花見

※「子供の日」「条件」「最後の仕事」「救出」「とんずら」参照。

ウータイの川辺に植えられた並木が、薄いピンク色の花を付けだしたのがつい先日。
それが暖かい陽気に誘われ、今にも幹からこぼれんばかりに咲き誇り、風に舞って花吹雪となっていた。
それにつられ、鳥たちが歌い、大人たちは笑顔で大樹を見上げ、子供たちは楽しげに駆け回る。

春、到来である。

見事に桜色に染まったウータイ。
自宅である屋敷の縁側から満足げにみていた頭領は、うむ、と立ち上がった。

「・・・宴じゃ!!!!」

*   *

「・・・ってことで、3日後ウータイでお祭りがあるんだけど、ヴィンセントも来てよねー」
「・・・何故」

弾丸補充のためにカームの馴染みの店に寄っていたヴィンセントだったが、
店を出た直後にずうっと張っていたらしい仲間の一人に捕まり、大きくため息をついた。
一般人なら、潜伏のプロである元タークスのヴィンセントの痕跡を辿るのは不可能に近い。
だが、彼女はウータイという国の忍であり、こう見えても一流の腕の持ち主。

よって、何故、も
「何故ここが分かった」、ではなく
「何故私が行かねばならない」、という省略だったのだが。

勿論長いつき合いである仲間の一人、ユフィ・キサラギにはちゃんと伝わっていたりする。

「え?だってヴィンちゃん来てくれたら、親父も五強聖も喜ぶしー」
「私を巻き込むな」
「え?でもゲスト出演で決定してるよ?」
「・・・は?」

ぴらりと見せられたチラシは、
ウータイの花見イベントの案内であった。
スペシャル屋台もでるよ!などという告知の中、午後から開催される手合わせの優勝者との対戦相手に
ヴィンセント・ヴァレンタインの名前がばっちりかかれていたわけで。

「・・・断る」

一言どきっぱりと拒絶し、ヴィンセントは噴水に腰かけるユフィに背を向け、さっさと立ち去ろうとしたが。

「そうそう。今回のイベント、WROも共催することになって」
「・・・待て。何故リーブを巻き込む!?」

聞いてはいけない一言に、大きく反応した。
体ごと振り返ってみれば、へっへーんと何処か自慢げに笑う仲間がいた。

「だって折角のイベントだし」
「勝手にやればいいだろう!」
「だって観光客もいっぱい呼びたいじゃん」
「勝手に呼べばいい!」
「だってウータイの飛行場、WRO管轄だし」
「ちいっ・・・!!!」

ヴィンセントが珍しく大きく舌打ちをしてその悔しさを表に出した。

ウータイの飛行場。
元々ウータイは観光業にも力を入れてきた地域である。
ただ地理的に不利な場所にあり、直接訪れる客は限られ、その交通手段も船が主であった。
しかし、WROは新しい交通手段として飛空艇を試験的に運用を始めており、
その一つとしてウータイにも飛行場を建設していたのだ。

つまり。
より多くの観光客を呼び込むためには、WROの交通網である飛空艇の増便などが有効な手段であった。
それを聞いたリーブが賛成しないわけがなく、序でにお祭り好きのリーブが協賛に乗り出した、という訳であった。

ヴィンセントは、WROとしてリーブが協力することに異論があるわけではない。
問題は、・・・リーブが人を巻き込むことが大好きで、高い確率でヴィンセントが巻き込まれるという点だった。

「リーブのおっちゃんからのでんごーん」
「・・・」

来たか、と無言で身構える。

「『もしヴィンセントに参加いただけないのであれば、残念ですが・・・これを代わりに飛ばすことにします』
・・・だってさ」
「・・・これ、とは?」

聞き返してはいけない、と分かっていても
聞かなければ対処もできないため、渋々聞き返すヴィンセント。
そんなヴィンセントに、ユフィは自身の端末にとある画像を呼び出した。
ほれ、とヴィンセントの顔面に突き出す。

