めを刺さないでください!!!」

ハンスに触発されたレギオンがのんびりと手を叩いた。

「あー。じゃあ局長のポジションは、父親じゃなくて母親ってことですねー」
「でしたら、レギオンのポジションは庭の池に住む蛙にしますよ!」
「ぎゃあああ!!!最早家族じゃねえええええ!!!」

fin.

リーブさんだと父親兼母親役が出来そう。そしてシャルアは勿論父親役。
レギオンのポジションは、まあいつも通りということで(笑)。