英霊と執行人

※もしもムヒョがリーブ達の世界に飛ばされたらというパラレル。

 

「・・・んあ・・・?」
「ほう、気がついたようだな少年」

白いベッドに寝かされていた黒髪の少年がゆっくりと目を開ける。むくりと上半身を起こした彼は、ベッド横の椅子に座っていたハンスをじっと凝視する。年のころは10代前半。身長も見た目だけならハンスに近いだろう。寝癖でもついたのか黒髪が跳ねている。幼子特有の大きな眼を持ち、一見守られるべき小さな子供ではある。だが、その紺の眼が純粋な眼差しではなく瞬時に細く鋭い眼光を放つ。

「てめえ、・・・人間じゃねえな?」

これは面白いことになった、とハンスは皮肉げに口の端を上げる。
腕組みして黒髪の少年に対峙する。

「ほう?初対面の相手に人間様を否定して毒付くとはなかなかの度胸だと褒めてやろう。これでも一応元人間様だ。だが立派に人間としての生を全うしたかと問われれば、何一つ望むものは手に入らなかった我が人生だ。正直返事に窮する。尤も、まっとうな人生とは何かという定義をすると、ふむ、そんな人間がいるかどうか定かではない」
「うるせエ。べらべら喋りやがって。地縛霊か?にしては執着がなさそうだナ」
「霊であることは否定せん。だが、まずは我がマスターに話を通すんだな」
「マスター、だと?」

ハンスは手に持っていたタブレットをクリックする。タブレットに起動させていたラインである。これでリーブに知らせがいった筈だ。あのお人好しの世話好きはすぐにくるだろう。だがそれに警戒したのか、黒髪の少年がベッド脇の緋色の本を無造作に掴んだ。そしてぱらりと開く。

「応援を呼ぶ前にまずてめえをあの世送りにしてやる」
「ほう!それは面白い、このところ新鮮なネタに飢えていた、いい取材になりそうだ!だが死人を『あの世送りにする』とは、よもや除霊師か、貴様」
「ヒッヒ。似たようなもんだナ」
「む、その本が貴様の武器か。マスター達が開こうとして白い煙に巻かれていたな。それは所有者以外が触ると爆破でもするのか?ああ、その顔は図星らしいな。我がマスターも知らない異界の力を持つ魔本とでも?いいだろう。俺の本と貴様の本、どちらが耐久性を持つか試してやろう。尤も俺の本は全く攻撃系には特化していないときた。勝敗は見るまでもなかったか!」

ハンスは黒髪の少年の手元、見たこともない文字が並ぶ分厚い本をちらりと見やる。
彼の持つ本は緋色の表紙に謎のマークが書かれている。そのマークをマスター達が情報部門に調べさせたものの、該当するものは何一つなかった。だがハンスはにやりと笑う。目の周りに配置された6つの三角形という独特のシンボル。それはハンスの世界では魔術を現す六芒星に酷く似ていた。かつこの少年が霊媒師であれば、魔術的に精通し、今霊であると認識したハンスの前で構えると言うことは攻撃型だと看破できる。身を以て取材するに足りる。

彼の魔術的な本に対抗するように、ハンスは何もない空中から己の宝具を取り出し、同じく開いてみせる。ハンスの本は防御攻撃補助回復機能と特殊なスキルはあるが、宣言どおり攻撃には全く向いていない。だが煽るという狙い通り、黒髪少年がますます目を細めた。

「てめえの本だと?・・・何もんだ」
「ふん。単なる作家だ」
「・・・何?」

向かい合って互いの本を構えたまま空気が張り詰める。
黒髪の少年は敵意むき出しの目で睨み付け、ハンスは余裕の笑みを浮かべていた。

その間を縫うように、控えめなノックの後、扉が開いた。

入ってきたのはハンスのマスターであるリーブだ。

「気がつきましたか・・・!ってちょっと何ですか二人とも本を持って睨み合って・・・。あ。もしかして読み聞かせ大会ですか?もしやこの子も童話作家とかです?」

意図的か天然なのか。
緊迫した雰囲気など何処吹く風といった様子で、リーブは全く的外れな指摘をしてのほほんと微笑んだ。
それに気力を削がれたのか、意表を突かれたのか。
黒髪の少年がちっと舌打ちし、ぽむと本を閉じた。それを確認し、ハンスも己の宝具を消す。黒髪の少年が割り込んできたリーブに毒付いた。