コンマ数秒で認識した凄腕のガンマンは瞬時に固まった。

暫くして彼の腕がぶるぶると震え、振動したままの指で辛うじてそれを指した。

「な・・・なんだ、これは・・・!!!」
「飛空艇」
「そんなことは、分かっている・・・!」

確かに画面に映っているのは飛空艇であった。
戦闘用ではないことも見て取れる、のはいい。
問題は、飛空艇外装に描かれたものが。

巨大なヴィンセントの顔だったわけで。

「飛空艇、ヴィンセント号!!
って名付けたらいんじゃね?って隊員たちが言ってたけど、」
「今すぐやめろ。撃ち落とさずにいられる自信が皆無だ」

軽口のユフィを速攻で封じる。
冷酷な声は、一ミリたりとも冗談ではないことを表す。
そんなことをすれば、戦闘用でない飛空艇など一撃で墜落し、搭乗員の命は空前の灯火となろう。
分かってはいるが、自制できる自信が流石のヴィンセントにもなかった。

「じゃあヴィンちゃん参加でいいよね♪」
「・・・」

楽しげに決定する忍者娘に抗議もできず、
その彼女の会心の笑みに、人の悪い局長の笑みが重なるようで、ヴィンセントはただ立ち尽くした。

*   *

じゃあ、まーた3日後♪
と軽やかに去っていたユフィを立ち尽くしたまま見送ったヴィンセントは、
夕方、やっと我に返って、全ての元凶に電話を繋げた。

『おや。流石ユフィさんです。もう伝わったのですね』
「何故私を巻き込む」
『ケットを出すことも考えたのですが彼単体だと直接攻撃力はあまりないですし、
それにリミット技が・・・
その、何が起こるか分かりませんので・・・』

ケット・シーのリミット技。
スロットは、3つのレーンの回転を止めて、絵柄を揃えるというもの。
運次第ではあるが、スチャラカなものから、一撃で相手を全滅させるものまである。

ヴィンセントは頷く。

「・・・危険、だな」
『ならば、と私がでようとしたのですが』
「おい」
『私の場合も直接攻撃は銃くらいですが、素早さがいかんせん足りませんし、
使える魔法もアルテマかトードぐらいですし・・・』

究極攻撃魔法、アルテマ。
無属性の全体攻撃で、防御不可能とされる。
・・・ぶっちゃけ、手合わせに使える魔法ではない。

一方、ステータス異常黒魔法トード。
敵・味方関係なく、対象者を蛙に変えてしまう魔法。
攻撃云々の前に、相手が蛙になるのでなにもできなくなる。
そして、公衆の面前で蛙に変身するという非常に情けない姿を晒すことになる。

ヴィンセントは呻いた。

「何故・・・その2択になる」
『まあ、でてもよかったのですが・・・
レギオンに『相手が可哀想すぎるので、やめてください!!!!』と懇願されまして・・・』

レギオン。
WRO創立以来、WRO局長専属護衛隊長を勤める元2ndソルジャーである。
が、過去2回ほどリーブに蛙にされた経緯があり、
今でも軽く・・・いや、結構なトラウマになっているらしい。

ヴィンセントは心の底から同情した。

「・・・あいつも苦労してるな・・・」
『それでゴドーさんに相談しましたら、ならばヴィンセントはどうか、という話に決まりました』

ゴドーとヴィンセントは直接対戦したことはない。
だが、過去リーブにはめられたヴィンセントは、
ウータイのより抜きの忍達と対戦させられ、悉く返り討ちにあわせたことがあった。
勿論、命は奪っていないが・・・
どうやらゴドーはそれを根に持っている、わけではないが
思うところがあるらしい。

「勝手に決めるな」
『ではヴィンセント号を・・・』
「飛ばすな!」
『では3日後、よろしくお願いしますね』

にっこり、と電話の向こうで食えない笑みを浮かべているだろう相手は、あっさりと電話を切った。
ヴィンセントはどうやっても断れないことを再認識し・・・長い長いため息を吐き出した。

*   *

3日後。
天候に恵まれた当日、ウータイは蒼穹の空の下、満開の桜に染められていた。
植えられている桜の品種も多岐に渡り、淡いピンク色から黄色の花、雪のように真っ白な花びらのものもあり、
桜を愛でつつ、中央ステージ前や道の立並ぶ屋台に大勢の人々が行き交う。

「ええ天気やなあー。
桜も綺麗やし、人もぎょうさんいるし、盛況やー」

屋台の一つ、占い小屋で御籤を広げていたケット・シーはのんびりと彼らを眺めていた。
そこへ、ちょこちょこと小さな女の子が駆けてきた。

「猫ちゃん、おみくじ一回!」
「50ギルや、まいどー!」

女の子に御神籤入った筒を渡す。
子供用に少し小さめにしたその筒を、女の子が一生懸命振って、逆さにする。
その後ろに両親が笑顔で寄り添っている。
ケット・シーはデフォルメの笑顔以上に上機嫌だった。

