謝礼

思い立ったが吉日。

そんな諺があったようななかったような。
クリスマスの翌日、俺はロケット村付近の油田開発場からいてもたってもいられず、定期便を乗り継いで半日。日が傾く頃、目的地のWRO本部のロビーに駆け込んでいた。

「こんにちは、バレット様」
「あーその、すまねえ。リーブはいるか?」
「少々お待ちください。・・・はい。はい。申し訳ありません。只今リーブ局長は会議中で、30分後になりますが・・・お急ぎですか?」
「あ、いや、その急ぎじゃねえ。が、待たせてもらっていいか?」
「はい。ではご案内しますね」

客用の応接間で、どかっとソファに座り込む。WROらしく、無駄な豪華さは一切ない。あいつ金ねえのか?とふと思ったが、いやいやここは資金繰りに困ったところはないという話だったっけなと思い出す。要は余計なところに出費しないWROらしい堅実さといったところか。
そうしてよく考えれば、リーブは多忙中の多忙な局長様だ。WRO本部に突撃したところで出張で不在なことが多いはずだった。なんとも考えなしの自分にため息をつく。今日本人がいたのは幸いで、それでも電話にしなかったのは自分なりのけじめだった。電話だと・・・多分口に出せそうもないからだ。

ソファにかけて暫くぼんやりと考えていたら、扉が開いた。リーブかと思いきや、WRO隊員の一人らしい。

「お待たせしましたバレット様。局長室までご案内します」
「お、おう」

隊員につれられ、最上階まで移動する。今回は右腕は機関銃ではなくただの義手だったために、前回のようにとられることはなかった。扉の前で隊員がインターフォンを鳴らす。

「局長、バレット様をお連れしました」
『はい。ありがとうございます』

局長室の扉が開く。
案内役の隊員はすっと敬礼をして戻っていった。俺は一歩局長室に踏み込む。広い割には余計なものが置いていないというか、スペースが余っているというか。そんな局長室の奥ではリーブがデスクで書類を裁いていたようだった。後ろに立つのは彼の護衛を務めるWRO隊員だ。

「レギオン、この書類を科学部門までお願いします」
「了解。バレットさん、ご無沙汰してます!」
「お。おう、あーそっちも元気そうだな」
「勿論です!」
「レギオン?」
「はい!今すぐ出て行きます!」

ちらっとこちらをみたWRO隊員は、飄々とした雰囲気で、すちゃっと片手をあげ、さくっと出て行った。

「全く・・・。お待たせしてすみません、バレットさん。そちらのソファにおかけください」
「お、おう」

ぎこちなく返事をして、二人がけのソファの端になんとなく縮こまって座る。コーヒー豆の香りがすると思えば、前回のようにリーブが自ら二人分のコーヒーを入れて、テーブルに並べていた。そのまま彼はバレットの真向かいのソファにかける。暫く互いの近況を探るように会話をして、リーブがこほんと咳払いをした。

「・・・それで、今日はいかがされたのですか?もうマリンちゃんを頼む、とか言わないですよね?」
「お前、まだ根に持ってるのかよ」
「当たり前ですよ。あんなによい娘さんをよりによって神羅幹部に依頼するなんて正気の沙汰とは思えませんし」
「でもよう、マリンはお前からの手紙を楽しみにしてるみたいだから、よかったんじゃねえのか?」
「ま、まあ・・・その、マリンちゃんとの文通は非常に有意義ですけど・・・。それはさておき。ご用件は何でしょう?」
「あー、その、ちゃんとあんたに礼を言うべきだな、と思っただけだ」
「・・・私に礼、ですか?マリンちゃんのことですか?」
「あーそれもあるけどよ、お前、クリスマスのイベント用にサンタの服と菓子をくれたじゃねえか」
「あれですか?ええ、クラウドさんやティファさんたちもちゃんとセブンスヘブンでサンタをしてくれたようですよ?マリンちゃんから画像データをもらいましたからね」
「あんたも見たのか。ま、まあ俺もその、あの格好でコレルの村へ出向いたんだが・・・」