「・・・んなわけねえだろが・・・カスが・・・!!」
「そうだと面白いがなマスター。俺の宝具は兎も角これの本は攻撃に使えるらしい」
「え?」
「んなこたあどうでもいいんだヨ。てめえ誰だ?そんでここは何処だ」
「あ、はい。私はリーブ。リーブ・トゥエスティ。こちらはハンス。ハンス・クリスチャン・アンデルセン。ここは世界再生機構本部の医務室ですよ。君が本部の山中で倒れていたのでここへ運んできました」
「・・・セカイサイセイキコウ?なんだそりゃ」
「やっぱりご存じなさそうですね・・・。因みにエッジやミッドガル、ウータイといった地名に心当たりはありますか?」
「ネエよ。外国か?」
「うーん。やっぱりですねえ・・・」
「どうせ貴様のまた召喚癖か?召喚装置のような玩具もなしに呼び出すとは中々に迷惑至極千万だな!」
「・・・呼び出す、だと・・・?む」

僅かに黒髪の少年の眉間のしわが緩む。
よいしょっとリーブがハンスの隣に椅子を置いて座った。

「もしかして何か心当たりがあるのですか?」
「・・・そういや妙な術に飛ばされたナ」
「術?」
「奴さんのイタチの最後っ屁に飛ばされたってこったな」
「・・・うーん?よく分かりませんが、君が持っていた本は明らかに私たちの世界では未知のものです」
「ちっ。触りやがったのか」
「ええ。迷子の手がかりがないかと」
「迷子じゃねエ」
「でも恐らく貴方はこの世界の住民ではないですよね」
「・・・何だと?」
「これでも全世界の住民名は把握しているんですよ。機能上ですが。届け出のある行方不明者や孤児の可能性も当たりましたが、貴方の特徴と一致する者はいませんでした。それにその本。うちの科学部門でも解析はおろか、持ち運ぶことさえ出来ませんでした。その表紙のマークも何か分かりませんでしたし・・・」
「・・・てめえ、何もんだ?」
「え。ただの建築士ですが」
「ちっ。すっとぼけやがってタコが。ただの建築士が全世界の人間の名前なんぞ把握できるもんかヨ」
「マスター、このお子様はどうやら除霊師らしいぞ」
「ジョレイシ・・・何ですか、それは?」
「俺のようなふらふらしている霊をあの世とやらに送るらしい」
「・・・へ?え、駄目ですよ、ハンスは私と契約しているんですから」
「霊と契約だと?ますます怪しい奴だナ。何もんだ?」
「ですから、ただの建築士ですが。それで、貴方のお名前は?」
「流しやがったな。まあいい。だが俺をガキ扱いすんな」

ジロ、と睨みつける眼光は大人でさえ震え上がりそうな迫力だ。勿論、ハンスやリーブには全く通用しない。しないが、リーブが何処となく感心したように頷く。

「・・・最近の子はみんなハンスや君みたいに大人より強いんでしょうか」
「さてな。俺の中身は70歳の年寄りだが、こいつはほぼ外観そのままの中身だ」
「ええーーー?本当ですか?ハンスもそうですけど、歴戦の隊員並に肝が据わっているじゃないですか」
「ふん。俺は戦闘などまっぴらごめんだが、こいつはそれなりに死線をくぐり抜けているらしいからな」
「・・・てめえ」
「その若さで凄いですね・・・。それで、お名前は?」

リーブがにこにこと笑って黒髪の少年に訊ねるが、彼は答える気がなさそうだった。ハンスは面白い対決に静観しようとしたものの、リーブも中々の頑固さで時が進まないことは確かだ。ため息をついて助言してやる。