・・・ええ図やなあ。

「1番!!!」
「1番やね、これやなー。大吉や!!」
「やったー!!!お母さん、みてみて!!!大吉だよーー!!!」

ぱたぱたと親の元に駆けていく後ろ姿が何とも愛らしい。

・・・リーブはんも満足やろなあ。

『どうせ、こっちの様子も見とるんやろ?』

後半はにやりと笑って声を飛ばせば、
同じくらい、それ以上に楽しそうな声が返ってきた。

『勿論ですよ。それで、売り上げはどうです?』
『さっきで10人目やなー。まあ、占いやしこんなもんやろ』
『そうですねえ。ところで、3000ギルのトランプ占いは・・・』
『・・・そっちは流石におらんなあ』
『ですよねえ』

さくっと肯定の返事が返ってきた。
3000ギルのトランプ占いとは、1回50ギルの御籤の他に屋台に出している占いだったりする。
ケット・シーを通じてリーブがトランプ占いをするつもりだったのだが
流石に価格が高すぎて誰も指名がなかった。

『・・・そう思うんやったら、わざわざ書かんでもええのに』
『ちょっと面白そうかな、と思いまして』
『阿呆』
『まあ、引き続きお願いしますよ』

終始ご機嫌な主はさくっと通信を終えた。
屋台の3000ギルの占いなんて誰もせえへんやろ、と思いつつケット・シーは奥の屋台に目をやる。
屋台の中で一際行列の長いそれは、出張版セブンスヘブンだったりする。
英雄の一人が自ら腕を振るうその店は、新鮮な魚介類をふんだんに使ったパスタが大好評で、
亀道楽と一二を争う行列を作りだしていた。

「あれに勝てるわけあらへんしな。まあぼちぼちやろかー」

*   *

「えー出口は大変混雑しておりますので、3列に並んで少しずつ前にお進みくださーい!」

WROの飛空艇発着場。
ウータイとエッジを結ぶ初の空路は、到着したばかりの客で混雑していた。
メガホンを口に当て行列を誘導していたレギオンは、意外な人物を見つけて声を掛けた。

「あれ?シドさんじゃないですか」
「んあ?なんでい、レギオンか」

レギオンの声に反応したシエラ号艦長は、こそこそっとレギオンの傍にやってきた。

「おめー、なんでここにいるんだ?リーブはどうした」
「いや、それがですね・・・」

レギオンはこそっと耳打ちするくらいの音量で事情を説明した。
曰く、飛空艇でやってきた観光客を無事にウータイに誘導するが本日午前中の仕事だと言われたこと。
午後からは別仕事があって、そのときはウータイへ行けること。

「なんですけど、・・・俺もさっさと桜観たいですから!!!」

青空に映える桜色など、一年通してもこの時期しか見られない。
けれども唯一の上司に『局長命令です』とさくっと言われものだから仕方ない。
そのときの上司の笑顔が非常に胡散臭かったのは、気のせいではない。

・・・企みすぎだろ!!!

「んで?リーブはもうウータイに入ってるんだろ?」
「そーです。今日はミトラス・・・俺の親友で部下なんですが・・・が、局長の護衛やってます」
「なるほどなあ」
「ところで、なんでシドさんがこんな一般の飛空艇に乗ってきてるんですか?
それともたまたまシエラ号到着の時間と被ったんですか?」

レギオンは不思議だった。
この時間に列に並んでいるとしたら、今到着した飛空艇に乗ってきたと考えるのが自然だ。
けれども、シドは英雄仲間で唯一、世界最速の飛空艇を操縦できる、シエラ号の艦長。
こんな一般の飛空艇に乗る理由がない筈だった。

「いんや、一般のに乗って来たぜ」
「え、何でです?」
「シエラ号で来ちまったら、泊まりでもしねーと酒が飲めねーだろーが」
「そこですか・・・」

あはは、と乾いた笑いでレギオンは返すしかなかった。
英雄の中でもシドは酒豪の一人だったなあ、とのんびりと回想する。
因みにバレットも酒豪だが、一番の酒豪は何気にヴィンセントという噂があるらしい。