サンタ用の赤いコスチューム。白い付け髭もちゃんとつけて。

「・・・如何でしたか?」
「予想以上に子供達が寄ってきてくれてよ。それにつられてちょっと遠巻きだったあいつら・・・昔の炭鉱仲間も、『ずいぶん太ったサンタだな!』とかからかいながら、話しかけてくれてよ・・・。正直、嬉しかった」

ほっとしたのか、リーブがふっと口元を綻ばせた。

「・・・そう、ですか・・・。よかったですね」
「ああ。俺はいつも世界中を回っていて油田ばっかにかまけていて、コレルは帰りにくかったとこがあったんだが、『来年もサンタ来てくれるよな!』『ちょっとは痩せろよ!』とかいってもらって、その、・・・リーブ、あんたのおかげだ」

「・・・それは、違いますよ」

ほんの少し、リーブの声音が低くなった。

「ん?」
「元々、コレルの人たちはとっくの昔に貴方を受け入れていたのでしょう。過去を忘れることができなくとも、貴方はちゃんとヒュージマテリアの件を含め、あの村を救っています。ただ、きっかけがなかっただけでしょう」

こいつが静かに淡々と語るとき、大抵本音だと俺は知っている。としても、また始まった、とも思う。目の前の、嘗ては本気で憎んだはずのスパイは・・・いつもながら賞賛やら礼やらを素直に受け取らない。マリンを頼んだときもそうだった。だから、こういうときは押し切るに限る。

「いや、あんたのお陰だ。その、・・・助かった。ありがとう」

がばっと恥も外見もなく頭を思い切り下げた。

「え!?その、バレットさん!?いえ、その、礼は受け取りましたから、顔を上げてください!」

珍しく慌てた様子のリーブの声が聞こえても、俺は長い間頭を下げ続けていたら。
ここにいないはずの第三者達の声が近く割り込んできた。

「・・・ふむ。直接顔を合わせて礼を尽くすタイプだったか。律儀だな」
「バレットはんは情に厚いお人やさかい」

はっと顔を上げれば。
リーブの分身とその使い魔が隣に立って、にやにやとこちらを見返していた。二人して腕を組んで、ちっこいくせに無駄に偉そうだ。

「元スパイじゃねえか。元気そうだな」
「御蔭様でー。いやーバレットはん、最高やで」
「ちょっと貴方たち!どこから沸いて出たんですか全く!」

主人の言及に、白黒猫はえへんと胸を反らせて威張って見せた。

「そりゃあリーブはんが焦ってる姿を見るためやったら、何処からでも飛びでまっせー」
「ふん。そこの分身に同感だ。気後れする相手がくるからと身構えていたら、なんと真っ向からの謝礼とはな!マスターが最も面食らう正攻法だ」
「ハンスはん、別に攻撃やないと思うけどー?」
「こいつにとっては直球が最も苦手なはずだ。どうだ、リーブ?反論があれば受け付けるぞ?無論、木っ端みじんに粉砕してみせるが」
「っーーー!!!い、いい加減、引っ込んでくださいよ!!」

顔を真っ赤にさせて分身達を奥へ追い払う様は、とても冷静沈着な局長様には見えなかったが。こんなトップだからWROは結束力が半端ないんだなと俺は納得する。ただ、この様子では日常茶飯事らしい・・・と思ったら腹の底から笑えてきた。

「ぷっ。くくく。あんた、ケットにもあの作家先生にも言われっぱなしなんだな」
「・・・ふがいないことにその通りですよ・・・」

はあ、とがっくりと肩を落としソファに座る男に俺は何だか満足して、よいしょっと立ち上がる。こいつに言わなきゃ後悔しそうだと思うくらいには居座っていた気持ちは、一部でもまあ伝わっただろう。達成感というか、すっきりした気分だった。

「じゃあな、リーブ。おめえ、体壊すなよ」
「バレットさんも。油田発掘には危険が伴う筈です。マスクとヘルメットはちゃんとつけてくださいね」
「おうよ」

ちょっと勝てたような気がして、俺は上機嫌でWROを後にした。