「ふん。少年、貴様もそれなりに観察眼があるなら観念するほうが時間の短縮になる。我がマスターは貴様の名前を聞くまで梃子でも動かんぞ」
「ちっ・・・。六氷 透だ」
「ムヒョウ君ですか」
「待てマスター」
「はい?」
「俺や貴様は名の後に氏がくるが、この手の音の響きからして逆の可能性があるぞ」
「え?ムヒョウ、ではなくトール、が名前の可能性があるということですか?」
「・・・」
「ではトール君ですね」
「・・・」

途端黒髪の少年、ならぬトールがむっつりと黙り込んだ。不満というよりもどう反応していいのか分からない、といった困惑の雰囲気だった。リーブが首を傾げる。

「おや?どうしました?」
「ふん。こいつも俺と同じくファーストネームで呼ばれることが少ないんだろうよ」

すると黙ってリーブを見返していたトールがぎろりとハンスと目を合わせた。

「・・・てめえ。まさかあの『アンデルセン』か?」
「えっ!?」
「・・・ほう?」
「『みにくいアヒルの子』、『人魚姫』・・・諸々を書いた童話作家と同じフルネームだナ。本来てめえのようなガキではないだろうが、童話作家、同じフルネーム、霊となればナ」
「え、ええ!?ハンスを知っているとことは・・・!」
「ふん。俺の元いた世界の住人らしいぞ」
「それは・・・!やっぱりハンスは高名な童話作家なんですね!あ、だったらトール君がしっているハンスの他の著作はないですか?ハンスが出し惜しみして教えてくれないんですよ・・・」
「マスター!」
「そうだナ。・・・『小夜啼鳥』『空飛ぶトランク』『赤い靴』・・・『沼の王の娘』・・・もっとあったか?」
「貴様・・・!」
「ヒッヒ。精々マスター様とやらに童話を書いてやるんだナ」

気が付けばハンスはトールを凄まじい眼光で睨みつけ、対するトールはくっくと不敵な笑みを浮かべていた。
なんてことだ、本を構えて対峙していたときと全く逆の構図になっている。そして更に煽る者が増えてしまっていた。

「トール君、ありがとうございます。ハンス、分かっていますよね?」
「くっ。この俺が同郷のガキに追い詰められるとは・・・!」
「楽しみにしていますからね?」

マスターの笑みに、これはこいつが死ぬ迄覚えてやがるな、とハンスは早々に諦めることにした。その代り他の著作は隠ぺいしてやると勝手に決めている。ただ、ハンス自身は余り自覚していないというか、してたまるかと全力で否定するが、気が付いたら新作を執筆していたりするのだが。ハンスを追い詰めたトールはベッドから肘をついて胡散臭そうに主従を睨み上げた。

「・・・てめえら一体何だ?霊と契約、それも童話作家など目的が分からん」
「ええと、ハンスは私の妻が発掘した召喚装置で呼び出された英霊なんです」

リーブがその視線を受けてやんわりと微笑む。
英霊が過去の偉人が精霊の域に押し上げられた存在であると知っているらしく、ちっ、とトールが舌打ちをした。

「英霊だと?・・・いたのか、そんなもんが」
「はい!」

力一杯断定するマスターにハンスは盛大に眉を顰めた。

「何故貴様がそこまで自慢げになる、マスター。俺は史上最低の最弱、やる気なし役ただず揃った駄サーヴァント、大外れの使い魔だといったろうが!」
「ふふ、ハンスを知っている人であれば、皆その言葉を全否定しますけどね?」
「・・・英霊との契約が成立するとはナ」
「丁度ネタが尽きていただけだ。俺は肉体労働は断固反対だ!」
「新作を書いてくだされば問題ありません!」
「俺に仕事を押しつけるな!」
「それで、トール君を元の世界に戻す手筈ですが・・・」
「相変わらずさらりと流す奴だなリーブ」
「・・・手段が、あるのか?」