・・・戦闘でも酒でも勝てそうもないですよねー。

「んで?ヴィンは兎も角他の仲間ももう来てんのか?」
「あーはい、局長は主催者の一人として入ってますし、
ティファさんとケット・シーはそれぞれ屋台の店主です」
「ティファは兎も角、ケットは何やってんだ」
「えーっと、局長曰く、すちゃらかな占いだそうです」
「・・・相変わらずじゃねえか、あいつら」
「その通りですー」

あはははーと、先程よりも更にからっからな笑いが零れた。
食えない上司の分身の占い。
少なくとも御神籤はきっとすちゃらかなのだろうと。

ぶんぶんと首を振るい、レギオンは気持ちを切り替えた。

「あとクラウドさんはティファさんの店の材料調達でウータイに入ったり出たり忙しそうですけど」
「クラウドの奴、ティファに上手く使われてるな」
「バレットさんはティファさんの店で働くマリンちゃんにでれでれしてるそうです」
「おいおい、通報されるんじゃねーかあいつ」
「んでナナキさんは亀道楽でマスターとなんだか楽しそうにだべっているそうです」
「意外な組み合わせだな」
「で、ユフィさんは・・・まあ、色々ウータイ中を飛び回っているそうで」
「まああいつの故郷だしな」
「ですよねえ」

うんうん、と二人して頷いてみた。
英雄の一人、ユフィの故郷でのお祭りとなれば、燥ぐのが道理だろう。

「そーいうシドさんは、シエラさんとは来なかったんですか?」
「あーあいつ、ちょっと用事が入っちまったらしくてよ」
「それは残念ですねー」
「ま、仕方ねえ」
「ですねえ・・・」
『ああ、シド。シエラさんから伝言があります』
「ってええ、局長!?」

同じく同意していたら、レギオンの耳に唐突に通信が入った。

「ん?リーブか?」
「は、はいそうですが、どうやらシエラさんからシドさんへの伝言があるそうで・・・」
「・・・。なんでい」
「えっと・・・『お酒は3杯まで。』・・・だ、そう、です・・・が・・・」

局長の言葉をそのまま伝えただけだが、
レギオンは目の前の英雄の顔色がはっきりと変わっていくことにビビった。
そして、シドに胸元を掴まれてしまった。

「たったの3杯だとおっ!!!」
「シ、シドさん抑えて、抑えて!」

両手を挙げて降参してみせれば、シドはあっさりとレギオンを解放してくれた。
まあ、そもそもレギオンの言葉ではないから、納得してくれたのだろうが。

・・・あーなんか、局長またしても企んでそう。

これ以上伝言役を続けるといやーなことになりそうだったが仕方ない。

「やいリーブ!どういうことでい!!!」
「ええと、『飲み過ぎは体に毒ですからね?
ああ、勿論貴方がお酒を購入することを止めることは出来ませんが・・・
貴方が何杯購入したかは、私に報告いただけることになっていますので』
だ、そう、です、が・・・」

シドさんがぐあああ、と苦悶の呻きを漏らした。

・・・あー。シドさんに大ダメージ。

更に局長からの止めが続いた。

「『シエラさんにご報告いたしますので、あとはまあ頑張ってくださいね?』と、のことです、が・・・」

彫像のように動かなくなったシドさんを見ていると気の毒になったが仕方ない。

・・・あー。俺伝言役って損じゃね?

「ま、まあ、その、お酒だけじゃなくて、美味しい食べ物もありますし!!!
あ、ティファさんのお店、長蛇の列だそうですから、是非!!!」

がっくりと意気消沈したシドを慌ててフォローすれば、
シドはだはあ、と大きなため息をついた。

「・・・そーだな。おめーの言う通りだ・・・。
ティファに挨拶と、ちょっとクラウドでもからかってくるか・・・・」
「そ、そうしてください!!!」

*   *

戦闘を監視することなど、最早数えきれないほどの回数になっていた。
一片の光さえない地下帝国で、偽りの記憶を植え付けられた者たちが
ありもしない妹や弟のために命を懸けて、そして散っていく光景はもう見飽きた。
冷酷な世界において、戦闘は生死以外の決着などなかった。

けれど。

満開の桜、蒼穹の下、模擬戦闘が開催されている。
目の前では屈強な男たちが互いの拳を交えているのだが・・・。

「そこは右パンチだろ!!!」
「ちょっとレギオン煩い!!!ほらキックキック!!!」
「ユフィさんも十分声大きいですから!!
って、あー!!!避けられてるし!!!」
「ジャンプジャンプ!!!」
「・・・」

シェルクはハイテンションな2人に挟まれて沈黙を保っていた。
彼女の前には闘技場があり、道具は全て禁止というルールに乗っ取った手合せが行われていた。
闘技場の周りには幾重にもバリアが張られ、外側には安全の確保された観客席に大勢の人が
同様に興奮気味に歓声を上げている。

・・・どうして、こうなったのでしょう。

シェルクのいる位置は勿論観客席ではなかった。
闘技場の戦闘を実況中継する解説者として闘技場前の特別席に座っていた。
同じく解説者としてユフィとレギオンがいるのだが、如何せん彼らのテンションにはついていけていない。
そうしているうちに、何戦か過ぎていった。
ぼんやりしているシェルクに気付いたのか、ユフィに思い切り肩を叩かれた。

「ほら、シェルクもちゃんと声出して!!!」
「え」
「そうそう、シェルク統括もコメントください!」
「いえ、結構です」
「「ええーーー!?」」

ノリの良すぎる二人の申し出を却下してみれば、合わせたように二人の不満そうな声が揃った。

・・・解説はお二人で十分だと思うのですが。

「もう、次はヴィンちゃんなんだから、シェルクも一言言うこと!!!」
「・・・え。もう、でしたか?」
「そうですよー。これが手合せ戦の最大の目玉ですから!!!」
「・・・よく、ヴィンセントが承諾しましたね」
「リーブのおっちゃんが『ヴィンセントに快諾してもらいました』っていってたけど」
「「・・・」」

シェルクとレギオンが揃って沈黙した。

・・・局長、今度は何をしたんでしょうか。

考えても仕方ない、と気持ちを切り替えた時に
間違えようのない気配を捉えた。
同じく気配に敏感な両隣の二人がはっと振り返る。
ユフィはびしいっとその人を指さした。

「ヴィンちゃんとうちゃーく!!!」
「・・・」

確実に局長に嵌められただろう赤いマントのその人は、一つ大きなため息で答えた。

「えーそれでは本日のファイナル!!!特別戦、
あのオメガ戦役の英雄、ヴィンセントさんとの戦闘を・・・!!!」
「待て」
「はい?」

ヴィンセントは大盛り上がりのレギオンを遮った。
観客たちも含め、しんと静まり返る。先程までの喧騒が嘘のようだ。
ヴィンセントは、観客席の更に上を睨む。
群衆と共にシェルクもその視線の先を追う。
亀道楽の中に設えられた特別席、そこに座っているのは勿論主催者たちだ。

・・・成程。先手を打つつもりですか?

「リーブ」
『何でしょう?』

重々しいヴィンセントとは対照的に、のんびりとしたWRO局長の声が返ってきた。

「例のものは、さっさと消去したのだろうな?」
『ええ。本物が来たのなら、偽物は必要ないですからね』
「ならいい」

多少物騒な単語、含みのある会話に場が騒めく。
レギオンは私同様首を傾げ、一人知っていたらしいユフィが声を上げた。

「例のって、あれでしょ?ヴィンセントご・・・」
「ユフィ、黙れ」
「ちょっとヴィンちゃん酷、」
「レギオン、さっさと始めろ」
「ひええ!!!は、はいい!!!」

*   *

結論から言うと、速攻で決着がついた。

レギオンが試合の開始を宣言した直後、対戦相手だった戦士は既に動けなくなっていたのだ。
膝をついた状態で両腕は後ろに拘束され、首元には頸動脈に狙いを定めたヴィンセントの鋭い爪が当てられていた。

・・・流石、一瞬で決めてきましたね。

会場を見守る観客たちが固唾を呑む。
その中で、ヴィンセントが淡々と最後通告をした。

「・・・まだ続けるか?」

重低音が相手の最後の意思を問う。
男が悔しそうに降参を告げ、会場には暫し呆気なさすぎる幕引きに戸惑っていた。
そんな中、納得いかないと暴れだしたのは、シェルクの両隣で。
二人は同時に立ち上がっていた。

「ちょーっとヴィンちゃん!!!早すぎるって!!!」
「そーですよヴィンセントさん!!!もうちょっと盛り上げてからとかしてくださいよ!!!」
「お前たちの意図など知らん」
「空気を読めーーー!!!」
「そーですよ、観客たちが戸惑ってるじゃないですか!!!」
「知らん。私は帰る」
「「ヴィンセント(さん)!!!」」