リーブが本題に入れば、ハンスはやれやれと椅子に深く腰掛け、トールはぎらりと目を光らせる。リーブは少し肩を竦めた。

「残念ながら私どもの技術では難しいですね。ただ、ハンスが元いた世界というなら縁は出来てそうですが・・・。ハンス」
「オレに降るな馬鹿者。オレに異世界を跳ぶ手段なんぞあるわけがなかろう!空間移動は『空飛ぶトランク』で多少出来たとしてもだ!最後丸焦げで墜落がオチ、異空間移動なんぞ絵空事だ!」
「ハンスは絵空事が職業じゃないですか。自由に異世界を旅する童話とか書いてないんですか?」
「都合よく書いているわけがなかろう、この阿呆が!」

仲良く主従が言い合っているが解決策はなさそうだと判断したのか。トールがぽつりと呟く。

「・・・仕方ねえナ」
「トール君?」

彼は緋色の本を開く。

『ーーー魔法律 第864条【強制転移】の罪により・・・』

低い声で呪文を唱えれば、仄かに青白い光が本と彼を取り巻き、リーブとハンスは驚いて彼を見守る。
トールの開いた頁から青白い丸い光が浮かび上がる。

『・・・七面犬の刑に処す』

丸い光をトールの小さな指が弾き出せば、丸い光が飛び散り部屋を一瞬白く染め上げる。
そして。

「・・・お招きありがとでやんす、六氷坊ちゃん」

珍妙な言葉遣いをする喋る犬がトールを向いて、彼とリーブ達の間・・・ベッドの上にちんまりと現れていた。大きさは子犬程度といったところか。ただ、よくよくみれば顔に目玉が7つ並び、手足は6本であるから普通の犬ではない・・・トールの呪文にあった『七面犬』なのだろう。が。

「・・・犬ですね。トール君のペットですか?」

うんうん、と暢気に宣ったマスターに、ハンスとトールが同時にため息をついた。

「・・・まず犬じゃねーゾ」
「貴様の天然もここまでくるとある意味天災だなリーブ。差し詰めトールの召喚獣といったところだろうが。七つ目の犬などこの世の生き物とは思えん!」
「あっしはペットじゃないでやんす!!!」
「だって見た目が可愛いじゃないですか」
「・・・!!!可愛いなんて、初めて言われたでやんす・・!!!」

七面犬がリーブを見上げて七つ目をうるうるさせていた。リーブはその素直な反応に思わず頭をなでなでする。可愛いですねえ、とずっとなでなでしているとトールがいい加減にしろ、とその手を叩いた。リーブが残念そうに手を引っ込める。トールが本を開いてまま、召喚したらしい七面犬を睨む。

「変なとこに反応してんじゃねえゾ。テメエ、俺を地獄につれてけるか?」

「・・・えっ!?」
「ほう?」

リーブ主従が驚いたように顔を上げる。
トールは存外真摯な目で七面犬を見据えていた。問われた七面犬は途端慌てたように手足をわちゃわちゃさせて、

「ちょ、坊ちゃん何を血迷ってんでやんすか!?坊ちゃんは裁くお人で、地獄に行く人じゃないでやんすよ!?」
「いいから連れて行け。地獄にいりゃあ、テメエが俺以外の執行人に呼び出されたときに便乗できんじゃねーか」
「ええええ!?」
「あ、成程。この犬が別の誰かに召喚されるときに元の世界に戻るということですね?」

ぽん、とリーブが納得したように手を打った。

「だからこいつは犬じゃねえ」
「だ、駄目でやんす坊ちゃん!」
「坊ちゃんいうな馬鹿犬!」
「あ、犬って呼んでるじゃないですか」
「ウッセエ!!!」
「坊ちゃんの大事なお体を地獄の瘴気に曝すなんて、そんなこと出来ないでやんす!!!」
「気色わりい言い方するんじゃねえ!!召喚待ちのテメエがいつもいる地獄に行くしかねえだろうが!!!」
「駄目でやんす!!!」