何とも言い難い流れにシェルクがぼんやり傍観していると、
相変わらず暢気な局長の声が割り込んだ。

『シェルクさん』
「何でしょうか、局長」
『解説、してあげてください』
「え?」
『みんな、ヴィンセントの動きが速過ぎてついていけなかったんですよ。私も含めて、ですが』
「・・・」

シェルクはヴィンセントと彼に詰め寄る二人を見遣る。
どうみても、解説者としての仕事をすっかり忘れている。
観客たちはそれをぽかんと見ているだけで、事態は収拾がつかなくなっていた。

「・・・まさか、こうなると分かっていて、解説者に私を指名したのですか?」
『まさか、偶然ですよ?』

*   *

爽やかな風がウータイを吹き抜けていく。
すっかり夜も更けた街は、提灯に照らされた桜が幻想的に浮かび上がる。
予定されていたイベントはほぼ消化されたが、屋台は尚賑やかに客を引き止め、
観光客は至る所で見事な桜と美味しい料理や酒に酔いしれていた。

そんな光景を遠くから見下ろしながら、リーブは御猪口を傾ける。

・・・平和、ですねえ。

ダチャオ像のある山の頂。
ウータイの統領ゴドーに誘われたリーブは、先程からここで酒を酌み交わしていた。
ゴドーはほろ酔い顔で御猪口を持ち上げる。

「いかがかな、ここからの眺めは」
「・・・ええ。素晴らしい位置取りですね・・・」
「一年中許可できる場所ではないが・・・まあ花見の席では解禁にしておる」
「確かに・・・ここでしか見られない光景ですよねえ」
「・・・本日はお主の御蔭で大盛況だった。感謝する」
「・・・いえ。こちらも随分と楽しみましたから。
それにウータイの桜が美しいから、これだけの人が集まったのですよ・・・」
「・・・うむ。毎年春になるとこれが楽しみでな」
「で、しょうねえ・・・」

少々テンポの緩い会話をしていた二人だったが、不意にゴドーが表情を改めた。

「お主に、聞きたいことがある」
「・・・何でしょう?」

妙に真面目なゴドーに対し、リーブは淡い笑みで答える。
ゴドーはずいっと詰め寄った。

「ヴィンセント号はいつ飛ばすつもりじゃ」
「・・・ぷっ、それは、シエラさん次第ですかねえ・・・」

思わず吹き出したリーブは、そのままくすくすと笑う。

ヴィンセントの特別戦の後。
シェルクが的確な解説をしたことにより、観客は漸く何が起こっていたのかを理解し、英雄の見事な動きを称えた。
しかしもとより彼の動きは見えていたものの、決着がつくのが早すぎて大いに不満だったユフィは
あっさりと『ヴィンセント号』が何かをばらしたうえで、
優れた飛空艇エンジニアであるシエラにそれを依頼する!と宣言したのだ。

闘技場の中央で携帯を取り出してシエラに電話しようとするユフィと、
慌ててそれを阻止しようとするヴィンセント。
二人にとってはじゃれあい程度の、観客たちにとってはもはや神業ともいえる動きに大いに盛り上がった。
恐らく幻の一戦として長く語り継がれるのだろう。
結局電話はシエラに繋がってしまったようだが、シエラが依頼を受けたかはまだ分からない。

・・・ウータイの空にヴィンセント号、とか面白そうですねえ。

想像しながら夜空を見上げてみれば、満天の星空と
ヴィンセント号の代わりにぽっかりと浮かぶまあるい月があった。

満月。

ほわほわと酔った頭で金色の丸い形を眺めていたら、不意に懐かしい声が蘇った。

『・・・お菓子、ください』

声と共に黒い髪に大剣を背負ったそのソルジャー姿まで思い出されて。
ふふ、と月を見上げていれば、隣のゴドーもうむ、と唸った。

「・・・よい月じゃな」
「ええ・・・」

リーブが目を伏せれば、
記憶の中の彼は真面目な顔でまたしてもお菓子を強請ってきた。

・・・どれだけお菓子が欲しいんですか、貴方は。

口元に淡い笑みを浮かべたまま、そっと声を紡ぐ。

「・・・昔。こんな満月の日に、お月見泥棒がやってきたんですよ」
「お月見泥棒・・・おお、中秋の名月じゃな」
「・・・流石、よくご存じですね」
「どんな泥棒じゃ?」
「・・・とても元気の良い若者でしたよ・・・。ソルジャー1stで。
報告書をさぼって私のところにお菓子を強請りに来たんですよ・・・」
「・・・ほう。中々の強者じゃな」
「ええ、とても。そのとき、『お月見の会』を作ろうと、約束したのですが・・・」

リーブは目を開けて、もう一度月を見上げる。

・・・あの約束のあと、彼は。

「・・・二度と果たせない約束になってしまいましたね・・・」
「・・・それは、残念じゃな」
「ええ・・・」

静かな月明りを浴びていると、ふと傍らに気配を感じた気がした。
この場にいない筈の、よく通る楽しそうな声。

『ーーー部長!今夜は桜餅が食べたいです!!!』
「・・・ええっ!?」

リーブは思わず傍ら、ゴドーとは逆隣を振り返る。
空席のままだが、リーブはたっぷりと数分固まっていた。

「どうしたのじゃ」
「え、ええと・・・」

訝し気に問うゴドーに何とか声だけ返し、少し瞬きを繰り返して。
そしてゴドーへと振り返って笑う。

「・・・桜餅を、強請られました」

ゴドーは同じく少しばかり沈黙したのち、豪快に笑い出した。

「・・・そりゃあいい!!!」
「ええ。これはご期待に応えるしかないですね。・・・ミトラス」

リーブが呼び出せば、かなり不本意そうな顔をして
護衛の任に当たっている元ソルジャーの一人がやってきた。

「・・・。はい」
「言うまでもないとは思いますが、お茶と桜餅を、5人分」
「・・・5人?」
「ええ。5人です。はい、お財布」

リーブは懐から縮緬のがま口取り出して彼に渡せば、
ミトラスはため息を一つついて大人しく任務に就いた。

*   *

ミトラスが戻ってきたころには、リーブの隣に3つほど新たに席が設けられており、
リーブはいつも通り食えない笑顔でミトラスにお茶と桜餅を5人分配らせた。
そのまま護衛に戻ろうとするミトラスをリーブは引き留める。

「ああ、待ってくださいミトラス」
「・・・まだ、何か」
「ええ。こちらに座ってください」

リーブは自分の隣の席を掌で指す。

「・・・は?」
「ですから、私の隣に座ってください」

重ねてにこにこと笑顔のまま告げれば、ミトラスは呆然と立ちすくむ。
ゴドーもこれまた上機嫌で彼を誘う。

「遠慮せずともよい、おぬしも座れ。共に桜と月を愛でようじゃないか」
「・・・。はあ」

渋々、ミトラスがリーブの隣に座る。
月明かりの下、5人分の席に3人が並んだ。

「では、いただきましょうか」
「うむ」
「・・・はあ」

力強く頷くゴドーと、未だ納得いかないようなミトラス。
その対照的な反応にリーブはくすりと笑った。

目の前には緑茶にピンク色の桜餅。
眼下には満開の桜、夜空には満月が浮かび、
ウータイに集う大切な仲間たちと、口煩い優秀な部下たちが揃っていて。

・・・何とも贅沢な花見ですよね。

リーブが目を細めて月を見上げていれば、隣から無愛想な部下に呼びかけられた。

「・・・ところで局長」
「何でしょう?」
「俺の隣は、御月見泥棒として・・・残り一席は誰の席ですか」

ミトラスの視線につられて、リーブはミトラスの隣にある2つの空席に目を遣る。
ゴドーも同じように身を乗り出していた。

「わしも気になるとこじゃが」

興味津々の二人へと、リーブは淡く微笑む。

「・・・残りはエアリスさんですよ。
御月見泥棒のザックスの分だけ用意したのでは、エアリスさんに怒られちゃいますからね」

はっと両隣の二人が息を呑む。
ゴドーは兎も角、ミトラスもエアリスの名に反応したということは
彼女のことを知っているのだろう。

「・・・エアリス・・・」
「・・・そうじゃな。きっと、その二人もここにきておるんじゃろう」

しみじみと語る彼らの隣で、楽しそうな男女の声が聞こえたような気がした。

『ふふ。流石リーブね!』
『んじゃ、遠慮なく。・・・いっただきまーす!』

fin.