トールと七面犬というもう一組の主従が揉めている中。
リーブはふと思いついた。

「・・・あの。地獄ってもしかして、鬼灯さんや閻魔大王様がいらっしゃるところですか?」

トール主従がぴたりと口を閉じ、同時にリーブを見上げた。

「・・・へ?」
「・・・ホオズキは知らんが、閻魔はそうだナ」
「でしたら、鬼灯さんに頼んでみましょうか。地獄でも瘴気がないところに匿っていただくとか」
「・・・何だと?」

トールの目が危険なほど細められる。

「どういうことだテメエ、ホオズキとは何もんだ」

答えようとしたリーブだが、ちんまい犬、もとい七面犬が楽し気に尻尾を揺らした。

「鬼灯様は、閻魔大王様の第一補佐官の鬼でやんす」
「なんだと?くそ犬、知ってんのか?」
「そりゃあもう、地獄でも有名なお方。なんせ、鬼の中でもトップの鬼人でやんす」
「・・・その鬼人と知り合いなのか、リーブ」
「ええ」

にっこりとリーブが笑えば、トールの眉間の皺が更に深くなった。信用されていないのは明らかだった。

「ちょっと電話してみますね」

笑顔のままリーブは端末を取り出して、失礼しますね、と部屋を出た。
部屋に残されたトールの顔が引き攣る。

「・・・おい、そこのアンデルセン」
「ほう?何だムヒョウとやら」
「テメエのマスターは一体何者だ?本物かは知らんが、普通の人間が地獄関係者と知り合い、且つ電話で話すなんぞ聞いたことねエ!」
「ふん。見ての通りマスターは一般人だが、この世界で最も交流範囲の広い男だろうよ!地獄だろうが異世界だろうが、問答無用でオトモダチとやらを増やしていく達人だ!」
「・・・なんだそれは・・・」

額を抑えて意味がわからねえ、とトールが呻いたところで、リーブが病室に戻ってきた。
端末をスーツに戻しつつ。

「鬼灯さん、来てくださるそうですよ?」

   *   *

「お久し振りです。リーブさん」
「ええ、お久し振りですね鬼灯さん」

病室に着流し姿の黒髪の鬼が現れた。親し気に握手を交わす二人を余所に、トールは彼の召喚した七面犬へ問う。

「・・・一応確認するがくそ犬、あれは」
「本物でやんすね。正真正銘、閻魔大王様の第一補佐官、鬼灯様でやんす」
「・・・どうなってやがるんだ・・・!」

その鬼人がトールに向き直った。

「これはこれは。貴方が六氷さん・・・ですね。いつも亡者の捕縛にご協力ありがとうございます」
「・・・んだと?」
「え?鬼灯さん、お知り合いですか?」

鬼灯の思わぬ感謝の言葉に、言われたトールも呼び出したリーブもきょとんとかの人を見る。
鬼灯が新たに出された椅子に座りつつ、顎に手をやる。

「・・・私ではありませんが、あのアホ・・・失礼・・・閻魔大王と契約した希有な執行人ですからね。この間も銀杏婦人という亡者の時に呼び出されて大王が大層喜んでました。私が件の執行人にお会いするのは初めてですが・・・」

そして鬼灯はちらりとトールの全身を改めて確認したのか。

「・・・思ったより、ええ、大変小さくてお可愛らしい・・・」
「・・・てんめエ・・・!」

直接的に身長を示す単語に反応したのか、ぴきとトールの蟀谷に青筋がくっきりと浮かび上がる。そんなぶちぎれそうなトールを置いて、リーブは気になる単語に首を傾げる。

「執行人とは何です?」
「・・・簡単に言いますと、地上で悪さをする亡者に刑を執行する者です。我々が回収しそこなった亡者を地獄の使者を通じて地獄に届けてくれる、いわば協力者・・・ですね」
「オイ。てめえの言い方だと、俺らはてめえらの尻ぬぐいをしてるってわけか!」
「はい。こちらも獄卒が人手不足ですから」

きっぱりと全肯定されたのが拍子抜けしたのか。ちっとトールが舌打ちした。

「・・・身も蓋もねえな」
「何処も人材不足ですねえ」
「で、六氷さんを地獄で匿う話ですが」
「はい」
「我々が地獄で匿うよりも、地獄経由で地上に送った方が早いかと」
「・・・あ。鬼灯さんは彼の世界まで送ることができるんですね?」
「ええ。閻魔大王が大層心配してましてね。浄玻璃の鏡で六氷さんのご友人の様子を確認したのですが・・・」

浄玻璃の鏡とは。
地獄の閻魔大王が持つ、あらゆる亡者の現世での行いを映す鏡。
いわば超高性能監監視カメラであるが、割と鬼灯は現世を覗き見する鏡としてザッピングしつつ使っていたりする。

閑話休題。

ぴく、とトールの眉が動いた。

「皆さん、正気とは思えないくらいに動揺していましてね。相方の少年は完全に放心して一時寝たきり、今も魂が抜けかかっている状態で、ご友人方もお知り合いを総動員して調査してますがもう目が血走って血走って。道具を作るお友達は怪しげな空間移動シールを作っては没にして山積みになったシールの下敷きになり、監獄のご友人も書物を全てひっくり返して徹夜で調べ物をして体調を崩して看守に罰を受け、貴方の師匠とやらは速攻で貴方をぶっ飛ばした霊と同様の霊を捕縛して尋問しているとか・・・」
「・・・ちっ!!何やってんだあいつら・・・!!」

誰が誰のことを指すのか分かるらしく、トールが忌々し気に毒付くが何処か心配そうだった。
やっぱりいい子なんですねえ、というリーブの呟きは幸いにも本人には聞こえなかったらしい。
鬼灯は無表情のまま淡々と続ける。

「閻魔大王からの伝言です。
『変な術で飛ばされちゃったんだって?大変だったね。みんな君を半狂乱で探しているから、すぐに戻ってあげて』
だ、そうです。私どもとしても、今後とも六氷さんには亡者どもの捕縛にご協力いただきたいですから、地上までお送りしましょう」

   *    *

それからトールは鬼灯に連れられ、七面犬と共に地獄へ行き、地獄から妖怪朧車に乗せられて地上に戻ってきた。その間、余りに非常識な展開にトールはむっつりと黙り込んでいた。何処から突込みを入れていいのか分からず思考を放棄したともいう。
トールと七面犬は事務所に比較的近い山中で下ろされた。

「では、お気をつけて」
「・・・」
「ほら、坊ちゃん!」
「ちっ・・・」

舌打ちをして、それでもトールは鬼灯を見上げた。

「・・・手間かけさせて悪かったナ。助かった」
「いえいえ。今回の手助けは、貴方が執行人として積み上げた徳から差し引いただけですからね。今後とも、よろしくお願いします」

さらりと答えた鬼灯は朧車に乗って宙に浮かび上がり・・・消えていった。地獄に戻ったのだろう。
やれやれと首を振るったトールはてくてくと歩いて、彼の事務所、六氷魔法律相談事務所が入ったテナントに辿り着く。
無言で3Fへと続く階段を上り、事務所の扉前まできて、立ち止まる。

「あんれ?坊ちゃん、どうしたでやんすか?」
「・・・。うるせエ。そもそもテメエ、何居残りしてやがる」
「いいじゃないでやんすか。ほら、さっさと開けるでやんすー」
「待て、この馬鹿イヌ!」

呼び止める間もなく、目の前の扉が開く。

事務所にいた者たちがばっと音がしそうなくらい一斉にこちらを向き、眼を見開いて固まった。

ソファーに座り血走った目で地図を指示していた、裁判官で調査員の火向洋一、通称 ヨイチ。
大きな道具袋から透明な出張シールを次々に取り出していた、魔具師の我孫子優、通称 ビコ。
そして、床に座り込んで焦点の合っていない、相棒で第一級書記官の草野次郎、通称 ロージー。

憔悴しきった大切な友人達にトール・・・いや、執行人の六氷透、通称 ムヒョは思わず目を背ける。
座り込んでいたロージーが乾いた声で呟く。

「・・・ム・・・ヒョ・・・?」

虚ろな目向けられたムヒョはちっと舌打ちをする。

「何だてめえ、ちょっと見ねえうちに亡霊みたくなりやがってこのウスノロが。処されたいならさっさととどめを刺してやる。ヒッヒ」

「・・・ムヒョ・・・」

ロージーがゆらりと立ち上がる。
定まっていなかった焦点が、徐々に一点に集約する。
腕が力なく持ち上がり、ふらりとムヒョへと向かう。

「ほん・・・もの?」
「何が本物か証明は難しいがナ」
「七面犬の変身・・・じゃ、なくて?」
「馬鹿犬ならそこにいんだろ、ちゃんと見てんのかこのアホが」

感極まったのか、ロージーの琥珀色の瞳からぽろぽろと涙が溢れ出して。

「・・・ムヒョーーーーーーー!!!!」

猛ダッシュからのガバチョと思い切り抱き締められた。

「ええい、うっとおしい!!離れろ!!!」
「やだもん、離さないもん!!!」
「ええいてめえら、この馬鹿を引き剥がせ!」
「うーん無理じゃねえ?」
「そだね。ムヒョが悪い」
「てめえら!!」
「怪我は!?ねえ、躰は大丈夫なの!?」
「怪我なんぞねえからさっさとどけ!!!」
「嫌だもん!!!もう僕を庇うとかやめてよ!?庇うのは助手の僕の仕事だからね!?」
「うっせえ、知るか!」
「うわーーーーーん、ムヒョーーーー!!!!」
「いい加減離せてめえ!!!」

抱き着いたままわんわんと号泣しているロージーと不機嫌極まりないムヒョに。
ソファにいたヨイチとビコは、ほっと息を吐き出してソファに沈んだ。

「・・・ったく、心配かけやがって・・・!」
「エンチューにもいっとかなきゃ」
「おう、ペイジ理事にはおれから連絡するぜ」
「うん。でも」
「ああ」

二人は同時に頷く。

「あいつ、」
「ムヒョ」
「「無事でよかった(ね)」」

fin.

18/8/4の後書き

続かない。しかもムヒョ元の世界に戻せてない!
誰か書いてくれたら喜んで観に参りますが・・・ハンスとムヒョどちらも知っている方がいるのだろうか(笑)。
だけど、ハンスとムヒョを置いたら、よく考えたらハンスは英霊だから霊で、ムヒョは霊を裁く執行人じゃん、と思いついてつい出会い編を書きたくなりました。本を構えて睨みあいをさせてみたけれど、勝負はどちらにせよムヒョの勝ちな気がする(笑)。

あ、でもムヒョ戻らないとムヒョの世界の友人たちとロージーが半狂乱になって探してそうだ(笑)。

18/8/10の後書き。

唐突に続きが浮かんだので、書きたい勢いがあるうちに終わらせました!よかった、ムヒョ戻れたよ(笑)。
ややこしいと思いますので人間関係を整理しますと。

◎リーブさんと鬼灯様
動植物園のときに知り合った、可愛い動物大好き同盟のお友達。

◎鬼灯様とムヒョ
直接の関係は元々なし。

◎閻魔大王様と鬼灯様
閻魔大王様の第一補佐官が、鬼神の鬼灯様。上司と部下の関係。

◎閻魔大王様とムヒョ
ムヒョが契約している地獄の使者で、刑の種類のうちの一つに『閻魔謁見の刑』があります。閻魔大王様を直接使役しているわけではないけれども契約は結んでいます。原作13巻参照。

という感じですね。

鬼灯様がいい感じに絡んでくれたので(何せあの世もこの世も行き来する人だから異世界もお手の物だったらいい)、ムヒョが元の世界に戻れましたー。そしてやっぱり黒幕はリーブさん(笑)。

このあとムヒョから
「異世界にぶっ飛ばされた先で、地獄関係者を知り合いにもつ自称建築士と会い、連絡を受けた閻魔の補佐官が地獄経由で俺を送ってきた」
の話に友人一同(+ペイジ)が絶句していればいい。